プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
窓の外では、朝からしとしとと静かな雨が降り続いていた。
遮光カーテンの隙間から漏れ出る光は弱く、部屋の中は淡いグレーの微睡みに包まれている。
いつもなら、スマートフォンのアラームが鳴る前に飛び起き、ランニングやボイストレーニングに励む彼女だが、今日ばかりは、俺の隣で幸せそうな寝息を立てていた。
今日は、数ヶ月ぶりに訪れた、彼女の完全なオフだ。
ライブも、レッスンも、オーディションもない。
ただの「花里みのり」として過ごしていい、神様からのプレゼントのような1日だった。
「……んぅ……」
隣で小さな唸り声がして、布団の塊がもぞもぞと動いた。
銀茶色の髪が枕の上に散らばり、その隙間から、まだ夢の続きを追いかけているような、とろんとした瞳がこちらを覗く。
視線が合うと、彼女は一瞬だけ驚いたように瞬きをして、それから――この世の春をすべて集めたような、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。
「……おはよう、ございます……えへへ、起きてたの?」
「おはよう。……まだ寝てていいんだぞ。今日は1日、何もしなくていい日なんだから」
「……うん。わかってる。わかってるんだけどね……あなたの顔を見たら、なんだか嬉しくなっちゃって」
みのりは布団の中から細い腕を伸ばすと、俺の腕をきゅっと抱きしめてきた。
お風呂上がりのような、彼女特有の甘い体温が、シーツ越しにじんわりと伝わってくる。
そのまま彼女は俺の胸元に顔を埋め、すりすりと猫のように額を擦り付けてきた。
「……ねえ。今日、雨だね」
「ああ。結構降ってるな」
「よかったぁ……。雨だとね、世界中が『今日はお休みだよ』って言ってくれてるみたいで、罪悪感なく甘えられちゃう気がするんだもん」
彼女は俺のシャツを指先で弄びながら、小さく、満足げな吐息を漏らした。
アイドルという夢を追いかけている彼女は、立ち止まることを恐れている節がある。
そんな彼女が、こうして「甘える」ことを自分に許してくれている事実に、俺は愛おしさを禁じ得なかった。
「じゃあ、今日は徹底的に甘やかしてあげるよ。……何がしたい?」
「うーん……。難しい質問だなぁ……」
みのりは俺の腕を抱いたまま、天井を見上げて真剣に悩み始めた。
美味しいものも食べたいし、サモちゃんと遊びたいし、見たい映画もあった気がする。
けれど、1番やりたいことは、もう決まっているようだった。
「……このまま、あなたにぎゅーってされてること。1歩も動かないで、溶けちゃうくらい、ずっとくっついていたいの」
上目遣いで、少しだけ恥ずかしそうに囁く彼女。
その純粋な願いを拒めるはずもなかった。
俺は彼女の細い腰を引き寄せ、布団の中でその小さな体をすっぽりと抱きしめた。
「ひゃうっ……! えへへ、あったかぁい……」
「これでいいか?」
「うんっ! 100点満点! ……あ、やっぱり120点!」
みのりは俺の胸に耳を押し当て、規則正しい鼓動を聴きながら、安らかな表情で目を閉じた。
しっとりとした雨音が、BGMのように部屋を満たしていく。
彼女の柔らかな髪から漂うピーチの香りが、俺の鼻腔をくすぐり、意識を甘く麻痺させていく。
俺たちはしばらくの間、1言も交わさずに、ただお互いの体温と呼吸を共有していた。
時計の針が進む音さえも遠くに感じるような、濃密な静寂が流れる。
「……ねえ」
「ん?」
「……私の心臓、うるさくない……?」
みのりが少しだけ顔を上げ、不安そうに尋ねてきた。
確かに、俺の胸に密着している彼女の心臓は、小鳥のように速く、トクトクと確かなリズムを刻んでいる。
「全然。……みのりが生きてるって、ここにいるって感じられて、すごく安心するよ」
「……そっか。……よかった。私、あなたとこうしてるとね、なんだか魔法にかかったみたいに、体中の力が抜けちゃうの」
彼女は俺の首筋にそっと手を回し、指先で髪の付け根を優しく撫でた。
「ステージに立ってる時の私は、みんなを笑顔にしなきゃ、希望を届けなきゃ! って、いつも一生懸命背伸びしてるけど……。あなたの前では、1メートルも飛べない、ただの不器用なみのりでいられるんだもん」
みのりは言葉を切り、今度は俺の頬を両手で包み込んだ。
彼女の掌は、驚くほど柔らかく、けれどアイドルとしての努力を物語る適度な弾力があった。
「……あなたが私を『花里みのり』としてじゃなくて、私そのものとして愛してくれるから。だから私は、また明日から頑張れるんだよ。……あなたは、私の世界で1番の『プロデューサー』で……1番の、『光』なんだから」
熱っぽい告白だった。
彼女の大きな瞳が潤み、真っ直ぐに俺を射抜く。
その瞳に映っているのは、間違いなく彼女のすべてを受け止める覚悟を持った、俺自身の姿だった。
「……みのり。俺も、君がいてくれるから、毎日がキラキラして見えるんだよ。……ありがとう」
俺は彼女の額にそっと唇を寄せ、長い沈黙の後に、ゆっくりと彼女の唇へと降りていった。
触れ合うだけの、優しいキス。
雨音に溶けてしまいそうなほど微かな音を立てて、何度も、何度も、唇を重ねる。
みのりは吐息を漏らしながら、俺の背中の服をぎゅっと握りしめた。
「……んっ……あ……っ」
離れるのが名残惜しくて、俺が鼻先を擦り寄せると、みのりは顔を真っ赤にして、幸せそうに目を細めた。
「……ねえ。……もう1回、して?」
「……わがままだな」
「いいの。今日はわがままを言う日なんだから……っ」
今度は彼女のほうから、少しだけ強引に唇を押し付けてきた。
彼女の熱い吐息が流れ込み、部屋の温度が一段と上がったかのような錯覚を覚える。
それから俺たちは、どちらからともなく再び横になり、抱き合ったまま眠りの淵を彷徨った。
お腹が空けば、2人でキッチンに立ち、簡単なパンケーキを焼いた。
みのりがメープルシロップをかけすぎて「あわわっ」と慌てるのを、俺が笑って手伝う。
そんな、なんてことのない、けれどアイドルとしての彼女が1番求めていた「普通」の時間が、ゆっくりと過ぎていく。
夕暮れ時。
ようやく雨が上がり、雲の間から黄金色の夕陽が差し込んできた。
オレンジ色の光が、ソファに並んで座る俺たちの姿を照らし出す。
みのりは俺の膝の上に頭を乗せ、贅沢な膝枕の体勢で、俺が彼女の頭を撫でるのを心地よさそうに受け入れていた。
「……幸せだなぁ。……このまま時間が止まっちゃえばいいのに」
「明日からまた、忙しくなるんだろ?」
「うん。明日はダンスの自主練で、明後日は愛莉ちゃんとラジオの収録。その次は、いよいよ新曲のMV撮影なんだっ!」
これからの予定を語るみのりの声には、朝の疲れ果てた様子は微塵もなかった。
1日の「充電」を経て、彼女の中に再び、何万人ものファンに希望を届けるためのエネルギーが満ち溢れているのがわかる。
「……でもね。どんなに忙しくても、私、もう怖くないよ」
「どうして?」
「だって。……私には、帰ってくる場所があるから。……あなたが待っててくれるって、わかってるから」
みのりは膝の上でくるりと体を反転させ、俺の腹部に顔を埋めた。
「……大好きだよ。……アイドルとしての私も、1人の女の子としての私も……全部、あなたにあげる」
「……ああ。全部、俺が守るよ。……みのり」
俺は彼女の小さな体を、壊さないように、けれど片時も離さないように、強く抱きしめた。
窓の外では、雨上がりの澄んだ空に1番星が輝き始めていた。
明日、彼女は再び、たくさんの人々に笑顔を届ける「希望の象徴」として、眩い光の中に飛び込んでいくだろう。
けれど、夜が来れば。
彼女はまた、この小さな部屋で、俺だけの可愛い天使に戻るのだ。
俺は、スースーと寝息を立て始めた愛おしい恋人の寝顔を見つめながら、彼女が再び羽ばたくその時まで、この穏やかな静寂を全力で守り抜くことを、改めて心に誓った。
「……おやすみ、みのり。……最高の、夢を」
頬に落とした最後の1吻は、夜の帳に溶けて、2人だけの秘密の約束となった。