編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
加納も小野も、選挙管理委員の生徒ですら口を開こうとしない。小野が呼んできた応援はあまりにも度を越していた。
今代の生徒会長にして『火曜会』の現総裁、この学院の頂点に君臨する最高権力者。そんな学級委員会の重鎮中の重鎮、薬師院が姿を現す。
薬師院は『火曜会』にとっての最終兵器、激戦区におくりこまれる刺客のはずだ。そんな薬師院に勝利してあたりまえであるはずの『火曜会』の牙城である学級にまで足を運ばせる。
それは小野がどれほど追い詰められているかの指標でもあり、そして同時に小野がもはや手段を選んでなどいないことの明白な証左でもあった。
「どうしました、みなさん。もう時間がありませんよ。」
「ひっ、はい。それではこれから一年五組の候補者への応援討論会の討論を開始したいと思います。では、まずは加納さんから。」
薬師院の言葉に選挙管理委員の生徒がようやく再起動する。緊張のあまり震える声で討論会の始まりを告げた。
指名された加納が、顔色を青ざめさせながらも口を開く。
現生徒会長である薬師院が応援にやってくるというとんでもない異常事態の真っただ中にあって、それでも加納は役割を全うしようと必死だった。
加納がつらつらと主張をわかりやすく伝えていく。
小野は運動部ばかり支援してきていて、これからもそうし続けるであろうこと。しかし、運動部はもはや予算を使いきれず設備を持て余していること。ゆえに学院には益がないこと。
それに比して、俺は『キタクブ』であり、部活のしがらみに囚われていないこと。同級生に接する姿からもわかるように運動部や文化部の間を柔軟にとりもってくれるであろうこと。
まさにお手本のような見事な応援演説だった。
だが、教室の誰もが薬師院にばかり気を散らしてせっかくの加納の話を聞いていない。加納の言葉のうち、いくぶんか生徒の耳に残ったかすらも疑わしかった。
◆◆◆◆◆
加納が話し終えて静まり返った教室にパチパチときれいな拍手の音が聞こえる。その主はすぐ隣にたつ薬師院のものであった。
「加納さん、素晴らしいお話をありがとうございます。まだまだその類まれなる弁舌を堪能したい気も致しますが、そろそろわたしのお話を始めてもよろしいでしょうか。」
薬師院がかすかに口角をあげて、選挙管理委員に問いかける。その生徒がぶんぶんと首を縦に振るのを確認してから、薬師院が口を開いた。
「こんにちは、みなさん。運動部ばかり優遇しているらしい生徒会長の薬師院です。」
開口一番に自虐を挟んだ薬師院がにっこりと笑う。それにつられて、さざ波のように教室の中を苦笑が伝播していった。
「聞けば、『キタクブ』のかたがたの寮をとり潰して野球場にしてしまおうという校則がそもそもの宮下さんの出馬の理由だとか。確かにこの学院では部によって予算に偏りがありますね。」
教室の雰囲気がすこし和らいだところで、薬師院が口火を切りだす。
「ですが、果たしてそれは間違いなのでしょうか? 例えば野球部は先の全国高校野球選手権で東京都代表となり甲子園の土を踏んでいます。そんな彼らを労うのはおかしいでしょうか?」
確かに学院の野球部は強豪で、スポーツ推薦枠など設けていないにもかかわらず常に上位の成績を残している。だが普通みっつも球場など必要だとはとても思えない。
だが、薬師院の柔らかな声は耳を侵してするりと頭の中に入りこんでくる。今や、教室の生徒みながこれまで見せたことのないような集中力で薬師院に耳を傾けていた。
「もちろん、『キタクブ』のみなさんが大変苦労していることは存じております。ですが、特段の自己研鑽もなしに安眠をむさぼる生徒と、努力を重ねて成果を出す生徒とは区別する。」
だんだんと自らの言葉にひきこまれていく教室をゆっくりと見渡してから、薬師院は加納をじっとみつめる。
その瞳からはすこしも感情をみてとれない。
「それに、宮下さんは清らかなお心をお持ちだとしても、その裏で策謀なされている方は信ずるに足る人格だといえるかどうか……。」
「なんだ、わたしがどうしたというのだ。」
動揺で瞳を揺らしながらも、加納は平静を保って薬師院をみつめ返した。薬師院は静かに微笑をたたえるばかりで、不気味極まりない。
「久しぶりですね、記憶が正しければ加納さんとは会計委員会で働いて頂いていた時ぶりと存じます。お元気になさっていましたか?」
「おかげさまで、学生寮の補修に追われる日々だ。ダクトテープぐらいは予算を認可してほしいものだがな。」
加納の皮肉にも薬師院は顔色をかえない。目をふせてぼそりと呟いた。
「悲しいですね、時の流れは人を変えてしまう。あの日、わたしに涙を流して横領を謝った加納さんはもういらっしゃらないようです。」
かつて俺になんの気なしに横領は冤罪だと告げた口で、薬師院は加納を糾弾する。だが、真実はともかくとして生徒の間では横領をしたことになっている加納はなにも反論できない。
歯を食いしばる加納を横目に、薬師院は分厚い冊子をとりだした。
「加納さんがかつて横領の罪で会計委員の任を解かれたことはみなさんご存じでしょう。ですが、その話には続きがあることを知る者はあまりにもすくなくて残念です。」
薬師院がなんの話をしているか気づいて、加納の顔が真っ青になる。俺は薬師院がなにをするつもりか理解してかっと頭に血が昇るのを覚えた。
「加納さんはあろうことか当時の会計委員長だった小野さんに憎悪をむけました。」
今にも飛び出してしまいそうなのを俺は必死にこらえた。あくまでも応援討論会であるこの場で俺が乱入してしまえば致命的な悪評がたって再起不能になってしまう。
薬師院が冊子をめくり、ある選挙の記録を教室にみせつけた。
「そして、哀れな友人を選挙に出馬させ小野さんを退学に追いこもうとしたのです。今と同じように、その時も加納は応援討論会で壇にあがっている、これこそがなによりの証拠でしょう。」
つまり、薬師院は加納が私怨で俺を小野にけしかけていると示唆しているのだ。
教室がざわざわと騒めき、次第に加納へと疑いの目をむけ始める。鼠をいたぶる猫のように残酷に、薬師院が生徒に問いかけた。
「はてさて、心優しい宮下さんは果たして自分の本心で選挙に出たのでしょうか。それにしてはどこか見覚えのある影がちらついていますね。」