ちょっと知恵を借りたいわ
休日ってどう過ごせばいいのかなって……
さっき休めって言われちゃって
どうしてたの?
モモトークを見て少し心配になった私は、合間を見て便利屋68の事務所を訪れた。
これまでは様々な事情から所在地を転々と変えていたが、ベルが来てからは安定して家賃を支払い、報復のために留守を狙った者達もベルが返り討ちにしているらしく、今のところは同じ場所に事務所がある。
確かに堅調そうだなぁと思いながら事務所に入ると―――
「うーん……趣味、趣味ねぇ……お金を掛けるのは良くないし……」
ソファに座り、スマホを片手に考え事をしているベルの姿が目に入った。
"こんにちは、ベル"
「あら先生、いらっしゃい。今、お茶を用意するわ」
私が入ってきたのに気付いたベルはそう言って立ち上がり、キッチンへと向かった。
止める間も無かったが断るほどでもないため厚意に甘えることにし、私はいつぞやのように彼女の対面の席に腰掛ける。
アル達が居ないのは依頼のためかと思ったが、オペレーターとして参加できるようになった彼女が暇を持て余している様子から察するに、彼女に気を遣って外に出ているのかもしれない。
少しして2人分のお茶をお盆に載せて戻ってきた彼女は、互いの席の前に湯飲みを置いて、ソファに腰掛けた。
「それで、どうしたの? 少し前にも様子を見に来たばかりだったけれど」
"今日は君のことでね。休みの日に何をするか悩んでるようだったから"
アルなら経営の勉強が趣味なのでそれに時間を費やすだろうけど、ベルは彼女と違い、役割として必要だから設立した便利屋を大きくしたいという上昇志向は無かったのだろう。
キヴォトスの未来を想い奔走したが故の悩み、それも『生徒』らしいそれとなれば力になれると思い、私は一も二もなく駆け付けた次第だった。
それに趣味はささくれた心を落ち着けてくれるものだ。
彼女にはそれがあった方がいい。
その思いの籠った用件を端的に告げると、少しバツが悪そうな顔で彼女は笑った。
「わざわざ先生が動くほどの事じゃないわよ。無趣味なんてザラでしょうし」
"まあ、趣味が無いから探してる子はちょくちょくいるね"
脳裏に、糸目の正義実現委員会の子や、ピースピースとやや無表情でダブルピースをする天然メイドの子などを思い浮かべる。それぞれ趣味探しのために相談に乗ったり手伝いをした事がある子達だった。
"そういった子達の手伝いをした事もあるから、力になれるかもと思ってね"
「それで来たの? あなたも忙しいでしょう」
"生徒のためならこれくらいはね"
そう返すと、ベルは呆れた目を向けてきた。
「またそんなこと言って……忘れたの? この前の買い物の後に泣きを見る事になったでしょう」
"うっ"
その指摘に、私は投げ出した仕事が追加分と一緒に襲い掛かってきた時の絶望感を思い出し、思わず顔が引き攣った。その時はそれを察した彼女に翌日、当番でないのに手伝ってもらったのだ。
そんな私に、はぁ、とベルが溜息を吐く。
「取りこぼさないよう努めることは美徳だけど、欠点でもあるわ。まず自分の事を満足に出来るようになってからにしてちょうだい」
"はい……"
しょんぼりと肩を落としながら頷く。
おかしいな、ベルの力になろうと思って来たらお説教が始まっちゃった。まあ大体はユウカやアコ達にも言われてる事なので、ベルがそれだけしっかりしてるという証左とも考えられるのだけど。
大人としては情けなさが勝る……
「まぁ……あなたにモモトークで相談した時点で、私がこんな説教をする資格は無いのでしょうけどね」
そこで、ふ、とベルは笑みを浮かべた。
苦笑にも、自嘲にも見えるそれを浮かべながら、私を見つめる。
「それでも……あなたは、背負い過ぎる。それは覚えておいて欲しいわ」
"……うん。気を付けるよ"
静かなお願いに、私も同様に応えた。
暫くの間、互いに黙ってお茶を啜る時間が過ぎる。ベルを見れば、少しバツが悪そうに視線を逸らしていた。
実際私がここに来たのも、彼女のモモトークを受けたから。
その上で説教をしたのは……と思っているのかもしれない。
私は気にしないのだけどね……
"えーっと……それで、ベル? 趣味を探してるようだったけど、良さそうなのは見つかったのかい?"
ショッピングモールの時のように、空気を変えるべく話題を振ると、彼女も少しホッとした面持ちでこちらに視線を合わせてきた。
「それが、特には……私の場合あまり時間に拘束されるものはダメだし、お金を掛けるのは財務管理をしてる立場上よろしくないし」
"そっかぁ……"
彼女は最近やり始めた便利屋でのオペレーター業務に加え、『外』に出て並行世界のキヴォトスにいる地下生活者や無名の司祭の殲滅を続けている。その両方を疎かには出来ない。
お金を使うのも立場上憚られるのは分かる。
プライベートでまで気にしなくていいのでは? とは思うけど、性格上許せないのだろう。
"じゃあ普段やっていて苦じゃない事を趣味にするのは?"
「普段やっていて、苦じゃない……例えば?」
"料理に凝るとかはどう? 家庭的なのとか、お菓子作りとか。アル達に振る舞うなら還元できるし、普段も家事を担当してるならその延長線上で出来ると思うよ"
思い浮かべるのはゲヘナ給食部の愛清フウカと、トリニティティーパーティーのホスト代行の桐藤ナギサ。
前者は毎日4000人の昼食を作るという殺人的な業務をこなす事になって尚、好きだからと料理を続けている心の強い子だ。時間さえかければ栄養バランス等も考えた家庭料理を作れる。
こちらは実利を伴う意味での趣味。
後者はトリニティの現トップとして日々忙しいながらもロールケーキを作ることも欠かさずしている子で、更にはガーデニングも趣味としてやっているという。忙しい中でもそれらを続けられる多趣味さは参考になる筈だ。
こちらは仕事とは別ベクトルでの趣味。
その二つが参考になるのではと思い提案すると、一考の余地ありと見たか、ふむとベルが考え込んだ。
「なるほど……家庭料理やお菓子か……」
"どうかな?"
「そうね……専用の機材が必要なのは省いても、簡単なものならお菓子も作れる。小腹が空いた時用に持たせれば買い食いも少なくできそうだし、材料は主食に回せるものもある。結果的に節約になりそうだわ」
"あ、そこに行きつくんだね……"
「当たり前よ。お金は有限、効率的に運用しなくちゃ勿体ないわ」
節約術というのか、ベルの思考はそこに帰結するようだった。
そういえば以前の買い物でも便利屋の安定、ひいては社員の生活を重視していたようだし、そこは根っからの性分になってしまっているのかもしれない。
自由を愛するアウトローを目指す少女が未来の知識に縛られて自由を失った姿と考えると、少々物悲しさを覚えるが……
私はそれが顔に出ないよう努めた。
「それに、元々簡単なお菓子は作ってたから心理的にもハードルが低いわ」
"え、そうなの? ちょっと意外……"
「お得意様とのやり取りで活かせるからね。差し入れを頂く事もあったから、お返しにってしてたのよ。そうすると結構贔屓にしてもらえるの。善人からも、悪人からもね」
"悪人からも……"
それはどうなんだろう、と思った私の思考を見透かしたのか、ベルはふふ、と微笑んだ。
「悪人とはいえ、同じ人。優しくされれば絆される。そこに付け込んで関係を持つのよ。まあ真正のマフィアや犯罪集団といった悪人には大半おべっかと受け取られるから実績で売り込む方が確実だけどね」
"おお……"
薄い微笑みと共に、ベルはやや寂寥感を滲ませながらそう言った。
その姿からはアルが普段目指しているだろうアウトローのオーラが放たれているように見える。
なにやら実感が籠っているように感じるが、彼女もオペラ関連での騒動は経験しているのかもしれない。あそこでアル達はサオリと面識を持ったし、そのサオリが相手のマフィアの護衛に付いていたから。
"そう考えると……私も付け込まれた方なのかな?"
「あなたは悪人じゃないし、付け込む前にあなたの方から踏み込んできてるわよ」
呆れたように言い捨てられた。
良い事なんだろうか、これは。
「……だからまあ、あなたの案、やってみるわ。お菓子が出来たらあなたにも分けてあげるわね」
"ほんとに? 楽しみにしてるね"
「ええ。ムツキ達もよくねだってきた腕を見せてあげるわ。まあ久しぶり過ぎて錆付いてるでしょうから、まずは鍛え直さないとだけどね」
どうやら私の案は採用されたらしい。
ふふ、と笑ったベルを見ながら、心穏やかな時間が増える事を私は喜んだのだった。