編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
北浜は小柄でいつも野球部の生徒たちの後ろをついていっている気弱な性格の同級生である。野球部の生徒だから声をかけても無視されるのだが、いつも申し訳なさそうにしていた。
そんな北浜が俺にいったいなんのようなのだろうか。
黙りこくったまま北浜はずっとうつむいている。俺と加納は北浜が口を開くのをずっと待っていた。
「えっと、僕は北浜っていって野球部員です。」
「うん、知ってるよ。返事は返ってこなかったけど、時々話しかけてたからね。……ああ、嫌味とかそういうのじゃないから!」
ようやく口を開いた北浜だったが、俺の何気ない言葉に固まってしまう。俺は慌てて悪気はなかったと弁明した。
しばらくして決心したのか、北浜が俺にむきなおる。真剣な表情で口を開いた。
「僕に英語を教えてください!」
もともと中学に入学した時からあまり成績がよくなかった北浜は、高校になってさらに勉強についていけなくなったという。
「野球部のみなさんに話をしても、相談に乗ってくれるばかりか雑用を言いつけられたり自主練習につきあわされたりでまったく勉強の時間がとれないんです。」
曇った表情で北浜が語る。部活の仲間とはうまくいっていないようだ。
「だから、このままじゃほんとに『キタクブ』になってしまうかもしれなくて……。もちろん、宮下さんとかと一緒になるのが嫌っていうわけじゃないんですよ!」
「べつにそう気をつかわなくてもいいよ。むしろ俺たちが一番『キタクブ』の辛さをよく知ってるからね。」
こちらの顔色を窺ってくる北浜に苦笑する。すると、加納が横から口を挟んできた。
「運動部は大半の赤点が免除されるのではなかったのか。」
「えっ、そうなの。」
加納の明かした衝撃的な運動部の特権の存在に、俺は思わず北浜に目をむけた。北浜が恥ずかしそうにしながら首を横に振る。
「確かにその通りなんですけど、僕は万年補欠だからそんな特別待遇は駄目だって顧問の先生に言われちゃって……。」
なかなか厳しい話である。俺は北浜が気の毒に思えてきた。
「べつにいいよ、それぐらい。あそこにいる加納も英語はからっきしでてんで駄目だから俺が教えてるんだ、ふたりより三人で勉強したほうが楽しいからね。」
体を動かしてちゃぶ台に北浜の座るところを空ける。しかし、北浜はもじもじと膝をすりあわせるだけで動こうとしなかった。
「その、お願いがありまして……。」
「どうしたの?」
「野球部の人たちにはこのことを黙っていてほしいです。」
確かに敵対候補の『キタクブ』と話していたと知られれば責めたてられることは明白だ。そもそも話すことができないから秘密を漏らすことなど不可能なのだが。
「いいよ。」
ほっとしたように胸をなでおろして北浜はちゃぶ台の上に英語の問題集を広げ始めた。
◆◆◆◆◆
「そこ、すこし間違ってるね。be looking forward to の続きは ~ing の動名詞だよ。」
「ひぅ、はい。ごめんなさい。」
北浜はとても臆病で、俺が間違いを指摘するたびに肩を震わせる。いつもびくびくと俺たちのことを窺っている北浜は、それでも加納よりはるかに物覚えがよかった。
「そんなに間違うのを怖がらなくても、加納なんかよりもずっとできてるよ。」
「なんだ、それは。わたしとてここ数日で英語は上達しているのだぞ。」
俺のなぐさめに、加納が心外とばかりに顔をあげる。そして、読ませていた文章を指さした。
「まあ、ちょうどいい。この文の意味がわからんぞ。なぜ家がいきなり飛び跳ね始めるのだ。」
「それはhouseじゃなくてhorseだよ。馬が飛び跳ねてるんだ。」
加納はそもそも単語が怪しくてろくに読み書きができない。問題集を解かせるよりも単語帳をさせたほうがためになるのではないかとまで疑うほどだった。
加納のあまりにもひどい間違いにクスクスと北浜が笑った。顔を真っ赤にした加納がぷるぷると肩を震わす。
「っ、そもそもそんな紛らわしい綴りの単語がある英語のほうが悪いのだ! 言語は意味を伝えるのが目的であるはずだろう!」
「はいはい、加納は英語に文句をつけてる暇があったらきちんと勉強しておきなさい。」
加納が放り投げた英語の問題集を拾ってちゃぶ台の上にもどす。ぶつぶつと文句を言いながらも加納がまた英文を読み始めた。
そうして、集中し始めた俺たちの時間はあっというまに過ぎ去っていく。
巣に帰っていくカラスの鳴き声が聞こえたころには、はじめ緊張していた北浜も時々笑顔をみせるぐらいには気を許してくれるようになった。
「北浜はこのままなら赤点回避できそうだね。たぶん『キタクブ』にならずにすむと思うよ。」
「ほんとうですか!」
北浜が顔を輝かせる。その後ろでは頭から煙を出した加納が畳の上に寝っ転がっていた。
「加納はもうちょっと頑張ろうか。夜まで英語漬けにしないと時間が足りないかもしれない。」
「なっ……!」
絶望に顔を歪ませて加納がうずくまってしまう。そんなに英語を勉強するのが嫌なのかと俺は呆れをとおりこしていっそのこと尊敬の念すら抱き始めていた。
「すみません、僕は寮の門限があるので帰らせてもらいますね。」
「うん、英語で困ったことがあったらまたおいで。」
寮の玄関まで北浜を送っていく。歩き去っていく北浜に腕をぶんぶんと振ると、苦笑されながらもちいさく手を振り返してくれた。
北浜とはそれからも何度か英語の勉強会を開くことになる。おかげさまか、みるみるうちに北浜の英語の成績はあがっていった。