うまくいく確証はなかった。それでも俺の魔術師という名誉を踏みにじられないために、と其処の方が仰っておりました。本当ですぜ?嘘や偽りはありゃしません。御本人のお口から放たれた言葉でさぁ!
いやねぇ?あっしも止めたんですよ、危ないし危険だって。相手は何をしでかすか分かったもんじゃない!鬼や蛇がでたとて、太刀打ちできない。警察に御用になりやしょうって……気に食わなかったのでしょうな。あっしの案に乗っかるなど、エベレストもひっくり返るプライドが黙っちゃおれん!となってしまったのでしょう。
嗚呼、おいたわしや仙道の兄貴……貴方様がもっと「人に頼る」ことをなさっておいでになれば。あのような怪奇は起こらなかったのに。
那須家から準備が全て整ったメールが入り、計画通りにメールを送り返した。
そして少し目立つかのようにアキハバラの道の真ん中を、隠れもせずに歩き出した。お前らの狙いは俺だろ?掛かってこいと口では言わずとも。
昨日の出来事だ、サングラス男は度々見かけるようになったが正体が分かっている以上恐怖は薄れた。それでも鳴りやまない電話と謎の気配が消えることはない……ならばと発想を逆転させて考えてみた。
奴らが手に入れたいじゃなく、もう手に入らないと思わせるのにはどうすべきかと。
「ほ、本当にやるんですかい?警察の厄介になったほうが宜しいのかと」
「お前は、レアなLBXだと使いたくないのか?見せただろ……あのジョーカーの完成形の筈だったジョーカーmk-2を凌駕するパワーとスピードを。俺はみすみす、この力を手放すつもりは微塵もない」
「だからって、アキハバラでご自身を賞金首として挑んできた奴ら全員を斬り捨てるなぞ……岡田以蔵もびっくりの人斬り、いや!LBX斬りでさぁ」
珍しく正論らしいことを口にし、顔を青から白にして慌てふためく那須家を押しのけて、パソコンに文字を入力していく。
内容はこうだ。
『隠れているのは性に合わない。ナイトメアが欲しいのならば、この「箱の中の魔術師」を倒すがいい……コソコソ隠れて背中を斬られるなんざ御免でねぇ。掛かってこい、捻り潰してやる。本日アキハバラの〇〇でお前らゲス共の負けヅラを拝むために待っていてやる』と。
我ながらいい挑発文だ、惚れ惚れする。
「明日、俺がアキハバラについたら連絡する。そうしたらこの文章をこの掲示板に貼れ……いいな?」
「はぁ、仏様も裸足で逃げ出す御方だ。どうかご武運を、としかお声掛けできやせんが……最悪逃げて下さいませ。相手が刃物なんか持っていた時なんか——」
「ただの玩具だぞ?子供の遊びに凶器なんか持ち込む馬鹿がいるかよ、くっだらねぇ」
とかなんとかのやりとりを終えて今に至る。
人が溢れかえる交差点、コスプレをした女性の客引きの声、B級グルメの濃い匂い……溢れかえる電子音と人の足音。ここに混ざって俺の首を狙う誰かが必ず現れる。
歩く度に挙動不審に周りを確認したくなる、いつ誰に話しかけられるかと身構えてしまう……でもそれ以上に。血が煮え立つような、胸が熱くなるような感覚に口角が下がらない。
獲物を探す獣のように、それでいて気取られないように呟いた。
「とっとと現われろ、誰の前にノコノコと出てきたか教えてやる」
大きく息を吸って鼓動を落ち着かせようとした時、誰かが俺の肩を掴んできた。早速あからさまな釣り針に食いついた獲物はこう言った。
「仙道ダイキだな?「箱の中の魔術師」……ナイトメアを持ってると宣う」
ゆっくりと振り返れば、いかにもな三匹の大物が立っていた。震える唇で「そうだ」と言えば、嬉しそうにポケットからDキューブを取り出して顎をクイッとしやがった……それ以上は語らない、でもなにがお望みか理解して。武者震いが止まらない手でCCMを握った。
「さぁ、ショータイムだ」
やはりナイトメアは、俺は強い。ただそれを証明するだけの戯曲……いや茶番になってしまった。
笑っちまうぜ、最初の三人が一番歯ごたえがあるってもんで。その他はぜーんぶ雑魚ばかりだった。
ダガーのブルド、ランスのムシャ、ライフルのグラディエーターでバランスのいいチームで攻防に光る物があった。大会に出れば好成績を残せるだろうなと遠巻きに見ている気持ちになって戦っていた。
あーあ、残念だったよ、俺もとっても悲しいよ。涙はでないが本当だぜ?
俺にバトルを挑んだせいで大事なLBXは胴体から頭がおさらばしてしまったんだからな。
前衛のブルドの破天荒な攻めも、正確なムシャの突きも、グラディエーターの粘着質な追撃も素晴らしかったのに……一度もナイトメアに攻撃が当たることが無かっただなんて。映画にしたら全米が泣くんじゃないかって本気で思っちまったぜ。
呆気なく勝利して膝をつくそいつらから離れれば、どこかに潜んでいた奴らがどんどんと溢れてきた。と言ってもさっきも言ったように弱すぎて一々覚えられなかった。
でも楽勝で勝ちまくった、五対一でも戦ったが向こうの連携が駄目でそこをつつけば簡単に崩れた。
やはり俺のために作られたと言っても過言じゃない程に馴染む、誤差のない反応に誰の目にも追えない素早さ……これで、これで俺は誰にも負けない!
もう俺は、逃げなくていい!
すっかり外は夕焼けの時刻で百人斬り……とまではいかなかったが、相当の数を相手にできた。
聞いたこともない名前ばかりの雑魚が多かった、コレクターとかいうチンピラばかりで退屈だったのが正直な感想だ……カツサンド食ったら帰ろう。
包み紙を開けようとしている所、視界の端に誰かの足があるのに気が付いた。顔を上げれば髪や服装が酷く乱れ、俺よりも年を取っているようだが長い前髪のせいで顔が見えない。
手元を止めて、なんて声をかけようか悩んでいると。目の前の人物から声がする……でも小さすぎて聞こえない、不気味だ。
LBXを取り出す素振りも、話しかけてくる様子も見て取れない。念のためにCCMに片手だけ触れた。
「あの、なんですか?俺今日はもう帰るんですけど」
「……、……」
「気味が悪い……なんもないなら行きますね」
食べ損ねたカツサンドを袋に片付け、逃げるようにその場から去ろうとした。そいつはなにかを呟きながら目だけが俺を追っていて、今まで感じたことのない恐怖を感じた。触れていただけだったのに強く握りしめた時、そいつが振り返って俺の腕を思い切り掴んできた。
掴んだだけならいい、問題はその人とは思えない体温を感じたからだった。枝のような細い指から感じる弱い力と共に氷のように冷たかった、氷を握っていたからだと言ってこうはならない。それにこれを感じているのは服の上からだ、流石に悲鳴だって出るだろう……俺は出てしまった。
「気持ち……おい、離せ!なにが目的だ!」
冷静に取り繕おうともせず、虚勢を張るためだけに声を張り上げた。でも奴はなにも変わらず、小さく言葉を呟いているだけだった。
あまりの不気味さに吐き気を覚えたが、なんて言ってるのかが気になって小さく呟かれる言葉に耳をゆっくりと近づけた。
「返せ」
低く唸るような声、生気を一切感じない目と血の気のない顔に鳥肌が全身に巡り、本能が「逃げろ」と本気で言っていた。
珍しく考えることもせず腕を振りほどいて、無我夢中で目の前に現れた人間とは思えないなにかから全力で逃げ出した。
入り組んだアキハバラの裏路地を駆け出し、慣れない長時間の運動で脇腹が痛み胸が苦しい……運動不足が祟ったな、明日から走り込みでも始めるか。
とりあえず人通りの多い場所に出よう、そしたら警察にでもなんでも電話をかけて……家にしばらく籠城しようか。慣れた場所に侵入されたら反撃ができる、でも今は逃げろ!あれは人間じゃない、人間じゃ——。
埃を被った室外機、錆びた傘と缶コーヒーの山、どこに繋がっているか分からない勝手口や排水管を信じられない速度で通り過ぎ。遠くに見えるなにかの灯りに向けて走り続けた。
鼻につく油をまとった埃の嫌な臭い、なにかが滴って金属板に跳ねる音のその向こうをひたむきに目指し。ようやく目の前にまで迫ってきた。
「よかった、たすか——」
安心したのも束の間、足元に伸びていた排水管に思い切り足を取られ、目の前にあった筈の灯りはコンクリートに変わっていた。
顔が痛い、それに痒くて仕方がない……なんで俺がこんな目に。
顔を抑えながら立ち上がれば、また目の端に誰かの靴が見えて慌てて顔を上げた。そして今回は大丈夫だと理解して、情けない位顔が緩んだ。
「おにいちゃん、だぁれ?お怪我は大丈夫なの?」
目の前に現れたのは小さな少年だった。小学生の中学年?と思われる黒髪の少年。白いシャツに青いズボンで黄色い長靴を履いている。
俺が転んでいる所に駆けよって小さな傘を開いて入れてくれている。その優しさはありがたいが、今は雨は降っていないのに……変な子供だ。
「大丈夫、顔を擦りむいただけだ……カツサンドは無事でなんで俺が怪我するんだよ。いってぇ」
近くに飛んでいったカツサンドの入った袋を拾い、服の砂利を手で払った。腹部を強く打ったせいか胃のものが逆流しそうになって、喉に酸っぱい味がした。
「お絆創膏あるよ、僕のお気に入りのやつ。貼ってあげようか?」
そう言った男の子はポケットから柄付きの絆創膏を取り出した。ウォーリアやズール、ムシャやクノイチがデフォルメされて散りばめられている……明らかに子供向けの絆創膏だ。
「いや、これくらい……」
なんとか断ろうとしたが、子供のキラキラとした純粋な目でまっすぐこちらを見ているので上手い言い訳が思いつくこともなく、溜め息と共に膝をついて顔を差し出した。
なにがそんなに嬉しかったのか、顔をくしゃっとしてはしゃいだまま危なっかしい手つきで包装を取り除いて早速一枚貼ってくれた。それに続いて二枚、三枚立て続けに貼って満足そうに目を細めて頷いていた。
手鏡を取り出して確認すれば、多少傷が見えているのが分かる……まあいいや、感謝を伝えるとまた嬉しそうにはしゃいでいた。
しかし不思議だ。これくらいの年頃の子供がひとりでアキハバラになんて……どうしたもんか。
「あー……ぼく、お名前言える?俺は仙道、仙道ダイキ」
「僕?ユータ」
自身を「ユータ」と名乗った男の子と目線を合わせて質問を続ける。
「お家どこだい?お父さんかお母さんは一緒に来ているのか?」
「おうち……うーん、おとうさんもおかあさんも今は一緒じゃないよ」
「そうか、じゃあどこから来たかは分かるか?」
「分かる!お家から来たよ!」
その場所を今聞いてるだろう。
「えぇっとそうだな……LBX好きなんだろ?良ければ俺の見てみるか?」
ポケットからナイトメアを取り出し、ユータの前に差し出してみた。目を丸くして俺とナイトメアを交互に見たユータは、優しい手つきでナイトメアを小さな掌に乗せて隅々まで観察し始めた。
「か、カッコいい!ダイキ君の手作り?うわぁー……ゲームの魔法使いみたいでカッコいいね!顔すごーい、マントひらひらぁ~、きれーい」
純粋無垢な存在から放たれた突然の名前呼び。そのせいで後に続けられた感想が一切入ってこなかった……ダイキ君?俺が?
「僕も持ってるんだ、ジョーカー!おとうさんがね、たいにー……なんとかってLBXが生まれた会社で働いててね、最近出たやつで、新しいLBXなの」
と言ってユータが取り出したのは確かにジョーカーだった。市販機の真っ白い機体のまま、特にカスタマイズした様子のない機体にも見える。
だが、発言が少々おかしい。ジョーカーは数年前に発売されて新型ではない。親に騙されたな、可哀想に……世間知らずを利用されたな。
「そうか、大事にするんだぞ」
「うん、ダイキ君もね!」
無邪気なふるまいに調子が狂う、いつもの皮肉が封じられて中々に接しにくい。さて、ここからどうするか。
「とりあえず、警察の所に行こう。タイニーオービットだろ?そこのお父さんに迎えに来てもらおうな。ユータ」
「うん、ダイキ君と一緒に」
立ち上がった俺の手に小さな手が触れて握ってきた。さっきの冷たい手を思い出してしまい、慌てて振り返った。今更だが追っては来なかったようで良かった。
「道、どっちだったっけ?分かるか?」
「わかんなーい、お腹空いたー」
「……カツサンド好きか?半分こしようか」
「やったぁ、ダイキ君ありがとう」
成り行きで出会った小さな手のぬくもりに安心感を覚えつつ、入り組んだアキハバラの裏路地を歩き始めた。