編入先の超名門校がすさまじいカースト社会だった件www 作:かきくけこ
学院の赤レンガに清々しい朝日が降りそそぐ。久しぶりに晴れた空のもと教室に慌てて走っていく賑やかな学生たちを眺めながら、俺はこれからのことを考えていた。
加納が教えてくれたとおり、学級に二十五名いる野球部員が小野の岩盤支持層である。小野も票を投じられることを考えると二十六票となり、これだけで過半数を得て当選だ。
つまり俺が小野に選挙で勝とうとするならば、その他のすべての同級生の支持を集めたうえで野球部の数人を小野から裏切ってもらわなければならない。
あまりにも困難だ。
加納が小野は無敵だと語ったわけがわかる。我ながらどれほど無謀なことに手をつけようとしていることを理解して俺は頭痛がした。
朝礼の時間を告げる鐘が響き渡る。学院は遅刻しない真面目な生徒ばかりらしく、銀杏の並木道を歩いている制服はもうみえない。
だが、何事にも例外はつきものであった。
しばらくして、灰色のコンクリートがむき出しの文化部の寮から三人ほど生徒が出てくる。すでに授業は始まっているのにもかかわらずのんきにあくびをしていた。
待ち人来たり、未だ寮の玄関口にいる彼ら彼女らにむかって俺は駆けだす。
「おはよう。」
挨拶を欠かさないだけで印象はよくなる、そんな迷信にすがって俺は声をかけた。
◆◆◆◆◆
金色に染められた髪にビアスの穴、原形をとどめないほど改造された制服。そんな姿の学生を形容する単語が幸いにして日本語にはある。つまり、その生徒たちはヤンキーなのであった。
「あん? そもそもてめえは誰だよ。」
茶髪の少年にギョロリと睨めつけられる。いわゆる不良と呼ばれる人々と話すのは人生初の俺はそれだけで肝が冷えそうだった。
「ど、同級生の宮下です。つい先日、君の教室に編入になりました。よろしくね。」
俺がさしだした手を少年が訝しげにじろじろと眺める。ほかの仲間も俺に気がついたようで怪訝そうにぼそぼそとなにやら話していた。
「おい星川、どうしたんだべ。」
「なんかこいつがいきなり学級に編入してきた同級生だとか言い張って俺に絡んできやがったんだ。まじでキモい、キッショイ。」
さりげない言葉ひとつひとつが俺の心を抉っていく。心の中でシクシクと泣いていると、煎餅ぐらい大きいピアスをつけた少女が笑い出した。
「キャハハハッ! いや星川は挨拶されたぐらいでガン飛ばしすぎっしょ、肩の力抜けって。で、そこの真面目くんはいったいあたしたちになんで挨拶しに来たの。」
真面目くんとは俺のことらしい。きちんと制服を着ているだけでこの中では飛びぬけて普通の学生にみえるのは事実だが、はたして俺はほんとうに実直だと胸を張れるのだろうか。
とにかく、馬鹿正直に選挙で票を入れて欲しいから話しかけましたなんて言えるはずもない俺はお茶を濁すことにした。
「いや、同級生だから仲良くなりたいなって思っただけだよ。」
「へぇ……。」
ピアスの少女の目がすっと細まる。すわ目論見がバレたかと俺が身を縮こまらせたその時、思いがけないところから助け舟がやってきた。
「三輪、うちをまだ待たせるつもり? さっさと行きたいんだけど。」
ドギツイ紫色に染めた髪をつまらなさげに弄りながら、もうひとりの少女が冷たい声でピアスの少女、三輪に文句をつける。三輪はヘラヘラと笑いながら謝っていた。
紫の髪の少女が鼻を鳴らしてすたすたと歩きはじめる。藤森というらしいその少女の後ろを星川が慌ててついていった。
「で、あたしらと仲良くなりたい真面目くんはどうすんの?」
気がつくと、カラコンでも入れているのか真っ青な三輪の瞳が俺をじっとみつめている。親しげに丸められたまぶたの奥で俺の真意を確かめるかのように瞳がギラギラと輝いていた。
もとより俺に選択肢など残されていない。俺は覚悟を決めた。
「ついてくよ。」
「うっし、それでヨシ!」
三輪がニッと破顔する。キラキラと煌めく三輪のピアスを眺めながら、俺は初めて学校をサボるということを覚えた。
◆◆◆◆◆
藤森たちは教室の運動部ではない二十三名の同級生のうちの三人である。俺が編入してきてから一度も教室で目にしたことのない不良生徒でもあった。
そんな藤森たちを一番最初に話しかける相手に選んだのはほかの同級生に『キタクブ』である俺が声をかけても無視されるからだ。
まずはひとまず会話の糸口を掴めたことに胸をなでおろす。ここからが肝心だ。とにかく親しい仲にならなければ、票を頼んでも断られてしまうだろう。
藤森の後ろをついて校門をくぐる。門の脇にたつ守衛は授業時間中に学校を抜け出す生徒たちを目にしても眉をひそめるだけで止めようとはしなかった。
「なんだ、おまえ『キタクブ』だったのか、それならそうと早く教えろよ。俺たち落ちこぼれ仲間なんだから仲良くするのはタリメーだって。」
俺が『キタクブ』であることを話した途端、先ほどまでの冷たい態度とは真逆に親しげに星川が肩を組んでくる。ワックスでガチガチに固められた短髪が頬につきささって痛い。
そんな星川と違って三輪は俺のことを油断なく見据えていた。
「星川は単純すぎって。『キタクブ』ってだけで気許してちゃ詐欺にかかって痛い目にあうんじゃね。」
「みわっちはうっせーな。」
三輪が釘をさすのを星川は飽き飽きしたようにあしらう。みわっち、というのは星川が考えた三輪のあだ名らしく、俺のことはみやっちと呼ぶつもりらしかった。
藤森は黙ったままただひたすらに先頭を歩いている。無言の藤森が行き先を決めるのはいつものことらしく、誰も気にしている様子はなかった。
やがて閑静な住宅地をぬけると、賑やかな駅前に辿り着く。藤森が目指しているのは近くのゲームセンターだった。
扉が開いた瞬間、騒音に俺は思わずのけぞってしまう。眩い光と奇妙な電子音が大河のようにうねっている店内は俺の常識をはるかに超えていた。
故郷にひとつだけ生き残っているパチンコ屋でさえこれほど派手ではなかったはずだ。
「キャハッ! ねぇ星川みて、驚きすぎて真面目くんが固まっちまってるよ!」
「みやっち、今やっべー間抜け顔してるぞ。」
あっというまに都会のけばけばしい娯楽に飲みこまれた俺が呆然とたちつくしていると、星川と三輪に笑われる。そのまま腕をひっぱられると俺は光の洪水のなかにひきずられていった。
◆◆◆◆◆
「おっしゃ、みやっち。なんかやってみたいもんはあるか?」
星川がニヤニヤとなにも知らない俺をからかうように笑っている。四方八方から鼓膜を揺らしてくる爆音の音楽に惑わせられながらも、俺はひとつの筐体に目がとまった。
「あれって、なに?」
「駄菓子のクレーンゲームって……。みやっち、正気か?」
「真面目くん、センスあるね。いいよ、やっちゃいなよ。」
俺が巨大なチョコバーの袋が入った筐体を指さすと星川が顔をひきつらせる。三輪は反対に面白そうにニヤニヤと笑っていた。
百円を投入することでアームを動かし、菓子の袋を狙うといういたって単純なつくりである。
投下口に半ばはみ出すようにしておかれている大袋に俺の目は釘づけになった。いくらなんでもこんなに近ければ数回で景品が手に入るに違いない、かなり得できるはずだ。
「ほんとうに百円玉を入れてボタンを押すだけなんだよね、だったらあんなにギリギリな袋ぐらい慣れたらとれるんじゃないの?」
不安になった俺が尋ねても、三輪たちは黙って笑っているだけだ。藤森はといえばとっくに変な鍵盤がおかれたゲーム機をつまらなさそうに遊んでいる。
百円玉をいくつか入れて試してみると、すぐに狙っていた大袋の位置までクレーンを持っていくことができるようになった。思っていたよりも簡単である。
そのまま降下していったクレーンは爪を閉じて菓子の大袋をしっかりと掴んだ。
「おっ、真面目くん上手い上手い。」
三輪が笑いを嚙み殺しながら拍手してくれる。大袋がクレーンに吊り上げられてどんどん持ちあげられていった。
「あっ!」
だが、次の瞬間ボトリと袋が落下する。
虚空を掴んだままのクレーンは投下口でスッと爪を開いた。もちろん、景品が落下する音はまったく聞こえない。
にやにやと意地悪げな星川が種明かしをした。
「よく見てみなって、クレーンの爪の間がほかの台のよりも開いてるだろ? こいつは握力を弱められてやがるんだ。」
隣りのクレーンゲームと比べてみると、星川は正しい。なんと悪辣なしかけなのだ、俺は心の底から戦慄した。
「そもそもクレーンゲームってのは爪の力の強さを好き勝手に設定できちゃうから、決まった金額まで金を溶かさなきゃ持ちあげさせてもくれないんだよね。知ってた、真面目くん?」
さらに三輪がからかうような口調で俺に残酷な現実を告げる。
つまり、あの縁ギリギリにおかれたチョコバーの大袋をみて運がいいと思った時点で俺はカモにされていたということらしい。俺はなんだかとんでもない裏切りにあった気分になった。
眉間にしわをよせた俺をみて、三輪と星川が爆笑している。話題を変えてしまおうと俺は三輪たちにとっさに質問した。
「よく知ってるね。星川と三輪はこういうの得意なの?」
田舎の出だから俺は知らなかったが、もしかすると三輪たちはこうしたゲームの必勝法のようなものを学んでいるのかもしれない。
「俺たちよりもふじっちのほうが上手いぜ。よく転売して小遣い稼ぎしてるからな。」
星川が遠くでゲーム機の鍵盤をすさまじい速さで叩いている藤森を指さす。流れる音楽にあわせてボタンを押す、音ゲーというものをしているらしかった。
ちょうど終わったのか、画面にパーフェクトと表示される。俺たちの視線に気がついた藤森が気だるげに近づいてきた。
「なに、なんかとってほしいの?」
不機嫌そうな藤森の手を煩わせるわけにはいかないと俺は慌てて断ろうとする。
「いや、べつに……。」
「真面目くんがこのチョコバー狙ってもう数百円溶かしてんだよね。手伝ってやって。」
しかし、三輪の言葉のほうが早かった。俺の手もとから百円玉を奪いとったかと思うと、藤森はすぐに筐体にたつ。
藤森の手つきは慣れたものだった。クレーンの爪をひっかけたり重心をずらしたり、いろいろな手練手管を駆使してあっという間に大袋をとってしまう。
「す、すごい……。あんなに俺が苦戦してたのを一瞬で……。」
「べつにたいしたことじゃない。」
職人もかくやといった藤森の腕前に俺が感服していると、藤森は顔を背けた。わずかにその耳は赤くなっている。
「あっ、藤森恥ずかしくなっちゃったんじゃね?」
三輪のからかいにキッと俺たちを睨むと、藤森はまた例のゲーム機のほうへと戻っていった。
「あ~あ、みわっちやりすぎだって。これでふじっちへそ曲げちゃったじゃん。」
呆れたように星川がたしなめるも、三輪は舌をペロリと出していてまったく反省していない。そんな三人について遊んでいると、一日はあっというまに過ぎ去ってしまった。