編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www   作:かきくけこ

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07. 布告

「宮下、釘をもっとよこしてくれないか。」

 

 加納の声に俺は懐から買ってきたばかりの釘を手渡す。今、俺と加納は寮の屋根にブルーシートを敷いていた。

 

 先日の嵐であちこち雨漏りがひどい。補修工事を頼もうにももちろん学院から予算はおりないので、こうして俺たちのつけ焼き刃の処置ですませるほかないのだ。

 

「加納っていつもこんなことしてくれてるんだ、すごいや。」

「『キタクブ』でほかにやるやつがおらんからな、暇つぶしがてら寮の補修はひとりでやってきた。だからお前の手伝いには感謝している。」

 

 なんでもないようにいうが、やけに広い寮の隅々まで目を配らせているのはよほど骨の折れる仕事に違いない。やはり律儀な加納に俺は感心しっぱなしである。

 

 あの大雨の日といえば、と俺は薬師院との会話を思い出す。うすら寒い薬師院のまなざしが脳裏にうかんで、鳥肌がたった。

 

 俺の過去を知る薬師院は俺を所詮は同類であるとあざ笑った。自分のためならば他人がどうなろうとも気にしない、最低の人間なのだと。

 

 だが、俺は違う。薬師院とは違う。

 

 違うはずだ。あの間違いから俺は学んで、まともな道徳を身につけられたはずだ。だから薬師院の言葉は違う、俺は変わったのだから。

 

「おい宮下、もう釘をうち終わったぞ。」

「ごめん、ちょっと考えごとしちゃってた。それじゃ屋根から降りようか。」

 

 加納の声に俺は現実にひき戻される。

 

 薬師院と出会ったことは加納には話していない。話してしまってあの事件にまで辿り着かれた時が怖くてしかたがないからだ。

 

 俺は不審がる加納を作り笑いで誤魔化しながらはしごに足をかけた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 すっかり泥だらけになった体で寮の玄関にむかう。が、そこには予期せぬ客人がいた。

 

「なんだ小野、いったいどうしたんだ。」

 

 制服姿の小さな背中が軒先で揺れている。その姿を目にした瞬間、一歩後ずさった加納のかわりに俺は声をかけた。

 

「おやおや、これは奇遇だな。先日はせっかく運動部を斡旋してあげたというのにその善意を無下にしてくれてありがとう。」

 

 小野が俺に柔らかな声色で微笑みかける。だが、その冷たい瞳からして俺にいい感情を抱いていないことは明白だった。

 

「その節はごめん。それで今日はいったいどうしたの。生憎なんだけれど昨日までの大雨で寮が痛んでいて、その修理で加納を手伝わなきゃいけないんだ。」

 

 俺は手の中の工具箱をかざして小野にみせる。このあとはあちらこちらで破れた窓ガラスの掃除をしなければいけないので、残念ながら小野をもてなすことはできそうにない。

 

「別にそんなことしなくてもいいさ。流石に僕もこの寮の悲惨な現実には心を痛めていてね、今度の学級委員会でそれを是正する新たな校則の案を提出しようと思っている。」

 

 俺の背後の加納が未だ手にトンカチを持ったままなのを目にして、小野が笑みを深める。小野は両手を大仰にひろげて胸をはった。

 

「学級委員会のほとんどにはすでに根回しがすんでいるからほぼ実現したようなものだといっても過言ではない。ついにここにも予算を投入する時が来たんだよ。」

 

 なにか、嫌な予感がする。

 

 小野の言葉を額面通りに受けとるのならば、泣いて喜んでもいいぐらいのことだ。なにしろこのボロ屋敷をまともにできるよう学級委員会に提案してくれるというのだから。

 

 だが、あれほど『キタクブ』のことを毛嫌いしていた小野が今さら寮の修繕に力を貸してくれるのだろうか。

 

 俺の疑念は小野の次の言葉で解消された。

 

「喜びたまえ、老朽のすすむこの寮はとり潰しだ。跡地には野球部の第三球場が建てられる。」

 

 簡単な話だ。

 

 小野は『キタクブ』が時代にとり残された寮で苦しんでいることを気にしていたのではない。寮の広大な土地を『キタクブ』ごときに占有されていることが鼻持ちならなかったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「もちろん、『キタクブ』の生徒たちの寝床はほかに用意されるんですよね。」

 

 乾ききった喉が痛い。これから『キタクブ』はこの寮よりももっと酷いところに追いやられるのだろう。俺たちの悲惨な将来はもはや想像するほうが難しかった。

 

 首を傾げて小野は俺をみつめる。不思議がっているふりをしていながら、口もとは吊りあがって俺たちを嘲っていた。

 

「そんな馬鹿なことをするわけないじゃないか。『キタクブ』のために新たに寮を建てるなんて学院の予算の無駄遣いだ。ゴミどもは野宿でもするがいい。」

 

「なっ!」

 

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。この世のいったいどこに生徒を着の身着のままで寄宿舎から追い出す学校があるというのか。

 

「ああ、ちなみに学院が全寮制であることを定める校則は見直すつもりはないから、学院外で夜を過ごしたのなら無断での外泊とみなされて一発で停学だ。気をつけたまえよ。」

 

 校門の外で下宿をみつけるという逃げ道も閉ざされる。小野はもはや『キタクブ』に浮浪者になれと命令しているのも同然だった。

 

「まったく僕はなんて素晴らしいのだろう。ただの空き地となっていた寮の土地を有効活用するばかりか、そこに寄生するゴミクズどもにも事前に通告を欠かさないだなんて。」

 

 小野がラミネート加工された紙を懐からとりだす。そこにはまだ校則ができていないのにも関わらずあと数か月のうちに寮から退去しろという勧告が記されていた。

 

「これで僕がこんなゴミ捨て場みたいなところにわざわざ足を運んでやったか理解しただろう、宮下くん。あと加納はその釘とトンカチでこれを壁に張り出しておけ。」

 

 蒼白な顔つきの加納は紙を手渡されると、まるで奴隷のように小野の言葉に従った。

 

「それでは、『キタクブ』のクズどもはごきげんよう。せいぜいその愛すべきボロ屋敷との別れを惜しんでおくんだな、これからは屋根もなしに暮らしていくんだから。」

 

 終始楽しげだった小野は木々の間に消えていった。俺は加納の隣で呆然と立ち尽くしたままそれを見送るしかない。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 小野の衝撃的な襲来からしばらくして、俺は決めていた通り嵐で割れた窓ガラスを掃除していた。残念ながらとり壊される寮をこうして綺麗にしたところで意味があるかはわからない。

 

「寮から出ていけって勝手に宣告するなんていくらなんでも横暴すぎる。『キタクブ』たちだってこの学院の生徒なんだ、せめて夜露をしのげる場所ぐらいは用意するべきだろ。」

 

 俺の口からは愚痴が飛び出すばかりである。隣りで飛び散ったガラスの破片を集めている加納は無言のままだった。

 

 小野の一方的な退去命令をうけた『キタクブ』の反応は静かなものだった。寮の玄関わきに張り出された紙きれを目にして眉をひそめても、ことの経緯を説明されれば納得してしまう。

 

 気の早い生徒はすでにテントなどを買いに出かけている。ほかの『キタクブ』の生徒もどうやって夏や冬を露営でしのぐか考えを巡らせているようだった。

 

「しかたがない。学級委員会でそういう校則が可決されればなんの力もない『キタクブ』は従わざるを得ないのだから。」

 

 加納も例外ではなく、寮を潰してかわりに野球場を建てるという小野の校則を阻止することは諦めている。

 

「でも、まだ校則が成立したわけではないんでしょ、だったらほかの学級委員に困窮を訴えて校則の案を破棄させることができれば……。」

「小野は学級委員会の多数派、『火曜会』で強い発言力をもつ。そして現生徒会長が率いる『火曜会』に異を唱えることのできる学級委員などいない。多数決で必ず成立するさ。」

 

 小野の思い通りにならないはずがないと断言される。加納はかつて語ったように学級委員会に逆らうことはまったくの無駄だと考えているようだった。

 

「でも、小野の校則が可決されない可能性がないわけじゃないんだろう。」

「もちろん、制度上はな。槍が降ってくるぐらいの天変地異が起こって『火曜会』が多数派でなくなるか、もしくは校則案の審議の間に発議した本人の小野が落選すればよい。」

 

 加納が律儀に告げた可能性にほんのわずかの希望をみつける。学級委員会の勢力図を塗り替えることは無理でも、小野に選挙を挑むことぐらいならできるのではないか……。

 

 そんな俺の浅はかな考えをみてとったのだろうか、加納は真剣な表情で俺の両肩を揺らした。

 

「つまり不可能ということだ。だから変な考えを実行に移すんじゃないぞ。」

「……じゃあ、どうするっていうんだ。」

 

 加納の真摯な瞳に気後れして俺は顔をそむける。加納はそんな俺をしばらく眺めて満足したのか肩を掴んでいた手を離した。

 

「簡単な話だ、ただずっと耐えればいい。高校の三年間だけなのだから、それぐらいはできるだろう。」

 

 折れた枝でもぶつかったのか粉砕された窓ガラスが、茜色の西日できらめく。宝石のようなそれらを加納はちりとりで丁寧にかき集めていた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 夜、またしとしとと降りだした雨音をなんとなしに聞きながら考える。諦めきった加納の背中を思い出すと、なんだかむかむかした気分になった。

 

 どう屁理屈をこねても加納が濡れ衣を着せられて『キタクブ』として追いやられているのは理不尽だ。そんな加納が我慢をして、罪を犯したという小野が笑っているのはおかしい。

 

 友達である加納がそんな理不尽な目にあっていて、みてみぬ振りをすることなど許されてはいけないことだろう。

 

 だから今の俺は加納のためになにかをするべきなのだ。

 

 そうだ、俺は薬師院とは違う。自分のことばかり考えて他人は簡単に見捨てられる、そんな人間はもう止めたはずなのだ。

 

 肩の重荷がふっと消えたようで気分が楽になる。正しくあろうというのなら、俺がなにをするべきかなど決まりきっているようなものだった。

 

 気がつくと、俺は入学した日にもらった校則集を開いて選挙の章を読みだしていた。

 

 

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