プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
その日は、朝からしとしとと心地よい雨が降っていた。
予定していた外出は中止になったが、たまには家でゆっくり過ごすのも悪くない。俺はリビングで大学の課題を片付けながら、時折窓を叩く雨音に耳を傾けていた。
ふと、キッチンのほうから「あぅっ」という小さな悲鳴と、何かがパチパチと弾けるような音が聞こえてきた。
「みのり? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよぉ! なんでもないから、あなたはそこで座ってて!」
キッチンから返ってきたのは、必死に動揺を隠そうとしている彼女の声だ。
今日、俺の家に遊びに来たみのりは、玄関を潜るなり「今日は私が、あなたの奥さん……じゃなくて、専属シェフになって、日頃の感謝を込めてとびきりのご飯を作るねっ!」と宣言したのだ。
MORE MORE JUMP! の活動で忙しいはずなのに、わざわざ料理のレシピを勉強してきたらしい。
俺は彼女の好意に甘えることにして、大人しくリビングで待機していたのだが……どうにも、漂ってくる香りが「香ばしい」を通り越して「焦げ臭い」に近づいているような気がしてならない。
心配になって、俺は音を立てずに椅子を立ち、そっとキッチンの様子を覗き込んだ。
「うぅ~……たまごさん、どうしてそんなにすぐ固まっちゃうのぉ……。もっと、こう、ふわふわ~ってなってほしいのに……」
そこには、俺の少し大きめのエプロンを身に纏い、フライパンと格闘しているみのりの後ろ姿があった。
後ろで結んだ紐が少し緩んでいて、不格好な蝶々結びになっているのが、なんとも彼女らしくて微笑ましい。
コンロの周りには、格闘の跡が生々しく残っていた。
少し飛び散った卵液、山積みになった洗い物、そして……まな板の上には、お世辞にも綺麗とは言えない形にカットされた野菜たち。
彼女は額に汗を浮かべ、必死にオムライスの卵を形作ろうとフライパンを振っているが、その表情は真剣そのものだ。
俺は思わず、後ろから彼女の細い腰に腕を回し、背中にぴたりと体を寄せた。
「ひゃうっ!? な、なな、なに、どうしたの急にっ!?」
「いや、あまりにもみのりが一生懸命だからさ。つい、ね」
みのりの肩に顎を乗せ、手元を覗き込む。
至近距離で伝わってくる、彼女の体温と、少し焦ったような甘い匂い。
みのりは顔を真っ赤にして、「見ちゃダメだってばぁ……」と弱々しく抗議するが、俺の腕から逃げようとはしなかった。
「たまご、もう少し火を弱めたほうがいい。貸してみ」
「あ……うん、お願い、します……」
俺はみのりの手の上からフライパンの柄を握り、一緒に火加減を調整する。
重なり合う手。俺の手のひらの熱が、彼女の小さな手に伝わっていく。
「こうやって、少しずつ縁から剥がしていくんだ。……ほら、できた」
「わぁ……っ! すごい、綺麗な黄色! さすがは私の大好きな人だねっ!」
みのりは目を輝かせ、俺の顔を下から見上げてきた。
その瞳には、嘘偽りのない純粋な尊敬と愛情が溢れていて、俺の胸を熱くさせる。
「……ねえ、みのり」
「ん、なあに?」
「そんなにキラキラした目で見られると、料理どころじゃなくなるんだけど」
「えへへ、だって本当に凄いんだもん。……それに、こうやって一緒にキッチンに立つの、なんだか本当の夫婦みたいで、私、すごくドキドキしちゃうよ……」
みのりは自分から、俺の腕の中にすっぽりと収まるように背中を預けてきた。
エプロン越しに伝わる、彼女の柔らかな曲線。
俺は空いた方の手で、彼女の頬に付いていた小さな小麦粉の跡を、親指で優しく拭った。
「あ……。私、顔に何か付いてた?」
「うん。……でも、そんなところも可愛かったよ」
「~~~っ! もうっ、あなたはいつもそうやって、呼吸をするみたいに恥ずかしいこと言うんだから……っ!」
みのりは真っ赤になって俯いてしまったが、その耳の先まで染まった赤さが、彼女の幸福度の高さを物語っていた。
――その後。
2人で力を合わせて完成させた(といっても、大半は俺が手助けした形だが)オムライスが、テーブルの上に並んだ。
みのりがケチャップで描いたのは、歪な形をしたが、精一杯の愛が詰まったハートマーク。
「いただきますっ!」
「いただきます。……ん、美味しいよ。みのり」
「本当!? よかったぁ……。実はね、昨日お母さんに隠れてこっそり練習してたんだ。指、ちょっとだけ切っちゃったりしたけど、報われたよぉ……」
みのりは嬉しそうに頬張っているが、俺はその言葉を聞き逃さなかった。
「指、切ったのか? 見せて」
「あ、えっと……もう治ったから大丈夫だよっ!」
慌てて手を隠そうとする彼女の手を、俺は優しく引き寄せた。
人差し指に、小さな、けれど確かな切り傷の跡がある。
アイドルにとって、手は大切な表現の一部だ。それを、俺のために。
「……ごめんな。俺のために無理させて」
「無理なんてしてないよ! 私が勝手にしたことだもん。……それに、大好きな人のために頑張れるのって、私にとっては最高の『希望』なんだよ?」
みのりはそう言って、俺の手を両手で包み込み、優しく握りしめた。
彼女の手は、レッスンで鍛えられたマメが少しだけある、努力家の手だ。
俺はその指先に、そっと、慈しむようなキスを落とした。
「ひゃっ……!? な、なに、今の……」
「おまじない。早く治るように」
「……もうっ。あなたは……本当に……」
みのりは蕩けたような目をして、俺をじっと見つめ返した。
食事を終えた後の空気は、外の雨音も相まって、より一層しっとりと、甘く重たいものへと変わっていく。
食後の片付けを済ませ、俺たちはリビングのソファに2人で座った。
外はすっかり暗くなり、部屋の中の暖色の照明が、2人の影を長く落としている。
「ふぅ……。お腹いっぱいになると、なんだか眠くなってきちゃうね……」
みのりはそう言うと、自然な動作で俺の肩にコテンと頭を乗せてきた。
俺も彼女の肩に腕を回し、引き寄せる。
第1話でのマッサージのおかげか、今日の彼女の体は少しだけ柔らかい気がした。
「……ねえ。今日のご飯、どうだったかな。……合格、もらえたかな」
「100点満点だよ。……いや、みのりの愛が詰まってた分、100万点かな」
「あはは、大げさだよぉ。……でも、嬉しいな」
みのりは俺の胸元に顔を埋め、深く息を吐き出した。
その安らかな呼吸の音が、俺の鼓動と重なり合っていく。
「……私ね、アイドルになって、たくさんの人に笑顔を届けたいって、本気で思ってるの。それは、これからも変わらないし、絶対に諦めないよ」
「うん。知ってるよ」
「でも……。時々、どうしようもなく不安になっちゃうこともあるんだ。自分だけが置いていかれてる気がして……ファンのみんなに、ちゃんと私の想いが届いてるのかなって。……そういう時、ここに帰ってきて、あなたの顔を見るとね……」
みのりは俺のシャツを、きゅっと強く握りしめた。
「……ああ、私、生きてるんだ。ここで、一人の女の子として愛されてるんだ……って。そう思えるの。それが、私の明日への一番のエネルギーになるんだよ。……だから、本当にありがとう」
彼女の告白は、雨の夜の静寂の中に優しく溶け込んでいった。
俺は彼女の細い顎を持ち上げ、ゆっくりと顔を上に向かせる。
潤んだ瞳。少しだけ震える唇。
「……みのり。俺こそ、いつも君の笑顔に救われてるんだ。君がステージで輝いている姿を見るたびに、俺も頑張ろうって思える」
「あなた……」
「だから、一人で不安にならないで。君が誰を救えなくても、俺だけは絶対に、君に救われてるから」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、みのりが背伸びをして、自分から俺の唇に触れてきた。
それは、確認するような、甘くて切ないキスだった。
「……んっ……ふ……」
一度離れた唇が、磁石のように再び惹かれ合う。
今度は、もっと深く。
みのりは俺の首に腕を回し、密着度を強めてくる。
彼女の吐息が熱を帯び、喉の奥から小さな、甘い声が漏れる。
「……ねえ。……今日は、もっと、わがまま言ってもいいかな……?」
「……どんなわがまま?」
「……このまま、ずっと、離さないで。……夜が明けるまで、ずっと、あなたのそばにいたいの……」
とろりと溶けた表情で、俺を見上げるみのり。
アイドルとしての『花里みのり』ではなく、俺だけの『みのり』としての、切実な願い。
俺は返事の代わりに、彼女を横抱きに抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。
「ひゃっ……!? あなたっ、どこ行くの……?」
「……どこって。離さないで、って言ったのはみのりだろ?」
寝室へ続く扉の前で、俺は彼女の耳元で低く囁いた。
「……今夜は、覚悟して。君がもう甘えられないって音を上げるまで、たっぷり可愛がってあげるから」
「……~~~っ。……うん。私、あなたの愛なら……いくらでも、受け止めるよ」
みのりは幸せそうに目を細め、俺の胸に誇らしげに顔を埋めた。
外の雨音はいつの間にか激しさを増していたが、今の俺たちには、その音さえも2人を祝福する拍手のように聞こえていた。
スキャンダル!!!!!!!!!!!!