午後のキタジマ模型店で、私とバン、カズはそれぞれのLBXを持ち寄り、いつも通りバトルに勤しんでいた。
見慣れた店内には新作のアーマーフレームやウェポン類の箱が積まれ、壁にはLBXの大会ポスターが貼ってある。
特にこれといって何もない、ただ行きつけの店の中、仲の良い三人のままで、放課後に遊ぶ約束をして集まった……ただそれだけの日常。
「ルールはスタンダードレギュレーション、破壊なしでな」
「分かった、じゃあ行くよ。いっけぇー!オーディーン!」
「今日は絶対に負けねーからな。GO!フェンリル!」
店の中心に設置されたDキューブにバンとカズの機体がそれぞれ投入される、これから行われる戦いに店長や沙希さんも嬉しそうに見守っている。だけど私だけが、心が宙に浮いたような感覚を覚えてただぼーっとしてしまっている。
数日前のミカの言葉がずっと頭の中を駆け巡っている、文字通り寝ても覚めてもずっと……夢にまで出てきたのよ?もう本当信じられない。
授業ではミスをするし、LBXも勝てなくなってきた。おまけに仙道に……仙道に電話しようとしていた時だってあった、私はなにをしてるのよ!ずっと、この一ヶ月ずっと今まで通り過ごしてきたのに。なんで、なんでミカの一言で全部崩れちゃうの!
「そこだぁ!」
Dキューブの中からフェンリルが放った銃声と共に我に返った、空中を飛び回っていたオーディーンを撃ち抜いた場面のようだった。痛いダメージを貰ったはずなのにバンは心の底から楽しそうな顔をしてはしゃいでいた。
「すごい!昨日よりもオーディーンの動きに合わせられてる。カズ、追尾機能をいじったの?後でどうやったか教えてよ」
「ふふん、いいぜ……俺に勝てたら好きなだけ教えてやんよ」
「ほんと?じゃあ今日も勝たせて貰うからね、いくぞ!」
バンもカズも楽しそうだな……いいな。
「なあアミ、次は戦うんだろ?最近ずっとみてばかりだからウズウズしているんじゃないか?」
「え?あ、ああ……店長。今日もいいかな、調子出ないし」
いつの間にか隣に来ていた店長が覗き込むように視界に入ってきた、話をまともに聞いていなかったけど。多分次はやらないの?とかそんなことだと思う。
また使い勝手のいい言い訳を並べて言葉を濁せば、困ったように眉をひそませつつも「そうかい」と言って顔が引っ込んだ。
店長に心配をかけてしまった……それらしく振る舞おうと顔を上げると、腕を上げて喜んでいるバンと肩を落とすカズがいた。結果は今日も変わらなかった。
「くっそー……空を飛ぶなんて反則だろ、スナイパーの敵だ!地に足つけて戦いやがれ」
「えーズルはしてないのに」
私の心とは裏腹になにも悩み事のないふたり……なんか見ているだけで疲れてきた。私は、一体なにをしたいんだろう。
うじうじして二の足を踏んで言い訳ばかりでどっかの誰かさんみたいね、きっと皮肉も出ないほど馬鹿にされてしまうんだろうな。
「なーアミ、最近見てばっかじゃん。ふたりでバンのことやっつけようぜ」
「ふたり同時に相手!?……だとしてもオレは負けないけどね。さぁアミ、バトルやろ――」
「ごめん、ついてきてあれだけど。やっぱ今日も調子出ない……本当にごめん」
ここまで白熱したバトルをみても、私はCCMを握る気力が湧かなかった。バンに誘われて、ここを訪れれば調子が戻ると思ったけど……やはり駄目だった。
ちらりとふたりをみると、不安そうに私を見ている。別に心配されたくて、構って欲しくてついてきたわけじゃないのに。
いつしか、盲目的だった自分に向けられた悲観的な視線に敏感になっていた。まるで哀れむような目、囁かれることへの疑惑、後ろめたい感情への拒絶感を煽るようなこの違和感が日に日に濃くなっている。前は感じることすらなかったのに、なんで?私はどうしちゃったの?
「なんだか……いや、やっぱ帰る。変な空気にしてごめんね、また明日」
「う、うん。またね!……カズ、もっかいやろうよ」
「あ、ああ。分かった……」
さよならの挨拶も顔を見てまともに出来なかった、背中越しに楽しそうな声が聞こえるのに耳を塞ぎ、知らんぷりをして店を出た。
夕焼け空の下に出て、思い切り空気を吸い込む。肺に新鮮な空気を入れても気分は晴れない、誰かこの落ち込みを治す薬でもくれればいいのに。
「真っすぐ帰る気も起きない……河川敷にでも行こうかな」
重い足を引きずるように、まだ賑やかさが残る商店街を抜けて河川敷を目指した。
夕焼け空を切り裂くように電車が走っているのが見える、階段の下にある原っぱでまだ家に帰らなさそうな人々がLBXを楽しんでいる。
まるでそれが遥か遠くの出来事のように感じつつ適当に寝転がれそうな坂に腰掛け、膝を抱えて遠くの空を眺めた。
いつかみたいな朝焼けと似ても似つかない空模様に、時間の早さを実感してちょっとだけ悲しさを覚えてしまった。
「……どうしちゃったんだろ、私」
口から零れ落ちた言葉に更に気分が下がっていく。CCMが何度か震えた気がしたけど、手に取る気にもならない……今は独りで黄昏ていたい。
小腹を満たそうとさっきコンビニで買ってきた紅茶を飲みつつ、割引されていた菓子パンを食べる……パサつく生地と歯に粘りつくような砂糖の塊が口の中に残っていく、あまり美味しくない。買い食いなんてして、本当……私って駄目ね。
味を感じる余裕もないまま頬張って、紅茶で一気に流し込んだ。ため息を大げさに吐き出しながら、まだ満たされないなにかを埋めることもなく遠くを眺めた。でもなにもない、なんだか全てが面倒くさい……謎の気だるさに押しつぶされるようにまた膝に顔を埋めて暗闇に潜った。
こうすれば、少しは楽になれる気がするから。
「会いたいな……」
「誰に?」
「……仙道に」
心の内側から遂に漏れた本音に頬が熱くなる、それと一緒に目元にも熱が溜まって涙となって流れ出てくる。私の横に腰掛け、隣にいるなにかが袋をまさぐる音だけがよく聞こえる。
きっとカズね、こういう時にいつも駆けつけてくるし。なにかを割る音が聞こえたかと思えば、目の前に差し出された。埋めた顔を上げればモナカアイスがあった、気を使わせるつもりなんかなかったのに。お礼言わなきゃ。
「ありがと、カ……」
いつもの優しさをちゃんと受け取って顔を上げた、そして信じられないものを見てしまって理解が追い付かず固まってしまった。
「……え?」
情けない声が漏れた、でもそいつはあっけらかんとしたまま掴みそこねたモナカアイスを私に握らせてもう半分のモナカアイスを咥え、コーヒーの缶を開きながらなんともなさそうに答えていた。
「アイス溶けるぞ、川村アミ」
サクリと歯応えの良い音を響かせて、まるで今まで通りずっとそこに居たかのように振る舞う。ずっと会いたくなくて、会いたかったあいつがいる。
手の熱で溶けかけたアイスがベタつき始めたので、とりあえず一口食べて生意気なあいつの名前を口にしてしまった。
「チョコ……入ってないじゃない、本当にカカオは嫌いなのね。仙道」
違う、もっと別のことがいいたい。なんで連絡してくれなかったの?なんであれからLBXやってないの?なんで……なんで、ずっと会いたかったのに、あんたは平気だったの?
言いたい言葉がたくさんある、文句も言いたいし泣いて喚いて仙道を困らせてやりたい。そんなことをずっと……この一ヶ月ずぅっと考えていたのに、最初の一言がそれだなんて。
「モナカアイスはバニラが至高だ、世の中の常識だな。チョコレートは邪道だ、硬いし甘ったるいしな」
「い、苺ソース入ってるのが昔好きだった……」
「へぇ、そんなのもあったんだな。糖尿病まっしぐらだろうな」
まるで一ヶ月、この長い空白が無かったかのように普通に話しかけてくる。対して私はぎこちなく、返答らしいことを言えているのだろうか。
なんて切り出そう、見た感じ私の知っている仙道なんだけど……聞きたい、今まで何をしていたかすごく聞きたい。
「ねぇ……仙道……」
「ん、なんだ」
モナカアイスを食べ終え、コーヒーを飲みきった仙道が私と目を合わせてくる。でもそれが異様に嬉しくて、でも変な顔になってるだろうから見られたくなかった。
だから顔を逸らして立ち上がり、逃げるように道に出てポケットからDキューブを取り出してしまった。
不思議がる仙道を見ないようにスイッチを押して投げる、展開されたDキューブに取り出したパンドラを投入してしまう。あんなにやる気の出なかったはずなのに、CCMを握って興奮が冷める間もなく口が勝手に言葉を出して振り向いた。
「バトル、やろうよ……久々に」
私、絶対変な顔してる。仙道が目を丸くして私を見て口を何回か開けては閉じてを繰り返しているんだもの、どうしよう……変な風に見られてるのかな?
なにかを考えて無言で立ち上がり、ナイトメアとCCMを取り出してDキューブに投入した。
「最近ご無沙汰なんだ、手加減してくれよ」
などと言いつつも画面を見ずに慣れた手つきでボタンを押せばナイトメアが杖を構えた。
この……ずっと待っていた時が、遂に訪れた。目に溜まった喜びを見せないよう袖で拭ってCCMを構えた。
「うん……やろう!」
パンドラが力強い一歩を踏み出し、ナイトメアの右腕目掛けてダガーを突き立てれば赤子の手をひねるように柄の部分で受け止めつつ、受け流した拍子に石突でパンドラを一蹴する。
かなりのダメージが入ったので大きく下がり再び構え直す、余裕と言わんばかりに肩に杖を置いて高い場所から見下ろすようにこちらを観察している。
「ねぇ……ご無沙汰って言ってなかった?いつも通り滅茶苦茶強いじゃない」
「三回も負けてようやく気がついたか?俺は例えLBXをやってなくたって。ずっと、強いんだぜ?」
ポケットからタロットカードを取り出し、魔術師の絵柄をこちらに向けてまた意地の悪そうな顔をしている。
普段なら腹が立ってしょうがないのに、今はもう嬉しくて嬉しくて……負けていて悔しいのにずっとニヤニヤが止まらない。閉じることができない口から声が漏れてしまうほどに。
「うん、強い。やっぱ仙道はずっと強い!だから一緒にいて楽しいし、いつか絶対勝ちたいの!」
心からの本音が溢れてももう気にならない、今できる精一杯の攻撃を喰らわせるためだけにボタンを押した。
ナイトメアに向けて飛び掛かったパンドラが鋭い攻撃を浴びせる。殴るように繰り出されるパンドラの攻撃を右へ左へ確実に避けていくナイトメア……攻撃は未だ当たらない、だとしても。
機体スレスレで掠れていく攻撃、徐々にパンドラのスピードがナイトメアに食い下がり始めている事実。それに仙道に会えた事実だけで調子がすこぶる良い、だから今日はできるかもしれない。仙道に勝つことが!
「そこ!もら――」
「遅いっ!」
隙をついてダガーを腹部目指して突き立てた、だがナイトメアの素早い突き攻撃がパンドラの腹部に突き刺さりそうになる……かかった!予想通り。
素早くダガーを下げ、向かってくる杖の先をジャンプで躱す。地面に突き刺さったのに思考が一瞬止まった隙を狙って、顔面に強烈な蹴りをお見舞いした。怯んだナイトメアの肩に脚を乗せて思い切り飛び上がり大きく距離を取ることに成功した。
武器を構え直し、ナイトメアと向き合う。CCMから顔を上げて仙道をつい見てしまう。目を見開きまるで獲物に狙いを定める捕食者のような威圧感を感じる、バトルジャンキーな一面が出ているな、しばらくバトルしてないのは本当だったのかな。
「ほう、伊達に死地を乗り越えただけはある。やはりお前はすごいな」
「だって、あんたとずっと一緒だったから……だから、絶対倒す!」
意気込みと共にパンドラが力強く大地を蹴ってナイトメアに駆け出す、それと同時に高所から降りつつナイトメアもパンドラに向けて杖を構えた。
振り上げられた杖の一撃をヒラリと避けつつ左腕目掛けてダガーを振り上げ当てていく、お互いに攻防を繰り返しほぼ互角な死闘が続いていく。
楽しい……ずっとこうしていたい、そんな叶いもしない願いをしてしまう位に、心の底から楽しめている。
「これでフィナーレだ!アミ!」
「負けない、絶対に負けない!」
互いの最後の一撃が放たれた、ナイトメアの杖がパンドラに直撃し、パンドラのダガーもナイトメアに突き刺さった。その瞬間、お互いの機体が反動に勝てずふっ飛ばされた。
それからすぐ二機共に青白い光を放って倒れ、この試合は引き分けとなって決着がついた。
「あーあ、引き分けになっちゃった。仙道、もっかい!もう一回!」
「飽きないねぇ、さすがに疲れた。少し休憩しよう」
「えーもうちょっとやりたいのに……でもそうね、わかった」
これからって所なのにCCMを仕舞って軽く欠伸をしながら提案をしてきた、仙道のそんな態度にムッとして頬が膨れてしまう。でも事実、連戦でパンドラが汚れているし、メンテナンスも兼ねての休憩には確かに賛成だ。
Dキューブからパンドラを取り出して、「ありがとう」との労いの言葉をかけてあげた。
「そうだ、メール読んだか?さっき送ったんだが」
「メール?見てないわよ、なんか大事な用だったの?」
「そうか……」
ナイトメアを回収して、目を背けつつ持ってきていたトートバッグを拾って中に入っていた高そうなタブレットを取り出した。
その画面を操作して、こちらに差し出してきた。意図も分からず首を傾げていると、顔を赤くして頬を搔きながら照れくさそうに口を開いた。
「一ヶ月、連絡もなにもなくて悪かった……俺はこれまで、こういうことをしていた。だから、お前の意見が欲しくて来たんだ」
渡されたタブレットを受け取って中身を見てみれば、ピエロっぽいデザインの機体が何枚もあった。ジョーカーやナイトメアっぽいけど見たことがない……多分仙道の口ぶりからずっとこれに掛かりっきりだったらしい。
「なんで、こんなことを今……私、ずっと忘れられたんじゃないかって……」
不意に零れ落ちた本音と共にタブレットに水溜りができていく、ここぞとばかりに文句を重ねようとしても目元の熱と鼻水でどんどん感情がぐちゃぐちゃになる。
言いたい、言わなきゃと思えば思うほどに言葉が詰まってタブレットが濡れていく。
「お、おい。なにも泣くことは……わかった悪かった、そこまで心配させてたんだな。なに食いたい、ケーキか?買ってやるから……ほら鼻水出てるぞ。きったない顔で泣くなって」
涙で顔は見えない、でもらしくないほど焦っているのがわかる。ティッシュかなにかを差し出すため近寄ってきた足音が聞こえた、だから……嫌がられるのも百の承知だけど、どうしても堪えきれなくて。私は――。
「バカ!バカ!仙道のバカ!私……ずっと苦しかったのに……ずっと嫌われたって思ってたのに、当たり前みたいに接触してこないで!謝って!一ヶ月ほったらかしだったこと!ちゃんと!」
一瞬だけ怯んで避けられないその胸に思い切り飛び込み、ティッシュの代わりとして仙道自身に顔を押し当て、精一杯ダメージを与えていた。引き剥がそうともがいて頭に手を当てる仙道に負けないよう、抱きついたまま全力で踏ん張った。困ったように小さく声が漏れる仙道の体温を全身で感じながらも嬉しさが空っぽだった胸に溜まっていく。
距離がほとんどゼロになったからこそ言える、最後の気持ちを言葉にした。
「仙道……やっぱ好き……大好き」
止まらない感情が形となって飛び出しても、もう恥ずかしさも後悔もない。徐々にお互いの体温が上がるのを感じた、そしてようやく。仙道の口からも本音が言葉になった、ずっと聞きたかったあの日の続きがそこにはあった。
「ご、ごめんな……俺も、好きだよ。川村アミ」
震える手で頭を優しく撫でてくれた、それが嬉しくて……どうしようもなく幸せで。人通りが多い河川敷なんてことも忘れてふたりでしばらく幸せを噛み締めていた。