プロセカの女の子たちと、ひたすら甘やかして甘やかされて溶かされる日常 作:雨風 時雨
カラオケボックスを出ると、外の空気はいつの間にか心地よく冷えていた。
ネオンの光が路面を彩る夜の街。けれど、個室という密閉された空間で熱を帯びていた俺たちにとっては、この夜風さえも甘い余韻を運んでくる贅沢なエッセンスに感じられた。
「……ふふ。なんだか、まだ耳の奥でさっきの音楽が鳴ってるみたい」
隣を歩くこはねが、俺の腕に自分の腕をしっかりと絡ませながら、楽しそうに笑う。
街灯の光に照らされた彼女の横顔は、歌い終えた後の充足感と、俺と一緒にいる幸福感で、これ以上ないほど輝いていた。
俺は、彼女の小さな手を優しく握り直す。
指と指を深く絡める恋人繋ぎ。彼女の柔らかい手のひらから伝わってくる脈動が、俺の心臓のリズムと不思議なほどシンクロしていくのが伝わってきた。
「こはね、寒くないか? 風が少し強くなってきたけど」
「……ううん。あなたの隣にいるから、全然寒くないよ。むしろ……胸の奥がまだポカポカしてて、丁度いいくらい」
こはねは俺の肩に頭を預け、一歩一歩、夜道を慈しむように歩く。
人通りが少なくなった路地裏に響くのは、俺たちの足音と、時折聞こえるこはねの小さな鼻歌。
それはさっき彼女が俺のために歌ってくれたラブソングのフレーズで、その一音一音が俺の胸を甘く締め付けた。
「……ねえ。……私ね、今日のこと、一生忘れないと思う。……あなたに、あんなに近くで聴いてもらえて、あんなにたくさん……甘やかしてもらえて。……私、今ならどこまででも飛んでいけそうな気がするんだ」
「こはねなら、どこへだって行けるよ。……でも、飛んでいっても、必ず俺のところに帰ってきてね」
「……当たり前だよ! ……どこにいたって、誰といたって、私の帰る場所は……あなたの腕の中だけなんだから」
こはねは立ち止まると、俺を正面から見据え、その大きな瞳を真っ直ぐに俺の瞳へとぶつけてきた。
嘘偽りのない、ダイヤモンドよりも硬く、真綿のように優しい決意の眼差し。
俺はその想いに応えるように、彼女の額にそっと唇を落とした。
――家に着き、玄関の扉を閉めた瞬間、再び二人だけの静寂が訪れる。
外の喧騒も、冷たい風も、すべては扉の向こう側。
ここにあるのは、暖色の照明に照らされた、俺たちのための穏やかな空間だ。
「……ふぅ。……帰ってきちゃったね」
「ああ。……でも、今日はまだ終わらないだろ?」
「……うん。……今日は、明日が来るまでずっと……あなたのそばにいたいな」
こはねはパーカーを脱ぐと、俺のシャツの裾を掴んでトテトテとリビングへついてくる。
俺がソファに腰を下ろすと、彼女は当たり前のように俺の足の間に潜り込み、俺の膝を背もたれにしてちょこんと座り込んだ。
俺が彼女の肩に腕を回すと、こはねは満足げに「んふふ」とはにかみ、俺の手を自分の頬に寄せた。
「……あなたの手、……やっぱり一番落ち着く。……今日一日、ずっとあなたの温もりを感じてたのに、……それでもまだ、足りないみたい」
「俺もだよ。……君がこんなに可愛いから、どれだけ触れていても満たされることがないんだ」
俺は彼女の柔らかな髪を指で梳き、首筋や耳の裏を優しくなぞる。
こはねは猫のように目を細め、心地よさそうに喉を鳴らした。
「……ねえ。……私ね、……杏ちゃんや彰人くん、冬弥くんと一緒に『RAD WEEKEND』を超えるって決めた時、……すごく怖かったの。……私なんかが、そんな凄い目標を目指していいのかなって」
「……でもね、……あなたが初めて私の歌を褒めてくれた時、……ああ、私は歌ってもいいんだ、って……心の底から思えたの」
こはねは俺の手を自分の胸元――鼓動の鳴る位置へと持っていった。
トクトクと、速く、けれど力強く刻まれる彼女の生命の鼓動。
「……私の歌の半分は、……あなたの愛でできてるんだよ。……あなたがいてくれるから、私の声は……誰かに届く力を持てるの。……だから、……あなたが聴いてくれないと、私は歌えなくなっちゃうかもしれない」
「……そんなこと言われたら、もう一生離れられないじゃないか」
「……離さないで。……もし、あなたが私を離そうとしても、……私は絶対に、……泣きながらでもしがみついてやるんだから……」
茶目っ気たっぷりに、けれど半分は本気で言うこはね。
俺は愛おしさが限界を迎え、彼女を後ろからぎゅっと、壊さないように、けれど力強く抱きしめた。
「……っ。……あ……、……嬉しい、……もっと、……もっときつくして……」
こはねは俺の腕に自分の手を重ね、全身を俺に預ける。
お互いの心臓の音が、背中と胸を通じて重なり合う。
もはやどちらがどちらの鼓動なのかもわからなくなるほど、俺たちは深く、密に、ひとつに溶け合っていた。
夜が更けるにつれ、部屋の空気はさらに穏やかに、そして甘く沈殿していく。
俺たちはテレビをつけることもなく、音楽を流すこともなく、ただお互いの存在を感じながら、断続的に言葉を交わした。
「……ねえ。……私、……あなたの前だと、……どんどんダメな子になっちゃう気がする」
「どうして?」
「……だって。……一人で何でも頑張らなきゃって思ってたのに、……あなたの前に来ると、……歩くのも、……ご飯を食べるのも、……全部あなたに甘えたくなっちゃうんだもん」
こはねは俺の膝の上でくるりと反転し、俺の首に腕を回して抱きついてきた。
そのまま、彼女は俺の太ももに跨るような形で、至近距離で見つめ合ってくる。
「……今もね。……このまま、……あなたが私を眠らせてくれないかな、……なんて。……子供みたいだよね、……えへへ」
「いいよ。……今日は朝まで、君が望む通りにしてあげる」
「……じゃあ、……おまじない、……して?」
こはねが潤んだ瞳を閉じ、少しだけ顎を上げた。
俺は彼女の柔らかい頬を両手で包み込み、まずはその愛らしい瞼に、次に鼻筋に、そして最後にはにかむ唇に、羽毛が触れるような優しいキスを何度も落とした。
「……んっ、……あ、……ふふ、……くすぐったいよぉ……」
「おまじないだ。……これでこはねは、明日世界で一番幸せな女の子として目覚めるよ」
「……もう、……世界で一番幸せだよ。……だって、……大好きなあなたの腕の中にいるんだもん……」
こはねは俺の肩に顔を埋め、深いため息を吐いた。
その呼吸は次第に深く、一定のリズムになっていく。
極限まで張り詰めていた緊張と、一日中感じていた幸福感に包まれて、彼女の意識はゆっくりと微睡みの海へと沈み始めていた。
俺は彼女を抱えたままゆっくりと立ち上がり、寝室へと向かった。
シーツの上に彼女をそっと降ろし、俺もその隣に横たわる。
こはねは眠りにつきそうになりながらも、探るように俺の手を探し、指を絡めてきた。
「……どこ、……行かないで、ね……?」
「ああ。ずっと隣にいるよ。……おやすみ、こはね」
俺が彼女の頭を撫で続けると、こはねは「……ふふ、……だい、……すき……」という掠れた声を最後に、穏やかな寝息を立て始めた。
窓の外では、夜のしじまが世界を優しく包み込んでいる。
隣で眠る彼女の寝顔は、ストリートで見せる凛々しさとは無縁の、ただただ純粋で、無防備な天使のようだった。
時折、夢の中で何かを掴もうとするようにピクピクと動く彼女の指先を、俺は優しく握り締めてやる。
彼女は明日、また『小豆沢こはね』として、厳しいストリートの世界へと戻っていくだろう。
その歌声で人々を魅了し、伝説の夜を超えるために戦い続けるはずだ。
けれど、どれだけ彼女が有名になっても、どれだけ遠い場所へ行っても。
夜が来れば、彼女はこの場所で、俺だけの小さな小鳥に戻って羽を休めるのだ。
俺はその事実を噛み締めながら、彼女の愛おしい温もりを片時も離さないように、夜が明けるまでその身を抱きしめ続けた。
二人を包む空気は、どこまでも甘く、どこまでも深い。
この穏やかな夜の時間が、永遠に続けばいいのに。
そんなことを願いながら、俺もまた、最愛の恋人が奏でる静かな寝息を子守唄にして、心地よい眠りへと落ちていった。