[座標の魔術]。巡検官の中でも、緊急時に犯人を追跡することになる
前述の通り巡検官の中で追跡担当となる者には必須とされていること、規制等もされずに一般にも流通する魔術であること等の理由が重なり、子供から老人まで習得者の多い魔術である。
だがしかし、これは追跡や戦闘時の
座標の魔術の極地として、術師の魔力に浸した物体の座標を操る魔術用法も存在するが、繊細かつ独特な魔術制御が必要になる。
座標の魔術の中で最も攻撃的な用法だが、他の魔術の鍛錬や記憶するに使う時間を全てかなぐり捨て、年単位の修行が必要になるとされるほど、難解な魔術制御となる。
それならば、この魔術を攻撃に使うくらいなら、他の魔術を使おう…と、一般人は考えてしまうのだ。
そもそも魔術は、射出ができても直接の操作が難しい。
例えば[矢の魔術]。自身の周囲に展開した、魔力で編まれた矢を攻撃対象に射撃するポピュラーな魔術。魔力で矢そのものを押して方向を決め、また爆発的な勢いの魔力で矢を押し出し撃ち出すシンプルな魔術だが、射出後に軌道を変えることは困難の一言に尽きる。
ただボールを投げるのは簡単だが、投げたボールの軌道をあとから捻じ曲げるのは難しいことと同じように考えて良い。
また、術師から魔術対象が離れすぎると魔術そのものの効力が低下する。
距離が離れればその分
故に、物体の座標を操る魔術であっても、射程範囲は慣性を利用して撃ち出そうとしない限り、自身の周囲に限られるということ。
つまり言いたいのは、自由自在に[座標の魔術]を操るルルー巡検官は、創成の魔術師たる私の認める素晴らしい巡検官であるということです。
私が氷の隊に入り浸る理由の一つですね。
「帝都ってこんな袋小路があんのかよ。俺ァ誘導されたんか?」
「…」
「無愛想だなぁ」
肉爆弾は視線を上げながら嘆息した。窓すらない絶壁に囲まれた帝都の路地の唯一の脱出口───正確にはもう1つあるが───には、ルルーが立ち塞がっている。
振り返るアカルガ。相対した2人の魔力の起こりと共に、緊張感が高まる。
「大人しく投降しろ。半殺しで済ませてやる」
「ケーサツ様がおっかないねぇ」
火蓋が切られた。
「さっきの奴よりお前は強いのかァ?!」
アカルガが肌色の爆弾を投擲した。
豪速で迫るそれをルルーはキャッチボールかの如く軽い様子で魔術を行使し、捉える。座標を固定されピタリと静止したそれは、たとえ爆発したとしても爆風がルルーには届かないだろう位置で宙に浮いている。
魔術で座標固定した際に、ルルーは違和感を覚えた。ただの爆弾ではないような、言葉にしづらい違和感。アカルガからの操作を弾けるように、魔力を爆弾に纏わせるように塗っていく。
一方アカルガはそんな状況に理解が及ばないようで、キョトンとしながら宙に浮く爆弾を見つめていた。
「なんだァ?」
「お前、座標の魔術も知らないのか」
「今俺のこと馬鹿っつったなてめぇ!」
「言ってない…」
何気ない言葉でアカルガを怒らせてしまったらしい。爆弾がルルーの支配下に置かれる前にアカルガから魔力による信号が送られ、宙の爆弾が爆発した。爆風と共に広がる血煙が、ルルーを包み込んでゆき、血の霧のように広がり視界を奪う。
退避する間もなく、一瞬で視界は紅に染まった。もくもくと広がるそれは、宙に広がって収まらない。路地の一角が赤いモヤに包まれた。
「しまった…奴はどこに…」
路地を埋め尽くす血煙。アカルガの得意な戦術として、視界を潰して奇襲し爆殺するものがある。それにハマった形だった。
上下左右、どこを向いても赤、赤、赤。
アカルガの視界すら不明瞭にしてしまうこの戦術だが、何度も何度も敵を消してきた彼の得意な罠なのだ。頭も体も、ルルーの位置をしっかりと記憶している。
ルルーが動き出す前に、仕留める。その一心で、突撃した。ルルーの腰より低い姿勢で、真正面から
「死にさらせクソッタ…レ?」
絶叫をあげそうになった。
ルルーの冷たい視線が、こちらを見下し射抜いている。霧の向こうを見ていたはずの彼女の顔はアカルガの頭上を向いているが、眼だけはアカルガの顔を捉えている。
策にハマったのは、血の霧を頼ったアカルガの方だった。
ルルーにとっては周囲の物体が見えない程度では目眩しにはならない。彼女は、周囲に魔力を飛ばし物体の座標を固定せずにそのままにしておくことで、擬似的なレーダーの魔術として運用していた。血の霧なぞ関係ない。最初から何もかもが見えていたのだ。『しまった…奴はどこに…』などと呟いていたが、アカルガを引っ掛ける罠であったのだ。
「気づかないとでも?無知めが」
「ぐぶっ」
あらかじめこの位置に来ると分かっていたのだろうか。巨大なナニカのフルスイングで殴り飛ばされた。
骨の髄まで沁みる痛みと、初めての恐ろしい体験。背筋どころか全身が凍りそうな氷の視線に、アカルガは震えていた。
巨大なナニカの起こした風圧と、吹き飛ばされ2人の頭上で破裂した爆弾の爆風で霧が晴れ、正体が顕になる。
ルルーの背後に浮くそれは、魔力で形成された巨大な戦鎚であった。彼女の背をも越す巨大なそれからは、アカルガに対するうっすらとした殺意が垣間見える。
[座標の魔術]の極地である物体の座標操作。対象へ魔力を纏わせたその場その地点を座標0として、その座標に加算をするような形で操作を行う。
加算に関して、1つの方向のみにしか加算できないため直進的にしか移動させられない。故に勿論軌道を曲げることができず、カクカクとしか動かすことができないこの魔術用法。
そこでルルー巡検官は考えた。高速で加算方向を切り替えながら加算すれば曲がるのでは?
[鎚の魔術]。古代オーリア王国で生み出された──7,000年に近い歴史を誇るこの魔術は、長い時の中で洗練されてきた。彼女の巨大な戦鎚も、時の流れで開発された鎚の魔術の1つである。何度も生成を繰り返した彼女の戦鎚は、生成速度も硬度も並の術師のそれでは遠く及ばない。
そして彼女は、座標操作に方角を使用している。東西南北上下と方向を指定するために、[方位の魔術]を用いて方角を把握している。
実に、3つの魔術の並行起動、行使。魔術を使う大道芸人の中には2つ3つの魔術の並行起動をこなす者もいるが、実戦レベルで行使可能な人材となると帝国内でも一握りとなる。エリートの集まる帝都の巡検官達の中でみても、そう数は多くない。
彼女は、その1人だ。
これら3つの魔術と、もはや感覚で行えるほどに鍛錬した座標操作の天才的な技術によって、ルルー巡検官は自身の周囲に戦鎚を自由自在に飛び回らせることができるようになった。座標操作の魔術の射程は10メートルほどだが、それでも十分な制圧能力を誇る。
近距離では無数の鎚を生成し数の暴力を振るう。距離を離されようが、鎚を射出すればよい。もはや縋すら届かぬ距離でも、宙を飛ぶ鎚に乗ればそのまま飛行も可能なので、そのまま突撃。
全距離に対応した
「くっ来るなバケモノッ」
「女性経験なしか?ひどい言葉だ」
錯乱したのか、起爆させるのも忘れて爆弾をそのまま投げつける。その他にも、懐から抜き出したナイフや道端のゴミを投げてきた。爆弾は調査のために、一旦座標固定。他の刃物やゴミを、空飛ぶ戦鎚の緻密な制御で弾き飛ばす。弾き飛ばせば弾き飛ばすほど、アカルガの顔色が悪くなっていく。
「そら、終いだ。観念して捕まれ」
「くるなぁっ!ブサイク!鬼、鬼畜!ハンマーゴリラ!」
「意外と余裕ありそうだなてめぇ」
しかしその余裕もすぐになくなるだろう。しばらく前から頭上であの人の魔力が留まっているのだ。嵐の渦かの如く、周囲に魔力を撒き散らしている。逆にアカルガは何も気づいていないことに、ルルーは若干恐怖していた。こいつあれだけの事件を起こす魔術の才があるだろうに、なんで気づかないんだ?
ルルーが一度殴るまで待っていてくれたのか、魔力の主は高度を落としてきた。と同時に、渦巻く魔力が冷気へと変換されていく。もはや凍気と言えるそれによって、場の気温が急低下し始めた。先程ルルーが弾き飛ばした酒瓶のゴミの中身が凍りつく。
流石にアカルガも気づいたようだ。ずぶ濡れの猫のような様子で、降臨した魔女から殺意を向けられているのを自覚する。
数日前に銀行で強盗殺人を犯した指名手配犯とは思えないほどに縮み上がった
はじまりの魔女が現れた。
「ルルー巡検官、ご苦労様です」
「いえ、魔女様もご足労いただき感謝いたします」
「お務めですから。そうだ、お土産に火炎唐辛子を頂いたんです。イナサをひーひー言わせたいので、後で手伝ってもらえます?」
「勿論ですよ。…隊長、骨は拾います」
感じたこともない、莫大という言葉すら適切ではないような、際限のない海のような魔力量。それが明確にこちらに対する敵意を向けている。魔女の視線は、アカルガを捉えて離さない。隣にいるルルーと軽い会話を交わす最中も、瞬きすらせずにこちらを見ている。
顔は笑っているが、目が全く笑っていない。
ルルーよりも背の低い彼女だが、魂まで凍りそうな彼女の魔力を放っている。
アカルガには、かの魔女が処刑人に思えて仕方がなかった。
「さて、談笑はこの辺りにして。貴様には答えてもらわねばなりません」
「…っあ…?…あ…」
「帝都で殺人を犯すなどという重罪を犯した者と聞いてきてみれば案外小者なのですね。そら、術で口を開けるようにしてやった。これで喋れるな?」
「あ、ああああんたは、なんなんだ」
気温がまた下がった。直前まで戦闘行為を行なっていた2人の、じわりとかいていた汗も凍りそうなほどの冷気が充満している。
「今は私が質問している。質問を質問で返すな」
愚者は言葉を間違えた。
「今聞きたいことは1つだ。貴様、どこであの爆弾の魔法を学んだ?誰に教わった?」
ルルーも気になるところだった。危険な魔法は帝国の管理下に置かれる。習得者は厳正な審査を経て初めて学習することが認められるのだ。どう考えても爆弾の魔術などという危険度の高い魔術は管理下に置かれるべきものだろう。
「い、いい言えない!言えない!無理だ言えない!」
「…開眼、識調の魔眼。あまねく全てを見透せい」
もはや本人の言葉には期待できなくなったのか、魔女は開眼した。
眼に魔力を灯し、術式を発動させる魔眼。識調のそれは、対象の全てを識ることができる。
たった数秒の開眼だが良い情報が得られなかったらしい。魔女は魔眼を停止させた。
と同時に、鉄の鎖がアカルガを取り囲み、縛り上げる。鉄鎖の団子と化したそれを難なく浮遊させ、自身に追従させて魔女は歩き出した。
「うああっ」
「コイツ、脳と心臓に妙な刻印がされてる。ちっ、暴こうとしたら自爆するタイプだ…面倒だけど連れ帰りますよ。まずは記録装置と一緒にこれの情報を聞き出すとしましょう」
「は、はい」
「あと、これの爆弾を持っていたら全部私に寄越してください。まだ間に合うかもしれない」
「…ただの爆弾ではないと?」
ルルーの違和感とは、アカルガの爆弾を座標操作の対象にできなかったことだ。尋問中に調べを進めていた。
操作の対象にできないものの条件は幾つかあるが、血飛沫を上げる爆弾という点と関わりがありそうな条件にルルーは心当たりがあった。
「一応お聞きします。…こいつの魔術、
「違いますね」
先を歩く魔女は振り返り、ルルーに顔を向けた。先程までの冷たい笑みも魔力も鳴りを潜めている。
疲れた顔の魔女は、嘆息混じりにルルーに教えた。
「これの魔法は、[人を爆弾に作り変える呪術]。私のかつての戦友が死に際に創り出した、自爆特攻用の魔法です」
魔法…魔術や呪術、祈祷術、陰陽術等々の総称。現在はほとんどが魔術として認識されている
魔眼…魔術の応用。習得はとても難しいし、眼球に魔術刻印を刻むことになるのでとても痛い。でも魔女様は平気らしい
魔女…背が低いのを意識させたくないのか、ほとんど常に浮遊している。何もしていなければただのちびっ子
あとがき
最近暑くなってきて少々辛いです。辛い時期を思い出して辛さが加速したりもしてますが、心のリハビリを頑張りつつ書いていければいいなと考えております。
ルルーの父親は巡検官だった。彼女は幼い頃に、父から座標の魔術を教わった。
彼女は鍛錬を積むうちに座標の魔術にのめり込んでいく。人を驚かすことが好きだった彼女は、この魔術でエンターテイナーになろうと夢想していた。
パレードで、華々しく花火の魔術を打ち上げるピエロ達。魔術で作り出した、氷の花をプレゼントする燕尾服の仮面をつけた者たち。
そして、魔力で編まれた兎型の使い魔とともに、舞うように跳ねる彼女の姉。
キラキラした彼女らに、彼女は焦がれたのだ。
そんな彼女が巡検官になると心に決めたのは、姉が死に、彼女の父親が重傷により巡検官を退職した日だった。酷く寒い、しかしうざったいほどに晴れた冬の日だった。
彼女は、人々を守りながらも探している。
彼女の幸せを奪った者を。
彼女の恨みを晴らすべき相手を。
憎き男を。