編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www   作:かきくけこ

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17. 逆転

 教室で俺はチラチラと北浜を盗み見る。あれから運動部の寮にもどってさらにいじめにあってはいないだろうか、苦しそうにしていないだろうか。

 

 嬉しいことに、北浜の顔色はよくなっていた。オドオドとしてはいるものの、昨日よりはずと元気そうな北浜の様子を目にして俺は胸をなでおろす。

 

「あまり露骨にして、周りに悟られるな。運動部というのは学院でも異界のようなものだ、がむしゃらに手を出すとかえって窮しかねん。」

「わかってるよ。」

 

 鋭い目つきの加納の忠告に俺は渋々頷く。加納の言葉が正しいことは理解していても、納得がいくかは別の問題だった。

 

 友達がいじめられているというのに、俺はなにもすることができない。ままならない世の中にため息をついていると、俺の耳をヒステリックな叫び声が突き刺した。

 

「なんだ、これは!」

 

 それは小野の甲高い声だった。

 

 小野が震える手で握りしめた日刊政経を穴が開くかというほど睨みつけている。いつも人を食ったような笑顔で余裕ぶっている小野らしくない姿に俺は目を丸くした。

 

 そんな俺の後ろから稲荷が忍び寄ってくる。

 

「宮下殿、面白いことになったのであります。ついに一面アタマをとりましたのです。」

 

 稲荷は嬉しさのあまり鼻歌でも歌いだしそうだった。机のうえに叩きつけられた日刊政経を目にした瞬間、デカデカとインクが黒光りする見出しが飛びこんできた。

 

 『火曜会』の重鎮、まさかの大苦戦。

 

そんな刺激的な題をうたれた記事を読みあげる加納の声は驚愕で震えていた。

 

「高校一年五組選出の『火曜会』重鎮、小野が残り一票まで追いつめられる窮地に陥っている。」

 

 俺は加納の言葉に体がピタリと止まってしまう。俺が小野に一票差まで迫っている、だと?

 

「長らく『火曜会』の牙城とみられていた一年五組に震撼が走っている。前代未聞の世論調査の結果が出たのだ。小野が二十六票で宮下が二十五票であり、泡沫候補とみなされていた宮下が大健闘をみせてあの六期連続当選の小野の権威を脅かしている…。」

 

 沈黙に襲われた教室が、じっと息を潜めて小野の様子をうかがう。俺は出会ってから初めて小野の瞳が怯えて揺れているのを目にした。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 わが目を疑うとばかりに加納が日刊政経を繰り返し何度も読んでいる。俺もにわかには信じがたいほどの吉報だった。

 これはまさか夢ではなかろうか。頬をつねってみても痛みが伝わってくるばかりで一向に目を覚ます気配がない。

 

「みやっち、よかったじゃん。もしかしたら退学せずにすむかもよ。」

 

 そんな俺の肩を嬉しそうに星川が叩く。未だ夢かどうか判別がつかない俺は曖昧に笑った。

 

「あはは、これってほんとのことなのかな。ちょっとにわかには信じられないや。どうしてこんな急に俺の支持者が増えたのか、星川は知ってる?」

「なんだ、それは。そんなの決まってるじゃねぇか。」

 

 俺を馬鹿でもみるかのような目で星川がみつめる。そして、遠巻きに俺たちを眺めている同級生たちを指でさした。

 

「みやっちがこいつらの面倒をみてどんなことでも助けてやったから、投票する気になったんだよ。もともと文化部のやつらは運動部ばっか優遇する小野を応援する義理はねぇからな。」

 

 星川の言葉に、俺は教室の生徒たちに目をむける。俺と目があったことに気がついた同級生たちはにっこりと意味ありげに笑ってくれた。

 

 そうか、俺のここ数週間は無駄じゃなかったんだ。

 

 俺は胸が熱くなるのを感じる。今までずっと邪険にされてきた教室にようやく受け入れられたような気がして、俺はほんとうに嬉しくなった。

 

 ついで星川が顎で小野の席のほうをしめす。

 

「それに、今までずっと教室にいなかった奴なんて誰も気にしねぇよ。」

 

 小野は青い顔をしてただひたすらに新聞をみつめていた。

 

 そんな小野の周りには誰もいない。選挙では熱烈な支持者のはずの野球部の生徒ですら小野のことを気にかけていない様子は、どこか寂しいものだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「おい、そこの『キタクブ』。お前、いったいどんな魔法をつかった。」

 

 俺が小野に呼び止められたのは、誰もいなくなった放課後の教室でのことだった。汚くなった窓を拭いていた俺は驚いて小野の思いつめた表情をみつめる。

 

「そこの『キタクブ』っていうのは俺のことかな? それで、いきなり魔法をつかったかなんて聞かれても困るよ。」

 

「ふざけるな、お前の支持者の数がここ数週間で跳ねあがったのはどう考えても異常だ!」

 

 いきなり怒声をあげた小野が俺の胸ぐらを掴んで問いつめてくる。俺が手に持っていたワイパーが音をたてて床に落ち、水しぶきがあたりに散った。

 

「はぐらかすのも大概にしろ。記者に金でも握らせたか、それとも文化部の後援をとりつけてまわったのか、どんな手をつかったんだ!」

 

 激怒しているような、怯えているような小野の顔が目と鼻の先にある。どう考えても冷静さを欠いている小野からそっと離れながら、俺は小野に嘘偽りないほんとうを告げた。

 

「そんなことはしてないよ。ただ単に教室でみんなの手伝いをして仲良くなったら、俺に票を入れてくれるようになっただけだって。」

「ふざけるな、そんなお友達ごっこであんなに支持を集められるはずがない!」

 

 俺が事実のみを口にしているのにも関わらず、小野は信じられないようだった。疑わしげに俺を睨みながら、口から泡を飛ばして叫んでいる。

 

 だが、俺は小野の言葉の意味がわからなかった。友達ごっこというが、選挙とは所詮は人気投票なのだから同級生と仲良くするのが近道なのは当たり前ではないか。

 

 俺が首をこくりと傾けると、小野がびくりと震える。

 

「でも、選挙ってそういうものじゃないのかな。」

「なんだ、いったいどういう意味だ。」

 

 いらだっているように貧乏ゆすりをしている小野に、俺は自分の考えを口にする。

 

「生徒だって人間なんだし、部活でなにを言われたとしても気に入った候補に票を入れるのはあたりまえのことだと思うけど。」

「は? なにを、いったいなにを言っている?」

 

 理解できないとばかりに小野は顔を青ざめさせた。

 

 口をパクパクと金魚のように開けたり閉じたりしながら、小野が次第に後ずさっていく。そして、怪物でも目にしたかのような恐怖で染まった瞳で走り去っていった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 それ以降、小野がほかの学級委員候補たちへの応援演説で教室を離れることはなくなった。

 

 それどころではないとばかりに教室の支持を得ることばかりに躍起になっている。だが、その努力はどれもこれも的外れなものばかりだった。

 

 クーラーボックスを教室にもちこんで体育の後にアイスを配ろうとしたり、宿題を写させようとしたり、あまりにも下心がみえ透いたやりかたばかりである。

 

 小野が選挙のための人気とりをしていることなど理解している同級生たちはどこか嫌悪感すらあらわにしていた。もちろん、結果はさんざんである。

 

 アイスは誰も手にとらなかったし、宿題を書き写すぐらいならみんな俺に質問をして自分でやるほうを選んだ。教室の誰もが小野のことを蔑んだ目でみている。

 

 そうして、いつのまにか俺のそばには同級生たちが集まり小野のそばには誰もいないのが教室の日常の光景となってしまった。

 

「認めざるを得んな。今のお前は確かに小野を落選させる可能性を秘めている。」

 

 加納が苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。その視線の先には、どう考えても教室で孤立しているとしか思えない小野の姿があった。

 

 このまえ消しゴムを貸した野球部の生徒が人目を忍びながらもお礼を言いに来てくれる。受けとった消しゴムを筆箱にしまおうとしたまま、俺は加納の顔をまじまじとみつめた。

 

「どうしたの、そんな急に。学級委員に逆らうのは愚かしいにもほどがあるって俺にずっと怒ってたじゃないか。」

「それは事実だが、どうやらわたしは間違っていたらしい。さすがにわたしも目の前の現実を認められないほど愚かになったつもりはないぞ。」

 

 突然の変節に驚きを隠せずにいる俺に、加納は心外だとばかりに眉をよせる。

 

「このぶんならば、野球部から裏切りが出るのも時間の問題だろう。いよいよ選挙が迫っているから、残念ながら小野にはここから流れを覆す手段はない。」

 

 加納の言う通り、もう選挙まで一週間もなかった。ここまでくると、もう選挙の結果に影響するような催しもほとんどない。

 

 結果として、小野は何度かあった討論会をすべて欠席したままで選挙を終えそうだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「はい、それではただ今から一年五組の候補者への応援討論会を開きます。」

 

 選挙管理委員が教壇の上にたち、これからの授業時間にすることを黒板に書き始める。それを眺めながら、俺は加納に声をかけた。

 

「話をひきうけてくれて、ありがとうね。」

「かまわん、あの小野をもしも退学に追いこめるというのならわたしは悪魔にだって魂を売ってみせるさ。」

 

 加納が瞳に激情を映してたちあがる。これから開かれる候補者への応援討論会というものを俺は加納に頼んでいた。

 

 この討論会は候補者の指名した代理人による討論会のことで、学級ごとに選挙のたびに必ず一度は開かれることになっている。

 

 学級委員会の重鎮が新人の候補の応援に駆けつけるのが一般で、小野が学院を飛び回っていた理由がこの応援討論会であった。この教室はそれがたまたま最後の討論会となる。

 

 加納が壇上にむかった。かつて会計委員会に勤めていて学級委員会にも詳しい加納なら、どんな相手がやってきてもそつなく討論会をこなすだろう。

 

 俺は小野のほうをちらりとみつめる。

 

 これまでの選挙では勝利が確実な小野は応援討論会も欠席ですませていたらしい。だが今の小野にはそんな余裕がないはずだ、いったい誰に頼んだのだろうか。

 

 しばらくの間沈黙が教室を支配する。小野の側に立とうとする人の姿はどこにもない。

 

「えっと、小野さんはどなたか討論なさる方を準備なさっていますか? もしいらっしゃらないようでしたらこの場は加納さんにお任せすることになってしまいますが。」

 

 困り果てたように選挙管理委員が話しかけるも、小野はうつむいたまま黙りこんでいる。

 

 いったいどうしたのだ、小野は。黙りこんだままの小野の様子があまりにもおかしくて、俺は敵なのにもかかわらず心配までしてしまった。

 

 このままこの討論会すら欠席ですませればもう小野には逆転の可能性が残らない。

 

 誰も壇上にあがってこないままどんどんと時間がたっていき、教室のざわめきが強まってくる。顔をしかめさせた加納が討論会の終了を申し立てようと口を開いたその時だった。

 

「すみません、大変遅くなってしまいました。」

 

 教室の扉が開く。

 

「お待たせしましたね。それでは加納さん、討論会を始めましょう。」

 

 遅れて現れた生徒の姿に教室は文字通り固まっていた。誰も身動きひとつせずに、教室に足を踏み入れたとある生徒の雰囲気に飲まれて視線を注ぎ続けている。

 

「申し遅れました、わたしは第七十五代生徒会長の薬師院雪世と申します。」

 

 柔らかな物腰の生徒がゆっくりと腰を折る。あの日、料亭で俺が目にした夜のように真っ黒な瞳がゆっくりと細められた。

 

 

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