プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常   作:雨風 時雨

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【小豆沢こはね】第1話

 夜になって、街のにぎやかな音が遠くで響いてる時間。

 

 俺の部屋の明かりは、彼女をいつでも迎え入れられるよう、少しだけ暖色を強めた柔らかい光に設定してあった。

 

 カチャリ、と玄関の鍵が開く音がする。

 

「……ただいま、……あります」

 

 消え入りそうな、けれど鈴の音のように澄んだ声。

 リビングに入ってきた彼女――小豆沢こはねは、トレードマークであるパーカーのフードを深く被り、心なしか肩を小さく丸めていた。

 

「おかえり、こはね。今日もお疲れ様。……少し、顔色が悪いみたいだけど大丈夫か?」

 

 声をかけて近づくと、こはねはビクッと肩を震わせ、それから安心したようにふにゃりと眉を下げた。

 

「……あ、……あなた。えへへ、……ちょっとだけ、練習で熱くなりすぎちゃって……。……なんだか、急に寂しくなっちゃったんだ」

 

 彼女が身を置く『Vivid Street』は、実力主義の厳しい世界だ。

 杏ちゃん、彰人くん、冬弥くんという、とてつもない才能を持った仲間たちに囲まれ、彼女は常に自分を研ぎ澄ませ、背伸びをして戦い続けている。

 

 その緊張の糸が、俺の顔を見た瞬間に、ぷつりと切れてしまったのだろう。

 こはねは俺の胸元にトテトテと歩み寄ってくると、そのまま俺のシャツの裾を、小さな手できゅっと握りしめた。

 

「……あの、ね。……少しだけ、こうしててもいい……?」

 

 上目遣いで、潤んだ瞳が俺を見つめる。

 その可愛らしさに、断れるはずもない。俺は無言で頷くと、彼女の小さな体を包み込むように、ゆっくりと腕を回して抱き寄せた。

 

「ひゃっ……、……あ……、……あったかい……」

 

 パーカー越しでもわかるほど、こはねの体は少しだけ震えていた。

 冬の風に当たっていたせいか、それとも極限の集中から解き放たれた反動か。

 

 俺は彼女を安心させるように、その背中を大きく、ゆっくりとなぞるように撫でていく。

 

「……よし、よし。……もう大丈夫だぞ。ここは世界で一番安全な場所だからな」

 

「……うん。……あなたの匂い、……大好き。……落ち着くの」

 

 こはねは俺の胸に顔を埋め、深く、深く息を吐き出した。

 それだけで、彼女の中に溜まっていた緊張や不安が、雪解けのように溶け出していくのがわかった。

 

 10分ほど。

 俺たちは玄関に近い廊下で、ずっとそうして抱き合っていた。

 

 ようやく震えが止まったこはねを、俺はソファへと促す。

 

「立ち話もなんだし、座ろうか。温かいココアでも淹れてあげるから」

 

「……あ、……あの! ……ココアも嬉しいけど、……その前に、お願いがあるの」

 

 こはねは頬を林檎のように真っ赤に染めながら、ソファに座る俺の隣にぴたりと寄り添い、俺の腕を両手でぎゅっと抱きしめてきた。

 

「……このまま、……あなたが私の頭、……撫でててほしいな、……なんて」

 

 恥ずかしさのあまり、俯いてしまうこはね。

 俺は空いた方の手で、彼女の柔らかい、少し癖のある髪にそっと触れた。

 

 いつも結んでいるツインテールを解いてやると、ふわさらと銀茶色の髪が肩に広がる。

 

「……んぅ……。……あなたの手、……大きくて、……魔法の手みたい……」

 

 俺が指の腹で彼女の耳の裏や首筋を優しくなぞると、こはねは心地よさそうに目を細めた。

 まるで、信頼しきったハムスターが手のひらで丸くなっているような、そんな無防備な姿。

 

 ストリートでライオンのように吼える歌い手と、目の前でとろけそうになっているこの少女が同一人物だとは、到底信じられない。

 

「こはね、今日はずいぶん甘えん坊だな」

 

「……だって。……今日は、杏ちゃんたちにも、ファンのみんなにも、かっこいい私を見せるために、……すごく頑張ったんだもん。……だから、あなたの前では、……最高にかっこ悪い、……ただのこはねに戻りたかったの」

 

 こはねは俺の腕を抱く力を強め、すりすりと頬を擦り寄せてくる。

 

「……ねえ。……私、……ちゃんと、……あなたに相応しい女の子になれてるかな。……歌の練習ばっかりで、……あなたを放っておくことも多いし、……ドジばっかりだし……」

 

「何を言ってるんだ。君が頑張ってる姿は、誰よりも俺が一番近くで見てる。……そんな風に自分を卑下しないで。君は、俺にとって自慢の、世界でたった一人の恋人だよ」

 

 真剣にそう告げると、こはねの大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。

 悲しい涙ではない。自分の存在を全肯定されたことへの、安堵の涙。

 

「……あ、……う、うわぁぁ……んっ。……嬉しいよぉ……。……やっぱり、……あなたは、……私の最高の、……一番の理解者なんだね……っ」

 

 こはねは俺の首に腕を回すと、さらに強く、しがみつくように抱きついてきた。

 俺の肩が彼女の涙で濡れていく。

 

 けれど俺は、彼女が溜め込んできた想いをすべて吐き出させるように、ただ黙って、優しくその背中を叩き続けた。

 

 しばらくして。

 泣き疲れたのか、こはねは俺の腕の中で「ひっ、……ふぅ、……」と小さなしゃくりを上げながら、少し眠たそうな顔をしていた。

 

「落ち着いたか?」

 

「……うん。……えへへ、……格好悪いところ、見せちゃったね」

 

「そんなことないよ。……むしろ、そんな風に頼ってくれて、俺は嬉しい」

 

 俺はテーブルに置いてあったティッシュで、彼女の濡れた頬を優しく拭ってやる。

 こはねはされるがままになりながら、じーっと俺の顔を見つめていた。

 

「……ねえ。……ご褒美、……ほしいな」

 

「ご褒美?」

 

「……うん。……涙を拭いてくれた、……お礼」

 

 こはねは少しだけ顔を上げ、期待を込めた瞳で俺の唇を見つめた。

 普段は自分からこんなことを言うタイプではない。

 今日はやはり、よほど心が解放されているのだろう。

 

「……こっち向いて、こはね」

 

「……ん、……ぁ……」

 

 俺が彼女の顎に指をかけ、ゆっくりと顔を近づけると、こはねは長い睫毛を震わせながら、そっと目を閉じた。

 静かな部屋に、二人の重なる吐息だけが響く。

 

 触れるだけの、優しいキス。

 マシュマロのように柔らかい彼女の唇の感触。

 離れようとすると、こはねが俺のシャツをきゅっと掴み、離さないでという意思を示した。

 

「……んむ、……ぁ……ん……」

 

 2度、3度と角度を変えて唇を重ねる。

 次第にこはねの吐息が熱を帯びていき、喉の奥から甘い声が漏れる。

 

 キスを終えて顔を離すと、彼女の顔はゆで上がったように真っ赤で、瞳は熱っぽく潤んでいた。

 

「……ふぁ、……。……あ、……頭が、……真っ白になっちゃった……」

 

「これで元気出たか?」

 

「……元気、っていうより、……腰が抜けちゃいそうだよ。……あなた、……キスの仕方、……上手すぎるよぉ……」

 

 こはねは俺の胸元に顔を隠し、じたばたと足をバタつかせた。

 その仕草が可愛くて、俺は思わず声を立てて笑ってしまう。

 

「……あ、笑ったなー! ……もう、……だったら、……責任、取ってよね」

 

「責任?」

 

「……うん。……今夜は、……私が眠りにつくまで、……ずっと、抱きしめてて。……どこにも、……行かないで。……約束、……だよ?」

 

 こはねは俺の手を自分の両手で包み込み、指を絡ませて――恋人繋ぎの形にして、切実な願いを口にした。

 

「ああ、約束だ。……ずっと、そばにいるよ」

 

「……えへへ。……大好き。……私の、……大切な、……あなた……」

 

 こはねは俺の腕の中で満足げに微笑むと、今度こそ本当に、静かな眠りへと誘われていった。

 

 ストリートで見せる力強い歌声も素晴らしい。

 けれど、俺の前だけで見せてくれる、この弱くて、甘くて、愛おしい『小豆沢こはね』。

 

 彼女のすべてを、俺はこの先もずっと、一番近くで見守り続けていくんだ。

 俺は、穏やかな寝息を立て始めた彼女の額にそっと唇を落とし、夜が明けるまでその小さな温もりを抱きしめ続けた。

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