プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常   作:雨風 時雨

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【花里みのり】第3話

 窓の外では、朝からしとしとと静かな雨が降り続いていた。

 遮光カーテンの隙間から漏れ出る光は弱く、部屋の中は淡いグレーの微睡みに包まれている。

 いつもなら、スマートフォンのアラームが鳴る前に飛び起き、ランニングやボイストレーニングに励む彼女だが、今日ばかりは、俺の隣で幸せそうな寝息を立てていた。

 

 今日は、数ヶ月ぶりに訪れた、彼女の完全なオフだ。

 ライブも、レッスンも、オーディションもない。

 ただの「花里みのり」として過ごしていい、神様からのプレゼントのような1日だった。

 

「……んぅ……」

 

 隣で小さな唸り声がして、布団の塊がもぞもぞと動いた。

 銀茶色の髪が枕の上に散らばり、その隙間から、まだ夢の続きを追いかけているような、とろんとした瞳がこちらを覗く。

 視線が合うと、彼女は一瞬だけ驚いたように瞬きをして、それから――この世の春をすべて集めたような、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。

 

「……おはよう、ございます……えへへ、起きてたの?」

 

「おはよう。……まだ寝てていいんだぞ。今日は1日、何もしなくていい日なんだから」

 

「……うん。わかってる。わかってるんだけどね……あなたの顔を見たら、なんだか嬉しくなっちゃって」

 

 みのりは布団の中から細い腕を伸ばすと、俺の腕をきゅっと抱きしめてきた。

 お風呂上がりのような、彼女特有の甘い体温が、シーツ越しにじんわりと伝わってくる。

 そのまま彼女は俺の胸元に顔を埋め、すりすりと猫のように額を擦り付けてきた。

 

「……ねえ。今日、雨だね」

 

「ああ。結構降ってるな」

 

「よかったぁ……。雨だとね、世界中が『今日はお休みだよ』って言ってくれてるみたいで、罪悪感なく甘えられちゃう気がするんだもん」

 

 彼女は俺のシャツを指先で弄びながら、小さく、満足げな吐息を漏らした。

 アイドルという夢を追いかけている彼女は、立ち止まることを恐れている節がある。

 そんな彼女が、こうして「甘える」ことを自分に許してくれている事実に、俺は愛おしさを禁じ得なかった。

 

「じゃあ、今日は徹底的に甘やかしてあげるよ。……何がしたい?」

 

「うーん……。難しい質問だなぁ……」

 

 みのりは俺の腕を抱いたまま、天井を見上げて真剣に悩み始めた。

 美味しいものも食べたいし、サモちゃんと遊びたいし、見たい映画もあった気がする。

 けれど、1番やりたいことは、もう決まっているようだった。

 

「……このまま、あなたにぎゅーってされてること。1歩も動かないで、溶けちゃうくらい、ずっとくっついていたいの」

 

 上目遣いで、少しだけ恥ずかしそうに囁く彼女。

 その純粋な願いを拒めるはずもなかった。

 俺は彼女の細い腰を引き寄せ、布団の中でその小さな体をすっぽりと抱きしめた。

 

「ひゃうっ……! えへへ、あったかぁい……」

 

「これでいいか?」

 

「うんっ! 100点満点! ……あ、やっぱり120点!」

 

 みのりは俺の胸に耳を押し当て、規則正しい鼓動を聴きながら、安らかな表情で目を閉じた。

 しっとりとした雨音が、BGMのように部屋を満たしていく。

 彼女の柔らかな髪から漂うピーチの香りが、俺の鼻腔をくすぐり、意識を甘く麻痺させていく。

 

 俺たちはしばらくの間、1言も交わさずに、ただお互いの体温と呼吸を共有していた。

 時計の針が進む音さえも遠くに感じるような、濃密な静寂が流れる。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「……私の心臓、うるさくない……?」

 

 みのりが少しだけ顔を上げ、不安そうに尋ねてきた。

 確かに、俺の胸に密着している彼女の心臓は、小鳥のように速く、トクトクと確かなリズムを刻んでいる。

 

「全然。……みのりが生きてるって、ここにいるって感じられて、すごく安心するよ」

 

「……そっか。……よかった。私、あなたとこうしてるとね、なんだか魔法にかかったみたいに、体中の力が抜けちゃうの」

 

 彼女は俺の首筋にそっと手を回し、指先で髪の付け根を優しく撫でた。

「ステージに立ってる時の私は、みんなを笑顔にしなきゃ、希望を届けなきゃ! って、いつも一生懸命背伸びしてるけど……。あなたの前では、1メートルも飛べない、ただの不器用なみのりでいられるんだもん」

 

 みのりは言葉を切り、今度は俺の頬を両手で包み込んだ。

 彼女の掌は、驚くほど柔らかく、けれどアイドルとしての努力を物語る適度な弾力があった。

 

「……あなたが私を『花里みのり』としてじゃなくて、私そのものとして愛してくれるから。だから私は、また明日から頑張れるんだよ。……あなたは、私の世界で1番の『プロデューサー』で……1番の、『光』なんだから」

 

 熱っぽい告白だった。

 彼女の大きな瞳が潤み、真っ直ぐに俺を射抜く。

 その瞳に映っているのは、間違いなく彼女のすべてを受け止める覚悟を持った、俺自身の姿だった。

 

「……みのり。俺も、君がいてくれるから、毎日がキラキラして見えるんだよ。……ありがとう」

 

 俺は彼女の額にそっと唇を寄せ、長い沈黙の後に、ゆっくりと彼女の唇へと降りていった。

 

 触れ合うだけの、優しいキス。

 雨音に溶けてしまいそうなほど微かな音を立てて、何度も、何度も、唇を重ねる。

 みのりは吐息を漏らしながら、俺の背中の服をぎゅっと握りしめた。

 

「……んっ……あ……っ」

 

 離れるのが名残惜しくて、俺が鼻先を擦り寄せると、みのりは顔を真っ赤にして、幸せそうに目を細めた。

 

「……ねえ。……もう1回、して?」

 

「……わがままだな」

 

「いいの。今日はわがままを言う日なんだから……っ」

 

 今度は彼女のほうから、少しだけ強引に唇を押し付けてきた。

 彼女の熱い吐息が流れ込み、部屋の温度が一段と上がったかのような錯覚を覚える。

 

 それから俺たちは、どちらからともなく再び横になり、抱き合ったまま眠りの淵を彷徨った。

 お腹が空けば、2人でキッチンに立ち、簡単なパンケーキを焼いた。

 みのりがメープルシロップをかけすぎて「あわわっ」と慌てるのを、俺が笑って手伝う。

 

 そんな、なんてことのない、けれどアイドルとしての彼女が1番求めていた「普通」の時間が、ゆっくりと過ぎていく。

 夕暮れ時。

 ようやく雨が上がり、雲の間から黄金色の夕陽が差し込んできた。

 

 オレンジ色の光が、ソファに並んで座る俺たちの姿を照らし出す。

 みのりは俺の膝の上に頭を乗せ、贅沢な膝枕の体勢で、俺が彼女の頭を撫でるのを心地よさそうに受け入れていた。

 

「……幸せだなぁ。……このまま時間が止まっちゃえばいいのに」

 

「明日からまた、忙しくなるんだろ?」

 

「うん。明日はダンスの自主練で、明後日は愛莉ちゃんとラジオの収録。その次は、いよいよ新曲のMV撮影なんだっ!」

 

 これからの予定を語るみのりの声には、朝の疲れ果てた様子は微塵もなかった。

 1日の「充電」を経て、彼女の中に再び、何万人ものファンに希望を届けるためのエネルギーが満ち溢れているのがわかる。

 

「……でもね。どんなに忙しくても、私、もう怖くないよ」

 

「どうして?」

 

「だって。……私には、帰ってくる場所があるから。……あなたが待っててくれるって、わかってるから」

 

 みのりは膝の上でくるりと体を反転させ、俺の腹部に顔を埋めた。

 

「……大好きだよ。……アイドルとしての私も、1人の女の子としての私も……全部、あなたにあげる」

 

「……ああ。全部、俺が守るよ。……みのり」

 

 俺は彼女の小さな体を、壊さないように、けれど片時も離さないように、強く抱きしめた。

 

 窓の外では、雨上がりの澄んだ空に1番星が輝き始めていた。

 明日、彼女は再び、たくさんの人々に笑顔を届ける「希望の象徴」として、眩い光の中に飛び込んでいくだろう。

 

 けれど、夜が来れば。

 彼女はまた、この小さな部屋で、俺だけの可愛い天使に戻るのだ。

 

 俺は、スースーと寝息を立て始めた愛おしい恋人の寝顔を見つめながら、彼女が再び羽ばたくその時まで、この穏やかな静寂を全力で守り抜くことを、改めて心に誓った。

 

「……おやすみ、みのり。……最高の、夢を」

 

 頬に落とした最後の1吻は、夜の帳に溶けて、2人だけの秘密の約束となった。

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