編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
講堂に流れる管弦楽器の調べがぴたりと止まる。まばらな客席からパチパチと拍手があった。
吹奏楽部の発表会はその最後の楽曲を終えて、閉会の辞に入る。部長がマイクを手渡されているあいだ、次第に講堂の外が騒がしくなっていった。
楽器を抱えた吹奏楽部の生徒たちは外から聞こえる話し声を首を傾げて不思議がっている。
吹奏楽部の演奏中閉ざされていた講堂の扉の握り手を掴む俺は舞台の端にギターやドラムを抱えた藤森たちと目があった。講堂の外のざわめきは大きくなるばかりだ。
いよいよである。
ばっと藤森たちが壇上に飛び出すと同時、俺は勢いよく扉を開け放った。吹奏楽部の生徒が目を丸くするなか、無数の観客が講堂になだれこんでくる。
講堂に入ってきた生徒はみな片手に学生新聞、日刊政経の号外をもっていた。
司会を務めていた生徒に口を挟ませる間もなく、藤森たちが壇上で演奏の準備を終える。入ってきた生徒たちはその様子に興奮したように口々に話していた。
バーンとドラムが低音を奏で、しんと講堂が静まり返る。なだれこんできた生徒たちの注目がすべて壇上の藤森たちに集まった。
「いえーい! みんな元気にしてた! そこの部長のおかげで地獄の底から帰ってきたよ!」
ベースを構えた三輪がいつのまにか部長から奪ったマイクで観衆に叫ぶ。とたん、怒号とも悲鳴ともつかない生徒たちの叫びが講堂を埋め尽くした。
「軽音部が解散してからずっとうちたちはバンドできなかったけど、新しい部長のおかげで再開できることになった。だからこれはうちらの復帰を祝したパフォーマンスってわけ。」
ジャーンと藤森がギターをかき鳴らす。観客の期待が最高潮に達した瞬間、星川のドラムを合図にかつて絶大な人気を誇ったバンドの演奏が始まった。
◆◆◆◆◆
藤森たちの演奏は軽音楽にまったく明るくない俺の目からしても素晴らしいものだった。いつのまにか手のひらに汗がにじんでいるのを感じる。
すさまじい歓声が響き渡るなか、俺は隣りにたつ稲荷に礼を言った。
「わざわざ号外まで出してくれてありがとうね。」
「いえいえ、かの有名なバンドの復活なんていう特報を教えていただくなど、こちらから謝礼をお持ちしなければならないほどであります。ありがとうございました。」
俺がバンド復活の噂を流布するにあたって協力してもらったのは稲荷だった。日刊政経は学院で信頼されているし、情報を拡散する術など山ほど持っている。
稲荷が目を輝かせながら通知音の止まらないスマホをみつめている。恐らくはあちこちで号外を配りつくしたという嬉しい悲鳴があがっているのだろう。
だが、結果として俺は稲荷に嘘の記事を書かせたことになる。そのことに俺は罪悪感を抱いていた。
「でも、いいの? べつに吹奏楽部は藤森たちの活動を認めてないのに、そうであるかのように書いちゃって嘘にならないかな。」
「ちっちっちっ、日刊政経のモットーは売上よりもセンセーションでありますよ? その報道が読者の胸をうつのならばすこしばかりの因果の逆転も許されるのであります。」
稲荷がニチャリと粘ついた音が聞こえてきそうなほど嫌らしい笑みをうかべる。
それはそれで、学生新聞のありかたとして問題がないのだろうか。俺は疑問に思いながらも、その恩恵を享受していることは間違いないので口を閉ざした。
◆◆◆◆◆
発表会の後、吹奏楽部の部長は渋々ながら藤森たちの活動を認めた。あれほど号外をまき散らされてバンドを復活させた立役者として持ちあげられればそうせざるを得ないだろう。
かくして吹奏楽部の部長はバンド復活の英断を下した偉人として学院の記憶に刻まれた。残念ながらその英雄は苦虫を噛み潰したような、憎悪のこもった顔をしていたが。
バンドを再開できた藤森たちはもう学校をサボってゲームセンタ―に遊びにいくことはない。
久しぶりに学校にやってきた藤森たちのまわりは常に人だかりになっている。あいかわらず猫一匹も近づいてこない俺たちの机とは真逆だった。
だが、そんな寂しさも今の俺は気にならなかった。
藤森たちの復活を一面で伝えている日刊政経の後ろをめくればでてくる選挙近況の記事。そこに記された学級の世論調査の結果に変化があった。
「一年五組各候補支持者数、小野二十六名、宮下五名……!」
俺はその成果を嚙みしめるように読みあげる。そんな俺を加納が呆れたようにみつめていた。
「まだ五倍ほどの差をつけられているではないか。」
「違う、違うよ加納! 十五倍から五倍まで差をつめたんだ、これはすごいことだよ!」
今まで吹奏楽部の指示で小野に票を入れていた藤森たちが俺への支持を答えてくれたに違いない。おかげで差が六も縮まったのである。
ふと俺はこちらをみつめてくる藤森と目があった。
ドギツイ紫の髪はそのままだが、出会った時にあったどこかやさぐれた雰囲気は完全に消え去っている。ひかえめな、しかし確かに明るい笑みで藤森は俺に手を振ってくれた。