プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
宵崎家の重い扉を開けると、そこはいつものように静寂に包まれていた。
外は気持ちのいい青空が広がる昼下がりだというのに、遮光カーテンは隙間なく閉め切られている。
部屋を照らしているのは、デスクの上に置かれたパソコンモニターの青白い光だけだった。
その光に照らされている銀色の長い髪の持ち主――俺の最愛の恋人である宵崎奏は、大きなヘッドホンをして食い入るように画面を見つめていた。
「……また、徹夜したな」
デスクの端には、未開封のまま放置されたカップ麺と、空になった栄養ゼリーの容器が転がっている。
誰かを救うために音楽に命を懸けている彼女のことは、心の底から尊敬していた。
けれど、自分の身を削るような生活を目の当たりにするのは、やはり心臓に悪い。
足音を立てずに近づき、その細すぎる肩にそっと触れる。
「……ひゃっ!?」
ビクッと小さな肩を震わせた奏が、驚いたように振り返る。
警戒に丸くなっていた紫色の瞳は、俺の顔を認識した瞬間、ふわりと柔らかく――安心しきったように、トロンと細められた。
「……あなた」
「ただいま、奏。また無理してたでしょ。手、こんなに冷たくなってる」
マウスを握っていた奏の両手を包み込むように握る。それはまるで、氷のように冷え切っていた。
俺の体温を分けるようにさすってやると、奏は心地よさそうに目を閉じ、それから気まずそうに視線を泳がせた。
「ごめんなさい……。でも、どうしても今のメロディを形にしておきたくて。お湯を沸かす時間も惜しかったから……」
「謝らなくていいよ。でも、ちゃんと休憩はすること。ほら、今日は奏の好きな温かいスープを作ってあげるから。一緒に食べよう?」
そう言って微笑みかけると、奏は小さく頷き、俺の服の裾をきゅっと弱々しい力で握りしめた。
「……うん。あなたが作ってくれるご飯、食べる……」
甘えるようにすり寄ってくる奏の頭を撫でる。サラサラの銀髪が指の間をすり抜けていく感触が、たまらなく愛おしい。
この不器用で儚くて、とびきり可愛い俺の恋人を、今日も思いっきり甘やかそう。
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ作るから、奏はソファで休んでて」
「……わかった。でも……」
「ん?」
「……ここで、見ててもいい?」
奏はそう言って、フラフラとした足取りで立ち上がると、俺の背中についてきた。
普段なら『危ないから座ってて』と言うところだが、少し眠たそうな目で俺を見上げる奏があまりにも可愛くて、結局許してしまう。
キッチンに立ち、冷蔵庫から食材を取り出す。
奏の胃に優しいように、今日は野菜たっぷりのミルクスープと、ふわふわのオムレツにしよう。
トントンと包丁で野菜を刻む音が、静かな部屋に響く。
ふと背中に、こてん、と軽い重みを感じた。
「……奏?」
「……ん……。包丁の音、心地よくて……。あなたの匂い、落ち着く……」
奏が俺の背中にぴたりとくっつき、細い腕を回して抱きついていた。
薄い部屋着越しに伝わってくる、奏の柔らかな体温。シャンプーの甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。
料理の邪魔になるはずなのに、背中から伝わる奏の温もりが心地よくて、引き剥がすことなんて到底できなかった。
「そのまま寝ちゃダメだよ? もうすぐできるから」
「……うん……起きてる……」
全く説得力のない、ふわふわとした声。
背中に押し付けられた顔が、すりすりと俺の背中を堪能するように動いているのがわかる。
限界まで作業をして疲れているはずなのに、こうして俺のそばを離れようとしない奏が愛おしくてたまらない。
火加減を調整しながら、俺は後ろに回された奏の小さな手に、そっと自分の手を重ねた。
――数十分後。
ローテーブルの上には、湯気を立てるミルクスープと、綺麗な黄色をしたオムレツが並んだ。
「はい、お待たせ。熱いから気をつけてね」
「……ありがとう。いただきます」
奏は両手でスプーンをぎゅっと握りしめ、ミルクスープをすくう。
ふー、ふー、と小さな唇を尖らせて息を吹きかける仕草が、小動物のようでつい見入ってしまう。
こくり、とスープを飲み込んだ奏の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「……おいしい。すごく、温かい……」
「よかった。野菜も柔らかく煮てあるから、ちゃんと食べてね」
「うん……あむっ……。ん、オムレツも、ふわふわ……」
幸せそうに咀嚼する奏を見ているだけで、俺の胸まで温かさで満たされていく。
普段は食への関心が薄い彼女が、俺の作った料理をこうして美味しいと言って食べてくれる。その事実が、何よりも嬉しい。
「……あのね」
「ん?」
半分ほど食べたところで、奏がスプーンを持ったまま、少し上目遣いでこちらを見てきた。
その頬は、スープの熱気のせいか、それとも別の理由か、ほんのりと桜色に染まっている。
「……あーん、して……?」
「えっ」
「……だめ、かな……?」
恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、奏は期待を込めた目で俺をチラチラと見ている。
……だめなわけがない。むしろ大歓迎だ。
限界まで疲れている時の奏は、普段の控えめな態度が嘘のように、こうして素直に甘えてきてくれることがある。
「だめじゃないよ。ほら、あーん」
俺は自分のスプーンでオムレツを少しすくい、冷ますためにふーふーと息を吹きかけてから、奏の口元へと運んだ。
奏は嬉しそうに目を細め、ぱくっ、と小さな口を開けてそれを受け取る。
「……ん。……あなたが食べさせてくれると、もっとおいしい気がする」
「そっか。じゃあ、全部食べさせてあげようか?」
「……うん。お願い……」
もぐもぐと口を動かしながらコクンと頷く奏。
結局、残りの食事はすべて俺が奏の口へ運ぶことになった。
雛鳥にご飯をあげる親鳥のような気分だが、奏が幸せそうに微笑んでくれるなら、なんだっていい。
食事が終わり、片付けを済ませてリビングに戻ると、奏はすでにソファの上で丸くなっていた。
お腹がいっぱいになって温まったことで、ついに限界の睡魔が襲ってきたのだろう。
こくり、こくりと船を漕ぐように頭が揺れている。
「奏、風邪引くからベッドに行こう」
声をかけると、奏はとろんとした紫の瞳をうっすらと開けた。
「……んん……あなた……?」
「うん、俺だよ。ほら、立って。ベッドまで運ぼうか?」
腕を伸ばすと、奏はその腕にすがりつくようにして体を預けてきた。
しかし、立ち上がろうとはせず、そのまま俺の胸元に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
「……やだ……」
「やだ?」
「……ベッド、遠い……。このままがいい……」
すっかり甘えん坊モードに入ってしまったらしい。
俺の服をぎゅっと握りしめ、絶対に離さないと言わんばかりにしがみついている。
「仕方ないな……。少しだけだよ」
俺はため息をつくふりをして、ソファに腰を下ろした。
すると奏は待ってましたとばかりに、俺の太ももの上に頭を乗せ、膝枕の体勢になった。
そして、俺の腕を両手で抱き込むようにして、すーっと満足げな息を吐く。
「……あったかい……」
「奏は冷たすぎ。もっとちゃんと寝て、ご飯も食べないと」
「……うん。でも、あなたが温めてくれるから……」
へにゃりとした、無防備すぎる笑顔。
俺以外の誰にも見せないであろうその表情に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
俺は奏の柔らかな銀髪に指を梳き入れた。
さらさらと指の間を滑り落ちる感覚を楽しみながら、ゆっくりと、優しく頭を撫でる。
奏は猫のように目を細め、俺の手のひらに頬を擦り寄せてきた。
「……ねえ」
「どうしたの?」
「……ずっと、そばにいてね」
消え入りそうなほど小さな、けれど、確かに縋るような声だった。
音楽の世界で一人戦い続ける彼女は、時にとてつもない孤独を感じているのかもしれない。
だからこそ、俺はこの手を絶対に離してはいけないのだと思う。
「当たり前だろ。俺はどこにも行かないよ。ずっと奏のそばにいる」
「……ふふ、嬉しい……」
奏の瞼が、ゆっくりと重く落ちていく。
規則正しい寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
すー、すー、と静かに胸を上下させる奏の寝顔は、天使のように愛らしい。
俺は奏を起こさないように気をつけながら、その白い額にそっと唇を落とした。
「……おやすみ、奏。いい夢を」
窓の外から差し込むわずかな光が、俺たちの穏やかな時間を優しく包み込んでいた。
この温もりを、この愛おしい時間を、俺はずっと守り続けていく。
腕の中で眠る恋人の体温を感じながら、俺は静かに目を閉じた。
もう一個投稿しているのがドロドロすぎる作品なので
今回のは甘々にしていきたい