最近、アミの様子が……いやよそう。アミはどんな時だってアミなんだから、俺がとやかくいちゃもんをつけるのは違うな。
隣で楽しそうにクッキーを頬張っているアミを横目に、ずっとなにも変わらないことが嬉しくなっていて、特に話しかける口実もないのに声を掛けてしまう。
「最近、楽しそうだな」
「なによカズ……分かりきったみたいに」
ムッとしつつも内側に潜んだ喜びを隠しきれず、口元が緩んでしまったのを見ながら俺もポテチを食べる。
郷田に誘われて、イノベーターへの勝利の祝賀会だと称してスラムのアジト内で小さなパーティーが開かれている。
いつもは埃っぽくてちょっと汚れてて、まんま秘密基地みたいでどこか散らかっているアジトだったのに。折り紙の輪っかや適当な飾り付けが雑につけられお祝いモード全開になっている……でもセンスがない。
小学生の学芸会レベルの飾りみたいだ、無いほうがいいんじゃないかと思う。だって、あんなスラムって感じの恰好いい場所にパステルチックなピンクでフリフリした飾り付けだぜ?なにをどうしたらこうなったんだよ!誰の趣味なんだよ。
リコを筆頭に郷田三人衆が自慢げに「あたい達がやった!」と、胸を張っていた時は感想に困っちまったな。お菓子のレパートリーはセンスあるけど。
「にしても……もうあれから一ヶ月だぜ?郷田がようやく立ち直ったからって今やるかってんだ」
「なにか理由をつけて盛り上がりたいだけよ、バトルできる口実さえあれば気にしないものよ。きっとね」
アジトの中心に目を向ければ、バンと郷田がDキューブを挟んで向かい合っている。CCMを握りボタンを激しく押して、もう見慣れてしまった光景がそこにはあった。
地中海遺跡のジオラマの中にオーディーンとハカイオー絶斗、まるで北欧神話そのものだな。巨人や神に戦いを挑む英雄……それがどっちがどっちかは勝ったほうが英雄でいいと思う。それくらい結果は重要じゃないんだなって思える、俺達が負ければ世界が……なんてことはもう考えなくていい。純粋な気持ちで楽しめる今がすごく幸せだ。
興奮気味にCCMを見つめるバンはともかく、番長の風格を崩さず凛と構えた郷田はどこか吹っ切れているようでよかった……俺達の中で一番レックスと長く付き合ってたからな。相当辛かったのかもしれない。
「リーダー!あたい達の敵討ち、頼んだよ!」
「まぁ見てろって……バン、次は負けないからな」
「あぁ、こっちだって負けないぞ!」
ふたりのCCMから『バトルスタート』の音声が響いた。
チェーンソーの唸り声とオーディーンが空中を斬る音が聞こえる。
激しい金属音とぶつかる衝撃によって響く音が遠くにいても聞こえてくる、郷田三人衆が外野としてバトルを盛り上げていてさぞ手に汗握る戦いなんだろうな。
遠巻きに見ているだけだから現状は見えないけど、その白熱具合はよく伝わってきた。
「ほんと、飽きもせずやれるよなぁ……さっき俺をボコボコにして満足しなかったのかよ」
「フェンリルとハカイオー絶斗は相性が悪いのよね、もうちょっと対策を練らなきゃ」
「ちぇ、分かってるよ」
痛いところを突かれてしまい、ヤケクソ気味に目の前の個包装のグミを乱暴に口に流し込んで頬張ったが、あまりの味に一瞬固まってしまった。
やっべこれハード系のだ、苦手なんだけどなぁ……と自分の行動を後悔しつつ酸っぱい粉を纏ったグミをなんとかサイダーで流し込んだ。舌の上がヒリヒリして顔の中心に皺が寄ってしまった、それを隣のアミは可笑しそうに見て声を漏らしていた。そんな楽しそうに笑うアミを横目に、どこか安心感を覚えてしまう。
最近、ずっと浮かない顔をしていたからな。なにを話しかけても上の空だったのに、最近じゃまたいつも通り……いやそれ以上に幸せそうだ。
アミの感情の変わりようを見ていてよく分かる、きっとアミは――。
「おうおうお前ら、なに呑気に見物してんだい!暇ならあたいのクイーンと戦いやがれってんだ」
活気のある張った声と共に近寄ってきたリコにふたりして目を向ける。
俺よりだいぶ小さく年下みたいな癖に朱色の学ランに袴?を着ている、サイズが合っていないのか袖や裾を引きずらないか心配だ。郷田以上に目立つ格好をしている、色んな意味で。
「やーだよ、リコはミサイルが厄介だし、マシンガンとスナイパーライフルは長期戦になるんだ。勘弁してくれ」
「ぐ、ぐぬぬ……この前は勝敗が出るまで30分掛かった、それは確かにそうだったけど。だからって二度目は同じとは限らないよ!さぁ勝負だ!」
「だって……相手してあげれば?」
茶化しつつリコの気持ちを掬ったアミをじぃっと見る、お前がやれよなんて言葉を飲み込んで重い腰を上げた。それだけで答えが分かったようで無邪気にはしゃいだリコは、勝敗がついたバンと郷田と順番を交代し自分のLBXを取り出していた。
「負けたらここのみんなにジュースを奢るってのはどうだい?今日のあたいは調子がいいからね、負けはしないよ!」
「大きく出ていいのかよ……じゃあ、とびきりのサイダーが飲めそうだな!」
今日は使う予定じゃなかったけど、取り出したフェンリルをDキューブ内に投入する、ホバーを起動させたクイーンと向かい合って互いに銃を構えた。
バトルスタートの音声が流れて激しい銃撃戦が繰り広げられ、みんなが夢中になって俺とリコのバトルを見ているその隙に、アミが居なくなっていた。
それに気がついたのは、情けなくなる位リコに惨敗してからだった。
「あーあ、散々だな……なんであそこで外しちまうかなー俺」
俺とリコの戦いで盛り上がりを見せていた郷田のアジトから少し離れ、スラムから一番近いコンビニの前まで来ていた。
クイーンを追い詰め、あとちょっとでこちらの勝ちという所で仕掛けられた地雷を踏んでしまって形勢逆転。最後の最後、決死の覚悟で引き金を引いたのに……掠めただけでそのまま蜂の巣になっちまった。
まさかの勝者にみんなで喜んではしゃいで、リコをみんなで胴上げしていた時にふと気がついた、アミが居なくなったことに。
郷田の話によれば電話が掛かってきたとかで出ていってしまったようだ……で、探すついでにジュースを買えってパシらされてるって現状だ。
リコめ……なにからなにまで容赦ねぇな、みんなジュースとかお茶なのにひとりだけ牛乳って。コンビニまで買いに来なきゃいけなくなっただろう、ほんと散々だ。
「アミは……いつもの紅茶でいいだろうな」
戻ってるかは分からない、だとしても仲間外れは嫌だったからつい買ってしまった。会えなかったら……ペットボトルだし、明日渡そう。きっとちょっと呆れながらも嬉しそうに受け取るのかもしれないけど。
「もしかしたら、もう戻ってるのかもな……しかしおっも」
「手伝いましょうか?」
「おう、サンキュー……う?」
横から出てきた手に思考が遅れて袋を渡した、再び歩き出そうとしてやっと違和感に気がついて振り返ると。どこかに行ったと思っていたアミが、ちょっと悪戯をする子供のような無邪気な笑顔をして隣で微笑んでいた。
「負けちゃったのね、どうせあとちょっとだったのに油断してたんでしょ?」
「アミ!どこ行ってたんだよ……みんなで心配したんだぞ」
申し訳なさそうに、眉毛が下がったアミが小さな声で「ごめんね」と呟いて、両手に持っていた袋を半分持っていった。
「で、なんだっけ?電話してたんだっけ……もういいのか?」
「でん……わ……ああ!あれね、えっと……うん、もう大丈夫。ママから晩御飯の相談されてたの、もーせっかちよねー、ママはいつも」
俺は会ったことはないけど、アミのお袋さんはせっかちだと聞く。でも俺は知っている……アミは嘘をつこうとすると、とりあえず家族からの連絡だとか用事だとか、ちょっと人のせいにしがちだ。本当に家族からの連絡なら自分から発信する……そういう所がすごくわかりやすい。
大体予想はついている、だから下手に取り繕ってくれるなよアミ。
「嘘だな、お前はほんっと昔から嘘が下手だよな……なにか隠してるな」
「はぁ!?カズに言われたくないんですけど、じゃあなにか分かるっての?答えなさいよ」
図星だったからか、目くじらを立てて声を荒げたアミを横目に。多分とか、きっととか……そういうレベルを超えて。もはや確定に近い真実を、推理小説のラストスパートへと駆け抜けるように、右手の人さし指をアミに向けてどこぞの英国紳士風に着飾ったまま正解を言い放った。
「彼氏からのコンタクトだな……アミのことだ、やっと仙道と付き合えたとかじゃないのか?」
渾身の推理が決まった、自惚れてついカッコつけたようになってしまった。今更ながら恥ずかしい……こんなこと毎回はできないな。
薄目でアミを見ると、目を開いて固まってしまい、態度から「何言ってんだ」という声が聞こえる。あまりにも無反応で静寂が続くから、早とちりか?アミの沈黙と比例して俺も汗が出始めて目が泳ぎ始める。
あれ、違ったの?どうしよう、この地獄の空気……悪ふざけにしては的外れだし、絶対に地雷踏んじまった。
「あ、わりぃ!違っ――」
「か、かれ……せ……なん、なんで……わか……」
狼狽えて言葉が出せなかったのか、ぶつ切りの言葉を吐き出す中でどんどん顔が赤くなって目が潤んでいく。
必死に言い訳をしたいのだろうが、テンパっている姿がその通りだと言っているようなものだな……本当に付き合ってんだ、マジ?自分で言っといてあれだけど一番ないと思ってたぜ……お前らどっちも面倒くさい性格してるし。
「ま、マジ?お前ら……いつから?」
「……お、おと……とい?」
「一昨日!?つい最近かよ、急に元気になったかと思ったから、仲直りくらいはしてるんじゃないかって予想してたのに……そんな……」
今、喉元に「おめでとう」と「なんでよりによって」の言葉が喧嘩している。
どっちが出すべき言葉かってことに……どちらかを言っても特に違和感はない、むしろそりゃそうだろうなってのが分かる。別にアミも仙道も否定したいわけじゃないんだよなぁ、だとしても仙道かぁ……。
「きょ……脅迫でも、されたのか?」
「そんなわけないでしょ!ちゃんと、仙道から……言ってくれて……その……」
目線があっちこっちに動けば動くほどに顔が真っ赤になっていく。
だからアミが脅された、とか仕方がなかった、とかそんなことじゃないのがよく分かった。ほんの一瞬だけ視界が揺らいだ気がしたが、なんとかその場に踏ん張って理性を繋ぎ止めた。
「あんまり言わないでね、恥ずかしいから……」
口の前に人さし指を運んで、しぃーとした動作をする。片目だけ閉じて、上目遣いでお願いをしてきた。
ものすごく分かり易いあざとさなのに、一瞬で顔に熱を孕んで目を逸らしてしまった……俺はどうも「これ」にいつも弱い。
「言わないけどさぁ、よく受けたな……その……」
「もう!仙道は悪人じゃないってば!」
「性格が難あり過ぎるだろ!というかお前……名前とかで呼ばないんだな」
ふとした疑問を口にすれば、少し不機嫌になって頬が膨らんでいた。
「嫌がられた……無理強いはしないけど、いつかちゃんと呼びたい。でも私のことはアミって呼んでくれるようになったのよ、すごい進歩でしょ?」
「そうかよ……良かったな、とりあえずおめでとう。アミ」
結局せめぎ合っていた言葉はどっちも口に出してしまった、否定ばかりされるとでも思っていたのか俺の祝福に柔らかく笑って「ありがとう」と呟いていた。その笑顔が、どうにも今の俺には棘のように胸に刺さる……それが苦しいってわけじゃないけどなんでだろう、苦しいじゃなく……悔しいのか?
「まあなんというか、泣かされたら俺に頼れよ?LBXではダメダメかもだけど。女の子を泣かせてるのに、なにもしない『友達』じゃないからさ」
「万が一泣かされることがあるとしたら、いつか何百倍にもして返すわよ……あんたが特別なにかしなくても大丈夫。私はちゃんと強いもの」
「おぉ……目が本気だな、こりゃ仙道の命がいくつあっても足りないな」
「泣かせることする方が悪いもの!そんな子を彼女にするのもね」
鼻を鳴らしつつ大きく胸を張って誇らしげにしている、そんなアミの……目の前の彼女が、俺がいつも見ていたアミそのものだった。
それだけが理解できて、どうしようもなく顔が緩んで目尻が熱くなってしまった。アミの目線が一瞬、別の場所に向いた時に急いで袖で証拠隠滅を図り、なにも無かったかのように平然を装う。
最初は仙道なんかと関わって、彼女が変わってしまうことが怖かった。得体の知れない奴にアミが侵食されることがどうしても許せなかった……この感情がなにかは分からないけど、俗に言う「嫉妬」か「恋」って奴だったのかもしれない。
だからずっと不安だった、バンとアミと俺……学校終わりにキタジマに行ってバトルして、カスタマイズのやり方で喧嘩して。それからバトルして負けたらアイスを奢ったりして帰路に着く。
くだらないけど楽しい、そんな毎日が綻びを見せ始めたことが……ずっと不安に思っていた。
俺なりに止めに入ったり、助言をしたり、最悪な可能性をアミに提示して引き止めようとした。俺は仙道がどういう奴か未だ掴めない……だからこそ、アミが辛く悲しむことはして欲しくない。でもアミは、俺如きの言葉では止まらなかった。
「仙道の手を引いていたい」
たったそれだけで危険に飛び込んだり、がむしゃらに進んだり、滅茶苦茶で理不尽なことにも立ち向かえた。
俺のこの気持ちと同じものを、きっとアミも持っていたのかもしれない……俺よりずっと大きく、ずっと深いもので、ブレることもなく。
だからなんだろうな、アミはブレなかった。むしろあんな捻くれた奴を、ちょっとだけマシくらいに引っ張ってきて、ちょっとだけ輪に突っ込ませて、ちょっとだけ……ちょっとだけだけど、たったひとりの人間を変えてしまった。
「そんなアミが……俺は友達で居てくれて嬉しいよ」
「ん?なに、カズ」
振り返ったアミは、夕焼け空の色に照らされて。ちょっとだけ大人に見えた、だから俺も大人にならなきゃな……この感情には、ちゃんとサヨナラをすべきだ。
「なんでもねぇよ!アミ、友達で居てくれてありがとな!お前は俺にとっての、サイッコーのダチだ!」
本心を隠したわけじゃない、ちゃんとした決別として。覚悟を持って感情に名前をつけ、言葉としてはっきりとアミに伝えた。
でも我ながら臭い台詞なのは認める……だからって目を丸くして固まって、ピクリとも動かないのは失礼だろアミさんよぉ!
「おーい!カズ!……あ、アミ!戻ってきてたんだね」
帰りが遅かったのを心配したのか、俺達の元に走ってきたバンも合流する。肩で息をしながら、見つけられた安心感から眉を八の字にしている……今の会話は聞こえてなかったようでよかった。
「電話しても出なかったから来ちゃった、早く戻ろうよ!郷田対郷田三人衆でバトルやるんだって」
「おーまじかよ、郷田だけで勝てんのか?中々の連携だぞ、強敵だからな」
「ウフフ、面白そうね……じゃあ早く戻りましょうか」
見慣れた三人が横並びになって、郷田のアジトに足を進める。バンが郷田のLBXのカスタムの話をして、アミが知的な推測を入れ、俺が静かに耳を傾ける……やっぱふたりは凄い。俺がずっと隣を歩いていたい、そう思えるほどに眩しくて、それでいて嬉しいんだから。
いつぞやに考えた月の満ち欠け、きっと今は満月だろうな……時間が経てばまた欠け始めるのかもしれない、この前以上の恐怖が待っているのかもしれない。
でももう怖くない、だって俺は。俺達はなにも変わらないんだから……なにがあったって。
夕焼けに照らされるみっつの影が、長く延びた先。いつまでも居続けられる、そんな予兆がそこにはあった。