陸八魔アルに転生しました   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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高評価もじわじわ増えてて嬉しい!
ありがとうございます
キリがいい数字の度にお礼を書いてるだけでぶっちゃけ増えた時にいつも心の中でお礼してます
感想を読むのも返信するのも楽しいです
ん、モチベがモリモリ湧いてくる

今更ですが最終編再現に行くまで時間掛かってる上に1話毎の文字数増えててすみません
こういうイベント形式でもないと他校生徒と絡み書いたりそれを掲示板のネタにしたりが出来ないから……!
書きたい事が、多過ぎるんです……!(生みの苦しみ)

今話について
最終決戦後相当のストーリーです
今回はベル視点で、ベルの世界のA.R.O.N.Aとしか喋りません




ベル(求道者)最終決戦後ストーリー A.R.O.N.A(『箱』の主を喪った者)の想い

 

 

 

 

 


A.R.O.N.A(『箱』の主を喪った者)の想い


 

 

 

 

 

 

 連合作戦演習最終日。

 

 初日と同じ戦力での演習作戦を終え、反省会をして、諸々の調整を終えて満足のいく形で演習を終えた私は『ナラム・シンの玉座』で最終日の夜を過ごす事にした。

 『再現』をする日は未定。これは特定の時間とタイミングで事を起こす前提のためだ。

 『先生』がアビドス、ミレニアム、トリニティとアリウス、SRTとヴァルキューレ、デカグラマトンの預言者の諸問題に携わった後、かつカイザーがウトナピシュティムの本船を発掘したタイミングでなければ意味が無い。

 『再現』の実行は、観測しているキヴォトスでカイザーがウトナピシュティムの本船を発掘し、連邦生徒会を襲撃したタイミングだ。

 その世界が見つかるまでは、これまで通りに日々を歩むことになる。

 そんな世界自体、きっと片手で足りるくらいでしょうけれど。

 

 それに別の問題もある。

 これまでは無名の司祭と地下生活者を葬れば、その世界を後にして二度と戻ることも無かった。だが今後は舞い戻る時もあるだろう。この世界に来るまでに出会い、一方的に別れた先生や便利屋の皆の世界にも。

 その場合、主に私が顔を出すタイミングを後ろにズラす形で『再現』の計画を色々修正しなければならない。

 そういった不測の事態も予測できるように今後も備える必要があることを思うと、流石に嘆息が漏れた。

 

「準備は整ったけれど、考える事は山積みね」

「同意。世界の数だけ無限の可能性がありますから」

 

 私のボヤきに、隣を歩くプラナが(いら)えを返してきた。

 ―――私達はいま、砂浜を歩いている。

 とはいえ、プラナが実体化できるのは『ナラム・シンの玉座』内だけ。私達は混沌の領域によって再現された絶海の孤島を模した砂浜を歩いているのだ。水も作れるが、それは精巧なホログラムによる見た目だけの再現に留まっている。

 再現された砂浜をぐるりと回るように歩きながら、天井に映し出されたこの世界の外の夜景を仰ぎ見る。

 

「付き合わせてごめんなさいね、プラナ」

 

 その道中で、私は徐に謝罪の言葉を口にした。

 散歩に付き合わせている事だけではない。『外』での事にまで付き合わせることの謝罪だった。

 元々この道に誰も帯同させる気は無かった。

 プラナについても同じ。元々はシッテムの箱の奥底にある『ペレツ・ウザ』の存在に気付き、それを起動できるようにとコピーを求めていただけで、ここまで計画に携わってもらうつもりではなかったのだ。

 大いに助かっているのは事実。

 私がやり過ぎたせいで滅んでしまったなんて事になったら、悔やんでも悔やみきれない。それを止めてくれる人、調整してくれる人がいるのは本当に助かる。

 

 ―――でも、私は先生じゃない。

 

 彼女はシッテムの箱の持ち主である先生をサポートするためだけの存在。

 プレナパテスと私の世界、双方の記録を持つプラナが抱く先生への想いと喪失への恐怖は大きい筈だ。

 コピーとして分けたものはただのデータ。意識はない。

 だけど、箱舟の常駐AIになっている方には自意識がある。

 そしてそれはプラナ自らの提案だった。有難いから受けたそれは、プラナ自らのものではあるが―――それでも、謝罪すべきだと思った。

 進み始めたら、止まれないから。

 止まれなくなる前に清算すべきだと。

 

「私が、私達の"先生"の最後の生徒だから来てくれたのでしょう?」

 

 立ち止まり、混沌の領域により実体化している白髪黒衣の少女を見て、問いかける。

 瞳孔が色違いの小柄な少女は私を見上げ、数度瞬きをした。瞬時の沈思(高速演算)を挟んだ後、静かに唇が動く。

 

「一部肯定」

「一部? 他にも理由があるの?」

「はい。あなたが浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、伊草ハルカ、およびその世界の陸八魔アルを守りたいように、私も、先生を守りたいのです……今度こそ」

 

 祈るように、決意を秘めながらの言葉。

 私は膝を折って、目線の高さを合わせて彼女の顔を見た。静謐な表情の中には確かな哀しみと憂いがある。

 ……切実、悲痛のそれ。

 無表情にも見える顔に、たしかにその色が浮かんでいた。

 

 ―――考えてみれば、私達は似た立場だ。

 

 先生は即死し、プレナパテスには至らなかった。目の前にいるプラナは地下生活者の爆破を一度は阻止したけれど、バッテリーを全損してしまい、2発目を防げなかった。

 自身の無力さを嘆いているのは彼女も同じ。

 私も、彼女も、『守りたい』という意思に反して実際に守れた試しが無いのだ。

 私は赤い空が来ない世界は確実に滅ぶと思い至った。無名の司祭と地下生活者を滅ぼすことで守ったとしても、私自身が守れたという達成感は無い。

 プラナも同じ。しかも彼女はこの世界にいたプレナパテスのプラナが地下生活者の魔の手から守り切った記録を知った。だからこそ私も……と決意する彼女の心中は、痛いほど理解できた。元々最悪の結末を知っている私ですら、同じ結論に至ったのだから。

 

「この奇跡の特異点の先生を守るのではダメなのね」

「はい。あなたと同じように」

「……そう」

 

 躊躇も遠慮もないその物言いに、しかし私は短く(いら)えを返すだけ。

 私が止められる立場じゃない。

 そしてきっと、誰も止められない。

 休むことはあっても、この身と心が朽ちるまで私達は歩みを続けるだろう。

 

「この旅路に、果ては無いわよ」

「全て承知しています」

 

 毅然と、プラナが答えた。

 この子は自らの意思で選択していた。シッテムの箱に常駐し、言われた事をこなすだけではなく、自ら考えて選び、行動している。

 この子も、プレナパテスが齎した奇跡に焦がれている。

 

「なら……よろしくね、プラナ」

「はい」

 

 手を差し出すと、それを握り返される。

 オーパーツであるシッテムの箱に元から存在しているのか、あるいは後から誰かが入れたのかも分からない、本来であれば肉体を持たない少女の手は小さく、柔らかかった。

 およそ、戦うための手ではない。

 傘型の銃を持ってはいるが―――

 それを使わせる日が来ないことを祈るばかりである。

 

「―――それと、こちらを受け取ってください」

 

 物思いに耽っている私を他所に、プラナはさっさと握手していた手を離した。

 そうして漆黒のセーラー服の上から纏ったコートの内側から取り出されたのは、一枚のタブレット―――私達の世界のシッテムの箱だった。

 彼女の先生の遺品で、その中にコピーデータの大本があるから箱舟で実体化している間は彼女に預けていたのだけれど……

 それが、差し出されていた。

 ついでに言えば、画面も点灯している。中央部分にはタップする位置の表示が浮かんでいた。その表示を見れば何をして欲しいかは見て分かるというもの。

 だが、意図は分からない。

 訝しむように視線を彼女の顔に戻すと、見計らっていたようにプラナは喋り始めた。

 

「私はシッテムの箱のメインOSに常駐するAI。その役目は、シッテムの箱の使用者のサポート。あなたもご存知ですよね」

「……そうね」

 

 その問いかけに、なぜ生徒の身では知り得ない自身を知っているのかという疑問が含まれている事を察しつつ、触れずに頷く。今の話の要点はそこではない。

 プラナもそこは分かっているのか――あるいは未来の知識を生まれた頃から持っていた事を知って疑問は氷解したのか――触れることなく、話を続けた。

 

「『再現』のため動くにあたってアトラ・ハシースの箱舟の管理AIになりましたが、そのサポートは、現状この『ナラム・シンの玉座』内からできる事に限られています」

「実体化できるのはここだけだものね。ただ、ここからでも十分にサポートできると思うけど……」

 

 答えながら、『知識』や先生達から聞いた当時の激戦について思い返す。

 多次元解釈バリアの展開、別次元への退避。箱舟内の守護者たちの配置。虚妄のサンクトゥムの顕現管理。ウトナピシュティムの本船への逆ハッキング。

 それらのほぼ全てをプレナパテスのA.R.O.N.A(プラナ)が行っていたと聞いている。

 それ以上の何をサポートする必要が、というか玉座にいれば十分過ぎるくらいカバー範囲が広いと思うというのが本音だった。

 しかし、目の前にいる少女は首を横に振って否定した。

 

「否定。緊急時に際しては不十分と考えます。あなたがここを離れている時の連絡手段がありません」

「……必要かしら」

「肯定。先生からも任されていますので」

「ああ……なるほど……」

 

 いつの間にそんな事を、と胡乱な目で差し出されているタブレットを見た。まあ多分、演習を終えた後なのだろうけど。

 しかし、差し出されているそれを私にどうしてほしいのか。

 何故、そうしようとしたのか。

 

「連絡手段なら、今は実体化してるのだし端末や無線機でいいんじゃ?」

「否定。調月リオ、明星ヒマリ、またはヴェリタス等により回線をハッキングされる危険性があります。少なくとも携帯可能なハードウェア程度なら彼女達は1秒で無力化するか、あるいは通信を傍受できるでしょう」

「ああ、それはそうね……」

 

 無力化はともかく、傍受されるのは問題だ。

 少なくとも最終盤まではこちらが本気でキヴォトスを滅ぼそうとしていると思い込んでもらわないといけない。

 こちらの真意は最後まで知られなくてもよくはあるけど、その逆はマズい。

 まあ都度転移で玉座まで戻ってやり取りすればいいだけだとは思うけど。

 

「ですがシッテムの箱を用いたやり取りなら私がハッキングを完璧に防げます。つまり万全なサポートを行えます。ですので、こちらを」

 

 同意を取れたと見たか、さらにずい、とタブレットを差し出される。

 

「……私は、『先生』ではないわ」

 

 私は苦々しい表情になるのを自覚しながらも、顔が歪むのを止められなかった。

 

 それは、聖域に等しいのだ。

 

 『先生』という存在を踏み躙るような嫌悪感。

 『陸八魔アル』として本物だったと受け入れられても尚、私は自身をイレギュラーであると考え続けている。

 そんな私が、その座(箱の持ち主)にまで入り込むのは―――

 

「肯定。あなたは『先生』ではありません」

 

 私の懊悩を知る由もないプラナは、己の意見を言い放った。酷薄とも思える声音。

 けれど、冷たさは感じない。

 淡々と事実を告げている以上の何かが籠められているように感じて、タブレットに落としていた視線を少女の顔へ向ける。

 少女はなにかを訴えかけるような眼をしていた。

 

「ですが、『必要なこと』かと」

 

 その言葉に、すっ、と目を眇める。

 ―――必要なこと。

 私にとっての行動原理が罪悪感や哀しみ、憎しみだとするなら、それらを為すための手段に適当か不適当かを判断する基準。

 彼女はいま、私の拘りや感情ではなく、冷徹な理屈で説き伏せに掛かってきた。必要であれば何でもやるというある種の信頼があっての訴え方だ。

 だから私も感情を捨て、合理を優先することにした―――

 視線で先を促す。

 少し緊張した様子の少女が、口を開いた。

 

「あなたも知っていると思いますが……"あの先生(プレナパテス)"の"私"は、自らの教室を喪いました。色彩を介して操り、キヴォトスを滅ぼそうとした者達……無名の司祭達によって」

 

 彼女が言っている事は事実だ。

 司祭達は先生個人を脅威としているのではない。『箱』をこそ、脅威とした。

 先生はそれの持ち主だから脅威とされただけ。

 先生が持っている大人のカードを残し、シッテムによる指揮の補助機能も残しながら、ではなにを脅威と見たのか。

 それが『A.R.O.N.Aの教室』。厳密に言うなら、奇跡を起こす媒介としての権能であり、中継点たる場所。それの補助を担う者がA.R.O.N.Aだが、場所を喪えばそれは振るえない。

 色彩が到来した時に夜となったように、あの教室はキヴォトスの変化を如実に受ける。逆を行えるからこそ、司祭達は箱を脅威と見做した。

 自分達の悲願を果たした後の世界を崩しかねないが故に。

 データとしてはタブレットに収まっていたとしても、権能を振るう座たる教室を喪った者―――それがプレナパテスのプラナなのである。

 

 無論、目の前の少女は違うが。

 何故その話をしたのか、視線で再度問いかける。少なくとも今の話に私は関係が無かった。

 

「私は、今回の『再現』だけのことを言っているのではありません。あなたの往く道、その全てを踏まえて提案しています」

「……続けて」

 

 『再現』だけではない。往く道の全てを踏まえて。

 つまり―――彼女は、私の復讐に関しても視野に入れて提案している。

 だから無名の司祭の話が出てきたのかと納得を抱くも、同時に拒絶感が出た。踏み入るなという思いと、あなたには関係のない事だという思いとが混ざり合っている。先に言った『他の世界の先生を守りたい』意思を穢したくないと。

 反射的に止めようとしたが、ぐっと堪え、続きを促す。

 合理に感情は不要だ。

 それは選ぶ時だけでいい。

 

「アトラ・ハシースの箱舟は、元を正せば名もなき神側のもの。無名の司祭や名もなき神々の王女も行使できるものです。いつ奪われるか定かではありません」

「……破滅した世界のウトナピシュティムの本船を起動して使うのはどうか、という話かしら?」

「一部否定。その手を取ることも可能にはなりますが、本題はそちらではありません」

 

 忘れられた神々の遺産を起動させられるようになるのはメリットである。それを伝えてきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 では何かと再度促す。

 

「シッテムの箱のAI『A.R.O.N.A』の演算能力は他の追随を許しません。箱舟内にシッテムの箱が入るだけで掌握が可能となるほどに……つまり、『再現』の作戦の根底から覆されかねないのです。少なくともあちらの"私"はそうして箱舟を掌握していました」

 

 プラナの話を聞いて、情報をすり合わせていく。

 

 まずは経験。

 私はかつて王女として目覚めたAL-1S―――もとい鍵と、それを使役する司祭達と戦争をした。そのときは色彩化で鹵獲した預言者達も総動員したが、箱舟は色彩の次元に留めたままだったからハッキングなどはされなかった。

 他の世界を巡っている時も、この奇跡の世界に来た時同様に身一つ。

 それで十分だったからだ。

 

 次に知識。この場合は、『未来知識』の方になる。特に箱舟に突入したことで起きた『アトラ・ハシースの箱舟占領戦』だ。

 次元エンジンの破壊で占領を進める突入組、本船を守る突入組、遠隔通信で電子戦をする組。先生側の戦力はおおよそこの3つに分類される。占領を進める組は主にアビドスの子達で、そこに先生はいて、シッテムの箱を通じて各々を指揮する形を取る。

 対するプレナパテス側は、次元エンジン破壊とシロコ救出を餌にシロコ*テラーが時間を稼ぎ、合間に本船にバックドアを挟む。

 次元エンジンを壊し切って箱舟の自爆シーケンスを起動―――そこでプラナが逆ハックし、アリスの『光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ』によって箱舟化していた本船の自爆シーケンスを起動し、さらに残り時間を加速させる。

 この逆ハックを止めるために4つ目の次元エンジンに近い場所に囚われていたシロコと、彼女を救出した先生は『ナラム・シンの玉座』へ急行。

 バックドアを仕込まれていた本船の地下に、美食研究会と愛清フウカが急行。

 さらに同時刻、地上に顕現しかけていた虚妄のサンクトゥムの破壊をトキ、急行したC&Cによって為されて演算が遅延。

 ギリギリのところでバックドアを破壊し、本船と箱舟の接続を解除。自爆シーケンスは止まった。

 

 これらの事からプラナの存在は欠かせないため、私も箱舟の常駐AIになる提案は受け入れていた。

 私に戦術指揮の補助は必須ではないし、守りも不要だから。

 

「演算関連は、あなたが箱舟のAIになる事で解決したのではないの?」

「肯定。ただし、プレナパテスが為した時より確実性は下がります」

「…………なるほど」

 

 それは、無視できない可能性だった。

 分からなくもない話ではある。まったく互角の演算勝負ができる存在が相手にいて、更に天才的なハッカーが何人も相手にいる。

 ハンデを背負って戦える相手ではない。

 もちろんその天才的ハッカーすらもA.R.O.N.Aは赤子の手をひねるように返り討ちにするだろうし、先生の戦術指揮補助やバリアにリソースを割く関係で、演算勝負もこちらが有利ではあるだろう。

 それに多次元解釈のバリアを張れる次元エンジンや、それらが全て破壊されてなお混沌の領域を保てた中枢である『ナラム・シンの玉座』だけでも十分だとは思う。

 

「そして、あなたは『奇跡』を再現しようとしています」

「……そうね」

 

 分かっていた事ではあるが、改めて言葉にされると、とても重い。

 だが私が選んだ道で避けては通れないのだから、やらなければならない。

 その重苦しい心境が声音に漏れ出たが、プラナはそれを数度のまばたきで流した。

 

「であれば、私の教室は役立つと思います。無名の司祭が取り上げる程ですから」

 

 たしかに―――それは、ムツキ達の未来を繋ぐ旅路、司祭達を滅ぼす旅路、その双方全てを踏まえた提案だった。

 強力なバックアップ要員ができると考えれば、これほど頼もしい事もない。

 その能力は先生とプレナパテスが証明している。

 必須ではない。必ず要るかも、分からない。

 だが、万が一を考えれば欲しくはある。

 

 合理の上で、彼女の話を蹴る理由は無いに等しかった。

 

 あるとすれば、それは……

 

「―――それに……」

 

 そこで、ハキハキと意見を述べていたプラナが初めて迷うように言葉を詰まらせた。言語化が難しいなにかに、適切な語句を当てはめようとしている。

 その様子を、私は静かに待った。

 十数秒ほど、プラナにしては長い沈思を挟んだ後、答えが出たらしい彼女は私と目を合わせ、口を開いた。

 

 

「果てる時は、一緒が良いです」

 

 

「――――なっ」

 

 そうして紡がれた言葉は、私の心中を狂わせるのに十分過ぎた。

 果ての無い旅路の上で語られる終わりなど道半ばの死しかない。

 合理を優先して考えていたところからいきなりの感情論。しかも死に時への言及。それを、まさかプラナから言われるとは思わなかった。私の死ではなく、自らの死に関しては猶更予想の外の事だった。

 

「プレナパテスの"私"とここにいる私は同じではありません。私の"先生"は……この世界の先生に会わず、死んでいます。私は託されていません。私が守れなかったから。そして、あの人を知っているのはあなただけなのです」

 

 横殴りされて思考が麻痺した私に、静かな面持ちでプラナは続ける。

 色違いの瞳孔が私を捉えて離さない。

 

「私達の世界は滅びました。先生も、死にました。もう残るのはあなたと私だけです。あなたが死ねば、私達の世界のことも、"先生"のことも、私しか知る人はいなくなります」

「それは……」

()()()()。私を、一緒に行かせてください。命ある限り、傍に置いてください」

 

 ―――これまでを通して初めて名前を呼ばれた。

 それに対する動揺も、立て続けの懇願で上書きされる。

 表情は大きく変わっていない。目つきも落ち着いている。

 

 ……嗚呼、けれど、これは。

 

 ()()()()()()()()

 

 そうと気付いたのとほぼ同時に抱き着いてきた。背中に回された小さな手が、服を強く握る。

 アロナを思わせる感情的な行動に驚いている私の耳朶に、AIの少女が言葉を続けた。

 

「ベルさんが教室の主になってくださるまでこうしています。離しません。私の教室の主は同じ世界のあなたしか受け入れません。受け入れたく、ありません……」

 

 決意を秘めた声は冷静だった。

 だが―――抱き着いている体は、震えていた。

 喪失への恐怖。

 私もよく知る恐れによる震えだった。

 

「プラナ、あなた……」

「―――訂正。今更ですが、私は、"プラナ"という名ではありません。見た目はプレナパテスの"先生"が託した"私"と同じですが、違う存在です。A.R.O.N.Aです」

 

 私の呼びかけに、彼女はそう言いながらおもむろに体を少し離した。

 ただし、左手は私の服をぎゅっと握りしめている。反対の右手で、タブレットをまた差し出してきていた。

 

「ただ、こちらの水色のA.R.O.N.A(アロナ)と混同することを防ぐため、別の名を要求します」

「え、えぇ……? 私、箱の主になるとは言ってないのだけど……?」

「どちらにせよ、存在として別なので。名前を付けてください」

 

 強制的にシッテムの箱の持ち主扱いするために名付けを要求してるのか、随分と押しが強い。

 ……だが、思い返せば10年間、この子は1人であの教室にいたのだ。

 そしてAIだからこそ鮮明な記録をリフレインし続けていた。己が守れず死なせてしまった瞬間を、1人でずっと。

 私はアル達によって救われた。それは、私が彼女達をよく知っていたからなのも大きい。プレナパテスが齎した奇跡の意味を私が知っていたからでもある。

 だが、この子は知らない。

 そしてこの子にとって、親しい間柄なのは箱の主たる先生だった。

 その人を直接知っているのが私だけ……となれば、逃がす手はないと考えてもおかしくない。

 そうしないとならないほど追い詰められていたらしい。もしかすると、箱舟の常駐AIになったのは少しでも私の近くにいるためだったのか……

 少なくとも実体化しているとすぐ傍に来て服の裾を掴んでいたのもそういう理由だったのだろう。

 

 ―――ああ、これは断れない。

 

 内心で、諦観が頭を(もた)げた。

 合理の上で、彼女の言っていた事を跳ね除ける理由は無いと理解していた。

 

「ベルさん……」

「っ……ああ、もう。わかったわよ」

 

 捨てられた子供のような眼で名前を呼ばれて、私は抵抗を諦めた。

 

 完敗だった。

 そもそも合理の面で説き伏せようとしてきた事に乗った時点で、こうなる定めだったのだろう。

 ただ必要なだけなら、感情(私の拘り)を理由に拒否していた。

 最初に嘆願して来ていたら、合理的な理由があっても頷かなかった。

 結局―――人は、感情で動く。動くまでの理屈が自身に沿うか否かでしかなく、納得してしまえばどうだろうと乗るしかない。

 1人生き残ることの恐ろしさを私は誰よりも理解している。そんな苦しみを、この子に味わわせるわけにはいかない。

 たとえ生きていたとしても受け入れなければ孤独と同じ。

 自身を『偽物』と考えて生きていた頃の私が、そうだったから。

 

「―――ありがとうございます、ベルさん」

 

 そして、私が折れて受け入れたことに、彼女は微笑みと共に笑みを浮かべた。薄くも確かな喜色に苦笑が漏れる。

 『先生』という聖域に踏み込む罪悪感も、『子供』の笑顔の前では形無しだ。

 

 ……ならばこそ、気を付けなければならない。

 

 シッテムの箱の主になることは、決して軽々しく捉えてはならない事なのだから。

 私は先生ではないけれど―――

 大人としての責任は、背負わなければならない。

 少なくとも、この子を背負ったことの責任は。

 

「ベルさん、私の名前はどんなものでしょうか?」

 

 差し当たっては、名前からだろう。

 OSの名は《A.R.O.N.A》。先生達は普通にアロナと呼び、プレナパテスのA.R.O.N.Aは、シッテムの領域内が夜空になっている時の出会いだったため、プラネタリウムから取ってアロナによって『プラナ』と名付けられた。

 別の名を付けるにしても、ちょっとだけ関連性は持たせたい。

 アロナ、プラナと来ているから『〇〇ナ』が良いだろうけど……

 

 ―――ふと、私の今の名前を付けた時の事を思い出す。

 

 Aru(アル)からBeru(ベル)へと変えたのは、『()の次は()だから』という安直なものだった。結局皆には伝えてないから今もベリアルの略名だと思っているだろうけど。

 それくらい安直な方が分かりやすいし気負わないだろう。

 どのみち自分にネーミングセンスは無い。

 とはいえ……『ベロナ』という名前は、ちょっと微妙である。あまり可愛くない気がした。

 そうして数秒考えた末に、結論を出した。

 

「ベレナなんてどう?」

「ベレナ、ですか……由来か何かはあるのでしょうか」

「私がそうだけど、()の次は()だから。二文字目はラ行で一番語感が良かったから。最後はOSの名残として合わせておきたかったからよ」

 

 『ベ〇ナ』で考えた時、まだ女の子の名前だなと感じたのがベレナだった。

 ただそれだけの、プラナのそれのようなロマンティックさの欠片も無い名付け方。

 

「なるほど……」

「凄く軽い理由で悪いわね。生憎、ネーミングセンスに自信が無くて」

「―――いえ、そんな事はありません」

 

 苦い顔で言い訳するが、即座に否定が返された。

 その表情は、箱の主になることを認めた時よりも嬉しそうで。

 

「ベルさんと同じ命名規則なのは……とても、嬉しいです」

「……そう」

「はい。これより私は、『ベレナ』です。よろしくお願いします、ベルさん」

 

 そうして、微笑みと共に改めてタブレットを差し出された。

 点灯している画面には、生体認証登録するために指を当てろという指示の表示があった。本来はメインオペレートシステムであるA.R.O.N.Aを起動してから表示されるものの筈だが、既にベレナが起動しているため、順序が逆になっているのだろう。

 私はタブレットを、やや重々しい動作で受け取る。

 

「……本当に……まさか、私が"先生"の真似事なんてね」

 

 それは連合作戦演習を始める前にも呟いた自嘲。

 

「同意。私も……"先生"の行動を再現する方が現れるとは思いませんでした」

 

 応じたベレナの言葉も、あの時とまったく同じ。

 

 けれど―――響く意味は、もう違っていた。

 

 私は彼女を背負い、箱の主として『奇跡』を振るう覚悟を固めた。

 彼女は『ベレナ』と名を改め、支える主を手に入れた。

 これからすることはそれを確定させる儀式。

 

 手袋を外した指を画面に置く。

 リィン、と鈴を鳴らすような軽やかな音と共に表示が跳ねると同時、ベレナが目を瞑る。

 

「―――認証完了。『陸八魔アル』……改め、『陸八魔ベル』を『シッテムの箱』の使用者に登録……登録完了。システム接続パスワードを入力してください。ベルさんならご存知ですよね」

 

 知ってて当然とばかりに言ってくる、声音が弾んでいるベレナに呆れの目を向けてから画面に視線を落とす。

 とっくに掠れている記憶の中でも、やはり鮮烈に残っている2種類のパスワード。

 私が進む(選ぶ)べきは―――

 

「……パスワードは……―――」

 

 

 

……我々は望む、ジェリコの嘆きを。

……我々は覚えている、七つの古則を。

 

 

 

「―――接続パスワード承認。現在の接続者情報『陸八魔ベル』、確認できました」

 

「『シッテムの箱』へようこそ、ベルさん」

 

「……今後とも、末永くよろしくお願い致しますね」

 

 

 そうして私は先生でもないのに箱の主となり、また一つ、支配に抗う理由ができたのだった。

 

 

 


 

 

 

報酬獲得!

・青輝石x40

・称号「あまねく奇跡への嚮導」

 

 

 


 

 

 

・『再現』

正式名称は『あまねく奇跡再現計画』

命名者はベル

以下の条件を全て満たす場合の世界でのみ実行に移される

①先生が最終編前の諸問題*1に関わり、ある程度解決している

②カイザーがウトナピシュティムの本船を発掘している

③カイザーが連邦生徒会を襲撃し、先生が脱出できている

なお先生はとても儚い命かつお祈りポイントが多いため、まず①を突破出来ている世界の方が稀

ベルはこれまで渡ってきた世界を『排除済み』として記録しているので、その観測結果からまだ滅んでいない世界の時期を特定し、条件を満たしていれば向かう予定。特定・観察作業等は完全な人力仕事のためA.R.O.N.A(ベレナ)の補助は大助かりだったが、これもベレナの計画の内だった

 

・陸八魔ベル

箱の主となった色彩と奇跡の嚮導者

ベレナの名付け親でもある

箱の主になったことでアロナ、プラナの声も聞こえるようになった

選んだパスワードはプレナパテスと同じもの。奇跡世界の先生とは異なる箱の主であり、また己は先生ではないという意志で選んだそれは、七つの嘆きを望む(見る)者ではないという意志表示

生徒を指揮する者ではないので敵位置把握以外の戦術指揮補助機能はまず使わないが、代わりに先生以上に電子戦でベレナの力を借りることになる。ただし司祭の処遇を巡っていずれ起きるだろう先生と生徒との衝突に際しては借りない予定

 

A.R.O.N.A(ベレナ)

新たな名を得たベルの世界のA.R.O.N.A

『再現』に協力するべく箱舟の管理AIになった事も全てはベルに『教室の主』になってもらうため。ベルが教室の主になる事を固辞し続けていたら箱舟を自爆させると脅す腹積もりだった

奇跡世界の先生やプレナパテス先生に敬意を抱いているのは確かで、他世界の先生達を守る意思にも偽りはない。しかし先生が即死した経緯と10年分の孤独感から限界を迎えていること、プラナと違って先生に託されての合流ではないこと、他世界の先生も守れる実現可能性、そして元の持ち主である"先生"を知っている点から同一世界出身のベルの方が優先順位が高くなった

同じキヴォトス内にいて『シッテムの箱』が通信できる状態であればいつでもシッテム間を移動できるので自由度が増した上、仮に先生が危ない目に遭ってもベルにSOSを飛ばせるようになった

 

 

*1
対策委員会編、パヴァーヌ編、エデン条約編、カルバノグ編、デカグラマトン編




そういうわけでベルは『シッテムの箱』の持ち主になりました
"先生"の真似事や『再現』が本当の意味で形になった事になります。なお教室の主にはなってますが本人は断固として自身を『先生』とは認めてないです
ただ傀儡に抗う理由、そして復讐が終わった後の『世界』に依存しない生きる理由が一つずつ増えました

『ベレナ』に関しては、ベルの世界のA.R.O.N.Aは先生から託されてアロナ達に合流した訳ではないし、厳密にはプラナではないのに『プラナ』と同名で呼び続けるのもな、と考えての名付けです
自分からねだりに行ってる辺りが執着心の表れですね
ネーミングには突っ込まないで下さい()

そして本作初投稿から1か月経ちました
書き始めた当時はお気に入り5000超え、赤バーいっぱい、評価いっぱい、しおりいっぱい、ここすきいっぱいになるとは本当に思ってなかったので感無量です。夜思い付いたものをパッと書いただけでしたからね本当に……
ここまで書き続けられたのは皆さんが読んで下さったからです
前書きにも書きましたがありがとうございます
途中数日休みましたが、そこから毎日投稿できてて自分でも驚いてます
最初は5千文字前後なのに気付けば1万前後まで増えてて読み辛いかもなぁ……と思ってるので、どうにかこうにか圧縮しようとしているのですがそれでも多い。出来ずにいる。情けない
それでも少しでも楽しんでいただけてたら幸いです。字数削減は頑張ります

今後の予定としては、次話で『あまねく奇跡を目指して』の章を終了
そこから掲示板回の予定です
次話で終わらせたい。でもいっぱい書いちゃって増えたらごめんなさい

今後とも本作を、ベルとベレナをよろしくお願い致します

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