プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常   作:雨風 時雨

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【宵崎奏】第2話

 いつもなら、パソコンの前に座って画面と睨み合っているのは彼女の役目だ。

 しかし今日に限っては、その役割が完全に逆転していた。

 

「……よし、あともう少しでこの資料もまとめ終わるな」

 

 俺はデスクに向かい、カタカタと小気味良い音を立ててキーボードを叩いていた。明日のゼミで提出しなければならないレポートの最終調整だ。

 

 時計の針は午後3時を回ったところ。外はよく晴れていて、窓から差し込む午後の陽射しが部屋を淡く照らしている。

 普段なら、奏と一緒にお茶を淹れて、ソファでまったりと過ごしている時間帯である。

 

 ふと、背後から刺さるような視線を感じた。

 振り返らなくてもわかる。ソファの上にいるはずの奏が、俺の背中をじーっと、それこそ穴が開くほど見つめているのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 視線を画面に戻してタイピングを再開しても、やはり背中に熱い視線を感じる。

 たまらず、ちらりと肩越しに振り返ると、ソファの上で膝を抱えて丸くなっていた奏と、ばっちりと目が合った。

 

「……どうかした、奏?」

 

「…………ううん。なんでもない」

 

 ふるふると銀色の髪を揺らして首を振るものの、その紫色の瞳は明らかに「つまらない」「構ってほしい」と訴えかけていた。

 

 いつも自分から曲作りに没頭して俺に待ってもらっている手前、自分からは俺の作業の邪魔をしちゃいけないと、一生懸命に我慢しているのだろう。

 

 膝に顔を半分埋め、上目遣いでこちらを見つめるその姿は、飼い主の帰りを待つ小動物のように健気で、たまらなく可愛い。

 

 すぐにでもパソコンを閉じて抱きしめに行きたい衝動に駆られるが、今日ばかりはこのレポートを終わらせておかないと、明日の単位が危ないのだ。

 

「ごめんね、あと30分くらいで終わるから。そうしたら一緒に美味しい紅茶でも淹れようか。昨日買ったクッキーもあるし」

 

「……うん。わかった。待ってる」

 

 奏は小さく頷き、再び膝に顔を完全に埋めた。

 俺は少しチクチクと心を痛めつつも、画面に向き直って作業を再開した。

 

 カタ、ターン、とEnterキーを叩く音が、静かな部屋に響く。

 それから、10分ほど経った頃だろうか。

 

 パタ、パタと、裸足で床を歩く微かな足音が後ろから近づいてきた。

 

「……奏? トイレ?」

 

 そう声をかけようと振り返りかけた瞬間。

 ふわり、と甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

 

 同時に、背中に柔らかな重みがのしかかる。

 

「……っ!?」

 

「……ねえ」

 

 奏が俺の背中にぴったりと身を寄せ、首元に細い腕を回して、後ろからぎゅっと抱きついてきたのだ。

 耳元で囁かれた掠れた吐息に、思わず背筋がビクッと跳ねる。

 

「か、奏……? どうしたの、急に」

 

「……30分、長い。……もう、待てない」

 

 いつもは控えめな彼女からは想像もつかないほど、ストレートでわがままな言葉だった。

 

 俺の首筋にすりすりと頬を擦り寄せてくる奏の体温が、薄い服越しにじんわりと伝わってくる。

 さらさらとした銀髪が俺の頬を撫で、くすぐったさと愛おしさが同時に押し寄せてきた。

 

「ごめんってば。でも、これを終わらせないと明日の単位が……」

 

「……だめ」

 

「え?」

 

「パソコンばっかり見てるの、だめ。……私を見て」

 

 奏の腕の力が、きゅっと強くなった。

 甘えん坊モードどころではない。これは完全に「拗ねている」状態だ。

 

 それにしても、普段は自分がモニターと睨めっこしているくせに、俺が他のものに集中していると嫉妬してしまうなんて。

 あまりにも身勝手で、あまりにも可愛すぎる。

 

「奏、手が止まっちゃうんだけど……」

 

「……止まればいいよ」

 

 そう呟いたかと思うと、奏は俺の背中から離れ、ぐるりとデスクの横に回り込んできた。

 そして、俺の膝とデスクの間のわずかなスペースに、するりと身を潜り込ませてきたのだ。

 

「えっ、ちょ、奏!?」

 

「……んしょっ」

 

 奏はそのまま、くるりと背中を俺に向けるように反転すると、俺の太ももの上にちょこんと腰を下ろした。

 俺の両腕の間、デスクとの隙間にすっぽりと収まり、俺の胸に背中を預けるような体勢になる。

 

「な、なんでここに座るの……?」

 

「……ここなら、あなたがパソコン見てても、私のことも視界に入るでしょ?」

 

 俺の胸に寄りかかったまま、下から見上げるように少し首を傾げて、小悪魔のように微笑む奏。

 その潤んだ紫色の瞳は、俺を完全に捕らえて逃がさないと宣言しているようだった。

 

「……それはそうだけど、これじゃあタイピングがしづらいというか……」

 

「……邪魔、するよ?」

 

 言うが早いか、奏は両手を伸ばし、俺がキーボードに乗せていた手を上からぎゅっと握り込んだ。

 

 氷のように冷たいことが多い彼女の手が、今は少しだけ温かい。

 俺の体温を探しているような、あるいは自分の熱を伝えようとしているような、そんな優しい温かさだった。

 

「これで、もうお仕事できないね」

 

 ふふっ、と満足げに笑う奏。

 こんな大胆な行動に出るなんて、余程構ってもらえなくて寂しかったのだろう。

 

 俺は完全に白旗を揚げた。

 こんなとびきり可愛い恋人を膝に乗せ、しかも手を握られたまま、レポートの文字面を追えるような強靭な精神力を、俺は持ち合わせていない。

 

「……はあ、負けたよ。レポートは後回しだ」

 

「……ほんと?」

 

「ほんと。奏の勝ち」

 

 俺がキーボードから手を離し、奏の細い腰に腕を回して背後からすっぽりと抱き寄せると、奏は嬉しそうに目を細めた。

 そのまま俺の胸に体重を完全に預け、安心したようにすーっと息を吐く。

 

「……えへへ。私の勝ち」

 

「ほんと、今日はどうしちゃったの? いつもより積極的じゃない?」

 

「……だって。あなたがずっと画面ばっかり見てるから……寂しかったんだもん」

 

 ぽつりとこぼした本音に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 俺は奏の柔らかな銀髪に顔を埋め、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、回した腕に少しだけ力を込めた。

 

「ごめんな。俺も、奏を放っておいて寂しかったよ」

 

「……うん」

 

「これからは、ちゃんと奏のこと第一にするから」

 

「……うん。約束、だよ」

 

 奏は俺の腕の中で少し身じろぎすると、ゆっくりと体を反転させ、俺の方を向いた。

 俺の太ももに跨るような体勢になり、両腕を俺の首に回してくる。

 

 至近距離で見つめ合う形になり、お互いの吐息が混ざり合う。

 奏の白い頬が、ほんのりと熱を帯びて赤く染まっているのがわかった。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「……さっき、私がいっぱい我慢したから……ご褒美、ちょうだい?」

 

 とろんとした瞳で見つめられ、甘く甘く溶けるような声でおねだりされる。

 その言葉の意味を理解するよりも早く、奏の顔がゆっくりと近づいてきた。

 

 ちゅっ、と。

 羽虫が触れるような、本当に軽い、可愛らしいキスが唇に落とされた。

 

「……っ」

 

「……えへへ。これ、私が我慢した分のご褒美」

 

 自分からキスをしておきながら、恥ずかしくなったのか、奏はすぐに俺の胸元に顔を隠してしまった。

 

 耳の裏まで真っ赤に染まっているのが見える。

 大胆な行動に出た割には、結局照れてしまうところが奏らしくて、愛おしさが限界突破しそうだった。

 

「……ずるいな、奏は」

 

「……ずるくないもん」

 

「そんな可愛いことされたら、こっちも我慢できなくなるって、わかってる?」

 

 俺は胸元に隠れている奏の顔を優しく掬い上げ、上を向かせる。

 潤んだ瞳が揺れるのを見つめながら、今度は俺の方から、さっきよりもずっと長く、深いキスを落とした。

 

「……んっ……」

 

 びくっと肩を震わせた奏だったが、すぐに俺の服をきゅっと握りしめ、目を閉じて俺の口付けを受け入れてくれた。

 

 何度か角度を変えて唇を重ね、名残惜しく離れると、奏は肩で息をしながら、とろけたような表情で俺を見上げていた。

 

「……はぁ……あなた……」

 

「ご褒美、これじゃ足りないでしょ?」

 

「……うん……もっと、ちょうだい……」

 

 俺の首に回された腕に力がこもる。

 俺は再び、愛おしい恋人の唇を塞いだ。

 

 窓の外では太陽が傾き始めているが、俺のレポートが終わるのは、まだまだ先になりそうだった。

 いや、今日はもう、このままずっと奏を抱きしめて甘やかし続けることになりそうだ。




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