陸八魔アルに転生しました   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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しかも日間ランキングの上の方をウロウロしてる……
うれしいけどこわい
こわいけどうれしい
ん、モチベがもりもり湧いた(2回目)
ありがとうございます。本当に励みになります

ミニストーリー更新頻度も高くて嬉しいですね
「一人では咲かない雑草」……ハルカでしょうか
供給嬉しいです


今話は先生視点のみ
時系列的には前話の翌日の夜です
長めな上にシリアス。ベルが途中ちょっと吐き出しますが、アル達に出したのとはまた別のものになります。ご容赦ください




嚮導者(プレナパテス)の奇跡を辿って/嚮導者(ベル)の軌跡を辿って

 

 

 今日も今日とて仕事三昧の一日だった。

 

 多くの生徒とも交流をしたけど、それに比例するかのように書類仕事も増える。銃撃戦をすれば経費や報告書が必要だ。助けを求める子達に応じ、問題を解決しても同じ。

 自分が動けば動くほどに仕事が増えると考えると、ちょっと動きたくなくなる。

 無論子供達の助けを求める声に応じないなんて選択肢は無いのだけど。

 

"うぅ……全部電子になってくれれば楽なのに……"

 

 手書きでサインしたりハンコを押したりしながら嘆きを呟く。

 全て電子書類になってくれれば、ミレニアムのフルダイブ機器を使って電子世界で処理が出来る。座り仕事で全身バキバキになったり目が痛くなったりもせず仕事が出来るのだ。

 是非ともそうなってほしいのだけど……

 それだけ技術が発展していればハッカーの方も凄いわけで。

 電子的な妨害だとか工作だとかでデータが吹っ飛んだら大問題。そのリスク管理も兼ねて紙の書類を使い続けていると言われれば嫌だとは言えない。

 銃撃戦や爆発が茶飯事のキヴォトスでは争いによって停電になる事も少なくないし。

 そんな様々な理由から紙の書類は堆く積まれるくらい需要が確かにあるようだった。

 

 窓の外はもうとっぷりと夜が更けている。

 

 れっきとした残業。

 以前ほど遅くないし切羽詰まってないとはいえ、これは良くない。

 

"ベルに知られたらまた迷惑掛けちゃう……"

 

 定期的に来ては自主的に手伝って、残業を早く終わらせてくれる彼女には世話になりっぱなしだ。当番にも頻繁に来てくれるのもあって最近手を借りがちである。

 嚮導者の特性の事があるから矢面に立たなくていいようにはしているけど……

 彼女はなぜか兼任当番で応募してくるのである。

 なんで書類専任じゃないのだろうか。

 そんな疑問を浮かべながら手を動かしていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。そちらに顔を向ければ―――ちょうど思考に上がっていた人物が、顔を見せた。

 

「こんばんは、先生。相変わらずのようね」

"ベル!? い、いったいなんで……また手伝いに来たのかい?"

「不満がありそうな言い方に聞こえるのは気のせいかしら」

"いや不満というわけじゃなくて! 助かるんだけど心苦しくてね!"

「私が勝手にしていることだから……と言ってもまあ気にするなという方が無理よね」

"無理です……"

 

 申し訳なさを感じながら返すと、ベルはくすりと苦笑した。仕方ないなぁと言わんばかりのそれはいつも手伝ってくれる時の顔だ。

 不甲斐ない先生ですまない……

 

「けれどまあ、今回は手伝いのために来たわけじゃないの。個人的な頼みがあってね」

"頼み? 珍しいね?"

 

 しかし、どうやら今日訪れた用事は違うらしい。ほっと安堵する心と、ああ自分でやらなきゃいけないんだなと残念に思う気持ちを抱きながらもそれを押し殺し、何食わぬ顔で問いかける。

 オペレーター用の機材や趣味に関する相談の時然り、個人的な相談は今までもあるにはあった。

 報告があるから行くと言われた時もある。

 でもいずれもモモトークで事前相談があった。

 もしかして連絡に気付かなかったのかなとシッテムの箱のモモトークアプリを起動するが、ベルからの連絡は入っていない。

 つまり突発的な頼み。

 

"連絡が無かったということは、そこまで重要ってわけじゃなさそう?"

「……まあ、『内』に関しては無関係だからね」

 

 その返答に、私は動きを止めた。

 『内』に関しては。

 その言い方だと、つまり―――

 

"『外』に関しての相談ということかな"

「察しが早くて助かるわ……あなたは関わる必要はないと言っておいて、都合が良いとは思うのだけど。どうしても手を借りたい事があって」

"いいよ。私に手伝える事なら何でも言って欲しい"

 

 一も二もなく私は協力要請を受け入れる。

 以前申し出て断られた事ではある。仕事を抱え過ぎだとか、『外』の事まで抱える必要はないだとか、確かにと思う理由だった。無力感と共に単身で『外』へ向かう彼女を見送った時のことだ。よく覚えている。

 そして、そう言っていたベルが協力を求めてきたなら、その時とはなにか事情が変わったのだと思う。

 先生として、そして一人の大人として、彼女の力になることに何のためらいも無かった。

 

「即決なのね……あの時はああ言ってたのにって、ちょっとくらい嫌味を言ってもいいのよ?」

"君は別に嫌がらせでああ言っていたわけじゃないでしょ。それに本当に困って協力を求めてきた子にそんなことはしないさ"

「まったく……あなたはそういう人よね。本当……そういうところよ……」

 

 ベルはそう言って苦笑を零し、眩しいものを見るように目を眇める。

 ―――もう一人のシロコもよくする目だ。

 私を通して自身の世界の"先生"を思い出している懐古の色。懐かしさに仄かな喜び、そして拭い切れぬ哀しみを内包したそれに、私は静かに沈黙する。

 こういう目をしている時は触れない事にしていた。

 過去に縛られてはいけないけれど。

 振り返り、顧みることは重要だから。

 ……これまで走り続けるしかなかったベルには、特に。

 

「―――少し、長い話になるわ。ひとまずあなたの残業を済ませましょう」

"ベル、私のことは気にしないでいいよ。それより君の話を聞かせてほしい"

 

 慣れた動作で当番の子が使うデスクへ近づくベルを制するように私はそう言った。ぴたりと歩みを止めた彼女が、探るような視線を向けてくる。

 

「あなたの時間を貰う分は働いて作るわ」

"今やってたのは今日中にやらなくちゃいけない事じゃないんだ。明日に回せるから大丈夫だよ"

「……無理してるわけじゃなく?」

"それは私が言いたいかな。いつもよりちょっと様子が変だよ"

 

 話を切り出してきた時から思っていた事を伝えると、ほんの少し彼女の表情が険しくなった。

 

「……そんなに変だった?」

"なんとなく。あまり余裕無さそうだなって"

「…………」

 

 私の言葉に、ベルが気まずそうな顔で黙ってしまった。

 ……『外』の事だから軽い訳ないなとは思ったけど、これは予想以上に重大事案かもしれない。

 

"ベルがその顔するってよっぽどだと思うんだけど……何があったの?"

「いや、『外』であったわけじゃなくて……私の事情がちょっと変わったのよ。これからの動き方について」

"事情と動き方……?"

 

 ふむ? と首を傾げつつ、これまでの事を整理する。

 

 ベルが世界を巡っていた理由は大別して二つ。

 一つ目は、彼女にとって大切な人達を喪った哀しみにより抱いた、並行世界の同一人物と言えど別人のムツキ達を死なせたくないという想い。

 二つ目は、喪った原因たる地下生活者と無名の司祭達への憎しみにより生じた、復讐者としての行動。

 おそらくこのどちらかに起因するなにかが変わった。

 

 あり得るとすれば一つ目の方だろう。

 憎しみに関しては変わりようが無いし、変えられない。

 そういう消去法だけで予想しているわけでは勿論ない。彼女はいま、かつて喪った仲間の生き写しそのものと共に日々を過ごしている。アル達によって自身を『失敗者(偽物)』と卑下する思いを解きほぐされ、10年に及ぶ旅路で初めて足を止め、休んでいる。

 思い出を振り返ることで何かを掴んだか、心境に変化が生じたと考える方が自然だ。

 そうするだけの余裕が彼女には無かったのだから。

 

"過去のことで悩みが出来たの?"

 

 問うのは彼女が言ったことの事情について。それから発展して行動方針に変化が生じたのだろうから、まずそこから聞くべきだと考えた。

 私の問いに、彼女はほんの少し考える素振りをしてから頷いた。

 

「そう、ね。その悩みについては社長達にも相談して解決したのだけど」

"おお。流石だね、アル達は"

「まったくね。悩んでドツボに嵌るのは馬鹿とまで言われたわよ」

"えっ、アルが? すごい容赦がないね?"

「しかも5回も馬鹿って言われたのよ。大馬鹿だとか、超馬鹿だとか」

"うーん語彙が子供"

 

 多分悩みの内容は切実なんだろうけど、アルが口にしたらしい罵倒のレパートリーがとても素直で思わず笑みが零れた。人を罵倒し慣れてない感じがひしひしと伝わってくる。多分超の次は超絶とか付けてくるな。

 あの子にはそのまま真っ直ぐに育ってほしい。

 そしてそんなアルにすら罵倒されまくったくらい悩んでいたということか……

 

"それで、相談って何だい?"

 

 核心に触れる問いを投げると、彼女は瞑目し、息を整えた。

 それからゆっくりと瞼を開けて私を見つめてくる。

 

「その前に。先生、赤い空が来る前に誘拐された時のことを覚えてる?」

"……うん、覚えているよ"

 

 どうしてその話が、という疑問はあったが、ひとまず答える。

 私が攫われたことで非常対策委員会はグダグダになり、リンちゃんは不信任決議案を出されて、私を救出するためにカンナが命令違反を承知の上で単独で戦って負傷した。

 それらをひっくるめてベルからも警備関連の強化を指摘されている。

 忘れられる訳が無かった。

 私の眼を見て、覚えているのだろうと察したらしい彼女はそれから、「なら」と言葉を続けた。

 

「赤い空が来なかったら、どうなっていたと思う?」

"え?"

「七神リン行政官を救出し、シャーレを奪還した後に降りかかったあの天変地異が起きなかったら、キヴォトスはどうなっていたと思う?」

 

 『とある出来事がもし起きていなかったら』。

 それは『もしあれをしていれば』の、たらればの逆の仮定形。しないわけではないけれど意識的にでないとあまりしない思索だ。誰しもネガティブな方には考えないから。

 いま成功しているから良い。

 もししていなかったら大変だったね。

 それくらいの思考の形。

 勿論重大事案に際してはそこも勘案するけれど……

 

"プレナパテスが来なかったら、か"

 

 その仮定は―――正直、今まで考えたことが無い類のものだった。

 私にとってそれが当たり前だった。『偽りの先生(プレナパテス)』は、異なる自分とはいえ、同じ『先生』だから。

 同じ状況になった時、私も同じ選択をする確信があった。同じように生徒の代わりに嚮導者となるのだろうと。

 

 だから初めての主題で思考を回す。

 プレナパテスが来なかったら。赤い空が、来なかったら。

 この世界はどうなっていたか。

 記憶を辿って、辿って、辿って―――

 ふと、黒服の話を思い出した。カイザーのプレジデントが「超古代兵器」を発掘したから連邦生徒会を襲撃したという話を。

 

 

 ―――そのまま事が上手く運べば、キヴォトスはプレジデントの手に渡っていたかもしれません。

 

 ―――あの時、「虚妄のサンクトゥム」が現れなければ。

 

 

"……カイザーが立ちはだかっていただろうね"

「そうね」

 

 出した答えに、ベルはこくりと頷いた。

 多分、彼女の世界もそうだったんだろう。

 実際にどうかは聞いていないが、口ぶりからしてベルの世界にも赤い空(プレナパテス)は来ていない。

 彼女の世界の私が死んだ後、その世界のシロコが嚮導者となり、次に死闘を制した彼女が嚮導者となった。なれてしまった時点で、プレナパテスは存在していない。

 全世界で1人だけの嚮導者。

 彼女の世界はそれが空座のまま過ぎ去ったのだ。

 

「その結果、どうなると思う?」

"……激しい戦いになったと思う。本来のサンクトゥムタワーが虚妄のサンクトゥムによって崩壊したのもあってカイザーは引いたけど、それが無い。ヴァルキューレも行政制御権を奪ったカイザーによる指示で動けなくなっていたし"

「そうね。そして非常対策委員会の発足も無いから、あなたが誘拐されたとしてもリン行政官が責を問われる事もない。真っ当に連邦生徒会長代行の権限を保っている状態だから彼女を神輿にしたキヴォトスの未来を懸けた戦いが起きるわ」

"私が誘拐されるのは確定なんだね……"

「カイザーと防衛室長が繋がっているのよ? 私が以前助けた時のように、変装したヴァルキューレで誘き出す手で普通に引っ掛かるでしょう。それが初めてのことなら猶更あなたも警戒しない」

"ぐぅ……"

 

 容赦のない指摘に私は呻くしか出来なかった。なにせ一度引っ掛かった身でもホイホイ付いて行って助けられた身だ、何かを言う資格も無い。

 多分彼女の世界や他の世界の"先生"も同じように引っ掛かったのだろうし。

 

「―――そして、それが歪みの始まりだった」

 

 ガラリと空気が変わる。ベルの纏う気配が、険呑なものになった。

 『内』と『外』について、そして司祭達を見つけた後の事で対立する時とは毛色の違うそれは、かつて私と敵対した大人―――ベアトリーチェや地下生活者、フランシスのそれよりもずっと静かで、けれど底の深い感情だった。

 攻撃的というよりも苛烈で。

 怒りよりも、不満よりも。

 憎しみの怨みに近かった。

 

「カイザーと戦うことになるのはそう。でも先生、忘れてない? ……あなたを助けた生徒は、どうなった?」

"……カンナのことかい?"

 

 あの日、カイザーに囚われた私を単身助けに来て、シッテムの箱も回収してくれた少女の名を出す。いろんな形の助けがあったけど、こと誘拐からの救出に関しては彼女が一番に浮かんでいた。

 それは合っていたようで、厳しい面持ちでベルは頷く。

 であれば、彼女が問うているのはその先だ。

 戦闘に特化したカイザーの警備を掻い潜ってシッテムの箱を回収し、牢まで助け来た彼女は、私が会った時点でボロボロだった。彼女は途中でその負傷によりダウンし、私は生活安全局の子と、そこで渡されたシッテムの箱で出した助けを求めるメッセージに応じてくれたRABBIT小隊によって脱出したのだが……

 

 ―――カイザーが引き揚げなかったら、カンナは、どうなっていた?

 

 思わず、呼吸が止まった。

 そんな私を見て、我が意を得たとばかりに、しかし面持ちは険しいままにベルが頷いた。

 

「ええ、そうよ。カイザーが引き揚げなければ尾刃カンナ局長は捕まるわ。そしてあなたに対しての人質にされる。その時点でカイザーは行政制御権を担うサンクトゥムタワーを押さえているのだから下手に出る理由が無い」

 

 そこで、彼女の表情が苦悶に歪んだ。視線も私から外れる。

 

「けれど、彼女は人質になるくらいならと抵抗を続けたわ……最期まで」

"……最後って……"

 

今際(いまわ)(きわ)までよ」

 

"――――"

 

 それは、勘違いしようのない断言だった。

 彼女はそれを見たのだろう。おそらく、彼女自身の世界で。

 

「私の世界で、彼女は死んだわ……渡ってきた世界でも、運よく様々な問題を乗り越えても、その殆どがそこで潰えていた。カイザーの野心は世界を滅ぼすほどに大きいから」

 

 そこで、ベルの視線が戻され、深みの増した紅の瞳が鋭く私を()め付けてきた。

 ―――眩しいものを見るように眇められた眼で。

 なにかを、重ねるような眼で。

 彼女は("私")見ていない(見ていた)

 

「そして、"あなた"の油断が……―――それを知っていた上で看過した私の油断が、犠牲を生んだ!!!」

 

 彼女が声を張り上げる。

 数多の世界を見てきた"先生"達への糾弾と、自身への弾劾の叫びだった。

 

 ―――油断。

 

 たしかに、そうだろうと思った。

 言い訳のしようがない。

 キヴォトスで特に忌避される"死"。

 私は一発で致命傷だけれど、シッテムの箱のOSであるアロナのバリアのお陰で身を守っている。それでも死にかけたことはあった。

 それでも、()()()生き延びてきた。

 再現性なんてない偶然の連続でどうにかしてきただけ。

 

 きっと、()()()命を落とした世界もあった。

 

 もう一人のシロコ相手に彼女は言っていた。大抵他の世界の"先生"は死んでいるか、入院しているかだと。

 地下生活者以外の防げる死で命を落とした世界もあるのだろう。

 それを―――油断と言われれば、否定はできない。

 

 ―――けれど。

 

"ベル。君は、自分を責めなくていい"

 

 私のことは分かるけれど、彼女は違う。未来を知っているからこその苦悩と共に奔走してきたことは痛いくらい伝わってくる。

 罪悪感に駆られながらも全力で。

 そんな子が、手を抜くとは思えない。

 

"私が誘拐されることを止めなかったのは、その時の君は、それが『必要なこと』だと判断したからじゃないのかい?"

 

 ゲームで言うところの、フラグ。

 事態の解決を目指して築いた関係が後に自身を助けてくれる事がある。常に最速を行くことが正解ではないことは、現実であろうともよくある話だ。

 問題がややこしくなる前に事前に解決する。それは短期的に見ればいいことだ。

 でも―――『知識』を持っていた彼女は、そう断じなかった。

 

"君はその時、たしかに未来を想って判断した。それは決して油断なんかじゃない。間違いでもない。だから自分を責める必要はない。責められるべきは……"

 

 そこで、私は言葉に詰まった。

 彼女の責任でないというなら、果たして誰なのか。

 

 ―――それは大人の責任だ。

 

 そう言うのは簡単だ。

 それでも、私はやはり言葉に詰まった。

 私のように脇が甘かった"先生"。

 "先生"を攫い、カンナが命を落とすことになったそもそもの発端であるカイザー。

 どちらが悪いのかは明白だ。悪事を為したカイザーの方。

 

 しかし―――"先生"に全く非が無いわけではない。

 

 それは眼前にいるベルの眼と、彼女の普段の言動から分かる事だ。

 今まで事ある毎に仕事量やセキュリティ面で苦言を呈されてきた。その根底には、きっと……

 

「―――いいえ。これは、必要なのよ」

 

 しかし、ベルは私の言葉を拒絶した。

 自らを責める事は必要なのだと。

 ―――何のために?

 

"……何故、必要なんだい?"

()()()()のために」

 

 これからのため。

 つまり今後の動き方について。

 たしかに私は過去について聞いた。だから多分、さっきの彼女の話や慟哭、自責の念も関わっているんだろう。

 ここにきて、彼女の相談内容に戻ってきたようだった。

 

「私がこの話をしたのは、あなたに絶対に協力してもらうため。たとえ並行世界だとしても『生徒』のためならあなたは断らないから」

"……そのために、わざわざ苦しい過去を晒したのかい? 別に―――"

「必要無かったかもしれない。けれど……私の事情に巻き込む以上、話しておくべきだと思ったの。あなた自身の戒めにもなる」

"それは……そう、だね……"

 

 そう言われては反論のしようがなかった。

 プレナパテスが来なければカンナが死んでいたかもしれない。その可能性を知った以上、否定など出来る筈が無かった。

 

"なら、改めて聞くけれど……私に頼みたい事って何だい?"

 

 そう問うと、表情を冷静なそれに改めた彼女が、すっと指を二本立てた。

 

「頼みたい事は2つ。1つ目は赤い空が来てからプレナパテス決戦までの作戦記録と報告書を見せてほしい」

"作戦記録を……"

 

 告げられた事を反芻しながら思考を回す。

 リンちゃんも本船に乗っていた事もあり、シャーレの活動の報告書として一連の作戦行動の経緯を記して提出している。それは非常対策委員会の解散と共に連邦生徒会の方で保管されている。

 部外秘として扱われている事柄だが、私が取りなせばベルにも閲覧許可は下りるだろう。

 

"うん、掛け合ってみるよ。2つ目は?"

「2つ目は、プレナパテスと共に来たA.R.O.N.A(アロナ)が記録してるプレナパテスの作戦記録を見せてほしいの」

"……プラナのを?"

 

 ふむ? と首を傾げる。

 プラナの存在を知っているのは私とアロナを除けば、彼女と共にこの世界に来たシロコと地下生活者だけ。まあベルには『知識』や色彩による把握があるから今更なのだが。

 なぜそれを欲するかがまだ分からない。

 

"それは、なぜ?"

「再現に必要だからよ」

"……再現"

 

 端的な返答。

 それに詰め込まれた意味と意図に思考を巡らせ―――そこで、点と点が繋がった。

 赤い空。犠牲。自責。罪悪感。必要。

 この世界に来たプレナパテスの指揮データと、それに抗った私の指揮データ。

 彼女の行動原理。

 全ての世界で1人だけの嚮導者。その座に彼女がいる限り、偽りの先生(プレナパテス)は生まれない。

 つまり、他のキヴォトスに赤い空は訪れず、そこで必ず滅びに転がってしまう。

 カンナの死を契機としたカイザーとの戦いか。

 反転したホシノを止められなくてか。

 呼応して襲来したセトの憤怒によってか。

 アリスやリオ達の力がなく、鋼鉄に呑まれるか。

 デカグラマトンによって族滅されるか、支配されるか。

 

 ―――いずれにせよ、あの赤い空を契機とした戦いが無ければ、他の世界の"ムツキ達"の死は確定しているということ。

 

 そうさせないためにその座に就き、復讐に身をやつしてもいる彼女がそれを看過できるとは思えない。

 自分が看過したせいで犠牲が出たと自責した彼女が二度も繰り返す筈が無い。

 

"君は……もしかして、"彼"の再現を……?"

 

 密やかに発した問いは静まり返ったオフィスでもよく通った。空調の静かな音に遮られることなく、彼女に届く。

 嚮導者たる女性は、強く首肯した。

 

「これまでの私は、真の意味ではムツキ達を守れていなかった。それに気付かなかった。でも安息の日々の中で気付けた。そしてプレナパテスが守るための筋道を示してくれている。なら私は後進として先達を追うわ。それしか無いの」

 

 熱の籠った言葉だった。

 (はや)りを感じる声音だった。

 

"ベル。それは、その『世界』にとっての敵になるということだよ"

「百も承知よ。滅ぼす気は無いから手は抜くけどね。その加減を間違えないために、データが欲しいの」

"敵になる必要があるのかい? 赤い空でカイザーを撤退させる。それだけでは不十分かな"

「……その問いに対する答えは、デカグラマトンと対峙したあなたがよく知っている筈よ」

"……"

 

 ベルの言葉に、無言を返す。何よりの答え。

 

 ―――よく、知っているとも。

 

 赤い空。上空7万5千メートルに浮かぶ箱舟。

 この二つを巡る戦いが無ければ、リオとアリスの蟠りが解けるのはずっと先だっただろう。

 氷河の調査に際してリオが来たかは定かではなく、そうなれば早々に敗れていたのは想像に難くない。

 多次元解釈バリアや異空間を打ち砕くことにアリスとケイの協力が必要だった。プレナパテスの襲来が無ければそれは無かったかもしれないが、ケイとの和解も無かっただろう。

 さらにケイの協力が無ければ鋼鉄大陸の攻略は不可能に違いなかった。

 デカグラマトンとの戦いにおいて、アリスとケイが自身の可能性で前に進まなければ、どう足掻いてもあの『アツィルトの帯』によって鋼鉄大陸の一部へ返還され、敗北を喫していた。

 他にも幾つもの綱渡りがあり、何一つ欠けてはならなかった。

 

 それは人であり、経験。

 

 あの赤い空と箱舟、色彩の嚮導者(プレナパテス)を巡る戦いは、それほど多大なものを齎していた。振り返るほどにそう思う。

 今後もきっと、あの日の経験や繋がりが活きる事があるのだろう。

 どれだけ活かそうとしたところで取りこぼすこともあるくらい、綱渡りの場面は多いのだから。

 ……そもそも赤い空が無ければカイザーとの争いが起きるという問題もあるけれど。

 

"……ベル"

「なに?」

 

 静かに名前を呼ぶ。

 落ち着いた声音で、(いら)えが来る。

 私は彼女を見つめた。先の取り乱しようが嘘のような静かな面持ち。けれどその紅の瞳は、苛烈なまでの感情が宿っていた。

 決意、あるいは覚悟と呼ばれるそれ。

 

 

 ―――きっと、何もかも分かっているのだろう。

 

 

"君のやろうとしている事は、果てが無いよ"

「分かっているわ」

 

 

 ―――きっと、何を言っても止まらないのだろう。

 

 

"辛く、苦しい戦いだよ"

「承知の上よ」

 

 

 ―――きっと、その労苦を分けてはくれないのだろう。

 

 

"いつの日か、後悔する日が来るかもしれない"

「それでも、いまやらない方が後悔するから」

 

 

 それらを承知の上で―――ベルは、微笑んでいた。

 

 

「先生。私はね、あの日の後悔を、あの時見た"死"(絶望)を、繰り返させないために世界を巡っているの。もう選んでいるのよ。"3人"を喪った10年前のあの日に」

"……そっか"

 

 延長線上なのだと、ベルは言った。

 なら……もう止められない事は明白だった。

 彼女の生き方だ。

 彼女自身が選んだ道だ。

 

 なら、私に出来ることは1つだけ。

 

 

"無事に、帰ってくるんだよ"

 

 

 彼女が帰る居場所を。

 この世界を、守ることだけだ。

 

 

「―――ええ、必ず」

 

 

 私達はいつかのような言葉を交わし合い、新たな協力関係を結んだ。

 

 

 


 

 

 

・陸八魔ベル

奇跡(プレナパテス)を追う者

社長達に認められたから前へ進めた、あまねく奇跡の求道者。世界の敵として立ちはだかることで並行世界のムツキ達が生きれる道を追窮する

吐き出したのは心の叫び。間違いなく引き留められると確信していたからこそ、己の心の傷と後悔を曝け出した*1

全てを喪い、歪んだ身だからこその強さを持つ

 

・先生

奇跡(シロコ*テラー)を負う者

一歩間違えれば死んでいても不思議ではない世界を悪運とも幸運ともつかない運で渡り歩いてきた

目の前の事には真剣に取り組む反面、上手くやれた事の『もしも』から目を逸らしがち

その『もしも』を明確に知らされた。地下生活者の時のような埒外の力ではなく、己の不手際と大人の欲望によるありふれた『もしも』のその先を

無力感は強く、それをバネに日々邁進していく

 

 

 

*1
アルが不要と言った自責は『悩みを自戒する自己否定』。今回吐き出した自責は哀しみの大本であるかつての判断であり、喪ってはならない行動原理

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七囚人『災厄の狐』狐坂ワカモに成り代わったブルアカユーザーが、色々破壊しつつ頑張ってキヴォトスが滅ぶのを阻止する話。▼なお、若干二名ほどは彼女が先生であった時の記憶がある模様。▼一部、年齢や神秘などに関して独自設定・独自解釈があります。▼途中からガッツリ百合要素入って来る予定なので注意です。▼ほぼないも同然ですが性転換要素があります。▼また、「先生に惚れてな…


総合評価:8701/評価:8.81/連載:12話/更新日時:2026年05月16日(土) 12:00 小説情報


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