奴隷商の下働き、炎に炙られて魔術の才が開花する 〜というのは嘘で、実はヤンデレ竜人奴隷の仕込み。天邪鬼な上位種の独占欲はいつでも強火!〜   作:ガイアの目覚め

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1話

 

 ――ごうごうと、炎が広がる音がする。

 

 流れてくる煙で空気が濁る。臭いも酷い。

 

 それはこの商館でも一番厳重な、上位種用の牢がある部屋でも同様だった。

 

「……このままじゃ、ここにも火が回っちゃうから。もう少しだけ我慢して……! ――ドラ子ッ」

 

 オレはそう、檻の向こうにただ一人いる少女に告げて。倉庫から引っ張り出してきた巨大な木の槌を振りかぶる。

 

 狙うのはこの、抗魔鋼の檻の蝶番!

 

 ――ガァン、と大きな音と、オレの手をしびれさせる衝撃。……牢はまだ開かない。

 

 オレは続けて槌を振り下ろそうとして。

 

「なんじゃ……うるさいのぅ。わらわの安眠を妨げよって」

 

 ――檻の向こうから掛けられた声に手を止める。

 

 「ふぁあ……」と大口を開けてあくびをする彼女は、こんな一大事にあってもいつもと何ら変わらない。

 

 まるで燃えるように色が揺らめく深紅の髪に、どこか鋭利な印象を抱くすこしだけ幼さを残した美貌。そしてなにより特徴的なのが――――頭の両側から伸びる暗い赤色の角と、ゆらゆら動くトカゲの尾みたいな尻尾。

 

 洒落っ気のないおかっぱを肩口で揺らして、竜人の少女ドラ子は言う。

 

「いったい何用じゃ。くだらぬことであればただではおかんぞ、レックス」

 

 オレを鋭く睨む赤い瞳。

 

 ……たしかに、急いでここまで来て、一声かけただけで牢の破壊に取り掛かったけど。ドラ子の返事はなかった気がするけど。

 

「寝てたの……? この騒ぎの中で?」

 

「なんじゃ、騒ぎ? なんのことじゃ」

 

「ほんとに寝てた……!」

 

 信じられない。ここに来る前に逃がした他の牢の奴隷たちはみんな「外で何が」って怯えてたのに。肝が太いというか……!

 

 でも、今はそんなことよりも。

 

「ここからドラ子を出すから! もうちょっとだけ待って……!」

 

 そう言って、再び槌を振り下ろして蝶番を打つ。まだ檻は壊れる気配を見せない。

 

「なぜ、わらわを外に? ……いや、確かに外が騒がしい。これは火の燃える音に……ニンゲンが騒ぐ声? いったいなにが」

 

「――ここが、王国騎士に摘発されたんだ……!」

 

「なんじゃと……?」

 

 静かに、そしてわずかに目を見開くドラ子に、僕は槌を振りながら告げる。

 

「奴隷は王国法で禁止されてる。それで、とうとう国にここのことがバレたみたいなんだ。ガゴットさんが証拠隠滅で商館に火を放って、外でやってきた騎士たちが立ち往生してる――」

 

「………………それで、お主はこの騒ぎに奴隷をかどわかそうと? っわらわを、我が物にしようとでも……?」

 

「いや違うよ! なんでそうなるの!」

 

 その微妙に「やるではないか」みたいな視線やめて。いつもはオレをバカにした目で見る癖に。

 

「ガゴットさんは奴隷を連れて逃げるの諦めてるみたいだから、オレが牢を解放しなくちゃ。みんな死んじゃうから……!」

 

「死ぬ? なぜじゃ……」

 

「なぜってそれは、火に焼かれたら人は死ぬよ!」

 

「ほう。そんなことでニンゲンは死ぬのか。相変わらず脆い種族よの」

 

 そりゃそうでし。脆いか脆くないかって話じゃ……ん? 今の言い方、もしかして――

 

「――ドラ子は火、平気なのッ?」

 

「……わらわを舐めておるのか? 火でなど死ぬわけなかろうが……っ。わらわをなんと心得る! 数多の竜族の中でも火とともに生まれ、火とともに死ぬ、由緒正しき炎りゅ……――あいや、なんでもない」

 

「? 要は、竜人は火に耐性があるってこと? 普通の人より丈夫だから」

 

「……んん、まあ、そのようなものじゃ」

 

 なんとも歯切れが悪い返事。じゃあドラ子はここに置いてても、火が消えれば騎士に助けてもらえる? いやいや、火事における死因って炎だけじゃなくて煙とかもあるし、やっぱり放っては――と。

 

 そう思った時だった。

 

 この部屋の扉が、突然開けられる。

 

「――竜人よ! まだ生きているな!?」

 

 威圧的な声とともに入って来たのは……縦にも横にも大きな中年の男、この奴隷商館の主ガゴットだ。後ろには護衛の強面もいる。

 

 ガゴットは牢の中で無視を決め込むドラ子を見て舌打ちした後、その手前にいるオレを見て言った。

 

「なんだ、まだ生きていたのかレックス。お前のような小汚い小僧が、なぜ外にも逃げずにこんなところに……――ッまさか貴様、俺の商品を盗み出そうとでもしていたのか……!?」

 

「ガゴットさん……。違います、オレはただここで死んじゃう人を一人でも減らしたくて」

 

「つまり俺の商品を逃がそうとしていたのだろう!? それを盗人と言うんだレックス! お前のようなゴミを拾ってやった恩を忘れて、この仕打ち――」

 

 キッと眉を吊り上げ、いつもみたいにオレを打とうと振り上げた手はしかし。

 

「ガゴット様……! いまはそんな木っ端に使っている時間はないんじゃねえですかい!?」

 

「む……ッた、確かに。今は一刻を争う……!」

 

 ……殴られ、ない?

 

 と思ったら、オレを素通りしたガゴットさんは、そのまま檻の向こうのドラ子に向かって言った。

 

「竜人よ。俺について来い。俺はこんなところで終わる男ではない……! たとえこの商館を失おうと、地位や立場を失おうと。商人としての手腕と……商品さえあれば! 何度でも再起できる……ッ」

 

 ガゴットさん、もしかして。この商館で唯一の上位種であるドラ子だけ連れてくつもり?

 

「あいにく、お前を抑え込める実力者の用意は今はないが……ここを開けても俺を襲わないと誓え! そうすれば高級奴隷として最低限の生活の保障くらいはしてやる。だから、その人を見下した表情をッ――」

 

 一切反応しないドラ子に声を荒らげるガゴットさん。確かに竜人の奴隷なんて貴重な財産、

、商人としては何がなんでも手放したくないんだろうけど。

 

 でも、せっかく彼女が奴隷の身から解放されるチャンスなんだ。ガゴットさんの思い通りにはさせない!

 

 オレはそう覚悟を決めて。ドラ子に話しかけるガゴットさん目掛けて、勢い付けて肩から突っ込んで――

 

「おい、お前ガゴット様にッ!」

 

「ぅ、ぐぇ……!」

 

「ッん? 貴様レックス、この俺に何をッ!」

 

 オレは護衛に止められて。さらには首根っこひっつかまれた。く、苦しい、けど…!

 

「……ぅ、ドラ子は、連れていかさない……! どうせ、お店に置いてたお金は回収したでしょ? オレたちの悪事は国に見つかったんだ、これ以上奴隷たちの自由を奪うのは……!」

 

「なんだと? 奴隷どもと大して変わりもしない立場で、この俺にふざけたことを……! おい、こいつをボコボコにしてさっさと竜人を――」

 

 そう、ガゴットさんが言った直後だった。

 

 ――……全身に走る、謎の寒気。知らず歯の根がガタガタと震えて、心臓が早鐘を打つ。

 

 まるで生物として絶対に敵わない強者に睨まれ、その命が風前の灯火になっているみたいな……。

 

 

 

「――――わらわのレックスに、勝手は許さぬぞ」

 

 

 

 首を絞められて、酸素が足りなくて、意識がもうろうとする中。なんだか聞き覚えのある声で、言うはずのない言葉が聞えたような気が……。

 

「ッッッ? ……ぁ、なに、が……!」

 

「…………ひ、ぃ、ガゴット様……! まずい、こいつは……ッ」

 

 そして、オレの首を絞めてた手から力が抜けて、そのまま固い床に落下する。

 

「ぐぅッ、ぃ、た、……ッごほ!」

 

 や、やっと息が!

 

 オレは必死に空気を吸って、遠くなりかかってた世界が色を取り戻し始める。そして、まるでそれと合わせるように、この場に満ちてた威圧感が引いていく。

 

「ふん、相も変わらず間が抜けておるな、レックスは。…………無事か?」

 

「ドラ子……、う、うん、もう大丈夫……」

 

 まだちょっと息は苦しいけど、さっきに比べたらなんてこと。

 

 でも今の圧力……もしかしてドラ子? いったいあれは、と疑問が口を突いて出る前に、ガゴットさんたちが声を上げた。

 

「まずいですぜ、ガゴット様! もう火の手がそこまで……!」

 

「なに!? ……く、だがしかしこの竜人は――」

 

「さっきの、忘れたんですかい!? ちゃんとした準備もなく牢から連れ出しちゃ、俺たちただじゃすみませんぜ! ご自分の命が最優先でしょう!?」

 

「ッく……! しかた、ないのか……ッ!」

 

 一瞬の逡巡の後。二人はもはや床で倒れるオレなんかには目もくれず、この部屋の出口に向かって駆けて行った。

 

「ガゴット様! 多少の火は俺が払いますんで! どうぞ後ろから……!」

 

「あぁ……口惜しい、心の底から口惜しいが……!」

 

 そうして、わずかな逡巡の後。二人は後ろへ振り返って、急ぎ炎の向こうへ消えていく。

 

 ……そう、炎の向こうだ。もうこの部屋のすぐ外にまで炎が回ってきてて、早くしないと俺も、ドラ子も!

 

 オレはすぐ立ち上がると、床に転がった槌を拾ってまた大きく振りかぶる。

 

「! こら、何をしておる! はよう逃げぬかこの阿呆! お主はこんなちんけな火で命を失うのじゃろう!?」

 

「逃げられるわけ、ないでしょ……と! ドラコを置いて!」

 

「っじゃから、妾はこの程度の火どうとでもなると……! お主のような下等なニンゲンとは違うのじゃ!」

 

「火は大丈夫でも、煙に巻かれたら死んじゃうでしょ、っよ、と……!」

 

「ぐぅぅ。………………こんなちゃちな檻、お主さえ見ておらねば簡単に破ってくれるものを……っ」

 

 納得してくれたのかな。ドラコは唸りながらオレを睨んでる。

 

 オレは必死に巨大な槌を振り下ろして蝶番を壊そうとするけど、やっぱり特別性の牢は頑丈だ。時間さえあればいけると思うけど、もう火の手が……!

 

「、ぅ、ごほッ、ごほ……!」

 

「! そ、そら見たことかレックス! お主のような軟弱者が無茶じゃ! さっさとここから逃げるがよい!」

 

 一瞬、心配そうな顔になったのは気のせいかな?

 

 でも、気づいた時にはいつもの勝ち誇った顔でそんなことを言うものだから。オレはなんだか、場違いにも笑っちゃった。

 

「ッ! なにを笑っておる? 妾をバカにしておるのか!」

 

「ふぅ、ふぅ。ちがうよ……そういうわけじゃないけど」

 

 ごめん、確かにちょっと誤解させちゃうタイミングだったね。でもほんとに、オレはドラ子をバカになんてしないよ。

 

 オレが笑ったのはただ……もう終わっちゃってるオレ自身の状況と、いつも通りのドラ子の様子の、その落差がちょっと面白くって。だって――

 

「――――……今さら逃げたって、もう遅いから。どうせ俺は、外に出た瞬間に騎士に捕まって死罪だもん」

 

「!? なん、じゃと……ッ?」

 

 ふぅ、空気が薄い……。体が重い。

 

 ドラ子は大丈夫かなって視線を向けると、なんだかずいぶんびっくりしてる。でも、当然のことだよ。オレは王国法で禁じられてる奴隷商人の、その下働きだったんだから。見つかったらもちろん打ち首だ。

 

 それはもうしようのないこと。オレはオレのために金が欲しくて、これまでさんざん悪いことしてたんだから。

 

 ただ、どっちみちオレは死んじゃうとしても……せめてドラコだけは。火が平気だって言うなら、牢から出してあげればきっと外まで逃げて騎士に保護してもらえる。

 

 ……よし、ちょっと蝶番グラグラしてきた。

 

「のう、レックス……! わ、悪かった! わらわが悪かったから、はようここから逃げるのじゃ! 外におる騎士なぞわらわが焼き払って……いやダメじゃ、レックスの前でそのような……」

 

「ッふ、ん! なに、言ってるの、ドラ子」

 

「じゃ、じゃって……わらわの本当の力を見せるのは……。お主に嫌われたく……っ!」

 

 ふう、ふう……。体が熱い。息も苦しい。

 

 炎に照らされた視界が赤く光ってるのか、酸素が足りてないのか。……考えるエネルギーがもったいない、それより早くドラ子を。

 

 でも。こうして何度も何度も強く打って、蝶番もずいぶん緩んで来た気がする。この調子なら、じきドラ子を外へ。

 

「! こ、こらレックス! もう火がお主の足を、せ、背中を! 大丈夫なのか、熱くはないのか!? ……ぁ、肉の焼ける臭い、血の臭いが……っ!」

 

 ああ、痛いなぁ。足も背中も、槌を持つ手も。頭が回らなくって、視界がぼやけてきた。

 

 それでも。槌を振り下ろす手だけはけして止めない。

 

「や、やめ……やめるのじゃ……! このままではお主が死んでしまうっ!」

 

 ドラ子、オレのこと心配してる? ……なんだかもう、耳も遠くなってきた気がする。

 

 でも、いいんだよ気にしなくって。本当ならオレ、ドラ子とこうして仲良くやっていい人間じゃないんだから。ドラ子をこんなところに閉じ込める悪い人の手下、やってたんだから。

 

 ああ。それを思ったらやっぱり、最後にドラ子を助けられるなら、ほんの少しは罪滅ぼしできるのかなあ。ちょっとはマシな死に方を……。

 

 ずっと思ってたんだ……――――オレ、どうせ死ぬなら最後は誰かのためにって。

 

 無心で手を動かしながら、頭の中には過去からの光景が次々浮かび上がってくる。

 

 今日までずっと、親もおらず体の弱い妹と二人っきり。とにかく妹、レアにだけはまともに生きてほしくって、これまでなんでもやってきた。

 

 このままあいつを一人残していっちゃうのは心残りだけど。

 

 でもオレ、ずっといろんな人に申し訳なかったんだ……。やっぱり、悪いことなんてするもんじゃないなあ。

 

「ごめんなあ、レア。でもこれで……――」

 

 

 

 ――――やっと、終われる。

 

 

 

 そして、直後。振り下ろした槌が金属を砕く音。

 

 視界が急に流れるように動く、かと思ったら地面が近づいて。

 

 意識を失う直前、柔らかな何かに受け止められたような――

 

 

 

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