堕星
シーカーとイノベーターの戦いが、全てが終わってからもうちょっとで一ヶ月になる。世界を、私達少年少女が救った……なんてママでさえ知らない。そんな秘密を抱えて、私達の日常は回っていた。
バンはいつも通りミソラ商店街に飛び出してLBXバトルをしている、カズもリュウも引き連れてね。
ジンはA国に行っちゃった、勉強したいんだって……郷田は最初ちょっと落ち込んでたけど、今は元通りに戻っていた。無理をしてないといいけど、そんな感じ。
本当になにもない、これが私達が望んだ強化ダンボールにLBXを戻すまでの話……これがみんな望んだハッピーエンド、みんな幸せになった。
よかった、元通りで……。
アキハバラの一角、俗に言えばゆめかわいいデザインの店の中。ピンクや白のレースで彩られたぬいぐるみや装飾に囲まれながら、私とミカは向かい合うように座って午後のティータイムを堪能していた。
フォークで一口サイズにカットしたケーキを口に運び、幸せそうに顔を緩ませるミカを眺めつつ私も食べ進めていく。いつも無表情なのに、本人曰く甘い物には目がないらしい……いつものクールなミカもいいけど、可愛いミカもいいな。一緒に来れて本当に良かった。
「ミカ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「うん、ずっと来たかったから……誘ってくれてありがとう。アミ」
私は今日も変わらず、いつの日に交わしたミカとの約束を果たすように、念願だったスイーツビュッフェに来ている。
前回の会場とは場所もスイーツの種類も違うけど、頬が落ちそうになるこの甘さにふたりして溺れていた。
「うーん美味しい……ママレードのタルトも悪くないわね、このクッキーみたいなのも好き」
「クレープも美味しい、焼きたてなのがいい」
「ミカはトッピングどうしたの?私はブルーベリーソースのチーズケーキ味のやつよ」
「小豆と抹茶のアイス、郷田さんみたいなの選んじゃった」
「ブレないわね……ほんと尊敬するわ。後で一口ちょうだいね」
小さくて中身のない、本当の平和の中で繰り広げられる会話。一ヶ月前まで戦場にいた、なんて言っても誰にも信じて貰えないんだろうな……長い夢を見ていたような、あっという間の出来事だったなぁ。
「ねえアミ、最近どうなの?」
「最近?うーん……成績は上々、LBXでも負け知らず、みんなから信頼もされているし。特にこれと言ってなにもないわ」
「そう……ならいいんだけど」
なにかを言いかけたミカだったけど、気まずさを隠すようにコーラをストローで吸い上げた。意味ありげな態度にちょっと不思議に思うものの、私も口直しに飲み物を口に運ぶ。
カップの中身を口に含んで、カチャリと音を立て置く。幸せがため息と共に漏れていった時、鼻からよい香りが抜けていく。
「はぁ……コーヒーも悪くないわね」
「アミ、コーヒー飲めたっけ?しかもなにも入れてない」
「まーね、飲んでみたら意外と美味しかったのよ。最近じゃずっとコーヒーよ、大人っぽいでしょ?」
ちょっとだけ背伸びをした嘘がバレないように、フォークを指揮棒のように振ってあたかもそうであるかのように答えた。
ミカが感心したように「大人」と呟いたのが耳に入って鼻が伸びた気がした……本当は飲めたもんじゃない、紅茶がいい。でもどうしても口にしていたかった、あいつのことを考えなくていい口実にできそうだったから。
なんであいつはこんなのばっか飲んでたのかしら、苦いし、酸っぱいし、舌に残って最悪。カッコつけられるからってすまし顔で流し込んで……厨二病拗らせたナルシスト!今度あったら――。
続きを考えそうになってしまい、不意に思考が止まった。そしてその続きは、言葉として口からはみ出てしまった。
「今度なんて、無かったんだ……」
「ん、なんか言った?」
「え?あ、ああ!マカロン、マカロン食べたいから取ってくるね!ミカの分も取ってくるわ、いっぱい行ってくるね!」
ミカが驚いて目を丸くして、固まっている間に席を立って急ぎ足で離れる。なるべく顔を見せないよう出てきてしまった……ちょっと態度悪かったかな?
「……いいの、もう今まで通りなんだから」
コーヒーの苦さがやけに口の中に残ってしまう、急いで甘い物で上書きするかのように取り皿の中に目に写る砂糖菓子を片っ端からかき集めた。上書きをしなきゃ、忘れなきゃって思いを込めて……。
あれから、私は仙道に会っていない。
みんなで約束していたファミレスもすっぽかし、郷田の連絡もほぼシカト、極めつけはLBXも辞めたと風の噂で聞こえてきた……あんなことがあった後だったから、私からは連絡が取りにくかったし、本人も疲れているのかなって控えていたけど、それがズルズル続いて一ヶ月も経った。
あいつ……強く出れる時は散々上から目線で、ズケズケ痛いところを突いてくる癖して、自分は図星を突かれたらすぐ逃げる。
だから真っすぐ顔を見ながら本音で向き合おうとしても気まずそうにして……ムッカつく!もう構ってあげない!と意地になってしまったのが最近の出来事。
ゆっくり、そして確実に仲良くなっていたのに……私は、あんな……あんな……。
ケーキを握るトングに力を入れすぎてしまい、綺麗にカットされたケーキがくしゃりと形を崩した、慌てて自分の取り皿に匿って次の場所に向かう。
思い出しただけなのに顔に熱が籠もって衝動的になってしまう。今すぐメモ帳みたいに記憶のページを破って捨ててしまいたい、それが出来たのならば――。
「また、元に戻れるのかしら……私達って」
ある程度周回を終えて、お皿を抱えて何もなかったかのように振る舞いつつ席に戻った。
ペロリとケーキを綺麗に平らげていたミカの元へ戻り、軽く雑談をしながらケーキやマカロンを胃に入れていく。
幸せな甘さが口いっぱいに広がる……甘い物食べてたら目の前で、しかも苦笑いしながら「太るぞ」なんて言ってくる奴もいないし、人が苦しんでいる様を「滑稽だな!」と指差して喜ぶ奴もいない。
好きなものを友達と堪能できる!私はなんて幸せものなのかしら。
「ねぇアミ、アミってさ……」
「んー?なに、ミカ」
少し困ったようにフォークを置き、私の違和感に素知らぬ顔が難しくなったミカがこう言った。
「紫のお菓子ばっかり……ねぇ、仙道ダイキとは最近どうなの?話せてるの?」
「……は?」
ミカの一言で思考が停止した、目線をフォークの先に向ければブルーベリーソースのかかったチーズケーキ、取ってきたロールケーキやマカロン。チョコレートに至るまでほとんど紫色のお菓子ばかりだった。
なんで?私、苺味のケーキをメインで食べていたはずなのに……クレープだって……クレープ……クレープもブルーベリーソースのだった。
「え……いや、これは……おいしそうだったから」
「アミ、苺好きなのに。さっきからずっとブルーベリーばっか食べてる」
「そんなことは――」
「コーヒーも飲めてない、まだ一杯目だし……なんかあったの?」
いつも無表情でなにを考えているかわかりにくいミカが、目を細めて低く唸るような声で今の私にとって痛いところばかりを突いてくる。
全部急所に入ってダメージをモロに喰らう、涙目になりつつもなんとか誤魔化そうと言葉を片っ端から言って否定しようとした……けど出てくる言葉がどうにも詰まる、排水管の流れが悪くて水が溜まっていくかのように、言葉の水が流れていかない……短い言葉や単語すら喋れない。
どうしよう……反撃できない、違うって言わなきゃ、否定しなきゃ、今まで積み上げてきた私の立場がぁ……。
「あの……その……」
「ごめん、そんなつもりはなかったのに……追い詰めたみたいになって」
まごつく私の口の回らなさに、唖然としながらミカが制止した。ぎこちなく感謝を口にしてマカロンを頬張る、ブルーベリーのジャムの種が口の中に引っかかった気がする。それを残り少なくなったコーヒーで流し込んで、ようやく空になったカップを置いて溜息が零れる。美味しくない、二度と飲んでたまるか。
頭を抱えて間抜けな声を捻り出している姿を見ていたミカの顔が綻んでいる、ミカが珍しく声を上げて笑っている姿に釣られて私も笑ってしまう。なんでバレたんだろう……上手く隠せていたつもりなのに。
「いいわよ、別にもうなにもないから。そういうミカだって郷田にずっと片想いじゃない……あんたはどうなのよ?進展とかないの?」
反撃のつもりで話題を変えてみた、少し強引ではあったものの舵は取れたと思う。コーラを飲みきったミカが少し考えて上を向き、特に迷うこともなく答えた。
「私のは片想いじゃない、憧れ。アミの好きとは形が違う」
「え?そんなわけ……CCMに郷田の写真いっぱいあって、郷田の居るところを追いかけてたのに……それは恋じゃないの?」
驚いてしまいつい声が大きくなってしまった、周りからの注目が集まってしまい顔を赤くしつつ咳払いで誤魔化した。一方のミカはいつも通りの無表情で私の言葉に少し悩んで首を振った、ツインテールが大きく揺れて耳にかかったのを直しつつ持論を続けた。
「私は背中を追いかけたい。でもそれは郷田さんの隣にいたいわけでも、独り占めしてもっと知りたいでもない……だから、これは憧れ。アミの恋とは違う」
「わ、私は恋なんて――」
「真正面からぶつかって、相手を知りたいと思って……どんなことがあっても諦めきれないのが恋じゃないのなら、アミの仙道ダイキへの気持ちってなに?」
ミカの純粋な疑問が胸に深く突き刺さった、視界が大きくぐらついてミカの声にエコーがかかったかのように聞こえる。
せっかく今まで固めてきたものが、ミカのたった一言で大きく削られて穴が空いて、粘度のある中身が漏れ出したような感じだ……とても痛い、苦しい……でもなんで?どうして苦しいの?私はこれ以上、仙道なんかに振り回される必要なんかないのに。
「上手く、言えなくてごめん。おかわりもらってくる」
空っぽのお皿とコップを持って、席を立っていった。気まずそうな顔はせずスイーツビュッフェを楽しむ時間に戻っていったミカを、ただ恨めしそうに見つめた。
「私は、とっくの昔に諦めているはずなのに。今更よ……なにもかも」
お皿に残ったあいつの色をしたマカロンにフォークを突き刺し、口に運んで咀嚼する。そのマカロンは、今まで食べたどのマカロンよりも苦かった。
それからスイーツビュッフェを堪能し終わった後。ミカとショッピングをしたり、LBXのパーツを見に行ったりと楽しい休日を過ごす一方で。ミカの言葉が喉に引っかかった小骨のように痛んでいた。
「どんなことがあっても諦めきれないのが恋じゃないのなら、アミの仙道ダイキへの気持ちってなに?」
その答えを見つけようとしても、あの日電車で見つけた答え以外に。私はこの感情に相応しい名前を、まだ見つけられないでいた。