編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
決意を新たにした加納が始めたのは、謝罪行脚だった。
あちらこちらの同級生のもとまでいっては土下座をして票をお願いする。それを、怒鳴られようとも無視されようとも続けた。
それと同時に、資料室にこもって横領の冤罪を被せられた当時の書類を狂ったように調べていく。寸暇も惜しまず、文字通り不眠不休で加納は動き続けた。
いくらなんでも無茶のし過ぎであると考えて俺は止めようともしたが、その度に加納は首を横にふった。
「わたしはもう学級委員、いやこの学院の闇に怯えてうつむきたくはない。たとえ無意味であったとしても最後まで希望を信じて学級委員会と戦いたいのだ。」
鬼気迫る勢いでそう宣言されれば、俺はどうしようもない。そうして、加納はたった二日で自らの無罪を証明する告発書をまとめてしまった。
そして、今度はそれを片手にまた土下座にでかける。そんな加納の必死の努力もあってか、俺はまたじわりと支持者が増えてきた。
◆◆◆◆◆
「小野殿が二十六票、宮下殿が十五票。まさかあそこからここまで持ち直すなどとはにわかには信じがたいのであります。なにか怪しげな呪術でも習得したのでありますか。」
稲荷が不思議そうに首を傾げる。そんな稲荷に俺は紙の束を叩きつけた。
「なんでありますか、これ?」
稲荷が手に持つのは、加納が二徹で完成させた自らの潔白を主張するための証拠である。しかし、それを読み進める稲荷の顔が晴れることはなかった。
「確かにこれは興味深いのでありますが、あまりにも難解にすぎます。これでは一面など不可能ですな、せいぜいが政治欄の片隅に載せられるかであります。」
加納が告発書を投げ捨てながら、俺に冷たい視線をむける。だが、俺はもうひとつ特大のネタをもってきていた。
懐から雨粒で滲んでボロボロになった紙の切れ端をつなぎあわせたものをとりだす。俺はばらばらにならないように気をつけながら稲荷にみせた。
それは初めて小野と出会った時、加納を辱めようと俺に手渡してきたあの紹介状である。運よく近くの植えこみに紛れていたのを拾い集めてきたのだ。
「これは、小野が加納を俺から寝返らせようとして用意したものでね。加納はそれを断ってしまったから小野は生徒会長をつかって討論会の日にいわれのない誹謗を加えたんだよ。」
もちろん、真っ赤な嘘である。だが、この招待状はただ単に持ち主の身分を小野が保証すると書かれているだけだ、いくらでもでっちあげられる。
なにより、加納に冤罪をふっかけたのはあちらが先なのだ。こちらから反撃しても文句はないだろう。
「っ……。」
稲荷が言葉の真偽を確かめるように俺の瞳をじっとみつめる。だが、俺は顔色をすこしも変えることなくただニコニコと笑っていた。
稲荷が舌打ちをして放り投げた告発書を今度は丁寧に鞄にしまう。
「……了解いたしました、確かに宮下殿の話は実にセンセーショナルな、一面にふさわしい記事となること疑いもありません。こちらは小官が責任もって預かるのであります。」
やった、これで加納の告発書を日刊政経に載せることができる。苦虫を噛み潰したような顔の稲荷に、俺はふと気になったことを尋ねてみた。
「そういえば、その記事の中身ってさっきまでの日刊政経の報道と矛盾するけれど、それでもいいの?」
「何度も繰り返すのでありますが、日刊政経は売上よりもセンセーション。面子や誇りなど遥か昔に犬畜生に食わせているのであります。」
稲荷が歯ぎしりしながら吐き捨てる。日刊政経の記者はその信念を墓まで抱いていくつもりらしいと理解した俺は苦笑いした。
◆◆◆◆◆
ただ、いいことばかりではない。文化部の同級生たちは再び俺への支持を明確にし始めてくれたが、野球部という小野の岩盤を崩す手だてはまったくみつからなかった。
それどころか目をあわせただけで表情を固くされてしまう。明らかによそよそしくなった野球部の生徒たちの態度のわけを知れたのは、北浜のおかげだった。
「すみません、今までいろいろとお世話になりましたが、勉強会はしばらくの間控えさせてもらいたいと思います。」
そう語った北浜は、今の野球部の内情を語る。その目は恐怖に塗れていた。
「部長がもしも小野が負けるようなことがあれば僕たちを考えるのも恐ろしいような目にあわせるって宣言してるんです。」
野球部の部長、立山は学院運動部連合会という『火曜会』の強力な後援団体の長である。その容赦ない冷酷な性格もあいまって小野が負ければどれほど怒り狂うか想像もつかないらしい。
「あの人は怒らせてしまったら駄目なんです。野球部で部長に逆らった人は壮絶ないびりを受けてみんな『キタクブ』にさせられてしまいました……。」
体をブルブルと震わせながら北浜は頭をさげた。その表情は申し訳なさげに歪んでいる。
「ですから、僕は絶対に宮下さんには投票できません。こんなにお世話になってるのに、ごめんなさい。」
「いいよ、北浜も自分のことがあるだろうし怒ったりしないから。そうだ、渡しておかなきゃいけないものがあったんだった。」
なぜかびくびくと怯えている北浜の手に英語の授業のノートを握らせる。
「もう勉強会が開けないんだったらそのノートを持っていくといいよ。かなり英語ができるようになってきたから、後はそれで授業の復習をすれば問題なくテストは点数をとれるさ。」
北浜は見開いた目を俺の顔とノートとの間で何度も行き来させた。しばらくもごもごと口ごもった後、恐る恐るといったふうに尋ねてくる。
「恩を仇で返すみたいな僕になんでこんなによくしてくれるんですか。」
「べつに、恩とかそんなことは気にしてないよ。北浜は友達だから助ける、それだけさ。」
北浜には北浜の人生があって、俺が北浜に英語を教えたからって北浜が俺を助けなければいけないなんてそんなことはない。投票してくれたらもちろん嬉しいが、無理強いは駄目だろう。
そう告げると、北浜は顔をうつむかせて、そのまま帰ってしまった。
◆◆◆◆◆
「あ、星川。このまえは声を荒げたりしてごめんね、ちょっと気がたってて冷静じゃなかったんだ。」
廊下でばたりと星川とでくわす。苦々しげに唇を噛み締めている星川の後ろからは時々にやにやと笑っている三輪が顔を覗かせていた。
覚悟を決めたように星川の目がすわる。
「ちょっと話がある。みやっちにじゃねえ、そこのくそ野郎だ。」
その瞳は俺ではなく、そばにたつ加納を映していた。驚いて思わず目を見開いてしまった俺の横で加納もまた表情を固くする。
「これ、読んだぜ。端から端まで粗探ししたが文句のつけようがない、すくなくとも横領野郎じゃなかったってことは信じてやる。」
星川が手に握っていたのはクシャクシャになった日刊政経だった。真剣な口調で謝りながら、星川は加納にぶっきらぼうに頭をさげる。
「横領野郎なんて貶して悪かった。お詫びつったらなんだけどよ、投票日はみやっちに票を入れるぜ。」
加納が横領をしたという誤解はなくなったらしい。だが、依然として星川は加納に隔意を抱いているようで、顔をあげると加納をぎろりとひと睨みした。
「話はこれで終わりだ、時間とっちまってわりい。じゃあな。」
「待て、星川。わたしもまた話があるから聞いていけ。」
そのままたち去ろうとする星川を加納が呼び止める。眉をぴくぴくと震わせながら、星川はふりかえった。
「手短に頼むぜ。なんたって俺はまだ軽音部の予算を削られた時のことを忘れてねぇからよ、いつ手が出てもおかしくないんだぜ。」
「まさにそのことで話があるのだ。」
加納の言葉に星川が怒りでかっと目を見開く。
星川が激情にまかせて詰め寄ってくるその瞬間、加納は額を床にこすりつけるかのように深々と頭をさげた。
「あの時は誠に申し訳なかった。学級委員会に逆らうのが恐ろしくて言われるがままに不条理に手を染めてしまったかつてのわたしを許してほしい。」
加納の凛とした声が廊下に響き渡る。気勢をそがれた星川は、振りあげたまま拳の行き場がなくなってゆっくりとおろしていった。
「な、なんだよ。クソ野郎」
弱弱しい声の星川に、加納は頭をさげたまま口を開く。遠くで三輪があっけにとられたようにポカンと口を開いていた。
「今までただの下っ端だったと言い聞かせて罪から目をそらしていた。だが、軽音部をとり潰して『火曜会』の運動部優遇の片棒を担いだのはほかならぬわたしだ。だから謝りたい。」
たとえどれほど嫌っていたとしても、頭をさげている加納を罵倒できるほどの性格ではない星川はガサガサと頭をかきむしる。
「わかったよ、横領野郎って呼んでたのでおあいこだ。だから頭あげてくれ、なんだかムズムズして気分が悪い。」
「ありがとう。」
星川の瞳をまっすぐにみつめて加納が礼をいう。そんな加納の肩に後ろから忍びよってきた三輪が手をまわした。
「生真面目ちゃんもやればできるじゃん、まじソンケーするわ!」
「みっ?」
耳もとで突然大声をあげられた加納がびっくりして奇妙な叫びをもらす。星川がにやりと笑って加納をからかい始めた。
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投票日が明日にせまった日の夜、俺の手に握られた日刊政経が選挙期間最後の世論調査の結果を告げる。
小野が二十六票、宮下が二十五票。