編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
沈んでいく夕日に真っ赤に照らされながら、俺は細かくちぎられた紙が風で飛ばされていく。白昼堂々に幽霊でも目にしたかのように小野が俺をみつめた。
「君、正気かい?」
「ごめんなさい、部活よりも加納と話すほうが楽しいかなって。」
じわじわと小野が険しい顔つきになっていく。
「実に愚かだな、君は世紀のうつけだ。せっかく『キタクブ』から抜け出る機会を与えてやったんだぞ。後悔することなんて目にみえている。」
「気をつかってくれて嬉しいよ。それじゃまた明日、教室でね。」
小野に頭をさげると、俺はくるりと踵をかえして走り出した。後ろから大声で小野が呼びとめてくるのも聞かなかったことにする。
すこし離れたところで加納は一部始終を目にしていたようだった。鳩が豆鉄砲を食ったような、普段からは想像もできないような間の抜けた顔をしている。
「ごめん、待たせた。もう今日は遅いから寮に帰ろうか。」
「……お前、まさか小野の誘いを断ったのか?」
俺が頷くと、加納はあんぐりと口を開けてアウアウと言葉にならない言葉を口にした。
しばらくして加納の手がのびてくる。細い指先が俺の頬をつまんだかと思うと、躊躇いなくつねった。
「いたっ、いきなり酷いなぁ!」
「気が狂っているわけではない、のか?」
赤くなった肌を手でおさえて俺が痛がるのも気にせず、呆然と加納が呟く。
「なぜだ、友人がいないとみっともなく嘆いていたのはお前ではないか?」
「いやぁ、ほんとは運動が苦手で……。」
まさか加納のことが心配になったからなど口にできるはずもなく、俺はヘラヘラと笑ってごまかした。加納が俺の肩を掴んで揺らす。
「この、阿呆が!」
夕暮れ空に加納の怒鳴り声が響いた。
「このまま『キタクブ』になってしまえば今の苦しみをずっと味わう羽目になるのだぞ! そればかりか、よりにもよって学級委員の顔に泥を塗るなど……。」
言葉を重ねるごとに加納の声が湿り気を帯びていく。いつのまにか肩を掴んでいた加納の手は俺の胸もとにすがりついていた。
「……ほんとうに、この大馬鹿者が。」
◆◆◆◆◆
太陽はとっくのとうに東京の高層建築物の裏に姿を消している。夜の都市の眩い照明も届かない暗闇が塗りつぶす雑木林を俺と加納はひとつの言葉もなしにテクテクと歩いていた。
さっきから目もあわせてくれない加納に俺の胃はキリキリと痛む。やっぱり俺が『キタクブ』から抜けられる話を蹴ったことへの怒りがおさまらないのだろうか。
痛いまでの沈黙に悩んでいた俺の足もとを倒木の枝がすくう。よろめいて倒れた俺のまえに、すっと加納の手がさしだされた。
「ありがとう。」
「寮までの道は電灯がない、これは懐中電灯を持ってくるのを忘れたわたしの過失だ。」
俺が立ちあがっても、加納は歩き出そうとしない。しばらく考えあぐねたように口を開いたり閉じたりしてから、ぽつりぽつりと言葉をこぼした。
「……小野はかつて生徒会の会計で、わたしはその補佐をしていた。ある日、わたしは小野が教員の給与の項目を改ざんして運動部に金を横流ししていることに気がついたんだ。」
俺は加納がなんのことを話しているかすぐにはわからなかった。加納はそれをみてとったのか、自嘲するように小さく笑う。
「わたしがコソ泥となじられた件についてだよ。」
加納を学院の金を横領した罪人だと非難する小野のやけに甲高い声が頭の中で響いて、ようやく俺は納得がいった。俺が真偽を疑っていた話のことだ。
「わたしは生徒会長に告発したのだが、無駄だった。金を盗んだのはわたしということになって『キタクブ』の仲間入りだ。」
加納の話は小野のそれとは真逆だった。加納は小野こそが学院の金を横に流した犯人だというのだ。加納の性格を少しは理解したはずの俺にとってその話のほうがしっくりくる。
「親友がこんなわたしのために怒ってくれてね、小野にやり返してやろうとクラスの選挙に出てしまった。」
うつむいた加納の表情は暗闇に染められてみることはできない。
「結果はさんざんだ、大敗だよ。選挙で敗けた候補は退学になるというふざけた校則を学級委員会が決めていて、わたしは親友を退学に追いやったことになる。」
俺は加納の言葉に静かに息を吞んだ。
選挙で敗ければ退学、それはあまりにも重い代償だ。そんな規則があるのならば誰も選挙に出ようとは思えないだろう。あるいはそれが狙いなのかもしれないが。
俺は恐る恐るその顛末を尋ねる。
「加納の親友は、その後はどうなったんだ?」
「地元の公立の中学に転入したそうだ。連絡先も知らないから、今はもうなにをしているのかもわからないな。」
言葉につまる俺をまっすぐに眺めて、加納が弱弱しく笑った。
「これで理解できただろう、学級委員に逆らうということの意味を。お前が小野の言葉に背いたことがどれほど危険なのかを。あれは抵抗するだけ無駄なんだ。」
初めて出会った日に加納がみせた暗い笑みの意味を俺はようやく理解した。加納はすっかり諦めてしまっているのだ。
歩き始めてしばらくして、闇のなかにぼんやりと寮の黒い影がみえてくる。いくつかの窓から漏れだす柔らかな灯りが住人の影を晒していた。
「加納、今日は俺につきあってくれてありがとう。いろいろと助かったよ。」
「かまわんさ、右も左もわからん編入生を学院に放り出したわたしも悪かった。こちらこそいろいろと礼を言いたいぐらいだ。」
二言三言交わして、俺と加納は別れる。その背後の暗闇からぼそりと掠れるような声が聞こえてきた。
「………では、また明日。」
思いがけない言葉にふりむくも、既に加納の姿は闇の中に溶けて消えている。狐につまされた気分で俺は茫然と立ち尽くしていた。
◆◆◆◆◆
小野の件があってから、加納が柔らかくなったように感じる。教室で話しかけても無視されることはなくなったし、時々なら話につきあってくれる。
果たして加納を友達と呼んでいいのかはわからない。あいかわらず同級生には避けられてばかりで話もできない。
しかし、少なくとももうひとりぼっちではないのではないかと思う。