プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
窓の外が、燃えるような茜色から深い群青色へと溶け落ちていく。
休日の夕暮れ時。俺はリビングのソファに腰を下ろし、静まり返った部屋の中で、壁時計が刻む規則正しい音をぼんやりと聞いていた。
時刻は18時を回り、19時に差し掛かろうとしている。
そろそろ、彼女が帰ってくる時間だ。
「今日はダンスの合同レッスンが長引くって言ってたな……」
俺の最愛の恋人である花里みのりは、今や街中のビジョンやポスターで見かけない日はないアイドルグループ『MORE MORE JUMP!』のメンバーとして、日々その命を輝かせている。
元々、特別な才能があったわけじゃない。人一倍不器用で、人一倍不運。それでも誰よりも高く、遠くへ飛ぼうと、彼女は泥臭く足掻き続けてきた。
他のメンバーに追いつくため、誰よりも早く練習場に入り、誰よりも遅くまで残って汗を流す。その姿を知っているからこそ、俺は彼女が羽を休めるこの場所を、世界で一番甘くて優しい休息の地にしたいと願っている。
ふいに、静寂を破って玄関のチャイムが控えめに鳴った。
待ちわびた音に、俺は読みかけの雑誌をテーブルに置き、弾かれたように立ち上がって玄関へと向かう。
ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。
そこには、今にもその場に溶け落ちてしまいそうなほど、ふにゃふにゃに疲れ切ったみのりが立っていた。
「……ただいまぁ……えへへ、帰ってきたよぉ……」
肩から提げた大きなレッスンバッグが、やけに重そうに食い込んでいる。
いつもなら太陽のように爛漫な輝きを放っている彼女の瞳も、今は完全に電池が切れた玩具のようにトロンと濁り、焦点が合っていない。
「おかえり、みのり。今日もお疲れ様。……って、おい!?」
声をかけた瞬間、みのりは糸の切れた操り人形のように、前触れもなく俺の胸の中へと倒れ込んできた。
慌ててその細い肩と腰を抱き寄せる。
どすん、という軽い衝撃と共に、みのりの柔らかな体温と、驚くほど小さな体重が俺の全身に預けられた。
「……もう、一歩も歩けないよぉ……私のHP、マイナスになっちゃったかもぉ……」
「よしよし、よく頑張ったな。……ん? みのり、これ……」
俺の胸に顔を埋め、すりすりと猫のように頭を擦り付けてくる彼女から、ふわりと心地よい汗の匂いが香った。
だが、それ以上に気になったのは、彼女のジャージの膝の部分が白く汚れ、少しだけ破けてしまっていることだった。
「みのり、膝どうしたんだ? また転んだのか?」
「……えへへ。帰り道、何もないところでサモちゃんみたいに派手に転んじゃった。アスファルトとお友達になっちゃったよぉ……」
「笑い事じゃないだろ。ったく、君は本当に危なっかしいんだから」
ため息をつきつつも、その不運っぷりがいかにも彼女らしくて、愛おしさがこみ上げてくる。
俺はみのりの背中に腕を回し、そのまま膝裏に手を入れて、ひょいっとその体を持ち上げた。
「ひゃあぁっ!? ちょっと、あなた!? 私、今汗かいてるし、服も汚れてるよ!?」
「いいんだよ。お姫様、歩けないんだろ? このままお風呂場まで直行便で運んであげるから」
「――っ! あ、ありがとう……うぅ、あなたの腕の中、すっごく安心する……」
みのりは顔を真っ赤にしながらも、俺の首にしっかりと腕を回し、嬉しそうに胸元へ顔を隠した。
密着した体から伝わってくる、彼女のまだ速い鼓動。
それが、彼女が今日一日を全力で戦い抜いてきた証のように思えて、俺はさらに強くその体を抱きしめ直した。
30分後。
シャワーを浴びて、今日一日の泥と汗を綺麗に洗い流したみのりが、ふんわりとした厚手のパジャマ姿でリビングに戻ってきた。
タオルを頭に掛け、湿った銀髪をわしゃわしゃと拭いている姿は、お風呂上がりの子犬のようで微笑ましい。上気した頬が、熟れた果実のように瑞々しいピンク色に染まっている。
「ふぁ〜……生き返ったぁ! お風呂って、最高の魔法だねっ!」
「お疲れ。ほら、ここ座って。髪、乾かしてあげるから」
俺がソファの自分の足の間のスペースをポンポンと叩くと、みのりは「わぁい!」と満開の笑顔を浮かべ、迷うことなくそこにちょこんと腰を下ろした。
俺の股の間に収まり、背中を俺の腹に預ける形。
ドライヤーのスイッチを入れると、温かな風が静かなリビングに鳴り響く。
俺は空いた手で、彼女の少し癖のある、絹のように柔らかな銀髪を指で優しく梳いていく。
ふわり、と。
先ほどまでの汗の匂いは消え、代わりにシャンプーの甘いピーチの香りが立ち上り、俺の鼻腔を優しくくすぐった。
「……んん〜……あなたの手、すごく気持ちいいよぉ……」
「熱くないか?」
「うん、丁度いい。……私ね、こうやってあなたに髪を乾かしてもらってる時間、世界で一番大好きなんだぁ」
ドライヤーの轟音に負けないよう、みのりが少しだけ声を張り上げて言う。
俺の手に自分の頭を委ねるようにして目を閉じている彼女の横顔は、ステージで見せる勇猛なアイドルの顔ではなかった。
ただの守ってあげたくなるような、等身大の少女のそれだった。
指の間をすり抜けていくサラサラとした髪の感触を楽しみながら、俺は一本一本に愛を込めるように、丁寧に熱を当てていく。
やがて、完全に水分が飛んで髪がふわふわと踊り出した頃、俺はドライヤーのスイッチを切った。
急に訪れる静寂。それが、かえってお互いの距離を近く感じさせる。
「はい、おしまい。綺麗に乾いたぞ」
「えへへ、ありがとう! 髪がキラキラしてる気がするっ!」
みのりは自分の髪を大事そうに触り、振り返って俺に弾けるような笑顔を向けた。
だが、今日の甘やかしはここからが本番だ。
「じゃあ次は、怪我の治療と、恒例のマッサージだな。ソファに横になって」
「はーいっ!」
みのりは素直にコロンとソファに横たわり、俺の太ももの上に自分の脚を乗せてきた。
まずは、転んで擦りむいたという膝の傷をチェックする。
幸いにも傷は浅く、お風呂で洗ったことで清潔に保たれていた。俺は消毒液を染み込ませたコットンで、そっとその周囲を拭う。
「ふみゃ……っ。ちょっと、しみるぅ……」
「我慢しろ。……はい、これでよし。お気に入りの絆創膏、貼っといたぞ」
「わぁ、ペンギンさんだ! これ、すごく可愛い! 明日のレッスンも、この子が守ってくれるねっ!」
本当に子供のような無邪気さで喜ぶ彼女が愛おしくて、俺は思わずその頭を優しく撫で回した。
そして、俺の手は彼女のふくらはぎへと移動する。
「……うわ。みのり、今日の筋肉の張り、いつも以上に酷いぞ。カチカチじゃないか」
「あはは……バレちゃった。今日はね、どうしてもステップが上手く踏めなくて……。休憩時間も、みんなが帰った後も、ずっと一人で練習してたからかな」
「無理しすぎだ。痛かったら言えよ」
俺は専用のマッサージクリームを手に取り、掌で温めてから、彼女の細い脚に滑らせた。
アイドルとしてステージに立ち続けるために鍛えられた、しなやかで力強い脚。
だが、その皮膚のすぐ下には、彼女が積み重ねてきた努力の重みが、硬い結び目となって幾つも隠されていた。
「……っ、ん、……あ、そこ、ちょっと痛いかも……」
「ここが張ってるってことは、重心が外側に逃げてた証拠だな。少し我慢して解すぞ」
「う、うぅ〜……っ。……でも、あなたの手が触れてるところから、ポカポカしてくる……」
俺は指の腹を使って、丁寧に筋肉の繊維を捉え、円を描くように解していく。
みのりは俺の太ももに乗せている足の指をきゅっと丸め、漏れ出る吐息を抑えるように唇を噛んでいる。
その艶やかな反応に、俺の指先にも熱がこもる。
「……みのり、あんまり無理しすぎるなよ。遥や愛莉たちだって、君が倒れたら何よりも悲しむんだから」
少しだけ小言を混ぜて言うと、みのりは俺の目を見つめ返し、ふっと力を抜いて微笑んだ。
「……わかってる。でもね、私、もっともっと上手になりたいの。遥ちゃんや雫ちゃん、愛莉ちゃん……あんなに凄い人たちが隣にいてくれるから」
「私だけが足を引っ張るわけにはいかないし、何より、応援してくれるみんなに、もっともっと、もっと! 希望を届けたいんだもん」
どこまでも真っ直ぐで、濁りのない言葉。
何百回オーディションに落ちても、何千回壁にぶつかっても立ち上がり続けた彼女の、ダイヤモンドよりも硬い信念がそこにあった。
俺はマッサージをしていた手を止め、横たわっている彼女の顔を正面から覗き込んだ。
「……君は、本当に凄いよ。俺の自慢の恋人だ」
「え……?」
「でもな。俺の前でだけは、そんなにプロの顔をしなくていいんだ。痛い時は痛いって言っていいし、疲れた時は今日みたいに俺に全力で寄りかかってくればいい」
「俺は、みのりを甘やかすためにここにいるんだから」
真剣に、想いを込めてそう伝えると、みのりの大きな瞳が幾度か瞬き、みるみるうちに大粒の涙が溜まっていく。
そして、彼女は勢いよく上半身を起こすと、俺の胸に体当たりするように抱きついてきた。
「……っ! あなた……っ!」
「おっと。どうした、急に」
「……嬉しいの。あなたがそう言ってくれるのが、心にギュッて響いて……私、世界で一番幸せ者だなぁって……」
俺の首に細い腕を回し、顔を胸板にぐりぐりと押し付けてくる。
俺も彼女の背中に腕を回し、その折れてしまいそうなほど華奢で、けれど確かな生命力を持った温かな体をぎゅっと抱きしめ返した。
乾かしたばかりの髪が頬に触れ、ピーチの香りが肺いっぱいに満たされる。
「……ねえ、あなた」
「ん?」
「こうしてあなたにぎゅーってしてもらってるとね、全身に『希望』が充填されていくのがわかるの。私の心の中のエネルギーが、満タンを通り越して溢れ出しちゃいそうだよ……!」
胸の中から見上げてくるその顔は、涙で濡れていながらも、夜空に輝く一番星のように眩しい笑顔だった。
そのあまりの純粋さと、自分だけに向けられた信頼の深さに、俺の理性が甘い音を立てて崩れていく。
「……それなら、もっとチャージしてあげないとな」
「えっ? もっとって――んっ」
俺は彼女の顎にそっと手を添え、少し開いていた彼女の桜色の唇に、自分の唇を重ねた。
一瞬、彼女の体が硬直したが、すぐに吐息を漏らして俺を受け入れてくれる。
触れているだけの接吻。
けれど、お互いの鼓動が重なり合い、部屋の温度が数度上がったかのような錯覚を覚えるほどの熱量があった。
ゆっくりと唇を離すと、みのりの顔は茹で上がったタコのように、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
「~~~っ!? な、なな、なに、今の……っ!?」
「どうだ? エネルギー、限界突破したか?」
わざと意地悪く微笑んでみせると、みのりは両手で自分の顔を覆いながらも、指の間からこちらを上目遣いでじっと見つめてきた。
「……ばか。心臓が、どきどきしすぎて止まっちゃうかと思ったよぉ……」
「嫌だったか?」
「っ、嫌なわけないじゃないっ! ……むしろ、その……」
みのりは顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし、震える指先で俺のシャツの裾をきゅっと掴んだ。
そして、潤んだ瞳をさらに熱く潤ませ、消え入りそうな、けれど確かな熱を帯びた声で囁いた。
「……もう一回、して……? さっきより、もっと、長く……」
――理性の糸が、パチンと切れた。
外では何万人ものファンに希望を与えるアイドルが、俺にだけ見せる、この溶けきった無防備な誘い。
俺は彼女の細い腰を引き寄せ、膝の上に抱き上げると、今度はさっきよりもずっと深く、情熱的に、彼女の唇を奪った。
「……んっ……ふぁ、ぁ……んむ……」
絡まる吐息、混ざり合う温度。
何度も、何度も、角度を変えて重なり合う唇。
みのりは俺の肩を強く握りしめ、自分からも応えるように一生懸命に舌先を震わせている。
その必死で甘い反応が、俺の独占欲をさらに煽り立てた。
窓の外はすっかり帳が下り、世界の音を消し去っていた。
だが、この部屋の中だけは、二人だけの甘くて熱い時間が、密度を増しながらどこまでも続いていた。
明日も彼女がステージで一番の笑顔を振りまけるように。
今夜は、この不器用で愛おしい俺だけの天使を、心も体も満足するまで、とことん甘やかし尽くそう。
俺は彼女のパジャマ越しに伝わる柔らかな鼓動を感じながら、再びその唇を深く塞いだ。
投稿する直前に思い直した事
熱愛発覚!?
普通にスキャンダル案件だよねこれ
まぁ創作ということで許して