ブラックマーケットにいるけど……
ブラックマーケットにて詐欺や危険物取引の横行が頻発しているらしく、私はヴァルキューレの生徒と一緒に、現場の摘発に赴いていた。
その最中に端末が震えたため確認すると、ベルから慌てたようなメッセージが。
一体何だろうと返信するが、すぐにこちらに来る旨を最後に反応が途絶えた。
「―――見つけたわ」
直後、背後から声が。
驚いて振り返れば、やや険しい面持ちのベルが私達の背後に立っていた。
"ベル? いつの間に……それにどうしてここに?"
「話は後。先生、こっちに」
取るものも取りあえず駆けつけてきた彼女は、問いを無視して私の腕を掴み、庇うように自身の体を前に出した。女性にしては大きなその体が相対するのは、一緒に歩いていたヴァルキューレの生徒。
「あの、どなたか知りませんけど、困ります。先生と一緒に現場の摘発に動いてるんですから」
ヴァルキューレ公安局の制服を着たやや小柄な子は、高い位置から自身を見下ろすベルを見上げながらそう言った。
眉をハの字に寄せ、手に提げたライオットシールドとショットガンを手持無沙汰に揺らす。
その少女に、ベルがふん、と鼻を鳴らした。
「生憎、情報は掴んでいるのよ」
"ベル? 情報って……"
「先生は誘い込まれたのよ。尾刃カンナ局長に連絡してみなさい。今日この日時に摘発に動く指示は出していないって、そう言われる筈よ」
"何だって?"
私は素っ頓狂な声で疑問を呈した。
今日、いきなりの事ではあったがヴァルキューレの生徒―――つまり今一緒にいた子からの協力要請があり、一緒に行動していた。局長は大捕り物の指揮のため別所にいるので、現場までは自分が案内しますと。
私は普段生徒の自主性を尊重し、私は指揮や事後処理で役立てる時にだけ力を貸す方針を取っている。
だから今回のような協力要請は少なくなかったし、電話で依頼を受ける事もあった。
―――けれど、それが誘い込みだったのだとすれば。
"じゃあ……君は、いったい……?"
「…………」
一緒に居た少女は答えない。けれどその顔には、失敗を悟った子特有の色が浮かんでいた。
次いで、苛立ちも浮かぶ。
「チッ、よくも―――」
そして強硬策に出てきた。ヴァルキューレの盾を翳して身を守りながら、手にしたショットガンを突き出す。
―――が、そこでベルも動いていた。
ハルカを思わせるような行動の早さで少女へ距離を詰めた彼女は、左手が銃口をガッ! と掴み、上に向けながら握り潰し、さらに飴細工のように捻じり、歪ませた。右手はライオットシールドの端を握り、それも握り砕く。
「なっ……銃と盾を、素手で握り潰したっ!?」
少女はそれを理解し切れなかったようで、さっきの私のように素っ頓狂な声を上げていた。
間を置かず、ショットガンが暴発した事が、ベルの背中越しから分かった。少女は染みついた動作をそのまま実行してしまったらしい。
少女の驚きと悲鳴、そして呻き声が聞こえてきた。
それを見下ろすベルは、握りしめていた両手を開いた。ぐにゃりと曲げられた銃身が音を立てて落とされ、盾の破片がパラパラと舞い落ちる。
それを見て、尻餅をついていた少女が顔を上げ……
「ひっ……!?」
背中越しなので今のベルがどんな顔をしているのか私には見えないが、少女はあまりの恐ろしさ故か、か細い悲鳴と共に後ろに
ベルはその少女を逃がさないとばかりにむんずと襟首を掴み、右肩に担ぎ上げた。
それからこちらに振り返る。
表情は険しいが……恐れるほどでは、無い気もした。
「先生、さっさとここを抜けるわよ」
"あ、うん"
どうやら本当に騙されていたようなので、それを察知して来てくれたベルの提案には素直に頷き、私はベルに護衛されながらブラックマーケットを脱出した。
そのあと、変装していた少女を私達はヴァルキューレへ連行。
少女は無学籍のブラックマーケットの犯罪グループに雇われた傭兵だった。ベルが言うように、私を誘き出すための変装をしていたらしい。
私が聞かされた詐欺、危険物取引に関しては事実らしく、それをヴァルキューレが危険視し、捕り物のために動いている事もまた事実だった。
つまり内部情報が流出している。
装備含めてそれをしている者の摘発も必要だと、やり取りをしてくれた本物のヴァルキューレの生徒が頭を抱えていた。
後に私にも本当の協力要請が来るかもしれない。気休めになるかは分からないが、それも受け入れる事を伝え、私達は公安局を後にした。
「ブラックマーケットなんて四方が敵だらけの場所に行くなら、せめて顔馴染みの生徒を数人動員しなさい。武力担当の当番枠が何のためにあると思っているの?」
"はい……ごめんなさい……"
「シャーレが来る者拒まずなのはいいけど、あなたが出張る時は最低限の信用や身元照会くらいはするべきだわ。それだけで今回は防げたから」
"はい……"
そして私は、シャーレの帰路も護衛してくれるベルからお説教をされていた。
本当に反論の余地もないので私は平謝りするしかない。
今日は武力担当、書類業務との兼任担当当番が居なかったし、ヴァルキューレとの合同なら大丈夫だろうと思っていたのだけど……
あまりにも油断していた。
"うーん……無学籍の子達も来れるようにしてるんだけど、ダメなのかなぁ……"
今回の件は私のスタンスによる隙を狙われた形だ。
無学籍、学籍持ち問わずでシャーレに招き、また私も動いているからこそ使われた誘き寄せ。それを防ぐとなると、身元を証明できる学籍持ちにだけ絞るべきなのだろうか。
そう悩んでいると、ベルは首を横に振った。
「無学籍だからダメなのではなくて、相手が何者か分かってない点が問題なのよ。少なくとも今回はヴァルキューレの学籍情報に照会すれば防げたわよね?」
"……あ、詐称を見抜けって事ね"
「そうよ。勿論学籍情報の取引、ハッキング等のリスクがある以上、100%防げる訳ではないけど、そこはあなたが直に信頼する生徒を複数引き連れれば有事に際して何とかなるわ。それにたとえ無学籍だとしても、あなたが信用を置き、かつ多くの生徒も知っている子なら誰も何も言わないでしょう」
"なるほど……"
言われてみれば、ジャブジャブヘルメット団のリーダーである河駒風ラブは無学籍だけど、ちょくちょくシャーレに来ては当番として仕事を手伝ってくれる。
それを誰かに咎められた事は無い。
最初はカタカタヘルメット団に学校を襲われていたアビドスの子達を始め少なくない人数が「ヘルメット団か」と渋い顔をしたが、今ではラブの
最長の所属歴のトリニティ自警団の守月スズミ、自警団のスーパースターを自称する元気っ子の宇沢レイサとの交流もあり、親し気な様子もあるだろう。
"その無学籍の子を私だけが信用していたら騙されているかもと疑われるけど、みんなからも信用されていれば問題ない……という事だね"
「そうね。まあ学籍持ちに関しても同じことが言えるから……結局のところ、身元照会とシャーレとの交流の有無が鍵になるでしょうね」
"そっかぁ。ちょっとそのへん見直さないとだね"
「非常対策委員会の一件も引き合いに出せば連邦生徒会も本腰を入れて協力してくれるんじゃないかしら」
"ははは……かも、しれないね……"
私が誘拐されたため大変な事になった一件を引き合いに出され、私は苦笑した。
実現可能性の観点から言えば議論の材料として確かに強いのだけど、あまりに直截的なのもどうかと思う。
ベルからすれば、こういった事の積み重ねで命を落としかねないと見ているだろうから、やや強硬的な態度になるのも理解できるのだけど。
"そういえば……今回、ベルはどうして駆け付けられたの? 事前に何か掴んでる様子だったけど"
反省と改善策も見出せただろうと思った私は、そろそろお説教から解放されたい気持ちもあり、話題を変えるためにそう水を向けた。
そんな私を半目で見たベルは、少ししてからため息とともに苦笑した。
どうやら今回はこれで許してくれるらしい。
「ブラックマーケットを中心に集めていた情報で引っかかったからよ、先生を誘き出して人質にするという作戦がね。しかもその先生が既に来てるって話もあったから急いだの」
"なるほど……すごいね。結構秘匿されてるものだったんじゃない? よく掴めたね、そんな情報"
「まあね。昔取った杵柄よ」
ふふ、と微笑むベルに、私は苦笑を浮かべた。
そういう深い部分の情報まで手に入れられるほど、裏の界隈で信用を得たという事。
それはつまり、この世界での暮らしがしっかり根ざされているという事なのだけど……
便利屋副社長という組織としてか、陸八魔ベルという個人としてかは分からないが、先生としては、あまり危険な事をして欲しくない気持ちだった。
「といっても、カヨコから習った事でしかないけれどね」
"カヨコから……?"
「あの子は情報収集に関しては便利屋随一だったからね。依頼に騙されないようにとか、情報に騙されないようにとか、色々教えてもらったわ」
懐かしそうに微笑みながら言うベルは、それから「ああそうだ」と、何かを思い出したような声を上げた。
何だろうと思っていると、羽織っているコートの内ポケットから一つの包みを取り出す。
そして、それを、どこかいたずらめいた――一瞬、ムツキが重なって見えたような――笑みで差し出される。
「これ、以前言っていたお菓子よ。甘さ控えめのチョコレートクッキーだからコーヒーや紅茶と一緒に食べてちょうだい」
"ああ、前に言っていた……綺麗に包装されてるね"
「そりゃあ経営顧問様用だもの。取引相手に渡すものとは込めた気合が違うわ」
"そっか。あとで有難くいただくね"
「ええ。良ければ感想も聞かせてちょうだいね」
そこで、シャーレに到着。
護衛のお礼を告げると、彼女はまた笑って手を振り、歩き去っていった。
まあそれならよかったわ
それを味わえなかったんだから
本当に気を付けてちょうだい
振る舞わせてね