編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
朝の教室は賑やかだった、俺たちを除いては。級友はきっかり机数台分だけ俺たちと距離をとっている。加納は昨日と同じく文庫本に目を落としていた。
「加納、おはよう。昨晩は虫が出てきて大変だったよ。ゴキブリホイホイとか買わなきゃ。」
「……。」
「それにとても寒かった。備えつけの薄っぺらい布団のかわりも必要だな。」
「……。」
「あと、中庭に吹きさらしで転がってたドラム缶でどうやって風呂に入ればいいか、知ってる?」
返事がないのもお構いなしに話しかけていると、加納の眉間のしわがどんどん深くなっていく。俺が諦めるつもりがないのを察したのか、ぱたんと本を閉じた。
「さっきからなんのつもりだ、わたしにしつこくつきまとうのは止めろ。」
人ひとりぐらい殺せそうなほど鋭い視線が俺を突き刺す。だが、俺にも一歩たりともひけない事情があった。
「いや、このままだと俺ほんとうに三年間ずっとひとりぼっちのままな気がして。せっかくの高校を一人で過ごすなんて悲しすぎない?」
「わたしの知ったことではない、勝手に便所飯でもしてればいいじゃないか。」
深刻極まりない俺の悩みを加納は一刀両断する。椅子から身を乗り出す俺を見下す加納の視線は氷よりも冷たかった。
「そこをなんとかお願いします! 入学したばかりで右も左もわからないのに教室でのけ者にされたらもう絶望なのです! 頼れるのは加納だけなんです!」
「くどい、いい加減諦めろ。」
人目も気にせず加納にすがりつくも、加納は懇願する俺をにべもなく振りはらう。とりつく島もないとはまさにこのことだ。
加納はあまり人づきあいを好まない類の人間らしい。最後の望みを絶たれて三年間ぼっちで居続ける未来がいよいよ現実味を帯びてきた俺はうなだれた。
「……わかったよ。でもせめて学院の案内とかはしてくれないかな。編入生だからさ、ここのことは本当になんにも知らないんだ。」
それでも往生際の悪い俺は無理を承知でちょっとしたお願いをしてみる。いや、せめて誰かと学校を歩いたという思い出ぐらいはないと悲惨でしょう。
しかめ面でしばらく黙りこんだ後、加納は小さく舌打ちをした。
「……しかたがないな、それぐらいはしてやろう。だが、時間はかけんぞ。」
「ありがとう! ほんとうに助かりました、神さま仏さま加納さま!」
鬼の目にも涙、加納にも慈悲である。あれだけみっともなく友達ができないなんて嘆いたことが功を奏したのか、加納は俺に情けをかけてくれた。
感激のあまり俺は加納の手を握るとぶんぶん振ってしまう。はじめあれだけ頑なだった加納がここまで譲ってくれるだけで、俺にとってはありがたい話だった。
「おおげさだ、騒ぎたてるな。」
「あ、ごめん。」
加納が俺を睨みつけてきたので、慌てて手を放す。だが、この機に約束をとりつけてしまおうとばかりに俺は身を乗り出した。
「早速だけれど今日の放課後はどうかな、実は気になっているところがたくさんあって……。」
「わかった、わかった。つきあってやる。」
もう話しかけられるのはうんざりだといわんばかりに加納が手で俺を追いはらう。それでも俺は加納と過ごす時間が楽しみでしかたがなかった。
◆◆◆◆◆
担任の老教師の挨拶とともに、教室が喧騒につつまれる。一日の授業を終えて浮かれる生徒をすり抜けて俺たちは外に出た。
気もそぞろな俺と違って加納は気乗りしないようだった。頭痛でもするのか、こめかみをおさえながら加納は頭上の太陽を睨む。
「変なやつだな。この出鱈目に広い学院を延々と歩きまわるのがそんなに嬉しいか。」
「そりゃそうだよ、誰かと話しながらいろいろと見てまわるのは楽しいものでしょ?」
加納が呆れたようにため息をついた。
「とっとと終わらせるぞ、『キタクブ』がウロウロしているとなにかにつけて面倒ごとに巻きこまれかねんのだ。」
昨日ぶりにあの『キタクブ』という言葉を聞く。だが、その意味を問いかける間もなく加納は先を歩いていた。
加納の隣を歩いて学院のあちこちを巡っていく。屋根つきの観覧席に囲まれたサッカーコートでは天然芝の青が眩しい。
「あそこが食堂だ。専属の栄養管理士と料理人がついて年中無休で日替わりの食事を楽しむことができる。むろん『キタクブ』は別だ、入ることも許されん。」
皮肉げに口もとを歪めながら加納が指さす先には、重々しい木製の扉が目につく古びた建物があった。中からは笑い声に交じって食欲をそそる料理の匂いがする。
これで何度目だろうか。加納は必ず最後に『キタクブ』の者は例外だと言葉をつけ加えて紹介を終える。
東京でも有数の蔵書数を誇る図書館はもちろん『キタクブ』お断りであるし、学院の端にこぢんまりと佇む売店ですら『キタクブ』でないか会計の際に尋ねられるそうだ。
「奥の日本庭園の中には高級の料亭もある。珍しいことに『キタクブ』でも問題なく利用できる、値段は十倍ほどに跳ねあがることに目をつむればな。」
さすがにこうもおおっぴらにされていれば愚鈍な俺でも気がつく。『キタクブ』は差別されていた、それも驚くほど徹底して。
「あのさ、加納。今さらなんだけど、『キタクブ』ってなんなのさ。」
もはや今ここにいたってその言葉の意味を知らないのはマズい気がして、俺は恐る恐る加納に尋ねた。加納は特段驚いた様子もみせずにちらりと俺に目をくれる。
「やはり知らなかったか。いいだろう、ついでに説明してやる。」
◆◆◆◆◆
加納は学院のさらに奥へと足をむけた。歩をすすめるごとにすれ違う生徒が減っていく。
「この学院では学級委員会が凄まじい権力を握っていることぐらいは把握しているな?」
加納の言葉に俺は顔をそむけた。学級委員会とはなんなのだろうか。
地元の小中学校でも学級委員という教室の代表のようなものはあったが、加納の口ぶりからしてまったくの別物に違いない。
「……もともと政経学院に合格するとは思いもよらなかったから、下調べもろくにしてないんだ。それで、その学級委員会っていったいなんのこと?」
加納のため息が耳に痛い。自らの不始末を暴かれた俺はただひたすらに縮こまることしかできなかった。
「各学級で投票をして選ばれた学級委員の集まりが学級委員会だ。この学院では学級委員会が学校に関するほとんどすべての権限を握っている。」
学院の予算の振りあてに生徒会長の指名、さらには入学試験の方針から学級の名簿割りまで、と加納があげたのは普通なら学生が決められるはずもないものばかりだった。
「なんだか楽しそうだね、そんな自由に生徒が学校を動かせるなんて。」
「まったくもって愉快ではないぞ。そも生徒の自主というお題目を重んじた果てに、今のお前の境遇があるのだからな。」
純粋に面白そうだと本音をこぼしてしまった俺に加納は冷や水を浴びせてくる。
「学級委員は当選するために票を欲しがり、生徒たちは自分が得をするように投票する。そんなことを開校以来およそ百年ほど続ければいったいどうなると思う?」
顎に手をあててしばし考えこんでみる。加納の語ったこの学院の仕組みがもたらすだろう結果を想像して、俺はどうして自分が『キタクブ』と呼ばれるのか理解した。
「もしかして、部活をしている生徒たちの組織票が投票を左右するようになったの?」
「その通りだ。現生徒会長を中心とする委員会の多数派は運動部を優遇することで、残りの少数派は文化部を優遇することで票を集めている。」
確かにおかしいと思っていた。道すがらすさまじく立派な野球場や剣道場を目にしてきたが、いくら名門校だとはいえ過剰だと素人目にもわかるほど運動部に金をかけすぎている。
それは学級委員の人気とりの結果だと加納はいうのだ。
「そして、部に属さない生徒がどうなるかは明白だ。支持母体に尻尾を振るので忙しい学級委員にとって学院をあわせても数十人しかいない『キタクブ』など一顧だに値しない。」
学生寮には部の宿舎に住めない『キタクブ』しかいないのだから金をかけるのは無駄だ、食堂や図書館を票にならない『キタクブ』につかわせるぐらいならその金で支持者に便宜を図ったほうがいい。
そう考える学級委員が当選を重ねていき、『キタクブ』はどんどん排斥されていった。
「さしずめ学院カーストの最下層といったところか、なんにせよろくな立場ではない。だからほとんどの編入生はさっさとどこかに入部してその恩恵に与かる。」
加納がひときわ豪華で華麗な装飾の施された建物を指さす。見つめる加納の瞳にはドロドロとした底知れぬ憎悪が渦巻いていた。
「あれが学生会館だ。学級委員会の総本山にして、権力の亡者どもが集まる学院で最も腐った奈落だ。」
ギリリと加納の歯が軋んでいる。俺は学級委員の話を始めてから加納が冷静でなくなっていることに気がついた。なにか学級委員会に思うところでもあるのだろうか。
だが、知りあって間もない加納にその訳を聞くことができるほどの勇気が俺にはなかった。かわりにふと脳裏にうかんだ素朴な疑問を口にする。
「えっと、それなら加納もどこかの部に入ればいいんじゃないか? そうすればもう『キタクブ』じゃなくなるんだろう?」
「……それは。」
加納がなにかを言いよどむ。またなにか加納の触れてはいけない話を話題にしてしまったのか、そう俺が後悔した時、どこからともなく声が聞こえてきた。
「簡単だ、『キタクブ』のほとんどは脛に傷をもつクズばかりだからだよ。」