原作とのズレは多いかもですが、ご愛顧ということで
よしなに
穏やかな休日、静かな住宅街に佇む異様な外見。電子的になった街並みに置き去りにされたような外観、外壁は謎のツタ植物が覆い、窓から見える店内は人を寄せ付けんと言わんばかりにカーテンがされていて見えない。異質な建物の前に、ひとり場違いな少女が今まさに入る覚悟を決めかけていた。
LBXの大会が開催されると言われ来てみたものの、本当にここであっているのか……貰った情報を再度確認しても間違いは無さそうだ。息を整え重く冷たいドアノブに触れ、ゆっくりと捻る。扉を引けば中から重っ苦しい空気が漏れ出し足が竦む。だがここで逃げ出す訳には行かない……進まなきゃいけないんだ。
どうしてたったひとりだけで、こんな場所に来ることになったのか……始まりは五日前だった。
仙道に勝利を誓ってからだいぶ日が経った。自画自賛をする訳じゃないけど、勝率は上がって安定して戦えるようになった。パンドラの動きのキレも上がり、勘も冴えている。向かう所敵は無しといっても過言ではないだろう。
しかしなにかが足りない。街の人やバン達といくら勝負していても手応えらしいものが掴めない……小さいながらまた壁にぶつかってしまったようだった。
現状を打破する解決策が見つからないまま、悩んでいた所に助け舟を出したのは郷田の一声だった。「拓也さんに相談したらどうだ?」と。
その言葉を頼りに善は急げとブルーキャッツに呼び出し、事情を話し相談に乗ってもらっていた。忙しいだろうに合間を縫って来てもらえた、感謝しかない。
「なる程な、アミにしては珍しい相談だ」
「うーん、そうなのかな?とにかく。これ以上出来ることが思いつかなくて……拓也さんならいい案が出るんじゃないかと思ってたんです」
サービスといって出してもらったオレンジジュースを有り難く飲みながら回答を待つ。爽やかなオレンジの甘さに癒される……でも店主のレックスが不在なのに、許可なしで飲んじゃって良いのかしら?
シーカーの代表やタイニーオービット社の開発部の責任者として、アドバイスを貰えたのなら……なにかしら打開策を得られれば御の字だ。
「経験を積むのはいいが、相手が変わらないんじゃ意味がないんじゃないのか?場所を変えるのも手だと思うぞ」
「そうね……アキハバラとか?でも怖い場所あるからちょっとな」
「場所とはそういうことじゃない、こういうことだ」
そう言うと拓也さんは壁に貼られていた一枚のチラシを剥がし持ってきて、私に差し出してきた。それを受け取りさらっと目を通す。デカデカとサイバーランス社のロゴと宣伝文句が書かれた派手な仕上がりだ。情報がごちゃごちゃしていて凄く読みにくい。
「隣町の大会?……テストプレイヤーがどうこう書いてあるけど、これは?」
「ネオアポロンというアルテミスよりは小さいが、ちゃんとした大会だ。サイバーランス社の優秀なテストプレイヤーがプロデュースしている、そのLBXの戦闘データが欲しいらしい。かなりの盛り上がりを見せているようでな、相当の人物だそうだ」
「へぇ、誰がくるか予想できそうだけど」
「変な場所に行くより、こういった大会で腕を磨けばどうだろうか。きっとよりよい刺激があると思う、しかし……」
次の言葉を濁すように唸る拓也さん、苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。パパが見ていた刑事ドラマで推理をしているおじさんみたいだった。
「運営側の予想を超えるような盛り上がりを見せているらしい。かなりの激戦が繰り広げられると予想される……紹介しておいて何だが、危険だったろうか。やはり別の――」
「いえ、私行ってきます!激戦区ってことはかなりの実力者が集まっている証拠ってことですよね?大丈夫、アングラビシダスよりは安全っぽそうだし」
困惑気味な拓也さんの言葉をぶった切り、食い気味に答えて見せた。
まさに私が望んでいたこと、この大会に出て普段出会わないプレイヤーと戦えば……きっと打倒仙道への糸口が見えるかもしれない。
「そうか……わかった、登録は俺のほうで済ませておく。未成年じゃ何かと不備が多いだろうからな、当日は郷田か誰か呼ぼうか?」
「いつもいるメンバーが一緒だと刺激ないじゃないですか、私ひとりでお願いします」
きっぱりと断りを入れる私の顔をまじまじと見て、ふっと息を漏らし目を閉じた。
「わかった、賢い君ならいい結果を残せる筈だ。頑張ってくれ」
拓也さんに必要な情報をメモして渡し、当日の試合に向けて準備してきた……つもりだったのだけど。
「こんな怖そうな所なら、郷田にでもついてきてもらえばよかったかしら?……でもひとりで行くって決めたし。そもそもみんな用事で来られなかったし……あー憂鬱」
扉を開ける手を止め、ふと拓也さんの気遣いを素直に受けるべきだったと後悔する。今更逃げ出すとかしたい訳じゃない、気張るべくお腹に力を入れて扉を開け、中に入ろうと一歩踏み出す。
「おい、こんな所でなにしてんだ」
「ひぃ!ごめんなさい!」
背後から聞こえた声に思わず腰が引け、いつものカズのような情けないことになってしまった。入り口でもじもじしてしまい他の人の迷惑になってしまった、謝らなきゃと振り返って見上げた瞬間。そんな弱気はどこかに消え去ってしまった。
「え……せ、せん……どう?」
道端の虫でも見るかのような、呆れたようなその冷めた眼差し。正直あまり会いたくなかった仙道がそこにいた……最悪!なんでよりによって――。
「せ、せん……な、なんでここにいんのよ!?今日はなにしに来たのよ」
「その言葉、リボンででも着飾ってお返しすべき言葉じゃないのか?俺はここの大会のために来てるんだよ」
目線を横に逸らしたかと思えばまたこちらを見て、私を品定めするようなしっとりとした視線を向けている。
「なんだ、あんたも出るのね……実は私もよ、ちょっとした腕試しに」
「ほう、それは失礼した」
仙道は含みのあるような答えをし、私を押しのけて店の中に入ろうとする。折角会えたんだ、軽口叩くくらいならしても良いだろう……と思って言葉を投げかけた。
「この大会、ポイント制なんですってね。戦えるかどうかわからないけど、相手してくれるのを楽しみにしているわ」
「そうかよ……」
今度は辺りを見渡し、なにかを探すように視線を動かし首を傾げ。再び私の方に向き直った。
「どうせ山野バンも来ているのだろう、どこにいる」
「来てないわ、今日は私ひとりよ」
私がいつも他の人と居ることが多かったからか、さぞ珍しかったのだろう……思いもよらなかった回答に目を少し見開いて言葉を詰まらせていた。どうしてそんなに驚くか分からず、今度は私が首を傾げてしまう。なにかを頭の中で整理し終わったのか、間の抜けた顔のまま仙道は疑問を口に出した。
「なら……誰と組むんだ?」
「なにそれ、知らない」
「お前……」
何かを言いかけた口を噤む、いつもなら皮肉でも溢れる筈の口を閉ざしたことに若干の違和感を感じた。目を細めじぃっと見つめていると、軽い咳払いをして仙道は再び言葉を続けた。
「受付はまだなんだろう?俺もだ、とっとと済ませるぞ」
なにかを急かすように店の中に入っていく仙道を追うように足が動いた。扉の先は暗く、未だ緊張は解けないが……いつまでも二の足を踏んではいられない。この空気に飲まれてなるものかとようやく店内に足を踏み入れた。
「ほら、名前をここに書くんだぞ」
会場の受付でもらった紙とペンを差し出され、とりあえず受け取る。なにか注意書きが書かれているようだが、店内は薄暗いせいで読みにくい。
「ねえこれ……ちっちゃくなんか書いてない?注意書き?しかも名前の項目がふたつ並んでるのはどうしてかしら?」
「知るか、受付時間を過ぎるから急いでくれ」
なんか急かされているようにも思えるけど、文書を読む時間すら貰えなままに、言われるがまま名前を記載して渡した。仙道自身も名前を書き込み「俺が持っていく」と奥に向かった。
突然ひとりになってしまい、慣れない圧迫感のある会場に唾を飲み肩が竦む。
拓也さんが言っていた通り、やはり来るというテストプレイヤーとやらがかなりの大物なんだろう。想像していたより広かった店内にざっと数えて三十人くらい居そう、所々に見知った顔が見えて謎の安心感で肩の力が抜けていく。
「首狩りガトーにジェイソン・クロサワ……うわ、アングラビシダスに居たクノイチ使いのあいつもいるじゃない」
心に余裕が出始め、店内の様子も確認していく。薄暗い店の中は一昔のアメリカのバーのような雰囲気を醸し出すお洒落な内装、ビリヤード台だったものは作業スペースを兼ねたテーブルに、ライトは豆電球ではなくLEDに。改造は施されつつも映画に出てくる悪党のアジトっぽい雰囲気そのもの。
談笑に勤しむ参加者も皆特徴的で、映画の中に入ってしまった気分になった。ブルーキャッツもそうだったけど、LBXの大会がある場所って雰囲気重視な決まりでもあるのかしら?
「やあやあ、そこにいるのはアミたんじゃないか。もしかして君もネオアポロンに参加するのかな?」
一度聞くと忘れられない程強烈でインパクトのある声に振り返ると、最近よく出会う彼らが立っていた。知り合いに会えた嬉しさから、私の中の取り除けていなかった不安が消え去ってつい笑顔で手を振り返した。
「ユジ……じゃなくて、オタレッドにオタイエローじゃない。あなた達も来ていたのね」
「あ、ああ……アミたん。久しぶりなんだな」
中肉中背のレッドと肥満気味のイエローのふたりが立っていた。
カラージャージに鳥をモチーフにした特徴的な覆面。フェイス面に大きなバッテンを飾り、まるで安っぽい戦隊ヒーローのような格好をしている。コスプレか聞いたことがあるけど、彼ら的にはユニフォームの類らしい……説明されても違いがわからないけどね。
オタクロスという凄腕プレイヤーのご老人の指導の元、常日頃LBXの腕を磨き。アキハバラの平和を守っている……という設定で活動している。なんかの倶楽部みたいなものかな、あまり詳しくは分からない。
「君もここに居るってことは、バン君達も来ているんだね。アミたんは誰とペアを組んだのかな?」
「それとも……まだひとりなの?そ、そうなら……ぼくとペアになって欲しかったんだな」
ハキハキと喋るオタレッドと照れつつもじもじと話すオタイエロー……なんというか、その……うん。オタクの象徴みたいなふたりだなと思ってしまう。
「バンや他のみんなは来ていないわ。今日はひとりなのよ」
またこの質問かと呆れる気持ちを隠しつつ答えると、ふたりは顔を見合わせた。かと思えばアニメのように大げさにのけ反るように驚きを全身で表し始めた。覆面で表情はわからないものの、驚いているのはよく分かる……いややっぱ分からない。普通に喋ってよ、恥ずかしいから。
「あ、アミたん!なんてこったい……まだペアを決めていないのかい?早くしないと受付時間が過ぎてしまうよ!」
「そ、そそ……そうなんだな!急ぐんだな!」
「受付?それならさっき終わったわよ。実は仙道と会ってね、あいつから渡された紙にちゃんと書いたわ……もうなんなのよみんなして、なにが言いたいの?」
話を続ければ続ける程、覆面の下の顔がどんどん青くなっていくのが分かる。特別変なことは言ってないんだけど……。
「嗚呼、なんと恐ろしいことだろう……こんなか弱いレディーを騙すだなんて……」
頭を抱えうずくまるような体勢になり、とてもショッキングだと全身でそれを表している。本当、相手すると疲れる。
「さっきから一体なにが言いたいのよ、私は――」
「こんな所にいたか、探したぞ……おい、なんでお前らみたいなイロモノ集団がここに居るんだよ」
手続きを終えて戻ってきた仙道は私とオタレッドの間に割り込み、親の敵でも見つけたかのように睨みつけて威圧する。オタレッドは仙道の圧に竦みつつも、人差し指をビシィ!と効果音がつく勢いで向けながら決め台詞を口にするヒーローのように告げた。
「私達がここに居ることは今は問題じゃない。それより仙道君!君はなんて酷い男なんだ!みんなのヒロインなアミたんを騙すような酷い仕打ちを……!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃない、俺は騙してなんかいないぜ?」
「そ、そうなのか……いや!だからって。ちゃんと説明を挟まないと失礼じゃないのか!敬意を払ったまえ!敬意を!」
「何も知らずに来たもんだから『協力』してやっただけだ。感謝される事はあっても責められる筋合いはない。特に関係ないお前なんかにな」
なんの話をふたりがしているか……さっぱり理解できない。言葉の渦のせいで頭の中がごちゃついてきて、混乱してぐるぐると駆け巡る思考に目眩を覚える。見かねたようにオタイエローが近寄ってきて小声で話しかけてきた。
「アミたん、本当になにも知らずに来ちゃったんだな?」
「う、うーん……私、会場間違えた訳じゃないわよね?」
「手続きが済んでいるのなら大丈夫だと思うんだな……アミたん、この大会のサイトは見て来たんだな?」
「今日は見てこなかったわね……なんかルール変更でもあったの?」
オタイエローはちょっと困ったように俯いて、CCMを取り出してなにかを操作しながら言葉を続けた。
「この大会、参加希望者が予定より多かったから急きょ二対二のタッグバトルに変更になったんだな。キャパオーバーって奴なんだな」
CCMで検索していた公式サイトを見せてくれた、目を通せば確かに今日の更新にルールの一部変更の記事がある。内容を読み進めながらオタイエローの解説に耳を傾ける。
「運営側も相当迷っての変更らしいんだな、当日になってからの発表でちょっと炎上してたんだな……でも参加者は減ってない。よっぽどそのテストプレイヤーってのが凄いんだな、パンダみたいな客寄せ効果なんだな」
テキパキと分かり易いように解説をしてくれるオタイエローに感心してしまう、第一印象は最悪だったけど噛み砕いて説明するのは得意なのかしら?意外だわ。
「知らなかったわ、教えてくれてあり……あれ?私まだなにもしてないわよ。紙に名前書いただけだし……いやまさか」
オタイエローの解説により、ようやく今置かれている現状がわかり。そのあまりにも絶望的な展開に、全身から血の気が引くのがわかった。
「ようやく理解したようだな」
肩に手が置かれ振り返る。ニヤけ顔の仙道が憎たらしい笑みを浮かべながら、現状一番聞きたかった答えを口にした。
「精々俺様に貢献しろよ。川村アミ」
ポンポンと肩を叩き、どこか満足そうな仙道。怒りや疑問を感じる暇もなく、心情が小さく漏れだした。
「嘘でしょ……」
まだ始まってすらない、大会『ネオアポロン』。予想の斜め上を突き抜ける展開に、溢れ出した不安と後悔を体中に巡らせながら受付終了のアナウンスを聞いた。
「どういうことよ、ちゃんと話して」
受付終了のアナウンスが流れてからすこし後、開始の合図を待つ間。壁側に移動して、入り口で行なった出来事を知らん顔している仙道へ尋問を行なっていた。
本当は口汚く言いたいことが山のように積もっているけど、腕を組み溢れる言葉を必死に堪えて問い詰める。
当の本人は済まし顔のままだが、視線を合わせようとすると逃げるように顔が反対側を向く。罪の意識はちょっとだけでもあるようには見える……なら謝るくらいして欲しいんだけど。
「どうもこうも、ふたりでチーム組めって運営様の方針に則ってやっただけだ」
俺は悪くない、騙されるお前が悪い……そんな言葉が最後にくっついていそうな言い方に顔が引きつったが、今は言い争っていても意味がないのでとりあえず話を進める。
「答えになってないわ、なんで私なのよ。たまたまそこに居たから?事情を知らなくて騙しやすかったから?」
「さぁ……どうだか」
ここに来てまだ白けるつもり?本当腹が立つ。
「さすがに酷いんじゃないの?詐欺みたいな手口しないとパートナー見つけられないの?」
強い口調で捲し立てるように言葉がでてきてしまう、感情に流され言葉が荒くなってしまう。落ち着いて冷静にならなきゃと思う反面で、騙されたという裏切りでイライラして、相手を責めるような言葉選びしかできないのが情けない。
話し始めたのはつい最近、それでも一緒に遊んだりバトルしたり親交は深めていた。だから騙し討ちみたいな真似をされ、信頼されていなかったのが悲しくてたまらない。仙道にとって私とは、手駒のように扱える丁度いい存在にしか思われていない……それが今回の行動に滲み出ているようで、ショックだった。私は信頼されてないの?
「俺の戦いを知っているのだろ?いつ背中を切られてもおかしくない……そんな奴と組みたいか?」
自分ことを分かっているのならしなきゃいいのに……。
「絶対ないね、断言してもいい……だから俺様のやり方で『協力』してやったんだ。咽び泣いて感謝しろよ?」
「ちゃんと自分の立場を分かってるなら尚更、説明して頭を下げるべきよ」
売り言葉に買い言葉なのだろう、仙道の皮肉的で挑発するような発言に私の言葉もよろしくなくなっていく……ああ、逆効果なのに。
「それともなによ、味方を切り捨てないと勝てないっていう自己紹介かなにかかしら?みっともない、魔術師が聞いて呆れるわ」
「おい……今なんて言った?一度も俺様に勝ったことのないお前がよくそんな戯言が吐けたな」
最後の方は声を潜め呟くように言ったつもりが、仙道はすこし目を見開き怒りに声を震わせながら詰め寄ってきた……人が多い分雑音で紛れると思ったのに。
「選んだ相手が悪かったわね。言っておくけど、私は間違ってると思ったら正直言わせて貰うからね!負けた数なんか関係ないから」
「てめえ、嵌められた腹いせでそんなこと言ってんのか?」
「なに、悪い?私より『大人』な仙道ダイキ君なら気にも留めないでしょ?だって凡人の戯言ですもの。お気になさらず」
血走った目を見開き、眉間に皺ができるのが見えた。効いてる効いてる、やはり仙道は思っていたよりだいぶ単純。手の内と心理さえ分かれば手玉に取りやすい……騙された分だけ利用させて貰おう。
「本当は今すぐにでも解消したいけど。決まったことはしょうがないわ、勝ち負けを気にしない生半可な奴を選ぶ捻くれ者さん。今日は私と頑張りましょうね」
仙道とは対照的な爽やかな笑顔を向けながら、和解の合図として右手を差し出す。まだなにか言いたげに口をパクパクしていたが、ぐっと言葉を飲み込み自身の右手を差し出す。優しく握り握手をする、細く長いゴツゴツとした男性らしい手の感触は慣れていないせいで胸の奥がざわついた。
「手つっめた、体調でも悪いの?」
「……今日のこと死ぬまで覚えとけよ」
上っ面だけでも和解は済んだ筈、後はタッグとしてどう立ち回るか話し合おうとした時。マイクのハウリングの音が会場に響き渡り、今か今かと合図を待っていた各々の視線が一点に集中する。仮設されたステージにマイクをもった司会者が立っていた。
「皆様大変長らくお待たせしました、これより『ネオアポロン』の開会式及び大会ルール変更につきましての説明を始めたいと思います。では早速……」
司会者が淡々と謝罪を筆頭に言葉を紡ぐ中、意外にも野次を飛ばしたりクレームを叫ぶプレイヤーは居なかった。異常な静けさに疑問を抑えきれず、隣にいた仙道に耳打ちをする。
「ねえねえ仙道、こういう時って野次とか暴言とか飛び交うもんじゃないの?ルール変更でみんな怒ってないの?」
「さあな、だが粗方想像できる。早く例のプレイヤーを拝みたいんじゃないのか?」
「ということはやっぱり――」
「……では、紹介いたしましょう。本日サイバーランス社よりお越し頂いたこちらの方です。皆様、盛大な拍手でお迎えください」
司会者が手を伸ばした先の人物は、ステージの上に上がってきた。やはりというべきか、予想通りの人物だったことから会場内の文句が飛び交うこともないのにも納得してしまう。例の人物が司会者からマイクを受け取り、らしくないくらい落ち着いた様子で語りだした。
「ご紹介に預かりました、サイバーランス社のテストプレイヤーである海道ジンです。皆様、ご多忙の中ご来場ありがとうございます」
同い年とは到底思えない落ち着いた雰囲気、普通の人と一線を設ける程の貫禄。黒いジャケットに身を包み、バンと幾度となくぶつかってきた天才LBXプレイヤー……通称『秒殺の皇帝』、名前を出されていなくても予想はできた。
「ゲストとして一言述べるよう指示されておりますが、僕から言えることは特にありません。大会の成功を心よりお慶び申し上げます。以上です」
淡々と話す姿勢は相変わらずだなと思いつつ、海道ジンの登場に会場全体がざわめいた。あまりの短いスピーチに司会者もマイクを落としそうになりつつ、ステージから降りようとしていたジンに質問を投げかけた。
「海道ジンくん、参加してくれたプレイヤーの皆さんに一言お願いします」
「……ご健闘をお祈りします」
司会者の奮闘も虚しく、たったそれだけの言葉を残してジンは行ってしまった。いつも通りね。
ジンの呆気ない出番に困惑しつつも、皆のお目当ての登場に会場の空気がガラリと変わったのが分かった。本能的に、参加者のボルテージが上がったのがわかった。
今から始まる想像もできない展開のことを考えると背筋に電流が走る胸の奥で期待が膨らむと同時に、底しれぬ恐怖が這い上がってくる。やれることはやってきた、備えだって十分……のはずだが。唐突に決まったダブルス戦、相棒がよりにもよって『この』仙道。見渡せば強敵ばかり、ここで全部だしきって戦えるのか。自信はない、しかしやらなければいけない。
あの日、仙道に負けた時に誓った、情けない真似はもうしないって。
募る不安を振り払い、大きく息を吸う。
「大丈夫、きっと上手くいく」
言い聞かせるように呟き拳に力が入り、自然と上を向く。
舞台は整った、後は開始の合図を待つばかりだった。