編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www   作:かきくけこ

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14. 勉強会

 その日の放課後、藤森たちの次に話しかける生徒を決めようと俺は教室を見渡した。

 

 加納の言葉は正しく、藤森たちの支持を得たとはいえまだまだ小野には世論調査で大差をつけられている。だから俺はまだまだ安心とはほど遠かった。

 

 しかし、問題は『キタクブ』の俺と話してくれる生徒がいるかということである。これまでずっと同級生から避けられているという最大の障害を俺は突破できていなかった。

 

「真面目くん、時間ちょーだい?」

 

 そう思い悩む俺の耳に吐息がかかる。いつのまにか俺まで三輪が椅子をよせていて、その後ろには星川と藤森がいた。

 

 瞬間、空気が凍る。

 

 あの奇跡の復活を果たした藤森たちがよりにもよって『キタクブ』に話しかけるという禁忌を犯した。そのことに教室の誰も言葉を口にしようとしない。

 

「あたしたちずっと授業出てなかったからわかんないとこばっかなんだよね。物理のこれ、教えてくんない?」

 

 そんな絶対零度もかくやといった教室の雰囲気もお構いなしに三輪が物理の教科書をとりだした。力学の問題がわからないらしい。

 

 すさまじい倍率の編入試験を突破した俺は、ひいき目にみても勉強ができるほうだ。だから、三輪の質問も簡単に答えられた。

 

「力の釣りあいの式はね、加速度がないときにつかえるんだ。つまり物体が動いていても速度が同じならつかえるんだよ。だからこの問題はこうやって式をたてて……。」

 

 丁寧に解き方をノートに書いて教える。その甲斐あってか、三輪はふんふんと頷いて納得してくれた。

 

「それにしても、ずいぶんと初めのほうで躓いてたね。次の物理の小テストは大丈夫?」

「いや、ふつうにヤバくてさあ。この問題が解けなかったら小テストはどれぐらいになるかな、真面目くんわかる?」

 

 頭をかいている三輪の瞳は実に不安げに揺れていた。励ましてやりたい気持ちは山々なのだが、かなりの進学校であるここでは気休めにもならないだろう。

 

「厳しいことをいうようだけど、半分もとれないんじゃないかな。」

「マジ! 小テストってガチで成績に反映されるからぱないんだよね。」

 

 大きな声をあげて驚きをあらわにする三輪の後ろでは、星川と藤森の顔色がみるみるうちに悪くなっていった。残念にも今まで遊んでいたツケがまわってきたというわけか。

 

「みやっち、俺を助けてくれよぉ。」

 

 涙目で星川が俺にしがみついてくる。その手には零点であることを大きく赤文字で殴り書きされた小テストが握られていた。

 

「せっかくバンド始められるようになったのに補習にひっかかったら嫌だもんね。俺も教えられるところは教えるよ。」

「勉強会ってわけね、りょ。でも、真面目くんの勉強の邪魔になんない?」

「まあ、故郷では開村以来の神童とか持ちあげられるぐらい成績がよかったし。それに前の小テストも満点だったからすこしぐらい時間が減ってもなんとかなるよ。」

 

 選挙のことも気がかりだが、そもそも話しかけれない今はなにをしても無駄だろう。かくして、俺は藤森たちと一緒に放課後に勉強することになった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「で、どうしてこうなったんだろう。」

 

 俺は遠い目で過去を振り返る。目の前では十数人ぐらいの同級生が机にむかっていた。

 さっそく藤森たちに喫緊の課題である物理の小テスト対策をしようと集まってもらったところ、ほかの生徒たちも青ざめた顔で近寄ってきたのだ。

 

「もともと小野一強のこの教室じゃ文化部の推す候補は絶対に当選しないからって、クラス分けの時に学級委員が文化部の落ちこぼればっかり放りこんでたからこうなったの。」

 

 机一面に広がるおぞましい点数ばかりの小テスト群を眺めながら、藤森がぼやく。

 

「成績不振も生徒指導の対象だから、部から追放されるかもって。みんな『キタクブ』になるのだけは死んでも嫌だからね。」

 

 もしかすると、『キタクブ』の存在こそが学院のすばらしい進学実績の要因の一翼を担っているのかもしれない。複雑な思いを胸に俺は同級生たちの質問をさばいた。

 

 あれほど困っていた俺が同級生に避けられる問題はこうして解決をみる。やはり成績の不振に背に腹は代えられなくなったのか、四六時中俺は質問に呼びとめられるようになった。

 

 もちろん学級で成績がいいのは俺だけではないのだが……。

 

 まず加納は横領を犯したという悪評のせいでその冷たい態度もあいまって流石に誰も話しかけることができない。そして、小野は選挙期間中は教室で姿を目にするほうが珍しい。

 

 つまり結果として俺ぐらいしか頼れる生徒はいないらしい。

 

「小野は『火曜会』の重鎮だからな、自らの当選は大前提であり、そのうえで激戦区の学級へと応援に駆けつけることを期待されている。」

 

 今日も誰も座っていない小野の席をみつめていると、加納がそのわけを教えてくれる。

 

「つまりお前は眼中にもないということだ。」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 候補者の公示からかなりの月日がたって、投票日もあと数週間後に迫ってきていた。俺はようやく話しかけられるようになった同級生の手伝いに奔走している。

 

「ありがと、今日はゴミの量が多くてほんとに困ってたんだ。」

「うん、また教室でね。」

 

 自分の体よりも大きなゴミ袋をいくつもひきずっていた美化委員会の同級生をみかけて、いくつかを運ぶのを手伝ったかと思えば。

 

「これ、なくしてたお守りみつけたよ。」

「え、マジ! ずっと探してたんだ、サンキューな。」

 

 思い出のあるらしいお守りを落としてしまったと嘆く同級生の失せもの探しをして、教卓の下に隠れていたそれを見つけ出したり。

 

「この問題、まったくわからないです。」

「ああこれはね、中学校でメネラウス・チェバの定理って勉強したの覚えてる?」

 

 もちろんテストに不安を感じている同級生が聞いてくる質問に丁寧に答えることも欠かさない。とにかく学級の同級生たちとの距離を縮めなければ当選など夢のまた夢だろう。

 

 学院も近づく選挙に緊迫した雰囲気が流れるようになってきた。それぞれの学級委員の派閥が決起集会を開き、廊下や食堂、あるいは校庭でとあちこちで演説をする生徒の姿がみえる。

 

「それでは、ただ今より一年五組の候補者討論会を始めたいと思います。」

 

 候補者討論会もそうした選挙直前のイベントのひとつだった。

 

 各学級で出馬した候補者たちが討論をするというこの時間は、わざわざ授業をひとつ潰してまで選挙管理委員会によって開催されている。時には選挙の結果を左右する重要な催しだった。

 

「それでは、各候補のみなさまは教壇の上までよろしくお願いします。宮下さんと。……ええっと、小野さん?」

 

 選挙管理委員の生徒が困惑したように教室を見回す。だが、小野の姿はなかった。

 

 小野はこの討論会にすら姿を現さず、ほかの『火曜会』の学級委員候補への応援にむかったようだった。あまりにも侮られていることに嫌気がさす。

 

 だが、俺ごときとりあう必要もないというのは、世論調査の結果をみれば否定できなかった。

 

「では小野さんは欠席ということで。それでこれはどうしましょう、宮下さん。」

 

 どうやらこの場は唯一姿を現した候補である俺の一存によるようだった。つまりは、困って俺に責任を丸投げしたともいえる。

 

 教壇のうえにたち、苦笑いをした。

 

「うーんと、小野がいなかったら討論もなにもないからなぁ。それじゃ、物理の小テストが次の時間にあることだし自習にしよっか。」

 

 教室に歓声が響きわたる。やはり『キタクブ』になりたくないという切実な願いは人を勉強に駆りたてるらしかった。

 

「もしなにかわからないことがあったら、僕が助けになるかもしれないから気軽に声かけてね。」

 

 勢いよく物理の問題集を開く同級生たちに声をかけてから、俺は自分の席にもどる。

 

 結果、問題の小テストはこの学級にしては記録的といってもいいほどの高得点が連発されたらしい。俺が質問に答えたことが役に立ったとしたなら嬉しい話だ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「加納、やったよ! 日刊政経の世論調査だけど、小野が二十六名なのは変わらないけど、俺は十五名ってめちゃくちゃ増えてる!」

 

 セミのけたたましい鳴き声が聞こえるようになった寮の部屋で、俺はむかいに座る加納に新聞の記事をみせつけた。加納が手製のうちわを扇ぐ手を止める。

 

「小野が過半数をとっている事実にはかわりないだろう。」

「でも、最初と比べたら雲泥の差だよ!」

 

 加納が顔をしかめて、冷たい麦茶を入れられて汗をかいているグラスを手にとった。ぐびぐびと嚥下するたびに喉が動く。

 

「そもそも野球部の岩盤支持層を崩さなければお前の勝利は絶対にあり得ない。いくら文化部の生徒の票を集めようが、それは無意味だ。」

 

 加納の鋭い指摘に、俺は言葉に詰まる。それはまったく正しくて、いくら話しかけようとも野球部の生徒には無視を続けられているのだった。

 

 最悪ひとりでもいいから俺に票を入れてくれればいいのだが、そのめどはたっていない。

 

「というか、加納はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。英語、どうするの。」

 

 俺はそのつらい現実から目を背けるように、ちゃぶ台の上にのった英語の問題集を叩いた。今度は加納が目をそむける。

 

「……べつに英語ができずとも退学にはならん、そうだろう?」

「いや、加納。こんだけできなかったら進級も怪しいよ。」

 

 俺の声に、加納はようやく重い手をもちあげて鉛筆を握った。英文を眺めれば眺めるほど、加納の眉間に深いしわが刻まれていく。

 

「宮下、ここのグルリィというのはいったいどういう意味だ。」

「グルリィではなくて、guiltyね。有罪の、とか罪の意識のある、っていう意味の形容詞。」

 

 唸り声とも呻き声ともつかない奇妙な声をあげて加納は完全に停止してしまった。

 

 数学や理科にはめっぽう強い加納は英語というとんでもない弱点を抱えている。今までの成績をみせてもらったが、逆にどうすればこんなに悪い点数をとれるのか不思議なぐらいだった。

 

 加納が問題集と睨めっこをしていると、コンコンと部屋の木製の扉が叩かれる。俺と加納とは顔を見あわせた。

 

 わざわざこんなオンボロ寮に足を運んでまで俺に会いにきたのはどこの誰なのだろう。

 

 扉を開けると、そこにたっていたのは小野と選挙を戦っている俺にとっては犬猿の仲であるはずの野球部の同級生、北浜だった。

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