プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
穏やかな日曜日の昼下がり。
窓の外では、冬の澄んだ太陽が街を優しく照らし、時折、風に揺られた木の枝がカーテンに網目のような影を落としていた。
一歌の部屋の中は、彼女の好きなミクのポスターや、丁寧に手入れされた予備の弦、ピックの入った空き缶などが並んでいる。彼女の日常をそのまま切り取ったような、どこか懐かしく温かい空気に包まれていた。
部屋のスピーカーからは、小さな音量で初音ミクのバラード曲が流れていた。透明感のある電子の歌声が、部屋の静寂を優しく彩っていく。
「……ねえ。この曲、聴いたことある?」
床に座り、俺の隣で膝を抱えていた一歌が、ふと顔を上げて俺を見つめた。紺色の長い髪が肩からさらりとこぼれ、その隙間から覗く彼女の耳が、少しだけ赤くなっているのがわかる。
「ああ、懐かしいな。一歌が昔、教えてくれた曲だろ?」
「……うん。覚えててくれたんだ。……この曲を聴くとね、なんだか心が洗われるような気がするの。……でも、今は……」
一歌は言葉を切り、少しだけ躊躇うように俺の手元に自分の手を伸ばした。そして、壊れ物を扱うような慎重さで、俺の指先に自分の指を絡めてくる。
「……今は、音楽よりも、あなたの隣にいるこの時間の方が……ずっと、私の心を救ってくれてる気がするわ」
彼女の告白は、ミクの歌声よりもずっと優しく、俺の胸に響いた。普段、レオニの練習やライブで常に気を張っている彼女にとって、こうした「何もしない時間」は、何よりの贅沢なのだ。
「一歌、今日は俺を癒やしてくれるって言ってなかったか?」
「……、そうだったわね。……ええ。今日は、私があなたを最高に甘やかしてあげるって、決めてたの」
一歌は深呼吸を一つすると、決意を固めたような瞳で俺を見た。そして、座っていた位置を少しだけずらし、自分の太ももを優しく叩いた。
「……ここ、使って。……膝枕、してあげる」
「いいのか? 一歌だって疲れてるだろ」
「……ううん。今の私にとって、あなたを癒やすことが、一番の休息なの。……さあ、恥ずかしがらないで、こっちに」
彼女の少し強引な、けれど愛情に満ちた誘いに抗えるはずもなかった。俺はゆっくりと横たわり、彼女の細い太ももの上に頭を乗せた。
――柔らかい。
ギターを弾く時の凛々しい立ち姿を支えている、しなやかで力強い脚。けれど、その皮膚のすぐ下には、女性特有の優しさと、驚くほどの柔らかさが隠されていた。
見上げれば、逆光になった一歌の顔がすぐ近くにある。彼女の長い髪が、まるで薄暗い帳のように俺の視界を覆い、世界から二人だけを切り離してしまったかのようだった。
「……寝心地は、どうかしら?」
「最高だよ。一歌の体温が伝わってきて、なんだか眠くなってきちゃうな」
「ふふ、なら成功ね。……そのまま、ゆっくり休んでて」
一歌は俺の額にそっと手を添えると、髪を指先で梳くようにして撫で始めた。彼女の指先は、弦を抑えるタコで少し硬いけれど、その感触さえも俺にとっては彼女の努力の証であり、愛おしさの塊だった。
指が髪を通るたびに、さらさらという微かな音が耳元で鳴り、脳の奥の疲れが溶け出していく。
「……あなたには、いつも感謝してるの」
「急にどうしたんだ?」
「……私、不器用だから。音楽以外のことは、何をしても上手くいかないことが多くて。……でも、あなたはそんな私の隣にずっといてくれて、……一番辛い時に、一番欲しい言葉をくれる」
「……だから、私もあなたに『ありがとう』って、全身で伝えたいのよ」
一歌の撫でる手が、頬へと移動した。彼女の少し火照った指先が、俺の頬をゆっくりと、慈しむように撫でる。
「……ねえ。……私の心音、聞こえる?」
「ああ。少し、速いみたいだけど」
「……当たり前じゃない。……大好きな人が、こんなに近くにいるんだもの。……胸の中が、ずっと騒がしくて……少し、苦しいくらい」
一歌は少し身を乗り出し、顔をさらに俺の顔へと近づけてきた。彼女の吐息が、俺の鼻先を熱く掠める。
潤んだ瞳。少しだけ開いた桜色の唇。ミクのバラードがクライマックスを迎え、部屋の空気は砂糖を煮詰めたように甘く、密度の高いものへと変わっていく。
「……一歌」
「……なあに? ……もっと、甘えたいの?」
「……ああ。一歌の愛で、俺を満たしてほしい」
俺の言葉を聞いた瞬間、一歌の瞳に情熱的な光が宿った。彼女は俺の頬を両手で挟み込むように包むと、そのままゆっくりと、自分の顔を降ろしてきた。
「……んっ、……あ、……ぁ……」
重なり合う、熱い唇。一歌の唇は、第1話の時よりもずっと素直に、そして熱烈に俺を求めてきた。
膝枕をしたまま、首を傾けて角度を変え、何度も、何度も、お互いの愛を確かめるように接吻を交わす。一歌の吐息が俺の口内に流れ込み、混ざり合い、意識が白く染まっていく。
「……んむ、……ふ、……あな、た……。……私……、……幸せすぎて、……もう、……離れたくないわ……」
キスを終え、額を合わせたまま、一歌がとろけたような表情で囁く。彼女の青い瞳は、もはや「リーダー」の重圧など微塵も感じさせない、愛に狂おしい一人の少女のものだった。
「……ねえ。……もう一回、……して?」
「一歌の方からおねだりなんて、珍しいな」
「……いいじゃない。……今日は、私があなたを甘やかす日なんだから。……でも、……本当は、……私が一番、あなたに甘やかされたいのかも……」
一歌は俺の胸元に顔を押し付け、ぎゅっと俺のシャツを握りしめた。俺は彼女の細い腰を抱き寄せ、膝枕の体勢のまま、彼女を強く、強く抱きしめた。
「一歌。……大好きだよ。……世界中で、誰よりも」
「……ええ。……私も。……愛してるわ、……生涯ただ一人の、私の……あなた」
スピーカーからは、次の曲が流れ始めていた。それは、一歌がミクに憧れて、一番最初に覚えた希望の歌。
けれど今の彼女にとって、最大の希望はミクでも、音楽でもなく、腕の中にいる「あなた」なのだ。
俺たちはそれから、日が暮れて部屋に街灯の明かりが差し込むまで、ずっとその体勢のまま、何度も甘い言葉とキスを交わし続けた。
一歌の柔らかな太ももの温もりと、彼女の優しい指先の感触。そして、二人を包むミクの歌声。
この時間が永遠に続けばいいのに。