プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
駅前の喧騒を背に、俺たちはネオンの光が反射するビルの中へと滑り込んだ。
受付を済ませ、手渡された伝票を手に廊下を歩く。防音扉の向こうから漏れ聞こえる誰かの歌声が、非日常的な空間を演出していた。
「……えへへ。あなたと二人きりでカラオケなんて、なんだか少しだけ、特別な感じがしちゃうね」
隣を歩くこはねが、少し長めのパーカーの袖から指先だけを出し、はにかむように笑う。
いつもなら杏たちと共にストリートで堂々と歌い、何百人もの視線を釘付けにしている彼女。そんな彼女が、たった数平方メートルの個室に入るだけで、これほど初々しい反応を見せている。
案内されたのは、二人で座るには少し広すぎるほどのソファが置かれた、落ち着いた照明の個室だった。
重い防音扉を閉めた瞬間、外の喧騒は魔法のように消え去る。そこは世界から切り離された、二人だけの聖域へと変わった。
「こはね、何飲む? 温かい方がいいよね」
「……うん。ハチミツレモンにしようかな。喉に優しいし……あなたの隣で歌うから、一番いい声を出したいんだ」
こはねはソファの端にちょこんと座り、膝の上で手を揃えた。
注文を済ませ、ドリンクが届くまでの短い合間。モニターから流れる宣伝映像の音さえ遠くに感じるほど、俺たちの間には穏やかで、けれどどこか密やかな緊張感が漂っている。
「……本当に、二人きりなんだね」
「ああ。今日はこはねの歌を、俺が独り占めさせてもらうよ」
俺が隣に腰を下ろすと、こはねは嬉しそうに肩をすぼめ、トテトテと距離を詰めてきた。
彼女の肩が俺の腕に触れる。それだけで小さな体温が伝わってきて、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。
ドリンクが届き、一息ついたところで、こはねが端末を手に取った。
「……最初の曲、入れてもいいかな?」
「もちろん。こはねの好きな曲を歌って」
こはねが選んだのは、彼女たちがいつも歌うような激しいビートの曲ではない。しっとりとした、けれど真っ直ぐな想いが込められた珠玉のラブソングだった。
イントロが流れ始める。
こはねはマイクを両手でしっかりと握り、ゆっくりと立ち上がった。その瞬間、彼女を包む空気が劇的に変化する。
――いつもの、おどおどとしたハムスターのような彼女ではない。
――『歌い手』としての、伝説を超える覚悟を秘めた小豆沢こはねの姿だ。
彼女が唇を開き、最初の1節を紡ぎ出した瞬間、部屋中の空気がびりびりと物理的に震えた。
「…………っ」
透明感がありながらも、芯の通った力強い歌声。それは俺の心臓を直接掴み上げるような、圧倒的な熱量を持っていた。
歌詞の1つ1つが、まるでこはねの魂そのものであるかのように、真っ直ぐに俺の胸へと飛び込んでくる。
『君に出会えたことが、私の人生の奇跡』
『不器用な私を、そのままの私を愛してくれて、ありがとう』
こはねは、決して視線を逸らさなかった。モニターの歌詞を見ることもせず、ただ真っ直ぐに俺の瞳をじっと見つめながら、その声を震わせる。
彼女の大きな瞳が、潤んだ光を湛えながら俺だけを射抜いていた。
普段の彼女なら、恥ずかしくて口に出せないような愛の言葉。けれど歌に乗せれば、彼女は誰よりも大胆に、誰よりも情熱的に伝えることができる。
俺は彼女の凄まじい才能と、その奥にある「俺への想い」の深さに、呼吸を忘れるほど圧倒されていた。
やがて曲が終わりを迎え、最後の一音が静寂の中に溶けていく。こはねは肩で少し息をしながら、マイクを下ろした。
「…………どう、かな? ……あなたのために、心を込めて歌ったんだけど」
歌い終えた後の、少し上気した頬。その瞳にはまだ歌の余韻と、隠しきれない愛情が熱を持って宿っている。
「……凄かった。……言葉にできないくらい、本当に。……こんなに近くで、俺のためだけに歌ってくれるなんて。……俺は、世界一の幸せ者だよ」
「……よかったぁ。……あのね、この曲を聴いた時から、ずっと……あなたに聴かせたいって思ってたの。……私の……今の本当の気持ちだから」
こはねはマイクを置くと、ふらふらとした足取りで俺の元へと歩み寄ってきた。そして当たり前のように、俺の隣にぴたりと隙間なく体を寄せる。
「……ねえ。……私……あなたのこと……独り占めしたくなっちゃった」
密着した太ももから、彼女の熱い体温が伝わってくる。こはねは俺の腕に自分の腕を絡め、甘えるように頭を俺の肩に預けてきた。
さっきまでの凛とした『歌い手』の姿はどこへやら、今はただの、恋人に構ってほしい1人の女の子に戻っている。
「……ステージで歌ってる時は、みんなに希望を届けたいって思ってるよ。……でもね……歌い終わって、普通のこはねに戻った時は……あなただけに、見てほしいの。……あなただけに、触れてほしいの」
こはねは俺の手を自分の両手で包み込み、指を1本ずつ絡ませるようにして、ゆっくりと握りしめた。指先から伝わる、彼女の柔らかな肌の感触。
「……わがまま……かな?」
「そんなことないよ。……俺だって、こはねのことは誰にも渡したくない。……ずっとこうして、俺だけの君でいてほしいって思ってる」
「……えへへ。……お揃いだね……あなた」
こはねは俺の肩に顔をぐりぐりと押し付け、満足げな吐息を漏らした。
部屋のBGMはいつの間にか止まっていて、密閉された個室には、俺たちの重なり合う鼓動と静かな呼吸音だけが響いている。
ふと、こはねが顔を上げ、至近距離で俺を見つめてきた。その瞳は、とろりと溶けそうなほど熱っぽく潤んでいる。
「……歌ったら……なんだか……もっと……あなたに触れたくなっちゃった。……胸の奥が、ぎゅーってして……熱いの」
彼女の指先が、俺の頬をそっと撫でる。震えているけれど、確かな愛情を宿した指だった。
「……ねえ。……して? ……今日のご褒美。……一生懸命歌った私に……あなたからの、ご褒美……」
こはねが少しだけ背伸びをして、唇を近づけてくる。俺は彼女の細い腰を優しく引き寄せ、その小さな体を腕の中に閉じ込めながら、ゆっくりと唇を重ねた。
「……んっ……あ……ぁ……」
マシュマロのように柔らかい、彼女の唇の感触。一度触れると、もう離れることなんてできなかった。
こはねの甘い吐息が流れ込み、脳が蕩けていくような多幸感に襲われる。彼女は俺の首に腕を回し、自分からも応えるように一生懸命に唇を動かし、俺の愛を確かめるようにしがみついてきた。
営みのような激しさはない。ただ、お互いの存在が愛おしくてたまらないという純粋な気持ちが、唇を通じて溶け合っていく。
何度も、何度も、角度を変えて重なり合う。こはねは俺の背中の服をきゅっと掴み、俺の愛を全身で受け止めているようだった。
「……ん、……ふぁ……あなた……大好きだよ……本当に……大好き……」
キスを交わしながら、こはねが掠れた声で愛を囁く。その言葉を聞くたびに、俺の胸の中は溢れんばかりの幸福感で満たされていった。
やがて名残惜しく唇を離すと、こはねは肩で小さく息をしながら、俺の胸元に顔を隠してしまった。彼女の耳の先まで真っ赤に染まっているのが見える。
「……ふぇぇ……。……なんだか……歌うよりも……心臓がドキドキしすぎて……壊れちゃいそうだよ……」
「俺もだよ。……こはねがこんなに可愛いから、抱きしめる力が強くなっちゃう」
「……いいよ。……きつく……もっときつく、抱きしめて。……あなたの腕の中で……ずっと……溶けていたいもん」
こはねは俺の胸板に顔を擦り付け、幸せを噛みしめるように目を閉じた。俺は彼女の頭をそっと撫で、その柔らかい髪に指を通す。
「歌、本当にありがとう。こはねの歌声のおかげで、明日からまた頑張れそうだよ」
「……うん。……私の歌が、あなたの力になれるなら……私、何回だって……あなたのためだけに歌うからね」
こはねは顔を上げると、今度は最高に可愛らしい、満面の笑みを向けた。
「……ねえ、あなた。……もうちょっとだけ、このままでもいい? ……まだ、あなたの温もりが、足りないの……」
「もちろん。時間はまだたっぷりあるから。……今日は、こはねがもういいって言うまで、ずっとこうしていよう」
「……ふふ。……『もういい』なんて、一生言わないんだから。……覚悟しててね?」
こはねは茶目っ気たっぷりにウインクをすると、今度は俺の膝の上に自分の足を乗せて、よりリラックスした体勢で甘えてきた。
狭い個室、オレンジ色の照明。外の世界では、彼女は数えきれない人を魅了する歌姫だ。
けれど、この空間にいるのは、俺の愛を求めて、俺を全身で愛してくれる、世界で一番可愛い恋人。
俺たちはそれから、次の曲を入れることもなく、ただお互いの存在を確かめ合うように寄り添い続けた。
こはねの奏でる静かな呼吸音が、俺にとっては、何よりも素晴らしい世界一の癒やしの調べだった。
夜が更けても、俺たちの甘い時間は、終わりのない旋律のようにどこまでも続いていく。
俺は、俺だけのために歌ってくれた愛おしい少女を、その心に一点の曇りも残らないほどの特大の愛情で、1晩中甘やかし続けた。
え?明日から仕事???