自室で独り、机に向かってペンをタブレットの上に滑らせ線を書き上げる。それを繋げて色をつけて、それっぽく仕上げたものを保存。ファイルに貼り付けてメールと共にあいつに送ってやった。
冷めたコーヒーを啜りつつ、ひと仕事終えた喜びと共に眠気が回ってきた。時計を見れば既に日付が変わっている……集中しすぎた、最近はずっとこれが続いている。
いい加減に寝ようかと布団に向かおうとすると、けたたましくCCMが震えた。反応の速さに舌打ちをしつつ通話ボタンを押して耳に当てた。
「よぉ、神谷コウスケ……早速見やがったな」
「ご機嫌よう、仙道君……いや、日本だともう深夜を廻っていたね。寝不足は美しさの敵だよ、ほどほどにしないと体に悪いよ」
「その癖してすぐ電話かけて来やがって、それ相応の酷さで失望でもしたか?」
「勿論。こんなに早い仕事をするのに、丁寧さを見せる良い人材を見逃していた僕にだけどね……」
相も変わらず神谷の坊っちゃんは冗談が上手いこと、どうせ世辞でも言っておちょくってるだけの癖して。お前の美意識とやらに振り回されていい迷惑だ……どいつもこいつも、俺の平穏に干渉して来やがって。
サターンでの死闘の末、幸か不幸か生まれた縁がある。
フェアリーテイル計画の失敗の末、神谷藤吾郎の命によりイノベーターは解散した。黒い噂を隠蔽、事実を抹消するために神谷重工は規模の縮小とホビーとして、改めてLBX業界への本格的な参戦を掲げ、目まぐるしく動いているらしい。俺だって朝のニュースを横目でみたくらいだから詳しくは分からない、どうせ関係ないしどうでもいいから覚えてない。
そんな日常に戻ろうとした時、治りかけの癖して次の一手を打っていた神谷コウスケから電話が掛かってきた。
「僕と共に最強のLBXを作ってみないか?」と寝言みたいな言葉で誘って来やがった。
ルシファーを打ち負かした山野バンでも、同じイノベーターだった海道ジンでもなく。なぜ俺だったのかは未だ分からない……断る暇も与えて貰えないまま、色々と命令されてデザインを考えさせられカスタマイズの知恵を絞らされ。気がつけば一ヶ月が経とうとしていた。
せっかく新しく貰ったナイトメアでバトルはおろか調整すらまだできていない、学校と自宅の往復で息が詰まりそうになりながら時間だけが過ぎていく。生意気にも俺の家まで調べて高級そうなタブレットまで押し付けて来やがって……逃げ道を塞ぎやがった、あの神様気取りのナルシストめ。いつか磔にして石投げてやる。
「適当にそれっぽく仕上げただけだ、他のデザイナーもいんだろ?なんで俺のばかり見たがる……」
「愚問だね、君以外はLBXの基礎に収まっている。でも僕が求めるのはそんなちっぽけな物ではない。自分の凄さをもう一度確認したまえ、君は神に選ばれた才能があることに」
CCM越しにキーボードを弾く音が聞こえる、机の上のディスプレイが点滅してメールが来たと通知が入った、嫌々メールを開いて添付されたファイルを開く。やはりというか……今まで俺が書いてきた設計図やLBXのデザイン案が詰まっていた。
「ただの二番煎じなんだ、こんなもんもう世の中にはある。俺は――」
「ファウストを真似ただけ……だったかい?君の口癖にしては面白みのない言葉だね。世界には君以外には歩むことのできない唯一の道がある。ニーチェの言葉さ、君のお気に入りの偉人のね」
「そうかよ、実に良い言葉だな。クソったれ」
開かれたファイルは、どれもマスカレードやサーカスの道化師をイメージしたようなLBXのデザイン。ジョーカーやナイトメアのようなストライダーフレームを目指し、トリッキーな動きができるよう設計したものばかり。
LBX工学に通ずる神谷コウスケの、なにが気に入ったかは教えて貰えない。いつもそれっぽい言葉を振り撒いて手の隙間を蝶のように逃げていく……ストレスが溜まる、連絡先をいくらブロックしてもすり抜けてきやがる、あー……楽しくない。
「ところで、この前の話。結論は出たのかい?」
「あ?……あー、お前の元で本格的にLBX工学を学ばないかって誘いか?あれ本気だったのかよ。気の迷いかなにかの戯言だと思っていたな、頭から抜け落ちていた」
「なら何度でも言うけど、A国でプロの元で本格的なカリキュラムを受けられる設備や人員が揃っている。神谷重工は黒いイメージを持っているだろうけど、資産はある……君をただの凡人にしておくのは勿体ない。だからどうだと誘っているんだよ、正直かなり本気でね」
電話越しの声のトーンが下がっていく、それと並行するように俺のテンションも下がっていく。何度断ってとぼけてもこの調子だ。俺のなにを好いてやがるんだ、お前は。
「じゃ、また今度。必ず連絡してくれたまえ……そうだ!追加で、次はワイルドフレームのデザインもお願いね。君には期待しているから」
「おい、ちょ……切りやがったあの野郎。次日本に帰ってくる時が楽しみだな」
言いたいことだけ伝えて切られた事にやり場のない怒りを覚えつつ、なにもかも面倒になって適当にパソコンを落として布団に入り目を閉じる。
「あー……川村アミに会いたい、今なにしてんだろ……寝てるな、いつもの間抜け面で……フフッ」
最近独りになるとよく考えるようになってしまった、あんなに鬱陶しく付きまとっていたあいつとの連絡を取る暇もない。
ひっきりなしに神谷コウスケの依頼に没頭、時間が空いて電話でもしようもんなら狙ったかのように神谷コウスケからの追加依頼。川村アミどころか家族と過ごす時間すら無くなってしまった、俺の様子を母さんは怒っていたな、遊んでばっかって……今度機嫌取らないと。キヨカにも苦労をかけているだろうし。
「俺は……諦めない……やっぱ……お前のことが……」
ぼやける意識の中、吐き出した本音を言い切る前に眠りの中へ落ちていった。
翌日の放課後、那須家のガレージにデザイン案の相談のため訪れた。だが先客の森野と風間に遭遇してしまった……最悪だ、特に風間がいることが。こいつは那須家同様に口が軽い、余計なことは喋らないようにしないと。
「おいおい、最近LBXを辞めたとお噂の仙道ダイキじゃないか。なんでこんなところに来てんだよ、ぶっ潰されたいなら喜んで叩きのめすぜ」
「やめろ風間、みっともない」
小さいながら怒り狂うコーギーのような顔で風間が俺を睨み上げる、それを森野が肩を掴んで止めてくれている。
机に向かったまま動かない那須家を睨む、だが首元から伸びたコードが目に入って全てを察した……奴め、知らぬ存ぜぬを貫くつもりか?俺が来たというのに。
「お前らには用はない……おい那須家、那須家!」
肩を叩いてゆすってやると小さな悲鳴と共に、俺に気が付いた那須家が幽霊を見たかのように驚きのあまり椅子から落ちて腰を打った。コードの線がラジカセから抜けて、掠れた男性の声が聞こえる。音声が古いのかその人物の元々の声なのか酷くガサついている。
「いつつ……あ、仙道の兄貴。ご無沙汰に御座います」
尻を押さえて立ち上がろうとした那須家は、俺を見た時に発した小さな悲鳴を隠すようにヘラヘラと笑いながら立ち上がった。俺が黙って睨むと挙動不審に目を逸らし手を胸の前に持ってきていた。
まるで取って食われる鼠のようだな、行き詰まったから頼らざるを得ない俺はじゃあなんだと言われれば……そうだな、ラブカでいいか。海底に引き摺り込んで息苦しく藻掻く小さな命を丸呑みする……その前に水圧の違いで陸に近づけば大変な目に合いそうだが。違う、そういうのは今はいいんだ。
どうでもいいと考えを振り払いつつ、本来の目的を果たすべく話題を切り出した。
「那須家、さっきメールしたことなんだが。早速――」
「おいダイキ、ちょっと聞いておきたいんだが……」
横からぬるりと割り込んできやがった森野が言葉を制止してきた、最近のうまくいかない環境のせいで沸点が低くなっている。だから森野の割り込みにすぐ苛立ってその巨体を睨みつけてやった。一瞬たじろいだものの、意を決したように勝手に話し始めた。
「悪い、割り込んで……最近、ほとんどバトルしてないんだろ?那須家の所にも近くの模型店にも行っていない。お前、どうしちまったんだよ?なんかあったのか?」
「……何が言いたい、俺が誰かとなにかあったとでも言うのか?」
切り出しづらそうに、森野の口が動いた。他人の癖をとやかく言いたくはないが、気まずそうにすると顔が赤くなるのは如何なものか……正直、恐怖を覚え身構えてしまう。
「えと、俺は……その……お前が川村アミに振られて落ち込んでるんじゃないかとは……思っている、勝手に」
歯切れの悪い言葉を並べて、勘違い甚だしいことを言いやがった。深夜の神谷コウスケの件も相まって頭の血管が一瞬切れそうになった、なんでそういう風になるんだよ。俺たちの間になにもない……なにも……ないわけじゃないが。なかったんだ!
「すまない、本当に振られたんだな……元気出せよ」
「まじか残念だったな、ダイキ。顔だけはいいんだから次があるぜ……顔だけは本当にいいんだけどなぁ、顔だけは」
「明日は明日の風が吹くもんでさぁ、兄貴。もっとも、あっしの言うこたぁ、
俺の沈黙が答えと言いたげに、三者三様にそれぞれ俺が失恋したという結論を出して言いたい放題言ってきやがった。今すぐナイトメアで切り刻んで絶望の淵に叩き落としてやりたい、そうだったとしても俺がそんな女々しいことで落ち込むか。
もう面倒だ、変に噂にでもなれば俺の平穏が崩れると心配していたのが間違いだったのかもしれない……いっそのこと全て白状すれば楽になるのやもしれないな。
俺は持ってきていたタブレットを取り出し、今まで書き溜めてきたものをまとめたフォルダを開き、架空の失恋を囃し立てる馬鹿どもに差し出してやった。
「ダイキ、これは?」
「そこに、この一ヶ月近く俺がなにをしていたかが残っている……黙って見ておけ」
ちょうど真ん中にいた森野が受け取り、画像を開いた途端顎が外れるんじゃないかという勢いで驚いていた。風間も那須家も森野ほどじゃないが感心を示すように食い入るようにタブレットを見ていた、バトルの腕前なら嫌と言うほどわかるが。こいつらにデザインの良し悪しなんて見せて伝わるのだろうか、褒めていたのが神谷コウスケだけだったから今更心配になってきた。
「す……凄い数だな。お前が絵も設計図も描けるのは知っていたが……またなにか企んでるのかよ、もう誰もお前に勝てないのに」
「なんですか、裏でそんな途方もない真似をしてたってんですかい。あっしらの早とちりで騒いだのが馬鹿らしくなりやすよ……まったく、すげぇを通り越して呆れて開いた口が塞がらねぇや。さすが兄貴」
ただ面白がって眺めている風間以外、呆れを言葉にして俺にぶつけて来た。誤解が解けたかどうかは知らんが、本題には移せそうだ。震える手でタブレットを押し付けるように返してきた森野の目が死んでいるのもお構いなしに、説明をつけ足すように話し出した。
「今、訳あって神谷重工の神谷コウスケという人物と共にLBXのデザインを考えている……もっとも、俺はあくまで発案のみ。奴は今A国に居る坊っちゃんのご機嫌取りの最中ってわけだ、ベビーシッターにでもなった気分だ」
「か、神谷重工!?あのニュースの……お前、ずっと思ってたが只者じゃねえな……どっかのエージェントかスパイだろ!なにが狙いだ!俺達は一般人だぞ!」
「森野の旦那、そんな御伽噺のような話があるわけ御座いません。ここは現世、狸に化かされてはいけませんぜ?……狐にはつままれたようなもんですが」
「へー、ダイキやっぱすげーんだな。後でサインちょうだいな!有名になったら金に換えてやっから」
話が一向に進まない、やはり判断を早まった。
「……そのデザイン案に行き詰まったから、俺は那須家に相談しにきたんだ……川村アミとはもう……何もない」
言葉が詰まりつつも本来の目的を口にした、したつもりだったのだが。気がついてしまった。
言葉にすればこの一ヶ月、会いたいと思う反面俺から一切のアクションを起こしてないことに気がついた。神谷コウスケを言い訳にして連絡を絶っていたようなものか……かなり怒っているやもしれない、むしろ忘れられているのかもな。
いや、あんなことがあって忘れられたら大した大物だけどな。川村アミならありそうなのがまた、なんとも。
「はぁ……次はワイルドフレームをご所望らしくてな。那須家!とりあえず何個か適当に描いてみたのがある、意見をくれ」
「へい、良しなに」
無理矢理に話題を移行して、那須家と興味本位で残った森野と風間と共にデザインを練っていった。
でも、本音は川村アミにも聞いてみたい。客観的な意見もいいが、やはり話しやすく的確な指摘をくれる彼女に会いたい……せっかくだから今度電話してみるか。
怒るだろうな、放置しまくってたから、心配もさせているかもしれない……顔をみたらまた頬を抓られるかもな、気をつけなきゃ。
それまで、もう少し良いデザインを考えなくては……馬鹿にされないように。