編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www   作:かきくけこ

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01. 違和感

 深緑の木々から見え隠れするのは赤レンガ造りの古びた学校だ。東京の摩天楼を背景に日本有数の中高一貫校、政経学院は佇んでいる。その門をくぐる新入生の俺は心臓がどくどくと脈打つのが止まらなかった。

 

 政経学院といえばド田舎の俺の地元でも耳にするほどの名門校だ。ただでさえ人気があるのに、片手で数えられるほどの高等科からの編入枠ともなれば倍率は天井知らず。俺はまだ自分が合格したことが信じられなかった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「編入生の宮下葵といいます。この春から一年五組でお世話になるので仲良くしてくれると嬉しいです。」

 

 まばらに拍手があがる。中等科から内部進学した友人ばかりの教室にあってよそ者の俺は珍しいのだろうか、教室のあちこちから好奇の視線が俺を集中放火した。

 

「加納さん、編入生はいろいろと慣れないことも多いでしょうから手伝ってさしあげなさい。」

 

 年老いて枯れ木のような先生がひとりの生徒の名を呼ぶ。加納と呼ばれた、猛禽のように鋭い目つきのやさぐれた少女が顔を持ちあげた。

 

 先生が加納の名を口にした途端、教室が水を打ったように静まる。俺をみつめる生徒の瞳は憐憫の色で染まり、よそよそしいざわめきが耳を撫でていった。

 

 面倒くさげに眉を顰めた加納がわずかに頷く。教室の雰囲気が一変したことに目を白黒させつつも、俺は加納の隣の席についた。

 

 できるだけ明るく、俺は加納に話しかける。

 

「さっきも名乗ったけれど、宮下っていいます。これからよろしくね。」

「………。」

 

 加納は俺を睨むと、無言で黄ばんだ文庫本に目を落とした。清々しいまでの拒絶に俺の笑顔はひきつる。それならばと前後の生徒に話しかけようとすると、こちらも目を背けられた。

 

 前途多難である、心の中で俺は頭を抱えた。

 

 なんだろう、顔をあわせたばかりなのになぜか同級生に避けられている感覚がする。自分でも気がつかないうちに、なにか失礼なことでもしてしまったのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 新しい教科書を受けとったりロッカーを整えたりして、初日は午前中で終わった。

 

 周りの同級生が中学からの友人で固まって歓談している中、俺と加納のまわりには無数の地雷が埋まっているかのように誰も近寄ろうとしない。

 

 ともかく、このままでは高校の三年間誰とも口をきかずに終える羽目になる。意を決して隣の席の少年に話しかけようとした瞬間、加納が勢い良く立ちあがった。

 

 また教室を沈黙が支配する。生徒たちは加納がなにをするつもりなのかびくびくしながら窺っているようだった。

 

「宮下、なにをしている。いくぞ。」

 

 俺が呆気にとられていると、加納は腕を掴んで教室から俺を連れ出す。不機嫌な顔つきの加納がようやく立ち止まったのは人気のない広い野球場の裏手にさしかかった頃であった。

 

「宮下とやら、なにを考えている。なにを考えてあいつに話しかけようとした。」

「え、いや、それっておかしなことなのか? 話しかけて友達を作るなんて普通のことだろ?」

 

 俺にはどうして加納がそんなことを気にかけるのか理解できなかった。田舎でも東京でもどこでだってまず話しかけなければ友達になれないではないか。

 

 目を細めた加納が真意を確かめるように俺の顔を睨んでくる。そして、俺の頭上に浮かぶ疑問符をみてとったのか深いため息をついた。

 

「まさか本気で学院の事情を知らんのか……? まあいい、わたしは加納要という。とにかく寮の案内ぐらいはしてやるからついてこい。」

 

 寮、という言葉に沈んでいた心が跳ねるのを感じる。政経学院の学校案内のビラには心躍るような豪勢な寮の説明文が綴られていた。

 

 浴室の備えられた個室は当然のこと、広々とした自習室や談話室までぬかりはない。挙句の果てにはナイトプールやジムなど、高級ホテルもかくやといったありさまだ。

 

 実家では考えられないほど贅沢な一人暮らしである、しかも家賃の高い東京において寮費は驚愕のタダ。流石は卒業生の浄財で潤う名門校といったところか。

 

 レンガ造りの古風な校舎とはうってかわって鉄筋コンクリートの無機質でモダンな寮がみえてくる。期待に胸を膨らませる俺の肩を加納が叩いた。

 

「おい、宮下。いったいどこに行く。わたしたちの寮はこちらだぞ。」

 

 振り返ると、加納は寮とは真逆の林へと続く小道のそばで俺を待っていた。

 

 目を瞬かせた俺は、学校案内の写真から切り抜いてきたかのようなこぎれいな建物を指さす。

 

「え、でもそれじゃあれはなんなんだ。」

「あれはわたしたちの寮ではない。」

 

 加納が苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てる。嫌な予感をひしひしと感じながら俺は加納に続いて薄暗い木々の影に呑まれていった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 一歩足を踏み出すたびに林の緑は濃くなっていく。はじめはコンクリートで固められていた道は腰ほどの高さの下草に隠れてとうに見えなくなっていた。

 

 加納が立ち止まる。小道の先、学院の外れにあったのは廃墟であった。

 

 古い木造三階建てで、その茶けた漆喰はほとんどが剥がれ落ちてしまっている。遥かな昔に沈黙したらしい玄関の蛍光灯には蜘蛛の巣がはっていた。

 

「これがわたしたちの寮だ。歓迎しよう、宮下。」

 

 にこりともせずに加納はうっすらと学生寮と記された玄関の表札を叩く。と、どこかで瓦が落ちて割れる音が聞こえた。

 

 もしかして加納はこの今にも崩れ落ちそうなあばら家を寮と呼んだのか。まるで明治か大正時代から時が止まったままの骨董品のような寄宿舎に俺は言葉を失って呆然とした。

 

「そこ、足もとに気をつけろ。床板が腐って穴が開いている。」

 

 寮の中は日中なのにもかかわらず薄暗い。ギシギシとつんざくように軋む廊下をすすむと、ささくれだった畳の上に薄っぺらい布団がぽつんと敷かれた部屋に案内された。

 

「ここが今日から宮下の部屋だ。」

 

 机ひとつない、まるで独房のような部屋で俺はこれから三年暮らしていくらしい。

 

 ゆるんだ壁板から冷たい隙間風が容赦なく吹きつけ、俺は思わず首をすくめる。冗談じゃない、こんな寮で冬を越せるものか。

 

 どうも様子がおかしかった。説明会ではこんな寮の話など一度もされなかったし、教室のぎこちない雰囲気も気にかかる。

 

「手洗いは右手の渡り廊下の先、風呂なら中庭にドラム缶がある。あとは好きにしろ。」

 

 用は済んだとばかりに加納が建てつけの悪い引き戸を強引に開けて廊下に出ようとする。そのすらりとのびた背中に俺は遠慮がちに声をかけた。

 

「あの、聞きたいことがあるんだけれど。」

「なんだ、炊事場のことか? それなら左の廊下のつきあたりだ。薪を林から拾ってくるか、それが嫌ならカセットコンロを買ってこい。飯は出んぞ。」

 

 加納からあまり知りたくなかったことを新たに聞かされて、俺の頬がひきつる。

 

「いや、そうじゃなくてさ。どうも俺たちの待遇が悪いように思うんだけれど、これって気のせいかな。」

「今日を踏まえて全てを気のせいと考えられるのならば、実に幸せものだろうな。それで、わたしたちがのけ者にされているからどうしたというのだ。」

 

 加納がつまらなさそうに髪の毛を弄る。ぞんざいな扱いを気にもしていない様子の加納に俺は面食らった。

 

「……いや、どうしてかなって理由が知りたくて。」

「そんなことか、ならば簡単だ。それはわたしたちが『キタクブ』だからだよ。」

 

 加納が初めて仏頂面を崩し、ほの暗く笑う。そしてそのまま暗い廊下に姿を消していった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 この寮で暮らしている生徒は数十人ほどいるらしい。寡黙な人が多いのか、一日中廊下は静寂につつまれていた。

 

 昼間に慌てて買ってきたカセットコンロで湯を沸かす。カップ麺の侘しい夕食を口にしながら、俺は加納の言葉の意味を考えていた。

 

 いったい『キタクブ』とはどういうことなのだろう。都会の学校に伝わる風習のひとつなのだろうか。もし『キタクブ』だというだけで爪はじき者にされたのなら、そんな理不尽な話はない。

 

 なによりも友達ができないことがつらい。あんな風に避けられていては仲良くなるものも仲良くなれない、実に困ったことだ。

 

 ため息をついた時、眼下をカサコソと這っていくムカデとふと目があう。

 

 なるほど、この寮ではそういう問題もあるのか。俺はその晩ずっと殺虫スプレー片手に死闘を繰り広げた。

 

 

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