プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常   作:雨風 時雨

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【星乃一歌】第3話

 穏やかな春の陽光が、並木道の若葉をキラキラと黄金色に透かしていた。

 

 休日の午後。駅前の喧騒から少し離れた場所にある、緑豊かな広い公園。

 俺は約束の場所である大きな楠の下で、1人の少女の訪れを待っていた。

 

 ふと、遠くからこちらへ向かってくる紺色の長い髪が見えた。

 いつもなら背負っているはずのギターケースはない。代わりに彼女――星乃一歌は、両手で大事そうに、可愛らしいチェック柄の巾着袋を抱えていた。

 

「……待たせて、ごめんね」

 

 少し早足で近づいてきた一歌は、俺の顔を見るなり、はにかむように微笑んだ。

 春風に揺れる髪が、彼女の白い頬を優しく撫でる。その瞳には、いつものライブ前の緊張感とは違う、どこかそわそわとした、けれど温かな光が宿っていた。

 

「ううん、今来たところだよ。……それ、一歌が持ってきたのか?」

 

「……、……うん。……昨日ね、穂波に相談して、……頑張って作ってみたの。……あなたに、食べてほしくて」

 

 一歌は少しだけ顔を赤らめ、巾着袋をぎゅっと抱きしめ直した。

 ギターを弾くことにすべてを捧げている彼女にとって、料理は未知の領域だ。それをお弁当として形にするのに、彼女がどれほどの勇気と時間を費やしたか。

 想像するだけで、俺の胸の奥は甘い熱に満たされていった。

 

 俺たちは公園の奥、人通りの少ない芝生の上にレジャーシートを広げた。

 座り込んで、一歌が緊張した面持ちで、ゆっくりと巾着の紐を解く。

 

「……見た目は、……あんまり良くないかもしれないけど。……一生懸命、作ったから」

 

 開かれたお弁当箱。そこには、彼女の誠実さがそのまま形になったような、素朴で、けれど温かな景色が広がっていた。

 少しだけ形が歪な卵焼き。焦げ目のついたウィンナー。そして、彼女が1番苦労したであろう、丁寧に握られたおにぎり。

 

「一歌……これ、全部1人で?」

 

「……うん。……穂波にレシピを教えてもらって、……何回も、何回も練習したわ。……昨日も、気づいたら夜中までキッチンに立っていて」

 

 ふと、一歌の指先に目が止まった。

 ギターの弦を抑え続けて硬くなった指先に、1枚の小さな絆創膏が貼られていた。

 

「一歌、その指……」

 

「……あ。……これ? ……少しだけ、包丁で切っちゃったみたい。……でも、大丈夫よ。……あなたのことを考えながら作っていたら、……痛みなんて、全然感じなかったから」

 

 一歌は照れ隠しにふふっと笑い、絆創膏を隠すように手を引っ込めた。

 不器用な彼女が、俺1人のために、傷だらけになりながら台所に立つ。その献身的な愛情の深さに、俺は言葉を失い、ただ彼女の細い手を優しく引き寄せた。

 

「……痛かっただろ。……一歌、本当にありがとう。……凄く嬉しいよ」

 

「……、……あなたが喜んでくれるなら、……私、何回だって指を切ってもいいわ」

 

 一歌は俺の手を自分の両手で包み込み、幸せそうに目を細めた。

 

「さあ、……食べて。……冷めないうちに」

 

「ああ、いただくよ」

 

 俺が割り箸を手に取ろうとした時、一歌が「あ……」と小さな声を漏らし、何かを思い出したように俺の顔をじっと見つめてきた。

 彼女の耳の先まで、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

「……どうした、一歌?」

 

「……あのね。……穂波から、……こういう時は、……その。……食べさせてあげるのが、……1番いいって、聞いたの」

 

「えっ」

 

「……恥ずかしい、けど。……私も、……やってみたい、……っていうか。……あなたに、……『あーん』して、あげたいの」

 

 一歌は震える手で卵焼きを一切れつまみ、俺の口元へと運んできた。

 ギターを弾く時にはあんなに凛としている彼女の指が、今は小刻みに揺れている。

 上目遣いで、期待と不安が入り混じった瞳で俺を見つめる彼女。この状況で、拒めるはずがなかった。

 

「……いいのか? 恥ずかしいだろ」

 

「……、……いいの。……あなたの、……1番近くにいたいから。……さあ、……あーん」

 

 俺は彼女の勇気を受け取るように、口を開けた。

 

「…………ん」

 

 口の中に広がる、少し甘めの優しい味。

 卵のふんわりとした食感と、出汁の香り。

 そして、何よりも――一歌が俺を想って込めてくれた、特大の愛情。

 

「……美味しいよ、一歌。……世界で一番、美味しい卵焼きだ」

 

「……本当? ……よかったぁ……」

 

 一歌は安堵の溜息を吐き、崩れ落ちるように俺の肩に寄りかかってきた。

 

「……凄く、緊張したわ。……ソロのフレーズを弾く時よりも、……ずっと、心臓がバクバク言ってる」

 

「一歌、顔真っ赤だぞ」

 

「……うるさいわね。……全部、あなたのせいなんだから」

 

 一歌は俺の腕に自分の腕を絡め、幸せを噛みしめるように俺の胸元に顔を押し付けた。

 俺は彼女の細い腰を引き寄せ、空いた手で、彼女のさらさらとした紺色の髪をゆっくりと撫でた。

 

「……ねえ。……私ね、……ギターも大好きだけど。……こうしてあなたのために何かを頑張る時間も、……同じくらい、……いえ、それ以上に大切だって、気づいたの」

 

「一歌……」

 

「……私、不器用だから、……1歩ずつしか進めないけれど。……これからも、……あなたの隣で、……あなたの好きなものを、たくさん作れるようになりたいわ。……だから、……ずっと、……ずっと私の隣にいて」

 

 一歌は顔を上げ、至近距離で俺を見つめてきた。

 木漏れ日に照らされた彼女の瞳は、とろりと溶けそうなほど潤んでいて、俺への独占欲と愛情が熱を持って宿っていた。

 

「……お弁当、……全部食べてくれる?」

 

「もちろん。1粒残さず食べるよ」

 

「……ふふ。……なら、……お返し、……してほしいな」

 

 一歌は少しだけ背伸びをして、唇を近づけてくる。

 

「……食べ終わるまで、……待てない。……今、……あなたの愛を、……私に頂戴……?」

 

 俺は彼女の顎をそっと掬い上げ、その桜色の唇に、ゆっくりと、そして深く、自分の唇を重ねた。

 

「……んっ、……あ、……ぁ……」

 

 重なり合う、熱い吐息。

 一歌の唇からは、微かに卵焼きの甘い香りがして、それが俺の理性をさらに甘く溶かしていく。

 彼女は俺の首に腕を回し、逃がさないというように強く、きつく抱きしめてきた。

 

 木漏れ日の中、人目を忍ぶようにして交わされる、密やかな接吻。

 何度も、何度も、お互いの愛を確かめるように角度を変えて唇を重ねる。

 

 一歌の吐息が俺の喉に流れ込み、混ざり合い、2人を包む空気は砂糖を煮詰めたように甘く、密度の高いものへと変わっていく。

 

「……んむ、……ふ、……あな、た……。……私……、……幸せすぎて、……もう、……どこにも行きたくない……」

 

 キスを終え、額を合わせたまま、一歌が熱っぽい吐息を漏らす。

 その瞳は、もはや『リードギタリスト』の凛々しさなど微塵もない、愛に溶けた1人の少女の顔だった。

 

「……ねえ。……明日も、……明後日も、……来年も。……またここで、……一緒にお弁当、……食べようね」

 

「ああ。……一生かけて、一歌のお弁当を食べ続けるよ」

 

「……、……約束、だよ? ……大好き。……本当に、愛してるわ……」

 

 一歌は俺の胸元に顔を埋め、満足げに微笑んだ。

 

 お弁当を食べ終えた俺たちは、そのまま大きな楠の下で、どちらからともなく寄り添い、微睡みの時間を過ごした。

 一歌の柔らかな体温と、彼女がくれた不器用な贈り物の余韻。

 

 明日、彼女は再びLeo/needの星乃一歌として、眩い光の中に飛び込んでいくだろう。

 けれど、彼女が指先に纏わせた絆創膏の下には、俺たちだけの、世界で1番甘い記憶が刻まれている。

 

 俺は、最愛の恋人の寝顔を見つめながら、この穏やかな静寂が永遠に続くことを、心から願っていた。

 2人を包む春の午後は、どこまでも甘く、そして深い、愛の癒やしに満たされていた。

 

「……おやすみ、一歌。……最高の、最高のご褒美だったよ」




次回は、まふゆです
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