プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
穏やかな春の陽光が、並木道の若葉をキラキラと黄金色に透かしていた。
休日の午後。駅前の喧騒から少し離れた場所にある、緑豊かな広い公園。
俺は約束の場所である大きな楠の下で、1人の少女の訪れを待っていた。
ふと、遠くからこちらへ向かってくる紺色の長い髪が見えた。
いつもなら背負っているはずのギターケースはない。代わりに彼女――星乃一歌は、両手で大事そうに、可愛らしいチェック柄の巾着袋を抱えていた。
「……待たせて、ごめんね」
少し早足で近づいてきた一歌は、俺の顔を見るなり、はにかむように微笑んだ。
春風に揺れる髪が、彼女の白い頬を優しく撫でる。その瞳には、いつものライブ前の緊張感とは違う、どこかそわそわとした、けれど温かな光が宿っていた。
「ううん、今来たところだよ。……それ、一歌が持ってきたのか?」
「……、……うん。……昨日ね、穂波に相談して、……頑張って作ってみたの。……あなたに、食べてほしくて」
一歌は少しだけ顔を赤らめ、巾着袋をぎゅっと抱きしめ直した。
ギターを弾くことにすべてを捧げている彼女にとって、料理は未知の領域だ。それをお弁当として形にするのに、彼女がどれほどの勇気と時間を費やしたか。
想像するだけで、俺の胸の奥は甘い熱に満たされていった。
俺たちは公園の奥、人通りの少ない芝生の上にレジャーシートを広げた。
座り込んで、一歌が緊張した面持ちで、ゆっくりと巾着の紐を解く。
「……見た目は、……あんまり良くないかもしれないけど。……一生懸命、作ったから」
開かれたお弁当箱。そこには、彼女の誠実さがそのまま形になったような、素朴で、けれど温かな景色が広がっていた。
少しだけ形が歪な卵焼き。焦げ目のついたウィンナー。そして、彼女が1番苦労したであろう、丁寧に握られたおにぎり。
「一歌……これ、全部1人で?」
「……うん。……穂波にレシピを教えてもらって、……何回も、何回も練習したわ。……昨日も、気づいたら夜中までキッチンに立っていて」
ふと、一歌の指先に目が止まった。
ギターの弦を抑え続けて硬くなった指先に、1枚の小さな絆創膏が貼られていた。
「一歌、その指……」
「……あ。……これ? ……少しだけ、包丁で切っちゃったみたい。……でも、大丈夫よ。……あなたのことを考えながら作っていたら、……痛みなんて、全然感じなかったから」
一歌は照れ隠しにふふっと笑い、絆創膏を隠すように手を引っ込めた。
不器用な彼女が、俺1人のために、傷だらけになりながら台所に立つ。その献身的な愛情の深さに、俺は言葉を失い、ただ彼女の細い手を優しく引き寄せた。
「……痛かっただろ。……一歌、本当にありがとう。……凄く嬉しいよ」
「……、……あなたが喜んでくれるなら、……私、何回だって指を切ってもいいわ」
一歌は俺の手を自分の両手で包み込み、幸せそうに目を細めた。
「さあ、……食べて。……冷めないうちに」
「ああ、いただくよ」
俺が割り箸を手に取ろうとした時、一歌が「あ……」と小さな声を漏らし、何かを思い出したように俺の顔をじっと見つめてきた。
彼女の耳の先まで、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「……どうした、一歌?」
「……あのね。……穂波から、……こういう時は、……その。……食べさせてあげるのが、……1番いいって、聞いたの」
「えっ」
「……恥ずかしい、けど。……私も、……やってみたい、……っていうか。……あなたに、……『あーん』して、あげたいの」
一歌は震える手で卵焼きを一切れつまみ、俺の口元へと運んできた。
ギターを弾く時にはあんなに凛としている彼女の指が、今は小刻みに揺れている。
上目遣いで、期待と不安が入り混じった瞳で俺を見つめる彼女。この状況で、拒めるはずがなかった。
「……いいのか? 恥ずかしいだろ」
「……、……いいの。……あなたの、……1番近くにいたいから。……さあ、……あーん」
俺は彼女の勇気を受け取るように、口を開けた。
「…………ん」
口の中に広がる、少し甘めの優しい味。
卵のふんわりとした食感と、出汁の香り。
そして、何よりも――一歌が俺を想って込めてくれた、特大の愛情。
「……美味しいよ、一歌。……世界で一番、美味しい卵焼きだ」
「……本当? ……よかったぁ……」
一歌は安堵の溜息を吐き、崩れ落ちるように俺の肩に寄りかかってきた。
「……凄く、緊張したわ。……ソロのフレーズを弾く時よりも、……ずっと、心臓がバクバク言ってる」
「一歌、顔真っ赤だぞ」
「……うるさいわね。……全部、あなたのせいなんだから」
一歌は俺の腕に自分の腕を絡め、幸せを噛みしめるように俺の胸元に顔を押し付けた。
俺は彼女の細い腰を引き寄せ、空いた手で、彼女のさらさらとした紺色の髪をゆっくりと撫でた。
「……ねえ。……私ね、……ギターも大好きだけど。……こうしてあなたのために何かを頑張る時間も、……同じくらい、……いえ、それ以上に大切だって、気づいたの」
「一歌……」
「……私、不器用だから、……1歩ずつしか進めないけれど。……これからも、……あなたの隣で、……あなたの好きなものを、たくさん作れるようになりたいわ。……だから、……ずっと、……ずっと私の隣にいて」
一歌は顔を上げ、至近距離で俺を見つめてきた。
木漏れ日に照らされた彼女の瞳は、とろりと溶けそうなほど潤んでいて、俺への独占欲と愛情が熱を持って宿っていた。
「……お弁当、……全部食べてくれる?」
「もちろん。1粒残さず食べるよ」
「……ふふ。……なら、……お返し、……してほしいな」
一歌は少しだけ背伸びをして、唇を近づけてくる。
「……食べ終わるまで、……待てない。……今、……あなたの愛を、……私に頂戴……?」
俺は彼女の顎をそっと掬い上げ、その桜色の唇に、ゆっくりと、そして深く、自分の唇を重ねた。
「……んっ、……あ、……ぁ……」
重なり合う、熱い吐息。
一歌の唇からは、微かに卵焼きの甘い香りがして、それが俺の理性をさらに甘く溶かしていく。
彼女は俺の首に腕を回し、逃がさないというように強く、きつく抱きしめてきた。
木漏れ日の中、人目を忍ぶようにして交わされる、密やかな接吻。
何度も、何度も、お互いの愛を確かめるように角度を変えて唇を重ねる。
一歌の吐息が俺の喉に流れ込み、混ざり合い、2人を包む空気は砂糖を煮詰めたように甘く、密度の高いものへと変わっていく。
「……んむ、……ふ、……あな、た……。……私……、……幸せすぎて、……もう、……どこにも行きたくない……」
キスを終え、額を合わせたまま、一歌が熱っぽい吐息を漏らす。
その瞳は、もはや『リードギタリスト』の凛々しさなど微塵もない、愛に溶けた1人の少女の顔だった。
「……ねえ。……明日も、……明後日も、……来年も。……またここで、……一緒にお弁当、……食べようね」
「ああ。……一生かけて、一歌のお弁当を食べ続けるよ」
「……、……約束、だよ? ……大好き。……本当に、愛してるわ……」
一歌は俺の胸元に顔を埋め、満足げに微笑んだ。
お弁当を食べ終えた俺たちは、そのまま大きな楠の下で、どちらからともなく寄り添い、微睡みの時間を過ごした。
一歌の柔らかな体温と、彼女がくれた不器用な贈り物の余韻。
明日、彼女は再びLeo/needの星乃一歌として、眩い光の中に飛び込んでいくだろう。
けれど、彼女が指先に纏わせた絆創膏の下には、俺たちだけの、世界で1番甘い記憶が刻まれている。
俺は、最愛の恋人の寝顔を見つめながら、この穏やかな静寂が永遠に続くことを、心から願っていた。
2人を包む春の午後は、どこまでも甘く、そして深い、愛の癒やしに満たされていた。
「……おやすみ、一歌。……最高の、最高のご褒美だったよ」
次回は、まふゆです