編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
新幹線が緑豊かな山間部を駆け抜けていく。それを小野はぼんやりと窓から眺めていた。
小野はもう学院の生徒ではない。宮下というぽっと出の編入生に選挙で敗れた小野が存在することを学院は許しはしないのだ。
退学を言い渡された小野は最後までひとりだった。
生徒会長室の扉は固く閉ざされ、薬師院とは話をすることすらできない。もう小野に価値はないとみた野球部の生徒たちはみな小野から離れていった。
「小野か、もうあんたには用ないわ。しっし、どっかいけ。」
今までさんざん恩を売ってきたはずの立山がみせた冷たい声が今でも耳から離れない。
小野はギシリと歯を食いしばった。今まで応援演説などで散々世話をしてやった子分のような学級委員たちが、小野の落選を聞いた途端に薬師院に媚を売り始めたのを小野は知っている。
とどのつまり、薬師院の言葉は正しく学級委員でない小野は無意味だったのだ。
◆◆◆◆◆
新潟の実家は武家屋敷のような歴史を感じさせる豪邸である。この屋敷は地元の名士が小野の祖父に感服して譲り渡した邸宅だ。
この家で小野は人々の尊敬を集める祖父の後ろ姿をみつめながら育った。
小学生のころに亡くなった祖父は貧農の末息子から時の与党の副総裁まで昇りつめて今の小野家の地位を築きあげた傑物である。
祖父はいつも縁側に座っては訪れてくる要人を熱い茶と煎餅でもてなした。大臣や役人、果ては首相までもが挨拶にやってきては国家の大事を語る、そんな祖父に幼い小野は憧れていた。
いつかは祖父のような政治家になる、それが小野の夢であった。
だから小野は嫌ってすらいた父に命じられるまま必死に勉強して名門の政経学院に入学したのだ、資産家や政治家とのつながりを築き、政界への足がかりとすることを目指して。
小野は学級委員に立候補して、ひたすらに祖父の足跡をなぞろうと努力する。
薬師院という時の権力者の右腕におさまり、利益誘導によって野球部からの絶大な支持を得る。そうして権力者たちと親しくなることで小野は権威を手に入れた。
それでよいはずだった。祖父もそうして要人とつきあって尊敬を集めていたではないか。
なのに、あんな編入生に負けた。運動部も文化部もどこも後援していない、学級委員は誰も演説に駆けつけていない、そんな宮下という生徒に負けたのだ。
小野は未だに理解できていなかった。なぜ自分が負けたのかわからなかった。
◆◆◆◆◆
「お帰りなさいませ、坊ちゃん。」
屋敷の門扉でひとりの老人が小野に頭をさげていた。菊池というこの老人は政治家業を始めた祖父の代から小野家の選挙を支えてきた後援会の会長である。
まさに、不敗と謳われた祖父の選挙活動の生き証人であった。
「東京から戻られてお疲れになったでしょう。今日のところはゆるりと休まれて……。」
「菊池、おじい様にあって僕に欠けている政治家としての素質とはなんなんだ。」
だからだろうか、小野は気がつけば突然そんなことを菊池に尋ねていた。怪訝そうに菊池が眉をもちあげる。
「なにがあったのかは存じませんが、一度の失敗で落ちこむ必要はございませんよ。お坊ちゃんはオヤジさんから才能を存分に受け継いでおりますから、きっと夢は叶います。」
「お世辞はいいんだ。おじい様の選挙を支えたお前だったらわかるだろ、僕の選挙にはなにかが足りないんだ。あの宮下とかいうのやおじい様にあって僕に欠けているものがある。」
小野は自分のちっぽけなプライドを捨てて菊池に頭をさげた。
「頼む、教えてくれ。お前ぐらいしか頼れるのがいないんだ。」
そうして顔をあげた小野は息をのんだ。幼い頃から慣れ親しんできたはずの菊池が今までみたことのないような厳格な表情を浮かべていたからだ。
「お坊ちゃん、あっしの言うことはなんでも聞いて音をあげないと誓えますかい。」
恐らくはそちらが素なのであろう荒々しい口調になった菊池がぎろりと小野を睨む。小野は唇を噛み締めると深々と頷いた。
◆◆◆◆◆
次の日、小野の姿は軽トラの荷台にあった。上下つなぎに身をつつんだ小野は未だに面食らっていて、菊池の真意を掴めずにいる。
でこぼこのあぜ道の途中で軽トラは止まった。
「町田のばっちゃん、精が出ますな! お手伝いに来ましたよ!」
菊池が畑を耕している老婆に声をかける。町田とよばれたその老婆は鍬を脇において顔をあげ、荷台の小野に気がついて目を丸くした。
「あんれまあ、こりゃ先生のお孫さんですかい。えらい大きくなりましたな。」
菊池につれられて畑の中に足を踏み入れる。そして、小野は鍬をもたされた。
「町田さん、坊ちゃんが手伝ってくれるそうですよ。」
「それはもうありがたい!」
町田がしわくちゃの顔をさらに縮めながら、ニコニコと笑顔をうかべる。そうして小野はその日はずっと畑いじりに駆り出された。
「ぼっちゃん、今日は綱手さんちにいきますよ。」
翌日に小野が筋肉痛で顔を歪めて畳の上で悶えていても、菊池に容赦はない。毎日のように近くの家々の農業の手伝いをさせられる。
学院でずっと椅子に座ってばかりだった小野は初めはほんの数時間働いただけで倒れるほど貧弱だった。だが、数週間もたった頃には肌は小麦色に焼けていく。
◆◆◆◆◆
そんな日々をおくっていると嫌でも気がつくことがある。
小野は、自らの祖父が地元でどれほど慕われているかに圧倒された。出会う人は誰もが祖父のことを懐かしみ、その孫だというだけで小野のことを可愛がってくれる。
どうしたらこれほどまでの人気を得られるのだろう、小野は不可解でしかたがなかった。
「町田さんはどうしてそんなに僕のおじい様のことが好きなんだ。」
ある日、小野は思い切って町田に聞いてみる。町田は小野が出会った人の中でも特に祖父のことを慕っていたからだ。
土を触っていた町田はその手を止めると、目を細めて小野をみつめた。それはまるで孫である小野をとおして祖父の姿を思い浮かべているようだった。
「お孫さんは知らねえかもしんねえが、昔ここは電気もガスもなんもなかった貧村だったよ。おっ母もおっ父も畑を耕すことしか知らねかった。」
確かに小野は小学校でそんな話を聞いたことがある。この村は戦前の大恐慌が襲った時などは子を売ってまでしないと糊口をしのげないほどの寒村だったのだ、と。
「お偉いさんなんて一度も村にやってきたことねえ。都会の人はこんなとこなんて知りもしねえって思ってたさ。」
そんなある日、東京で勉学に励んでいた村の神童が帰ってきた。支持団体も、知名度も、資金すらもろくになかった、祖父のことである。
「先生は違った。たっけえスーツを泥で汚して畑仕事を手伝ってくれた。ほかの誰も目をむけてくれなかったあちきらのことを気にかけてくれた。」
その時、初めて町田は投票をしにいったのだという。
町田の口から語られる祖父の姿は、小野が知っている屋敷で権力者に囲まれてばかりの祖父からはかけ離れたものだった。
「先生はいつだってあちきらのために東京で頑張ってくれたさ、テレビにでてお偉いさんになっても休みの日には畑仕事を一緒にしてくれたのさ。」
懐かしむような目の町田に、小野は声をかけることができなかった。
◆◆◆◆◆
「お坊ちゃん、そろそろ気がついたことがあるでしょう。」
その日の晩、小野は菊池に呼び止められた。
「たぶん、わかったような気がする。」
「なら、教えてくだせぇ。」
菊池にうながされて小野は未だぼんやりとしている考えをとめどなく口にする。
「……今まで僕はおじい様を勘違いしてたのかもしれない。」
「ほう、というと。」
小野の言葉に菊池が面白そうににやりと口の端をもちあげる。
「おじい様の力の源泉っていうのは権力者たちとの距離の近さじゃないんだ。この地元で暮らしてる人々によりそって得られた信頼、それこそがおじい様の強さなんだ。」
町田の話を聞いてから、小野は村の景色がまるで違ってみえることに気がついた。
村にかかっている橋も、丁寧に舗装された道路も、そして遠くの町まで続く鉄道も、そういえばすべて祖父が作らせたものだ。この村は祖父が作りあげたようなものだった。
「この村はずっと貧しかった。それがこんなにのどかな村になったのは、インフラを整えて生活水準を大幅にひきあげたおじい様のおかげなんだ。」
細々と農業を営んで暮らしてきたこの村のつつましい人々のために、祖父はそれこそ命をかけて金をひっぱってきた。
なにもない寒村に橋をかけ道を敷き鉄道を通す。工場を呼びこみ病院を建てて観光を振興する。数十年に一度の豪雪では自衛隊を動かし援助金をばら撒いた。
「おじい様はどんどんと経済発展していく日本から置いてけぼりになった地方の村を決して見捨てることはなかった。ここの村の貧しい人々のために文字通り心血を注いだんだ。」
それはどう考えても意味のないことだった。
そんな大して票にもならない、金持ちでもない人々のために割にあわないほどの時間をつぎこむ、そんなことはかつての小野なら鼻で笑ったことだろう。
だが、だからこそ人々は祖父に全てを託した。祖父のことを心の底から敬愛して、どんなに雪が吹きさすんでいたとしても必ず祖父のために投票所に列をなしたのだ。
その信頼こそが政治家の祖父の力の源泉なのだ。
「馬鹿だなあ、僕って。おじい様に追いつくなんておこがましすぎる。そもそもおじい様の本質をまったくわかってなかったんだ。」
小野は自嘲するようにちいさく笑った。聞いてきた話から浮かびあがってきた政治家としての祖父の姿と編入生の宮下の姿とが重なる。
ようやく小野は自らの敗北に納得がいった。
宮下はいつだって教室の同級生に気をかけて、困っている生徒には必ず手をさしのばしていた。翻って小野はどうだっただろう。運動部の幹部の顔色ばかり気にしていた。
ならば最後に宮下が信頼され、小野の周りからは誰もいなくなったのは必然だったのだ。
◆◆◆◆◆
「ああ、悔しいな。」
初めて小野の口から素直な気持ちが漏れた。ポロポロと涙がこぼれ落ちて止まらない。
「なんでこんな簡単な話に気がつかなかったんだろう。ほんとうに馬鹿だ、馬鹿だったんだ。」
菊池のまえで小野は恥も外聞もなく崩れ落ちてしまう。大粒の涙が畳にどんどんと染みをつくっていく。初めて過ちに気がついた少年の背を優しく老人がさすった。
「なぁ、菊池。僕はまだ間にあうかな。」
心の底から絞り出された小野の言葉に、菊池が優しく答える。
「まったく問題ないですとも。知っておりますかな、オヤジが初めて選挙に出たのは三十五歳ですよ。今の坊ちゃんはまだまだ人生が長いんですから必ずうまくいきますよ。」
夏の夜に、選挙の敗者の嗚咽が響き渡った。
こうも長い駄文を読んでいただきありがとうございました。
この文章は、これにて終幕となります。
これは己が未だ作家として未熟な時に書いた文章で、その拙さゆえに公募で弾かれ、それからずっとパソコンのフォルダの奥にてホコリを積もらせていたものです。
ただ、さりとて人の目につかず眠り続けるのも忍びないと思い、こうして匿名で投稿させていただきました。
それではまた、どこかで会いましたらよろしくお願いいたします。