編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www   作:かきくけこ

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08. 開戦

 学院は二学期制で、毎学期のちょうど半分を過ぎた頃から期末試験の直前までの間で学級委員の選挙が開かれる。今日はその候補の公示が行われる日なのだそうだ。

 

「まあ、この教室では関係のないことだ。」

 

 加納が冷たい声で呟く。選挙管理委員会と書かれた腕章の生徒が黒板に立候補者の名前を書き始めた。

 

「ここは『火曜会』の重鎮のひとりである小野が牛耳っているからな。負けるとわかって戦いを挑む愚か者などおらん。これで何度目の不戦勝になることやら。」

 

 自らの名を選挙管理委員が書きつけるのを後ろで小野が満足げに眺めている。生徒のほとんどは決まりきった勝負などには興味がないとばかりに雑談にふけっていた。

 

 だからこそ、白いチョークがひき続いて別の名前を記し始めた瞬間、どよめきが走る。

 

 自殺行為に等しい無謀に身をさらした愚か者はいったいどこの誰なのかと生徒たちが視線を走らせるなか、選挙管理委員の手が止まった。

 

 黒板に白い文字で刻まれた名は、宮下葵。つまり俺である。

 

 今までのざわめきは一瞬で静まり、まるで救いようのないほどの阿呆をみるかのような視線が俺を突き刺した。となりの加納はどうしてか泣き出しそうな目をしている。

 

「クッ、ククク…。」

 

 教室に噛み殺したような笑い声が響く。

 

「ハハハハハハハッ!」

 

 やがてその笑い声はどんどんと大きくなり、最後には小野は爆笑していた。感染病かのように次々と生徒がつられて笑い出し、やがて教室中が俺への嘲笑で満ち溢れる。

 

「ヒィー、ヒヒヒ……。なんだ、宮下くん。君は僕を笑い殺すつもりだったのかい。なかなか考えたね、確かに君の選挙での勝機はそれぐらいしかないな。」

 

 まなじりにうかぶ涙を拭った小野が喜色満面で俺の背中をバンバンと叩いた。

 

「まあ、これからの数十日を大切に過ごすといい、せっかく学院に入学できたんだから、すこしは楽しい思い出がないと残念だろう。」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 肩を掴まれて壁に叩きつけられる。放課後、無言の加納は教室から俺を人気のない校舎裏までつれだしていた。うつむいた加納からは荒い息つかいしか聞こえない。

 

「大丈夫?」

 

 俺は加納のことが心配になって声をかけた。が、それどころではないとばかりに加納に無視される。

 

「学級委員に逆らうなと何度も忠告したはずだ、退学処分になって後悔しても遅いのだぞ!」

 

 鬼気迫る勢いで加納が俺に詰め寄った。はなから小野に勝利することを諦めている加納の言い草にむっとして、俺は眉をもちあげる。

 

「でも、やってみなけりゃわかんないじゃないか。加納はなんの抵抗もなしにむざむざと野宿に甘んじるっていうのか。」

「お前はわかっていない、あの教室で運動部を味方につけた小野に勝てる生徒など学院にはひとりもいない!」

 

 なかば絶叫する加納に俺は圧倒される。

 

「あの学級の生徒五十一名のうち運動部が占めるのは過半数に近い二十五名、しかもそのすべてが小野と関係の深い野球部の出身だ! どう考えても勝てるわけがないだろう!」

 

 それは確かにかなり困った話だと俺は顔をしかめた。運動部の生徒の人数が多いから小野が選ばれているのだろうとは考えていたが、半分を占めているとは知らなかった。

 

 野球部の生徒からしてみれば誰が住んでいるのかもわからないオンボロ寮が消えるかわりに最新の球場が手に入るのだ。『キタクブ』の俺なんかに投票するはずもない。

 

「学級委員のことなど教えるべきではなかった。いや、そもそも話しかけられても無視を続けていればお前は選挙に出馬するなどという愚を犯さなかったのか?」

 

 よろよろと後ずさりながら加納はぶつぶつと何かを呟く。丁寧に整えられていた黒髪は頭がかきむしられたせいでぼさぼさになってしまった。

 

「わたしのせいで友達が苦しむのはもう嫌だ……。」

 

 加納が切実な声をもらす。思っていたよりも動転している加納に俺はどう声をかけたらいいかわからずただ黙りこくるしかなかった。

 

 しばらくして、顔を勢いよく持ちあげた加納が俺のことをキッと睨む。

 

「もういい。かってに落選でもしていろ。学院に大切なものを奪われるのは慣れている。」

 

 そう俺に吐き捨てると、加納は俺を置いて立ち去っていった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「あれ、追いかけなくていいんでありますか?」

 

 背筋がゾワゾワするような猫なで声が、俺の耳をくすぐる。気がつくと見知らぬ少女がいつのまにか俺の後ろにたっていた。

 

 ビン底眼鏡をかけた、まるで狐のような顔つきの生徒である。不思議な言葉遣いが印象的だ。

 

「加納に怒られるのはわかりきってたことだからしかたないよ。それで、君は……。」

「おやおや、もしや同級生の顔を覚えていないとおっしゃる。なかなか薄情であります。」

 

 カリカリと音をたてながら手もとの手帳に走り書きをしている。それがひと段落ついたかとおもうと、名刺と新聞のようなものをさしだしてきた。

 

「ともかく、これからしばらくおつきあいさせていただくのでお見知りおき願いますよ。新聞部選挙班の記者、稲荷ともうしますので。」

 

 日刊政経と題されたその新聞の記事は、小さな日常の事件から食堂の価格改定まで学院の話題を網羅している。商業の全国紙と比較しても遜色ないほどの出来栄えだった。

 

「へぇ、こんな部もあるんだね。学生が編集しているとは思えないほど立派な新聞じゃないか。」

 

 俺が感心していると、稲荷は得意げに胸をはる。

 

「もちろんです、小官らは一流のジャーナリズムを標榜しておりますから。どうです、今なら購読料はお安くしておきますよ。」

 

 電卓を弾いて稲荷がなかなかな値段を俺にかざす。魅力的な新聞ではあるが、それだけの金を払って読もうとは思えなかった。

 

 すぐさま売りこみをかけてきた商売熱心な稲荷には悪いが断らざるを得ない。今月の営業ノルマが、と稲荷が地面に崩れ落ちて悶絶した。

 

「いやあ、ちょっと高すぎるよ。それにしても、てっきり『キタクブ』の生徒には新聞を売らないんじゃないかって思いこんでたからびっくりだな。」

 

 ふと本音が口をついて出てしまう。学院において『キタクブ』を爪はじきにしない活動というだけで純粋な驚きに値するのであった。

 

「それは心外であります。日刊政経のモットーは売上よりもセンセーション、学院のあまねく生徒に曇りなき真実をお伝えするためにはどんな禁忌とて破ってみせる所存なのです。」

 

 気を害した稲荷が瞳を怒らせる。思っていたよりもずっと自らの信念に誇りをもっていたらしい稲荷を侮ることになってしまい、俺は申し訳なくなった。

 

「それはごめん。」

「おっ、そうおっしゃるのでしたらどうかご購読をお考えいただきたく。今でしたら新聞部限定のスペシャルトートバッグなるものを贈呈しておりますゆえ。」

「それもごめん。」

 

 稲荷がガックシと肩を落とす。どんなに高潔な信条があっても金は必要らしい。

 

「やっぱり印刷代とかでお金がかかるから、購読者は増やしたいんだね。営業だったら俺じゃなくてほかの生徒に話しかけたほうが見こみありそうだよ。」

「営業はついでです、取材が目的に決まっているであります。あの無敗の小野殿に無謀にも挑む編入生などネタとしてこんなにも面白いことはありません!」

 

 てっきり営業をかけに来たのかと思っていた稲荷はほんとうは俺のことを調べたかったらしい。確かに俺はこの選挙におけるイロモノ枠なのは否定できなかった。

 

「ああ、お近づきの証にひとつ面白い速報をお伝えするのです。さきほど学級のみなさまにアンケートをメールで送付して世論調査を行ったのですが……。」

 

 ピコンと鳴り響いた通知音に稲荷が懐からスマホをとりだす。画面を目にした稲荷は興味深いといわんばかりに忍び笑いした。

 

「学級五十一名のなかで支持者は小野二十九名、宮下一名でありました。記録的な大差ですな。」

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