編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
俺の故郷であるちいさな村は長野の山奥にある。住民の半数が高齢者で、おもな産業はこまごまとした畑ぐらいしかない消えかけの田舎だった。
「小学生のころの俺は、臆病で家にひきこもってばかりの子供だった。勉強だけはできたけれど人づきあいはてんで駄目、ひとりの友達としか話をしなかった。」
あいつは俺には出来過ぎたほどの友人だった。勉強も運動もできて友達もたくさんいる、地元の名家出身で父親は市の代議士と文句のつけようがない。
誰もがあいつを慕っていた。俺も例外じゃない。
「光栄なことに、あいつは唯一テストで勝っていた俺のことを一目おいていたようで時々胸のうちを明かしてくれたりしていた。たぶん村で一番仲がよかったんじゃないかな。」
そして、それが悲劇の始まりだった。
頼られることが嬉しくて、俺はあいつの相談に乗っていくつも悩みを解決する。そのうち俺を信頼しきったあいつはずっと抱えていたとんでもない秘密を告白してしまった。
「あいつの父は市議の地位をつかって土建会社から多額の賄賂をうけとっていたんだ。正義感が強かったあいつはそれが許せなかった。」
あいつは何度も父親を説得しようとしたらしいが、聞く耳をもたないそうだった。父親の悪事を止めさせたいと相談された俺は、いつものようになんの気なしに解決策を捻り出す。
「僕はあいつをそそのかして賄賂をうけ渡すその瞬間を録音させたんだ。」
将来は父の後を継いで政治家になると目されていたあいつは、その人好きのする性格もあいまって選挙事務所にも自由に出入りできたのだ。
だから、土建会社が市議に挨拶をしにきた日にあいつが事務所にいても誰も気にしなかった。
「さしもの市議も自分の子供がそんな週刊誌の記者もどきのことをするとは思っていなかったんだろう、簡単に手に入ったってあいつは得意げに言ってたな。」
こうして俺は賄賂の証拠を手に入れた。でも、小学生がそんな音声をもって警察署に駆けこんでも真剣にとりあってもらえるはずがない。
だから、俺は最悪に手を染めた。
「インターネットにアップロードしたんだよ。いくつもの使い捨てのアカウントをつかってその告発を拡散してまわった。」
でも、俺はあまりにも考えなしだった。賄賂を手渡す瞬間の会話なんていうあまりにも鮮烈な証拠が広まればどうなるかなんて考えもしなかったのだ。
「すぐに告発は全国区のニュースになった。あいつの家には誹謗中傷や脅迫の手紙がいくつも届き、そして村までやってくる人間も現れ始める。」
その結果は破滅的だった。
連日のようにテレビで繰り返される報道、それは幼い小学生たちのちゃちな友情を捻じ曲げ、歪ませてしまう。先生すら、あいつに声をかけるのをためらうようになった。
あんなにみんなの真ん中で笑っていたはずのあいつはいじめられるようになって、もう登校することはできなくなる。
「いつも笑顔で出迎えてくれたあいつの母親は精神をやられてしまっていつもヒステリックに叫ぶばかりで、誹謗中傷の矢面にたたされた父親は憔悴しきってた。」
俺はひとつの幸せな家庭を破壊してしまったのだ。固く窓が閉ざされた家のまわりにはいつもマスコミのカメラがまわっていて、あいつは暗い屋敷に閉じこめられる。
自分がなにをしてしまったかに気がついた時には手遅れで、俺はただ震えることしかできなかった。
「それでもあいつは俺のことを責めなかった。いっそのこと罵倒されたほうが楽だったんだけれどね。この不幸はすべて俺のせいだって、そう呪われたほうがまだましだった。」
俺があいつの声を最後に聞いたのは、市議が家に火をかけて一家心中する日の夜だった。
当時の俺はなにも理解していなかった。だが、電話ごしに聞こえたズリズリとなにかがひきずられる音とあいつの母親の啜り泣きの声がやけに耳に残ったのを覚えている。
「たぶん、あいつは自分がどうなるのか理解してたんだ。それでも声はいつもどおりに装って、なんにも知らない俺を心配させまいとしてた。」
なんて愚かだったんだろう。あいつがどんな思いでいるかも知らずに、俺はただ明日から学校にいくという空約束で喜んでいた。そんな俺の笑い声をあいつは聞いていたんだ。
「俺とあいつとの企みは死ぬまで秘密にしておこうって、そう約束したのが最期だった。」
翌朝、あいつは物言わぬ炭に姿を変えていた。その時になって、俺はあいつがなんでそんな約束をさせたのか理解した。
「あいつは俺に贖罪を禁じたんだよ。俺が一家心中の元凶だと告白して、あいつと同じ目にあうのが嫌だったんだ。」
あいつは最後まで俺のことを考えていて、俺は最後まであいつのことを考えることができなかった。心中した後に俺が罪を償おうと真実を告げ、糾弾されることを恐れたのだ。
俺はどれほど愚鈍なのだろう。ただひたすらに自分のことだけ考えて、目的のためには友達の死すらもいとわない。そんな外道こそが、俺だった。
「最低な奴でしょ、俺って。」
あの事件の後、俺はせめてこの腐った性根を正そうとした。生きられなかったあいつのぶんだけ身を粉にして勉強し、運動に励んだ。
友達のためならばなんでも厭わない、そんなあいつみたいになってせめてもの罪滅ぼしをするつもりだった。
「でも、俺はなんにも変わってなかったんだ。加納にいわれるまでもなく、俺は加納のことを見捨てようとしたんだよ、びっくりするよね。」
薬師院の言うとおりだ。
どれだけ献身ごっこを続けたとしても、俺は自分のためならば平気で友達を犠牲にするクズのままだ。藤森がいなかったら、俺はまた取り返しのつかないことをしてしまっていただろう。
「だから、無価値なのは俺のほうなんだよ。」
加納なんかと違う。俺の手は正真正銘人殺しの、親友の人生を絶った悪魔の手なのだ。
「だから、ごめんだけど俺は加納を切り捨てることなんてできない。この醜い俺のほんとうの姿はこれからもずっとむきあって否定し続けないといけないんだ。」
こちらの勝手な理由で加納の言葉には従うことはできない、そう謝った俺は最低な理由を告白して加納に懇願した。
「俺には加納が必要なんだ。もう友達を決して傷つけはしないと、この最低最悪な本性に俺は逆らってみせると証明し続けるために、俺は加納が要る。お願いだ、扉を開けてくれ。」
◆◆◆◆◆
がちゃりと、鍵のあく音がする。振りむくと、瞳を真っ赤に充血させた加納が歯を食いしばって立っている。
「……ふざけるな。」
「え?」
加納が俺の胸ぐらを掴んでたたせる。涙と汗でぐちゃぐちゃになった加納は今にでも泣き出しそうだった。
「ふざけるな、それはわたしの台詞だ! おまえ一人だけで罪を償って気持ちよくなろうとするな、残されたわたしにまた友を犠牲にして生きろというのか!」
あっけにとられている俺に、加納が叫ぶ。
「わたしとお前とは同類なんだ。親しい友人を見捨ててのうのうと暮らしている、ならば勝手にお前だけが抜け駆けするな、お前だけが楽になろうとするな!」
固まっている俺にひたすら言葉を投げかけて、加納は大きく息を吸った。
「お前が落選したらわたしも学院を辞める。」
「なっ! それは駄目だ、それだけは!」
まったく許容できない言葉に俺が声を荒げるも、加納は頑として撤回しようとしない。それどころか額をつきあわせてぎろりと睨みつけてきた。
「お前が先に言い出したんだぞ、だったらわたしもやり返してやる!」
絶句してしまった俺に、加納は手を離す。そして、まっすぐな瞳で俺に語りかけてきた。
「だから、なにがなんでも勝つぞ。必ず、小野に勝利してみせる。」
加納が俺をじっとみつめている。しばらくしてようやく加納の言葉を理解した俺はふっと笑みがこぼれてしまった。
俺は加納をじっと見つめ返す。
「それじゃ、これからよろしくね。」
「ああ。小野の野郎など蹴っ飛ばしてしまおう。」
俺と加納とで拳をつきあわせる。それは罪人による反逆の狼煙の合図だった。