産まれてたったの十五年、これといった特徴も取り柄も無いままにふらふらと生きてきた……そんなつまらない人間だった。
強いて言えば映画や小説、そしてLBXを嗜んでいるくらいだ。人に誇れるものもない、性格だって終わっている。だから人に好かれることは勿論、人を好くことだってとっくの昔に諦めていた。
虚勢を張り、演技じみた言動や振る舞いをして人の目を欺いてきた。何もないからなにかあるようにしないと、俺の存在価値が分からなくなるから……だから、それがカタチにしやすくて楽なLBXで存在意義を培っていた。
それだけしか知らなかった、知ろうとしなかった。
人と見ていること、興味があること、熱中することが大きく違っていたから。他でなにをすべきだったのか、考えようともしなかった。正解が分からないままに、気が付けば番長とかの称号を手に入れて人の上に立っていた。
そんなもんに興味なんか微塵も湧かなかったのに……顔だけで寄ってくる奴も、強さに肖ろうとする奴もそんな俺を囲んだ。どうでもよかった、所詮俺も見た目だけだから似たような人間が集まるんだと思った。だから悲しくも悔しくもなんともなかった……それが当たり前だったのに。
お前だけは違った。
虚勢が崩れて、中身のヘドロのような弱さが溢れて、人が背を向けて去って行ってもおかしくないのに。それを掬い上げて埋め直し、他人と作った大きな壁も壊さず外側でずっと声を掛けてくれた。
どんなに離れようとも、どんなに汚したくなくて逃げようとも。お前が……出会って間もなかったお前なんかが、醜い自己愛の塊のような俺なんかの手を離さずに、そのまま引っ張って光の中へ導いてくれる。
小さくて暖かい、まるで夜空に輝く星の導きのようだった。嬉しい、ようやく理解されたと喜ぶ半面……俺は苦しかった。
俺なりに考え、築き、虚勢という泥と他人の勝手な熱で固め焼きあがってできたこの魔術師の仮面を、本当に取って素顔を見せ続けることが。
俺にはなにもない、俺はお前のような胸を張って自分を愛せるような人間ではない。もっと醜くて……どうしようもない奴なんだ。
だから俺にはその言葉の続きを聞く資格はない。
だから、その口を……もっとも卑怯な形で閉ざしてしまったことを、どうか罰して欲しい……。
俺は、お前の特別な……愛する人にはふさわしくないのだから。
長い沈黙が場を制していた、呼吸の音すら聞こえない。自分のなのか彼女のものか、小さくて早く脈打つ心音だけが聞こえてくる。
ゆっくりと彼女から離れる時にわずかなリップ音が鳴った、目線を逸らすことすらできず固まったまま動かないその目を見つめてしまう。
今までずっと見ていたどの顔よりも、少女らしい顔をしていた。
完熟したリンゴのように白い肌を赤くして、目を丸くしたまま何が起きたか理解できず固まっている。
いつもの聡明な優等生として振舞う、俺が知っている姿とは似ても似つかない……本当に年下らしい、強く触れれば壊れてしまうような愛おしい姿をしていた。
気が付けば隣に居て、いつも見ていたつもりだったのに、ここに来て俺の知らない顔をするのか?どんだけお前は俺を振り回せば気が済むんだよ。
俺が離れたとしても固まった彼女を……川村アミを見る。なされてしまったことはもう覆らない……だとしてもやってしまった。過去や結果を変えられない、だとしても俺は……俺は……。
自然と顔から血の気が引いていく、あんなに静かだった心臓が息を吹き返して大きく跳ね上がった。全身に血の巡る気持ち悪さを感じる中で必死に頭を働かせた……なにをやった?なんでやった?
いやそれは分かっている。突発的に動いて衝動的に事件が起きた、俺の自己中心的な本能が考えるより先に動いた結果だ。だとしても!
「あ、あの……その……」
情けないくらい言葉が出ない、いつもはスラリと言葉が出てくるのになにも思いつかない。皮肉は全てはたき落とすとして、全力で言葉を探しまくる。でも結局上っ面の薄い謝罪しか出て来なかった、そんなの届きっこないのに。
赤面した川村アミが俺の声に連動するおもちゃのように急に動き出した、目を逸らしたかと思えば目尻に涙を溜めてしゃくり上げ始めた。どうしよう、どうやって謝るべきか?どうすればいい、もう無かったことにしたい……俺は、俺は——。
「あ、あお……おま……わる……お、俺を……殺せ!川村アミ!」
泣き始めるよりも先に川村アミの両手を掴み、自らの首に持っていってしまった。なにも解決しないのに、こうしなければ気が済まなかった。
実際そうだ。川村アミの気持ちも考えず、独りよがりな俺の「続きを聞けない」という恐怖に負けてしまったから。
「あ、えと……せん――」
「お、お前には!その資格がある……だから、俺の首を折れ!折っていい、お前に……お前の意思を踏みにじった俺なんかを……こ……殺してくれ」
自然と滲みでた言葉と共に感情の決壊が起きてしまった、遂に限界に達して割れた心から感情が漏れ、目元が熱くなり唇が震えていく。
震える手で顔を覆い溢れるものを戻そうとする、そんなこと出来ないのに、そうしなければ俺自身が壊れてしまいそうだったから……これ以上の本音を言いたくはない、その一心で首に微かに伝わる彼女の体温を感じていた。
細い指に力が入り、俺の首が僅かに締め上がっているのを感じた。首を折れと言ってはみたものの、折るという結果に辿り着くにはあまりにも弱い力なのに、俺の願いが叶うと確信して安心してしまい涙が止まらない……俺は、空っぽな俺なんかが幸せになってはいけないんだ。
長い沈黙の末、ようやく俺は川村アミの手で……そう思ってしまった俺の期待に反し、ゆっくりと力が抜けていった。彼女はいつも通り、苦笑しつつ答えを言葉にした。まるで当たり前の事実を、言わなければ伝わらないからというように……優しい口調で。
「……ほんと馬鹿ね、誰もそんなこと望んでないのに」
スルリと首から手が離れ、小さな手が俺の頬の方に伸びていく。濡れた頬を撫でた、指の隙間から見える川村アミの顔は……全てを諦めたような、それか受け入れたような柔らかい顔で微笑んでいた。
「慰めなんか要らない……今更聖人振るな、俺より年下の癖に」
「じゃあ人の優しさから、すぐ理由を付けて逃げるあんたはなんだっていうの?」
「そ、それは……俺なんか――」
「なんかじゃない、受け取り方が分からないなら分からないなりに。ちゃんと素直になってよ……じゃないと悲しいのよ、私だって」
言葉を言い終わる前に静かに涙を流していた、さっきせっかく拭いてやったのにまた鼻水も出し始めた。頬から手が離れ、自らの涙を拭いつつ肩を震わせている。あんな酷い仕打ちをされた直後に、すぐ人のことに目を向ける……お前はどこまで俺を……いや止そう、これ以上考え過ぎるのは正直しんどい。
ティッシュの箱ごと差し出すと、受け取って鼻を思い切りかんでまた目を合わせてきた。
気まずさにはどうにも勝てない……だからつい逸らそうとしたが、それを読んでた川村アミは逃がすまいと頬を思いっきり挟みこんできやがった。
ぺチンと音が鳴った割には痛みはほぼない、でもそれがいつも通りの無邪気なやり取りに思えてしょうがなかった。だからだろう、嬉しさを隠しきれずつい鼻が鳴ってしまって川村アミに睨まれた。
つい出てしまったもんは仕方がないだろう……そんな恥ずかしさから逃れたくて、眼球だけでもなんとか逸らしてしまう。
「あんたって……ほんと分かりやすいわね」
「うるせぇ、お前もだろ」
憎まれ口をいつもの調子で叩き合っている、それがどれほど嬉しくて、どれほど尊く感じてしまうのか……だからこれ以上は進みたくなくなってしまう。壊れるのが今以上に辛くなることを分かっているのだから、でもこいつは逃してくれない。
なんて言おうか……なんて言って止めようか、今はそのことばかりで頭がいっぱいだ。本当に弱いな……俺って。
「……ほら仙道、チーンしなさい」
落ち着きを取り戻した川村アミが、ティッシュ箱の最後の中身を取り出して俺の鼻に当てて来やがった。軽く睨んでみるが向こうはどこ吹く風で、さっきの仕返しのつもりか少し邪な顔で俺を見つめる。
不愉快だ……だがもう近場にティッシュがない、しょうがないから従ってやるとするか。
さっきとは真逆な立場になってしまい不服だが、鼻に当てられたものに溢れ出たものを吐き出す。鼻通りが落ち着いたのを感じると、自分の使ったものをまとめて空箱に突っ込み近くのゴミ箱にそのまま捨てていた……分別しないのかよ、後々苦労するぞそれ。
「仙道……フフッ……本当酷い顔ね、あんたも……私も……」
「お前がコソコソ聞いているからだろ」
「勝手に喋ってたのはあんたでしょ!人のせいにしないで」
このなんの価値もない言い合いが、ずっと続けばいいのに。ちっぽけな俺の願いは絶対に叶うことはないだろう、それは分かっている……だから、あの日の出と共に願った続きを俺は手放した。もう……おしまいにしなければ。
「かわむ――」
「仙道、私も好き。あなたのこと」
正直堂々巡りだった、ずっと同じ場所を回っていた。だからって……そんな、唐突に。
「え……は?」
「油断したわね、まーぬーけー」
間抜けという言葉のリズムで頬を人差し指でつつきながら、らしくないニヒルな笑顔を向けて無邪気に振舞っている。そのやけくそに近い行動に俺の理解が追い付かず、頭の中がショートし始めた。比喩ではなく煙が出そうだ……なんだ?川村アミは俺をどうしようとしているんだ?
嫌いなら嫌いだって言ってくれ
「なに固まってるのよ。別にあんたにどうこうして欲しいわけじゃないの、付き合いたいわけでもないし……でも、あんたばっか言い逃げしててズルい」
「ズルいってなんだよ、お前そんな素振りなんかなかったのに……」
「そう?じゃああんたより騙すのが上手だったってことね!明日から魔術師の名前は私のものね、ふふん。『
ひとりで勝手に盛り上がったかと思えば、解放されたような顔で満足そうにずっと預けていたタロットカードを取り出した。満面の笑みでそれを俺の私物が入った箱の中に入れて、一瞬だけ顔を曇らせて再び笑顔を張り付けていた。
全て終わった、これでお互いの心残りはないから今まで通り。カードが戻された行動に彼女なりの気遣いを感じた、正直とても安心した……これで今まで通りに隣を歩けることが、そんな日々がまだ続くことに。心の底から安心した。
……本当にそれでいいのか?
「じゃ!この話はおしまい、あんたも私もなにもなかった。今まで通り私たちは『仲間』、ずっと隣で手を引きあう関係に戻る!それでいいでしょ?」
「なぁ、あの――」
「あーいっぱい泣いたからお腹減っちゃったー、私ご飯食べてくる」
ソファーから逃げるように立ち上がり、俺に振り返ることもなく遠ざかっていく。短く長い時間はこれで終わってしまうようだった。
くるりといつもの笑顔で、優等生で誰からも好かれるただ優しいだけのその顔で。いつぞやに聞いたあの言葉を口にしやがった。
「本当にありがとう、またね!」
川村アミは無邪気な笑顔で手を振って、軽やかな足取りで扉の奥へ消えていった。扉が閉まるよりも先に通路の奥へ消えていった後ろ姿を、俺が止める間もなくひとり見送った。
色々言いたいことはあったが、ようやく口にした言葉は、彼女に届く前に空中に溶けて消えていった。あの日、川村アミとの関係が全て始まったことと真逆の思いで。もう戻れない日々を言葉にしてしまった。
「またなんて……もう来ないだろう」
それから、特にエクリプス内での会話はなかった。シーカーで宇崎拓也からの賞賛があったり、イノベーターの残兵についての話がされたり、今後についてとかも話していた。正直理解できなかった、最初からの事情を知らないのもあるが、俺はそれどころじゃなかったから。
川村アミとは両想いだったらしい、でもその先をお互い望まなかったからなにもない。俺がもっとも理想にしていたことじゃないか……ずっと平坦でこれ以上踏み込まれない、だけど一番の理解者が傍にいてくれる。
いいじゃないか、最高だな。俺が望んで、これ以上はって踏みとどまった結果だろ?安心しろ仙道ダイキ、それでいいじゃないか。
これで、俺の初恋が終わりで……。
完……?
ハッピーエンド!
やったね、これで世界が平和になったとです。はいハッピハッピー。
と、いうことで。しばらくはワンダ・プレイアは新作のほうに力入れまーす。
仙道もアミちゃんも頭冷やす時間は欲しいだろうし、みんなだって平穏に戻りたいでしょ?だってハッピーエンドだもの。
だからハッピー作者も平和に好きなことします。はいおつー。