先生視点です
屋外(カヨコだけ召喚)最終戦関連のストーリーになります
ほのぼのシーンは会話量が増大します
多数のユスティナ聖徒会のミメシスが展開し、それを盾にするように駆け回る影が一つ。
私がよく知る彼女と同様に冷静に、そしてより鋭い足さばきでこちらの攻撃を潜り抜けていく。指示を飛ばしての銃撃はユスティナ信徒を盾にして防いで被弾を極力回避。ユスティナに気を取られたか、リロードのタイミングを見て鋭い一射を挟む。
意識の外から外れるように動き、隠れ、そして狙うその様は仕事人のそれだ。ドレスを着込んだ時に垣間見た鋭さを、平常時の服装でこなしている。
眼はいつに増しても鋭い。
射殺さんばかりのそれは、"彼女達"が生きた世界の過酷さを如実に伝えてくるようだった。
「―――突き抜ける優雅さで!」
その顔に、狙撃の一射が叩き込まれる。
シッテムの箱を介して指示したハルナの強烈な一射。それをまともに受けて立ってられる人はそう多くない。ユスティナ信徒だろうとそれは同じ。
その一撃を諸に受けた"カヨコ"は、銃を構える姿勢のまま仰向けに倒れた。
明確な隙―――
"みんな、今だ!"
「ブッ壊してやる!」
「お腹空いたし、早く終わらせよう!」
「スペシャルな一発、行きます!」
「追撃しますわ!」
士気を上げるためも兼ねた私の口頭指示に、すかさず美食研究会の4人が猛攻撃で応える。
ジュンコの二丁アサルトライフルとイズミのアサルトライフルの斉射でユスティナ信徒を足止め。そこにアカリがグレネードランチャーの爆発で纏めて吹っ飛ばしていき、起き上がって動こうとしていた"カヨコ"をハルナの狙撃が再度襲う。
爆煙が晴れた時、そこにはなにも残っていなかった。
「おめでとう。あなた達の勝利よ」
その煙の向こう側。私と観戦の反転したシロコが立つ位置とは反対の場所に立って"カヨコ"とユスティナ信徒を指揮していたベルが、ハルナ達を称え、微笑んだ。
それを契機に各々が携えていた銃を下げ、空気が弛緩する。
"みんな、お疲れ様!"
「うふふ。ええ、先生もお疲れ様です。流石の指揮でしたわ」
「一網打尽に出来ましたね~」
「前より弱かった気がするけど、あんた、ちゃんと手加減できるようになったのね」
「酷い言われようね……」
ジュンコの物言いに、こちらに歩み寄りながらベルが苦笑する。でも反論しないのは初回の反省会でみんなからしこたま言われたからだろう。
少なくとも預言者召喚はやり過ぎだと。
実際アレを防げるのはバリアを張れるホシノだけで、かつ退けられるのは
私達なら超えられるだろうという厚い信頼の裏返しだったようだけど。
流石のホシノも『いや仲間を守りながらは流石に厳しい』とにべもなく切って捨てていた。裏を返せば自分一人なら何とか出来るという事でもあるから、周知の事実である彼女の実力も、未だ底が知れない。
「なんでもいいけどお腹空いた~! ねぇ、なにか食べ物無いの? 異世界特有のご飯とかおやつとか!」
「そう言いながら両手に収まらないサイズのチョコバーガー食べてるじゃないの……ポシェットにしてはえらく大きいと思ってたらそれをぎゅうぎゅうに圧縮して詰めてたのね……」
食いしん坊のイズミがチョコバーガーを食べながら上げた悲鳴に、ベルは呆れの目を向ける。
他の皆は見慣れた光景だから流しているけど、イズミが言った『異世界特有のご飯』に興味があるのか、少しギラついた目を向けていた。
「そうですわね。丁度良い具合にお腹も空きました。ベルさん、何かございませんか?」
「協力したんだし、お礼にご飯くらい奢ってくれてもバチは当たらないわよね?」
「異世界の食事は私も興味がありますね~」
「異世界と言ってもほぼ同じキヴォトスだから代わり映えしないわよ。そもそも箱舟は保存の利くものしか載せてないし……」
「美食研究会」の名が示す通り、食事に関して興味を向け始めた4人の勢いにベルもタジタジとなっていた。特に非が無い相手からの押しにはめっぽう弱いらしい。
一度食に意識が向いた彼女たちには何を言っても無駄だと理解しているのだろう。私はただ、タジタジになるベルを沈黙と共に見守るしかなかった。
助けを求めるような視線も来るが、ごめんベル、食事に意識が向いたハルナ達には私もほぼ無力なんだ……
「ん。なら手料理はどう?」
そこで、私の隣に立って様子を眺めていたシロコが提案を出した。
かなり建設的なそれに、ハルナ達の視線がシロコに一斉に向く。
「手料理ですか?」
「そう。ベルは便利屋のご飯を作ってて、先生にお菓子も差し入れしてるらしい。当番になった時に食べた事あるけどお菓子はとても美味しかった。多分ご飯も美味しい」
「へぇ、いいじゃない! 決まりね!」
「はい! それにしましょう!」
「ご飯作ってくれるの!?」
「いや美食と言うほどじゃ……! あなた達が満足するかは分からないわよ!?」
シロコの提案から怒涛の勢いでベルが手料理を振舞う流れになった。
その勢いに、さしものベルも慌てる。
まあ気持ちはちょっと分かる。彼女達が掲げる「美食」の概念に沿うものでなかったら爆破されるとなれば、振る舞いたくない気持ちにはなるだろう。
彼女達――特にハルナ――が掲げる「美食」の基準は、値段や味、接客の釣りあいだけで見てる訳ではないのだけど、万が一を考えれば及び腰になるのも納得だ。
むしろ彼女達相手にも堂々と料理を振舞えるフウカの胆力が凄まじいと言える。
まあベルが当番の時に作ってきてくれるお弁当*1の味を知っている身としては、ハルナ達も満足する確信があるので、今回はあまり心配してないのだけど。
「その時はその時ですわ」
そして、その集団の部長である銀髪の少女が、綺麗な微笑みを湛えながらそう言った。
言われた方のベルの顔は途轍もなく苦々しげに歪む。
「……先生、事務所は人数的に厳しいからシャーレの食堂を借りていいかしら」
"いいよ"
「ありがとう……とりあえず器具と調味料の確認も兼ねて一回向かうわよ」
肩を落として項垂れ、はぁ、とベルはため息を吐く。
そんな彼女の肩にポン、と手を置く人物があった。シロコだった。彼女の左手はスマホが握られ、画面にはモモトークが開かれていた。
首を回して横目で彼女を見ながら、ベルが呟く。
「なに……?」
「みんなも食べたいって。私も食べたい」
どうやらシロコは提案してハルナ達が乗っかったのを見て素早くホシノ達に連絡していたらしい。言外に前回の演習のお礼も兼ねてという意図を含んでいる。
自分は参加してないのにちゃっかりご相伴にあずかろうとしている辺り、強かな子だった。
ある意味の甘えなのかもしれない……
「……好きになさい」
そんなシロコのお願いに、ベルは諦めたように項垂れながら笑ってそう言った。
―――それから少しして。
ベルの歪曲転移――かつてシロコも使っていた黒い歪みを介して行き来するそれ――でシャーレに戻った後、彼女は食堂の器具や調味料、食材などを確認し、足りないものを補充しに動いた。
その一環でアル達もシャーレへ来た。面倒なので夕食を摂る場所をこちらにすると、ベルが言ったらしい。
その後に、箱舟の管理AIになった彼女のプラナの機能で、ホシノ達もこちらへと転移してきた。
食堂には便利屋68の4人、廃校対策委員会と大きいシロコの6人、美食研究会の4人、そして私の総勢15人がベルが作るご飯を食べるために集まっていた。
「アルさん? ベルさんの料理の腕は如何ほどなのでしょうか?」
「ウチじゃ一番よ! お弁当も美味しいし、おやつも凄いんだから!」
「元居たところで日常的にやってたらしいからねぇ。外食を苦も無くしなくなるくらいベルちゃんに胃袋掴まれちゃった」
「そんなに美味しいの!? 楽しみだな~!」
「これは期待が高まりますわね」
「便利屋の皆さんは日常的に食べられてるんですよね?」
「そうだけど……給食部の子にするみたいにベルを攫うなんて真似したら容赦しないよ」
「も、もし、ベル様を襲ったら、地獄の果てまで追いかけてでも殺します」
「こわっ!? やらないわよ! ……多分」
「これ以上負担を増やさないでほしいからそこは断言して欲しかったな……まあベルがあんた達に負ける訳がないけどさ……」
「ベル様、近接戦がお強いですからね……」
「え、そうなの? そっちのトップと同じなら狙撃銃使いの筈よね?」
「色々あってCQCを鍛えたらしいよ。ハルカにも最近仕込んでる」
「あー、もしかして演習初回で矢鱈そっちの紫の子が近接戦強かったのってそういう事だったのかな?」
「ん……? 何の話?」
「あれ、聞いてないの? 実は―――」
美食研究会はこれから振る舞われるだろう料理への好奇心に駆られてか、ベルの腕前のことをアル達から聞き出していた。
やや不穏な空気も感じるけど一触即発という程ではない。
ベルのお菓子の腕やアル達の様子からしても、ハルナ達が不満を抱いて暴れることも少ないだろうからあまり警戒しなくていいだろう。
アビドスの皆はと言えば、以前は追い返されるような別れをしたからか、シャーレ備え付けの割烹着姿で調理場に立つベルに近いカウンター席に集まって座っていた。
「ベルちゃ~ん、メニューは何かな~?」
「白米、豚汁、鶏の唐揚げ、千切りキャベツよ。人数が多いから唐揚げは大皿で取ることになるけど」
「美味しそうだねぇ。唐揚げは山盛りでよろしく~」
「宴会で使う大皿2枚分を山盛りにできるくらい揚げるからむしろ残さないかが心配ね」
「ん、この人数なら余裕」
「でかシロコが本当にでぶシロコになるね」
「訓練量を増やせば問題無い。脂肪になる前にエネルギーに変える」
「私も暫く筋トレを重めにしないとかもです」
「いや、ぶっちゃけ先輩達って太る前に戦闘で全部筋肉に変えるでしょ……」
「むしろこの中だと前衛に立たない私が一番危ないんじゃないかな……」
「あなた達は揃って日々の金策やインフラ整備で動き回ってるから太る余地無いと思うわよ? 過酷な環境なんだからむしろもっと食べなさい。細過ぎよ」
「うへ、大人の意見だ~」
「まあ学年はゲヘナ3年なのだけどね」
「ん、私と同じ」
「おじさんとも同学年だね~……一人称変えた方が良い?」
「あなたの"それ"は違うから気にしなくていいわよ。前に3年シロコが口にしたあだ名はアウトだけど」
「うへ。大きいシロコちゃん、何言ったのさ?」
「ん……言えない」
「シロコちゃ~ん?」
「隠し事はどれだけ巧妙に隠したところでいつかバレるものよ。学びになったわね」
「ん……」
ベルたちはワイワイと賑やかな会話を繰り広げていた。至って平和で、安心である。
お説教されて耳をペショッとさせている子がいるけど……
まあ、失礼なことだったのは事実だから必要な経験だと流すことにした。
そうして暫くした後、食事が出来上がった。
「ほら、出来たわよ。自分の分は自分でよそいなさい」
「「「「「はーい!」」」」」
一通りの調理が終わったベルの号令に皆が返事をして食器いっぱいに盛られた唐揚げを運び、各々が食べる分だけご飯と豚汁、サラダをお皿に盛っていく。
その様子を見ていた私もお腹がぐぅと鳴ったので、一息吐いているベルの下へ向かった。
"ベル。聞きそびれてたんだけど、私も食べていいかな?"
「今更な質問ね!? ……当然いいわよ。というか付き合ってもらってる事へのお礼なんだから、毎回付き合わせてるあなたを仲間外れにする訳ないでしょうに」
"いやぁ、礼儀として聞いておかないとだから"
「まあ確かに大切なことだけども……」
くすりと苦笑を浮かべるベルに、たははと私は頬を掻いた。変なことを聞いたかもという自覚は私にもあったのだ。
それを誤魔化すように自分の分の食事を用意した後、私達は大テーブル2つに分かれて食事を始めた。
「―――ふむ、これは……!」
三角食べで一通りの賞味を済ませた私の右側に座ったハルナが、感嘆の声を漏らした。その顔は綻んで目もキラキラしている。
見るからに満足しているその様子に、いちおう万が一を予想していた私は内心で安堵する。
他のみんなも、アカリ達だけでなくホシノ達も目を輝かせて食べている。アル達も慣れている筈だが無言のままお箸を動かして黙々と食べ進めていた。
そこでハルナが私の方―――正確には私の左隣に座るベルへと顔を向けた。
「ベルさん、
どうやらハルナはベルの料理の腕をいたく気に入ったようだった。
それだけ満足したという事なのだろうけど……
うーん。これはフウカを攫うのと同じパターンに入るのでは?
「丁重にお断りするわ。私の居場所は便利屋68だけよ」
そう考えている私を他所に、左隣のベルは澄まし顔でそう言って、パクリとお箸で摘まんだご飯を口に運んだ。
「そうよ! 勝手な引き抜きは遠慮してちょうだい! ウチの大切な副社長を引き抜くなら、まず私に言いなさい!」
「ふふ、申し訳ありません。そう言いたくなるくらい美味しいと受け取ってくださいな」
「しっかり揚げられて噛む度に滲む肉汁と鶏肉の甘辛さ。芯までダシが沁み込んだ野菜たっぷりの豚汁。素材そのままの新鮮なサラダ。どれもご飯に合って、本当に美味しいですね~♥」
「こんなに美味しいなら幾らでも食べれそう! そしていっぱい食べれる! 幸せだね!」
「ううっ、美味しい……私いま、美味しい食べ物を落としたりせずちゃんと食べれてる……!」
「1人だけ意味が違う反応してるわね……」
ジュンコの嘆きと感激に、食べていたものを飲み込んだベルが呆れたように言及した。
彼女は不憫にも不幸が重なって食べ物を食べられない事が少なくないからなぁ……
美食研究会の一員としてお店の爆破だったり、水族館のゴールデンマグロを強奪したりとやる事はしっかりやってる所謂ちょっと悪い子なのだけど、名店を探してメモするマメさもある根っこは良い子なのだ。
そういう一面を知ってると不憫さが勝つ。
実際ゲヘナ風紀委員会としてもグループで警戒してこそいれど、個人評価で言えばジュンコは危険度が極めて低い方に分類されているし。
"ジュンコは、よく食べようとしてる瞬間に不幸が起きて食べれないことが多くてね……"
「そうなのよ……」
「……それ、屋台の買い食いだったり食べ歩きしてるからじゃないの?」
「だって屋台で食べ歩くのがルーティンだし。結構秘密の名店多いのよ?」
「屋台で買うのはいいにしても座って食べれば済む話じゃ?」
「座ってもダメなのよ……だからもう食べ歩いてた方がまだ避けられるかなって……」
「それは……不憫ね……」
「ですがその苦難を越えて辿り着いた美食は、また一段と美味に感じることでしょう。これもまた美食を求める過程の一つですわ」
「あなた、ポジティブねぇ……」
ジュンコの不憫な話も、ハルナの「美食」を想う価値観によって良い感じの話に纏められてしまった。
でもジュンコ本人が特に文句を言わない辺り、彼女も多少納得している事なのかもしれない。
苦労して辿り着いたものだからこその一入の美味しさというものを。
そうして賑やかな食事を過ごし、みんなで片付けを行った後、今日の演習の反省会も済ませてから解散になった。
帰路はベルが転移させると言ったが、その提案をみんな辞退して自分の足で帰っていった。多少でもカロリーを消費したいのか、あるいは気を遣ったのか、理由は不明である。
「さて……私もそろそろ引き上げるわ」
"箱舟の方に?"
「ええ。プラナを一人にしているから、今は基本あっちで寝泊まりしているの。あの子、澄ました顔してるけど寂しがり屋だからね。食事の時は事務所に戻ってるけど」
"大変だね……"
ほぼ職場に寝泊まりして、ご飯だけ用意してまた仕事に―――そんな生活になっているように感じて少し心配になった。
そんな私に、ベルは柔らかく微笑む。
「ふふっ。大変じゃないと言ったら嘘になるけど、みんなで食事を摂ってるから気持ちは楽よ」
"……そっか"
どうやらアル達との時間はしっかり持てているらしい。それなら思い詰めることもないだろうと、少し安心した。
「じゃあ、また明日ね。お休みなさい、先生」
"うん、また明日"
そんな挨拶を交わした後、彼女は黒い歪みの空間を通ってシャーレを去った。
そうして私一人になったシャーレの食堂は、ほんの数分前まで賑やかさが嘘だったかのようにしん、と静まり返った。陽が沈んで夜の
「―――先生」
"ん? カヨコ?"
廊下を歩く私を呼び止める声が背後から聞こえた。振り向けば、いつものパーカー姿のカヨコが向こうから歩いてくるところだった。
足を止めて振り返り、カヨコを出迎える。
"アル達と帰ったと思っていたけど、忘れ物でもあったのかい?"
「まあ、アル達には忘れ物したと言ったけど……正確には忘れ事かな。ベルのことで先生に話があって」
"私に?"
問い返すと、うん、と短く応じながらカヨコは首肯した。
その顔はさっきの団欒の時に見たものよりもやや険しい。平時の表情よりも。
「美食研の子に聞いたけど……例の演習の中で、ベル、私達のミメシスっていうのを使ってるらしいね」
"そうだね。ユスティナ聖徒会みたい感じで"
「アレか……」
たまに各地で出没するようになったユスティナ信徒を例に挙げれば、ちょくちょく戦っているカヨコも即座に思い至ったらしく、呟きを漏らした。
それから沈思を挟んで、話を再開した。
表情は先ほどよりも厳しい。眉根が寄っていて、威圧感もあった。
「そういう事、ベルは私達に話してくれてなくてね。
"……思い当たることは……"
カヨコのその問いで思い出すのは、"ハルカ"と無名の守護者を指揮して対策委員会と戦う演習を終えた際の別れ際に彼女が話していた事。
複製や模造品を作る意義。それらの役割。
ポジティブなものと、ネガティブなもの。
『……私の行いが正当化されるものでない事に変わりはないけれど、ね』
そして、自嘲の顔で紡がれた自責の言葉。
「……なるほど。先生は何か聞いてるんだね」
あの時の話を想起していたからか顔に出ていたようで、私を見てカヨコは何かを察したようだった。
"相談されている訳じゃないけどね"
「でも、話をされてる。なら安心だよ。私達に吐き出してる事の全てを先生に話してないように、今回はその逆だったというだけ。溜め込んでるのが一番ダメだからね」
ふ、と表情を緩めてカヨコは笑った。
その笑みは、程なく苦笑へと変わる。
「これは先生が聞いた事か分からないけど……あっちの"私達"をミメシスとして使うことをベルは自責してると思う。"私達"の遺品の銃を使ってミメシスを作ったらしいし」
"うん……"
「人が遺した物を使うのはおかしな事じゃない。でも、ミメシスで使役となると話が違ってくるって、そう考えてると思う。実際悪辣だとか邪悪だとか言われても仕方ないとは思うよ。悪く言えば『故人を使った人形遊び』だからね。ユスティナだって正にそうだし」
容赦なく言って捨てるカヨコは、しかし言葉とは裏腹に苦笑を湛えたままだった。しょうがないなぁ、という言葉が聞こえてきそうなそれは、アル達を見る時によく浮かべるものと同じ。
「でも……私もミメシスやライブラリー・オブ・ロアの報告書を読んだ事あるから分かるけどさ。ああいうのって、手順を踏んだだけで出来る事じゃないよね。戒律だとか、噂だとか……何らかの積み重ねに依存して顕現する」
"そうらしいね"
ゲマトリアが語っていた事もそれぞれの討伐報告に際して書いていたので、情報収集を欠かさない彼女もそれに目を通し、把握していたのだろう。それらをよく知っているヒマリが漏らした単語も赤い空が来た時*2に聞いているから。
その上で―――カヨコは苦笑から、安堵の笑みへと表情を変えた。
「なら……彼女の"それ"は、きっと良い事だね」
"……どういうことか、聞いても?"
「単純な話だよ。"彼女達"の遺品に蓄積された想いを基にミメシスを作ってるという事は、それは『便利屋68』のことを認められているということ……彼女はちゃんと、自分を『本物』と思えてる。そしてあっちの"私達"が抱いてただろう想いを受け止めれている。だからこその自責だとするなら、それは良い事だから」
"……そうだね"
カヨコの言葉に、私は深く頷いた。
自責が良い事。
すべてに於いてではないが、今回に関しては事実だ。
ベルは危うい。時折思っていたが、彼女の話は偶にゲマトリアを思わせるものがある。『必要なこと』と判断すれば倫理観や善悪を無視して行動する彼女が、黒服達のようにならず踏み止まれているのは、自責があるからに他ならない。
もっと言うなら、罪悪感。
彼女が反転するに至った理由の一つ。ただ復讐の鬼にならず、守る事にも行動出来ている理由。
その根底には―――たしかに、"彼女達"の存在があるのだ。
「先生。ベルを見守ってあげてね」
"もちろんだよ"
「手に負えなさそうなら連絡して。社長なら何とか出来るから」
"断言するんだね"
「そりゃあ、ベルを留めた張本人だからね」
"……アルだけじゃなく、ムツキやハルカ、そしてカヨコも居たからだと思うよ"
「ふふ、かもね。私達に向けるベルの感情は凄く重いから。言葉にはしてないけど、行動を見てると偶に恥ずかしくなるくらい"私達"に入れ込んでるよ。きっと、"彼女達"も本望だろうね」
カヨコはにこやかに笑ってそう言った。ほんの少しの呆れも含んだその声音は、どこか優しい。
「じゃあ、そろそろ本当に帰るよ。またね、先生」
"うん。気を付けて"
それで話したい事は全てだったようで、カヨコは踵を返して出口へと向かっていった。
彼女を見送った後、私は再び最低限今日やるべき仕事のために改めて執務室へと向かったのだった。
・陸八魔ベル
末っ子な大人嚮導者
対外の人物には大人として振る舞えるが、身内には
言うべきではないし話しても仕方ないと考えて隠し事をするきらいがあり、それが積もり積もって爆弾になる。そのため便利屋全員にそれとなく監視されている
・シロコ*テラー
最終編経験の元嚮導者
演習においてはほぼ観戦だけだが、箱舟側の動きを実際に知っているのでアドバイザーとして参加している
ついでにベルの強さを知れればと思っている
・美食研究会
ベルをロックオンしたテロリスト集団
『再現』に際して戦う相手ではあるが、最終盤以外は本船防衛に回っているので便利屋ミメシス戦の調整としてはあまり重視されていない。とはいえ必須ではあるので調整のためにも個別演習が入った
その見返りとして手料理を要求し、大満足
実力では絶対勝てない上に便利屋全員を敵に回すのは得策ではないとして、穏当にベルの下を訪れて食事のご相伴にあずかろうと考えている
ベルとモモトークを交換した
・対策委員会
前回のお礼に誘われたアビドスメンバー
前回はそこまで話す機会が無かったのでこぞって押しかけた。シロコ*テラーの失礼な言動にはホシノとアヤネからお怒りが落ちたという
ベルとモモトークを交換した
・便利屋68
ベルの大切な居場所
朝夕はベルの食事、お昼は弁当で胃袋をガッツリ掴まれている少女達。一応食事当番を代わる提案もしたが息抜きになるからという理由で様子見している
カヨコとハルカ経由で便利屋ミメシスの件を知ったが、先生が諸々を把握しているので静観に留めた
美食研究会にはやや一方的な敵愾心を持っているが、ベルの友人が増えたことで怒るに怒れなくなっている
・先生
便利屋からベルのことを任された人
ベルがかつて抱えていた罪悪感から救われたと同時に次の新たな自責に囚われていて、しかしそれが『人』であり続けるには必要なものだと考えている
いつかのモモトークの時*3のように、分かち合える関係であり続けられるよう見守っていく