陸八魔アルに転生しました   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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煉獄のワインレッド・アドマイアー

 

 

 

■Tips

大乱において救出班リーダーに選ばれた『陸八魔アル』は、シャーレの先生が没するまでの数多の戦いでその指揮を受け活動していた

そんな彼女が未来から外れて最も警戒していた事

それが地下生活者の魔の手と無名の司祭の干渉の2つ

憎しみに転じた根幹には、取りこぼした者への悲しみと防げなかった事の自責が深く根付いている

 

■Tips

「煉獄」にいる霊魂は既に人生を終えており、時間という自由な機会を失っている

そのため、自分の力では脱出することも、苦しみを緩和することもできない

天国へ行く前に霊魂が犯した罪を清めるためには、まだ時間という功徳を積む機会を持っている現世の人に依り頼むしかない

 

 

 


 

 

 

 慣れた事の筈だ。既知の筈だった。

 だが、こちらを見て驚いた後の行動を躱せた試しは一度も無い。

 心配そうに、不安そうに飛び掛かってくるムツキを避けられた試しは無い。

 憂いの表情で問い掛けてくるカヨコを無視できた事は無い。

 オドオドと不安そうに、けれど決して弾劾しないハルカから目を逸らせた事も無い。

 ……そんな彼女達を率いる本物を前に、平静でいられた試しも。

 

 別人だとは理解している。

 

 顔も性格も既知のそれ。別人だが、並行世界の同一人物。

 邪険に出来る筈も無かった。

 たとえそれが、私の前で死んだ3人への不義理になるとしても……

 無理矢理にでも退散すべきだったと、後で自省する事になるのだとしても。

 

 

 

 守りたい価値あるものからは、逃げられないのだ―――

 

 

 

『陸八魔アル』の邂逅より抜粋


 

 

 

 冷たい色合いの回廊を駆ける。

 

 赤と紫と白が入り混じった混沌とした鋼鉄の通路を、ヒマリをはじめとしたハッカーによって得た箱舟の地図を基にしたオペレーターの指示に従って右に左に、真っ直ぐに駆け続ける。

 走り続けて数分後、いよいよ管制室『ナラム・シンの玉座』へ続く隔壁が見えてきた。

 

"アレが管制室だ!"

「ん、突入したら敵の制圧に回るね」

「相手は別世界の"私"よ、油断せず行くわ!」

『隔壁、開けます! 先生、後はお願いし―――』

 

 前を走るシロコとアルが言った直後、ヒマリがハッキングで隔壁を開いた。その通信を最後に音声が途切れる。

 どうやらここから先はまだ彼女も掌握し切れていないらしい。

 つまり、あちらの領域ということ。

 気を引き締め直しながら、私達は開いた隔壁の向こうへ駆け込んだ。

 

 ナラム・シンの玉座は、巨大な円形のフィールドだった。

 

 玉座とはいうが、座席は無い。

 それでも重厚な威圧感を覚えるのは『王の間』に類する場所だからか。

 あるいは―――

 

 部屋中央でこちらに背を向けている人物が、それを発しているからか。

 

「ん、敵発見」

「漸く再会できたわね、嚮導者の"私"! 年貢の納め時よ!」

「動かない方が良いよ~? 今みんなで狙いを付けてるからさ?」

「う、動いたら、たとえ別世界の"アル様"だとしても……撃ちます!」

「下手な抵抗はやめた方がいいよ。曲がりなりにも"アル"なら、シャーレの先生の指揮の凄さはよく知ってるでしょ?」

 

「…………」

 

 5人それぞれの警告に、背を向けて佇む"アル"は応えない。

 まさかミメシスかとも思ったけど、シャーレや本船内で会った時に記憶した出で立ちと同じだし、ミメシス特有のオーラも纏っていない。

 それに、ミメシスは故人を再現するか、何かを基に新たに作られたものしか顕現できない筈だ。

 ユスティナ信徒、バルバラは前者。

 アンブロジウス、ヒエロニムスは後者。

 今まで戦ってきた"ハルカ"達は前者、ユスティナ信徒に類するものの筈。だから存命しているアルのミメシスは作れない筈だ。

 ヒエロニムスなどは太古の教義を元にされている。折り重なり、積み上げられ、今日(こんにち)に至る地盤とも言える部分のそれを複製し、それを兵器へと変えたのが後者のミメシス。

 もし仮に作れたなら、そのミメシス・アルは後者という事になるが……

 

 何にしても、これまで姿を現した時は饒舌に思えた"アル"が無言を保っているのは、異様にすら思える。

 こちらの状況に余裕はない。急いでハッキングを止めなければ、本船が自爆してしまう。

 そのためにも"アル"を制圧しなければならないのだが……

 どう出るべきか。

 

 

「―――我々は望む、ジェリコの嘆きを」

 

 

"え……?"

 

 

 そこで、ここにきて初めて"アル"が声を発した。

 

 しかしその内容は、耳を疑うものだった。

 ―――その言葉を私は知っている。

 たった一度だけ使ったことがある。このキヴォトスに来て、シャーレオフィスビルを奪還したその日の地下で手にした『シッテムの箱』を起動する時に。

 彼女が発した言葉は、あのとき唐突に脳裏に浮かび入力したそれと全く同じ。

 しかし、まだ足りない。あと一行必要だ。

 

 だがそんな事は関係ない。

 

 それを知っていること。

 そして、それを口にしていること。

 それらが意味することは―――

 

 

「―――我々は覚えている、七つの古則を」

 

 

 欠けていたワンフレーズが付け足されたと同時、不穏な動きと見て取ったシロコ達が私の指示を待たず一斉掃射した。ハンドガン(デモンズロア)ショットガン(ブローアウェイ)アサルトライフル(WHITE FANG 465)マシンガン(トリックオアトリック)スナイパーライフル(ワインレッド・アドマイアー)の異なる銃声がナラム・シンの玉座に響き渡る。

 硝煙が吹き荒れ、空間に満ちていく。

 だが―――

 ただの一発も、彼女が纏う紅蓮の外套にすら当たらない。

 シャーレでリンが撃った時、本船でアルが撃った時と違い、そもそもが当たっていなかった。明らかに当たる軌道だというのに。

 

「銃弾が……全部、外れた……? この距離で、何故……」

「……違う。外れたんじゃないわ。()()()()()()()

"……みんな、一度下がった方がいい"

「先生……?」

 

 警戒が滲んでいるからか、私の指示にハルカが困惑の声を上げる。それでも私の傍まで下がってくれた。

 5人と並びながら視線を前に向ける。

 

「―――生体認証、完了」

 

 そこで、予想だにしなかった声が耳朶を打った。

 聞いた事は、ある。だがそれはタブレット越しのものだ。『彼女』が現実の肉声で喋ることは出来ないから。

 そして―――状況から察するに、それは私が知る『彼女』が発したものではない。なにより手元のシッテムの箱に映っている『彼女』も、表情の薄い顔でも分かるくらいの驚愕で目を見開いている。

 こちらの困惑を他所に、巻き起こった硝煙の中からさっきまでは居なかった黒セーラーに黒コートを纏った少女が現れる。傘型のショットガンを開き佇むその少女は、『彼女』と同じ姿をしていた。

 

「あの子、誰……? さっきまで居なかったのに、この一瞬で……?」

 

 困惑を露わにカヨコが呟く。

 それを聞いていたからか、傘を閉じた少女が陰のある面持ちでこちらを見た。

 

「回答。私はこの『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS―――A.R.O.N.Aです」

"何だって……?"

「シッテムって……先生が持ってるタブレットの名前、ですよね……? え……? なん、どういう……?」

「―――まさか、"アル"、あんた……」

 

 私と同様に困惑している面々の中で、唯一カヨコだけが愕然を露にしていた。

 

「色彩は、キヴォトスに存在するあらゆる神秘を収集するわ」

 

 カヨコに問いかけようとしたその時、背を向けたままの"アル"が話し始めた。侍るように傍らに立つA.R.O.N.Aは邪魔しないよう瞑目し、口を噤んでいる。

 私達も、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 傾けざるを得なかった。

 

「デカグラマトンのパス。複製(ミメシス)の"秘儀"。聖徒の交わり(Communio Sanctorum)。ライブラリー・オブ・ロア。名もなき神の力、無名の守護者の能力。忘れられた神々の力……そして―――」

 

 黒服も言っていた色彩が収集した力について言った"アル"は、そこで初めて動きを見せた。悠然とした挙措で、彼女の左手が何かを翳す。

 ―――それは、私が持つ『シッテムの箱』そのもの。

 

「『シャーレの先生』が()()()()()、この奇跡の箱もね」

「―――報告。アトラ・ハシースの箱舟、復旧システムが起動しました」

 

 眼に見える形で事実を突き付けられたのと同時、待っていたと言わんばかりにA.R.O.N.Aが報告を始めた。

 

「シッテムの箱の顕現により、破壊されたアトラ・ハシースの箱舟を多次元の同一存在と交代・修復します。約40分後、100%修復を想定」

「箱舟に進入したウトナピシュティムの本船は1040秒後、最終自爆シーケンスに移行」

「30分後、消耗した"Divi:Sion"の無名の守護者およびオートマタとドローン、補充完了を想定」

「同刻、ユスティナ信徒、聖女バルバラ、アンブロジウスの再顕現完了を想定」

 

 畳み掛けるように避けるべき事態の予定が告げられる。

 占領戦をはじめ抵抗の全てが無駄であり、その痕跡すら無かった事にすると言わんばかりの容赦の無さに、内心で舌を巻いた。

 同時に、納得もした。

 箱舟の演算リソースである次元エンジンを全て破壊したにも関わらず、リオやヒマリ達にも気付かれない内に超高度なハッキングを仕掛けられた真実。それが『シッテムの箱』によるものだというのはこれ以上ないほどに納得のいく理由だった。

 A.R.O.N.Aの能力を私はよく知っている。ミレニアムの通信ユニット『Hub(ハブ)』をコンマ1秒未満の早さでハッキングし、ヒマリのファイアーウォールすら容易く無視するレベルで掻い潜ったデカグラマトンをも、A.R.O.N.Aは軽く撃退した。

 その力が敵に回っているとなれば、むしろこれは必然ですらある。

 

 ……パスワードを口にした時点で、分かっていた事ではあるが。

 つまり、本当に、彼女は。

 

"本当に……"君"が、そのシッテムの箱の所有者なんだね"

「肯定。そうです、先生。私がシステム管理者として常駐しているシッテムの箱の現在の所有者は彼女です」

 

 私の問いには彼女の傍らに侍るA.R.O.N.Aが返答した。

 それに、手元のタブレットから疑念の声が上がる。

 

『不可解。シッテムの箱のOSは私です。二人いる事は陸八魔アルさんが異なる世界から来たこと、シッテムの箱の枚数を合わせれば理解もできます。しかし、なぜあちらのOSが"そこ"に立っているのかが分かりません』

 

 こちらのA.R.O.N.Aの疑問に、たしかにと私も内心頷く。

 実際AIである彼女が現実に存在することは気掛かりだった。3Dやホログラムかな? とも疑ったけど硝煙の残滓が触れた時、すり抜ける事もなかったから多分実体はある。

 どうやって、と思っていると―――

 タブレット内に、もう一人のA.R.O.N.Aがホログラムで現れた。

 

『回答。それは、ここが状態の共存を維持しているアトラ・ハシースの箱舟の内部であるためです。ここナラム・シンの玉座は、次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う混沌の領域。彼女がこの場所を歪曲させているからここにいるのです』

『なっ!? ここにも、接続が……!? それに私の質問も聞こえて……? 私の声は先生にしか聞こえない筈なのに、なぜ……?』

『回答。同じシッテムの箱のOSであるため、相互干渉ができるものと推測します』

 

 その言葉を最後にホログラムのあちらのA.R.O.N.Aがシッテムの教室を退出した。

 相互干渉可能ということは、こちらの指揮の邪魔も出来るということ。逆にこちらからも出来るだろうが―――あまり期待はしない方がいいだろう。

 

「……ちょっと、待ちなさいよ」

 

 そこで、斉射から黙り続けていたアルが震えながら言葉を発した。感情を押し殺そうとして失敗しているようなそれ。

 肩を震わせながら、背中を向け続ける"アル"に語り掛ける。

 

「貴女の持つソレが、先生の持つものと同じだとして。なら―――元の持ち主である先生は、どうなったの?」

「死んだわ。私の目の前で、息絶えた」

 

 返されたのは、端的な答え。平坦な声音のそれからは感情が喪われている。

 "彼女"の表情は、背を向けているせいで見えない。

 

「……貴女が、やったの?」

「―――知ったところで意味は無いわ」

 

 そこで、パチン、と彼女の右手の指が鳴る。同時、彼女の背後―――私達の目の前の空間が歪曲した。

 そこから現れたのは1人。

 ミメシス特有のオーラを纏った"アル"が、黒い歪みから降り立った。

 

「な―――なん、で。ミメシスは、死者を再現するだけの筈じゃ……!?」

「あなたにしては短慮ね。複製(ミメシス)の本質が死者の遺志や残留思念の具象化だと、どこの誰が言ったのかしら」

 

 愕然と呟きを漏らしたカヨコに、"アル"が背を向けたまま語り掛ける。

 

 

複製(ミメシス)の本質は不滅性よ」

「形あるものはいずれ喪われる。人が死ぬのと同じように」

「形の無いものも、失伝によって人が知る機会を喪えば、その想いは忘れ去られる」

「忘却こそが(まこと)の死」

「それこそが(しん)の無価値」

「だから人は贋作を作る。模造品を造る。複製を創る」

「それらは偽物だけれど、喪われたものに代わる、価値あるもの」

「"それ"が作られた経緯を伝え、辿った歴史を伝えるもの」

「それこそが複製(ミメシス)の本質なのよ」

 

 

 そう語る彼女の声音は、どことなく諭すようなものにも聞こえた。

 

 

「そのミメシスは、失敗し、喪い、滅びの果てに行きついたとある愚者の()志の具象」

「忘却を禁じ、喪失に抗い、煉獄に在って恩讐を往く者の生き字引(アーカイブ)

 

 

 そこで、"彼女"が振り返った。

 ―――ミメシスの彼女と同じ眼をした"アル"が、私達を見据える。

 "彼女"の意思に呼応したように、ミメシスのアルがライフルを構えた。対するこちらの面々も再度構え始める。

 彼女達を見て、"アル"の眼にギラリと力が宿った。

 風が入らない屋内だというのにごうっ、と風を伴った圧が放たれる。

 

「―――改めて、名乗りを上げましょう。我が名はベリアル。無価値を破壊する王にして、この方舟の無価値なものを破滅へ嚮導する者」

 

 その名乗りの後、"彼女"の視線が私に向けられた。

 

「人々を教え、導き、価値を与えし箱舟の教導者。あなたが導いてきた全ての価値を―――ここで示してみせなさい!!!」

『―――()()()()()()!』

「来るわよ!」

「ん、先生!」

"ハルカは前へ! シロコ、ムツキ、カヨコは牽制! アルはカウンターを! あっちの"アル"と女の子は狙うだけ無駄だからミメシスのアルを全員で狙って!"

「「「「「了解!!!」」」」」

 

 そうして、たった一人のミメシス・アルとの戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 陸八魔アルという少女は便利屋におけるリーダーにして随一の狙撃手だ。

 私が知り合ってきた生徒達と比べれば、「狙撃」一点においては他に譲るだろう。だが不意の遭遇など千変万化な距離での交戦においては強力な狙撃手であると私は評価している。

 ゲヘナが突発的な戦闘の多い土地柄だからというのもあるだろうけど、ブラックマーケットでも活動しているが故の場慣れが、彼女の距離を問わない戦闘経験を養っているのは確かだ。同じことはムツキ達にも言える。

 射程距離内の敵であれば彼女達は距離を問わず、環境や不利を苦ともせず乗り越える。

 それが『便利屋68』の強み。

 

 廃校対策委員会とは似て異なる方向性のその強み。

 それが敵になった時のやり辛さを、私はキヴォトスに来てすぐの頃の経験との既視感と共に思い出していた。

 それに加え―――

 "アル"が支援しているミメシスのアルは、虚空から呼び出した様々な武器をとっかえひっかえ持ち替え、距離と状況に応じて応戦してきた。

 

()()()()()()()()!』

「私の銃を出して来ました!」

"散弾が来る、散開して!"

 

 指示を出してみんながバラけると同時、ゴヴァッ! と豪快な銃声と共に散弾が撃ち出される。本当にハルカと同じ銃なのかと疑いたくなるが、ユスティナの銃弾と同じく弾丸がそもそも通常のそれではないのだろう。

 

()()()()()()()!』

 

 その銃火が連続して放たれた後、ミメシス・アルが銃を持ち替える。

 ―――その瞬間、こちらのアルの狙撃が額に撃ち込まれ、間を置かず爆発した。

 アルの爆発狙撃弾だ。どういう原理で作られているかは不明だが、着弾してから爆発する彼女のとっておきは凄まじい威力を誇っている。

 だが、爆炎からはあまり傷付いていないミメシス・アルが現れた。攻撃力こそ聖女バルバラやアンブロジウスほど出鱈目ではないが、その頑丈さはかなりのものだ。ハルカを凌いでいるかもしれない。

 そのミメシス・アルは、お返しとばかりに虚空から取り出した物資―――ムツキのバッグに酷似している大きな入れ物を、散弾を躱すべく走っていた皆の距離が近づいたところに放り投げた。

 直後、間を置かず持ち替えていたムツキの機関銃を撃ち、発破。大気を鳴動させる大爆発を引き起こした。

 

「ッ……あ~! 痛い! 破壊力ダンチだねぇあっちのアルちゃん!」

「機関銃で狙撃なんて出鱈目してんじゃないわよ!」

「言ってる間に狙撃してきてるよ機関銃で! 走って!」

"シロコ、ドローンを!"

「ん、火力支援で挟み撃ちにする」

 

 極めて短い指示も阿吽の呼吸とばかりに正確に読み取ったシロコが、素早くミサイルを積んだドローンを起動し、駆け出した。ドローンが数多のミサイルを射出するのに合わせてシロコも引き金を引き、十字砲火を浴びせる。

 そこに、アル達を狙っている隙を突くように横から駆け出したハルカが銃火を浴びせに掛かった。

 

「すみませんすみませんすみませんすみません!!! ですが―――死んでください!!!!!!」

 

 相手がミメシスとはいえアルだからか謝罪しつつ、それでも自分の社長の敵だからと容赦のない連射を撃ち込む。

 それに、ミメシス・アルも負けじと応戦。

 撃ち込まれる散弾の銃火に逆らうように距離を詰めて体当たり。十字砲火の状態から無理矢理脱した。

 

()()()()()()()()!』

 

 近距離では機関銃は不利と悟ったか、次に持ち替えたのはカヨコの銃。

 ―――それが天へ向けられた。

 

"みんな伏せて!!!"

「全員伏せて!!!」

 

 私とカヨコが同時に叫ぶと同時、銃の引き金が引かれた。

 デモンズロア―――悪魔の咆哮の名に違わぬ力が放射状に放たれる。"アル"から感じた威圧感に近く感じる波動は、ミメシスとして形になっているせいかより攻撃的だった。

 暴力的な圧と風が巻き起こり、ミメシス・アルの近くにいたハルカが吹っ飛ばされた。

 

()()()()()()

 

 そんな彼女に、本来の愛銃に持ち替えたミメシス・アルが片手で狙いを定めた。

 

「させないわよ!」

 

 それを見たこちらのアルが、銃を持つミメシス・アルの腕を撃ち抜き、狙いを逸らす。その瞬間に引き金が引かれたが爆発狙撃弾はあらぬ方向へ飛び―――

 ナラム・シンの玉座の壁に着弾すると共に、大爆発を起こした。

 アレが直撃していたら頑丈さは随一のハルカと言えどただでは済まなかったかもしれない。

 その間に立て直したハルカが再度距離を詰める。私はシッテム越しに攻撃のタイミングや狙われている際の回避先の指定などで忙しく思考を回し、指を躍らせた。

 それはあちらの"アル"も同じ。あちらのA.R.O.N.Aは逆ハッキングに演算処理を回しているだろうから戦術支援をフルに使っているこちらより余裕はないはずだが、"アル"にそんな素振りは見られない。

 最もよく知る自分のミメシスを、最もよく知る相手と戦わせているからこそかもしれない。

 こちらの手は全て筒抜け。情報面でのアドバンテージがあちらにはある。

 

"―――強いね"

『同意。箱舟の空間跳躍サポートでの武器換装があるとはいえ、素の戦闘力は一線を画しています。ミメシスである事を考慮してもアンブロジウスを遥かに超えている規模。破壊力だけで言えば空崎ヒナさん、距離問わずの応戦力は小鳥遊ホシノさんにも劣らないかと』

 

 私が漏らした所感に、こちらのA.R.O.N.Aが戦闘力の面から同意した。

 比較対象としてその2人が出てくるほど。A.R.O.N.Aがそれを出してきた時点で、ほぼキヴォトス最強を相手にしているようなものと考えなければならない。

 それが複製(ミメシス)されたアルの力。自律思考が無い以上、本来よりも戦闘力としては劣るだろう。

 なら―――いま指揮している嚮導者の方の"アル"の力は、どれほどのものなのか。

 こちらのアル達やシロコも決して弱くない。むしろ強者の中でも上澄みだとは思うが、このままでは……

 

 そんな危惧が浮かんだとき、ゴォンッ! と箱舟の遠い場所で爆発が起きた振動が伝わってきた。

 

『―――先生、先生! 応答をお願いします!』

 

 同時、ここに入る時に切れた通信が繋がってヒマリの声が聞こえてきた。

 

"ヒマリ?"

『ああ、繋がりましたね! 先生、本船へのハッキングは切断しました! 虚妄のサンクトゥム再顕現もトキ達のお陰で阻止できています! 箱舟の自爆シーケンスもいつでも起動できます!』

『脱出は空間跳躍シーケンスで順次行うわ! 箱舟内にいればどこからでも使えるから安心してちょうだい!』

 

 それは、皆が全力を尽くして得た結果だった。どうやら無事に本船の制御を取り戻せたらしい。脱出についてもリオは上手くやってくれるようだ。

 これで後顧の憂いは無くなった。

 

「状況分析……ウトナピシュティムとの接続解除を確認。迂回路を試行します」

 

 それはあちらのA.R.O.N.Aも把握したようで、"アル"に報告しつつ対処を試みていた。だが間を置かずビーッ! とキャンセルされる音が"アル"のシッテムの箱から聞こえた。

 その音を契機としてか、ミメシスのアルがいったん後退して動きを止めた。

 こちらも小休止を兼ねてか、警戒はそのままに動きを止める。

 "アル"もまた、傍らの少女へ視線を向ける。

 誰もがあちらのA.R.O.N.Aへ注目していた。

 

 

「試行失敗。ウトナピシュティムへのアクセスが遮断されています。介入できません」

「多次元解釈の抑制が維持されていることを確認―――演算を加速し、破壊を再試行」

「試行失敗。演算の加速が不可能。地上サンクトゥムの顕現(インカーネーション)プロセスを確認。一時的な権限を確認。一時オブジェクトの破損を確認。顕現不可能」

「アトラ・ハシースの箱舟の自爆シーケンスが準備中であることを確認しました。シーケンス起動時、箱舟は爆発および最終処理に移行。多次元解釈機能は永久消滅します」

「演算不可能……リソース不足により、サンクトゥムの顕現(インカーネーション)プロセスが……キャンセルされました」

 

 

 それは、本船を介した箱舟の自爆を解除するためには虚妄のサンクトゥムが必要だが、その虚妄のサンクトゥムを顕現させるには箱舟か本船のリソースが必要という、ロジックエラーを来している報告だった。

 八方塞がりのA.R.O.N.Aの報告に、"アル"が目を眇める。

 

 

『先生! いま、ホシノ先輩達がそちらに向かっています!』

『アリス達もそっちに向かってます! 先生、あの子達をお願いします!』

『美食研究会も今そちらに!』

『先生、現在リンさんが例の"主砲"*1を準備中です! それまでどうにか持ち堪えて下さい』

 

 

 対する通信を介したアヤネ、ユウカ、アコ、ハナコの報告は朗報ばかりだった。苦戦を強いられていたシロコ達が、ふ、と笑みを零す。

 

「ん、皆が上手くやってくれたみたいだね」

「ここまで来られた皆の力だもの、当然ね」

「私がオペレーターから抜けても問題無く済んで良かったよ……」

「皆さん、凄く優秀で……凄いですね……ハッキングとか全然分かりません……」

「くふふっ! さーてさて、(おっ)きな"アル"ちゃん、ここからどうする? 手詰まりなんじゃなーい?」

 

 上向きになった空気の中で、ムツキが挑発的に笑いながら問いを投げる。

 A.R.O.N.Aを静かに見つめていた"アル"は、その問いを受けたからか、徐にこちらへ視線を向けた。

 その眼に焦りはない。表情も凪いだように冷静なそれだった。

 焦りはおろか、負の感情に類するものが感じられない異様な様子に息を呑む私達を見ながら、"アル"は口を開いた。

 

「……そうね」

「"ここ"まで来れた先生なら……きっと、また乗り越えられるでしょう」

「みんなで力を合わせれば……」

「―――先生さえいれば」

「この先も、きっと……」

 

 

「ん……っと。なんか、様子が、変……?」

「…………」

 

 そう言って、"アル"は静かに瞑目した。何かを噛み締めるような様子にシロコ達はどうするべきか判断に迷ったようで、最終的に私へ視線を向けてくる。

 私は、今なら話ができると思い、口を開いた。

 

"ねぇ、"アル"。君は……"

「―――先生」

 

 問いかけるための言葉は、しかし"彼女"によって遮られた。静かに瞼が開かれて、真っ直ぐな眼で見つめてくる。

 

「責任と義務について、話していた事があったわね」

 

 そして、本船で私が言ったことに言及してきた。

 ―――記憶の彼方で、同じ文言で誰かに言われたことがある気がした。

 

 

*1
真のアトラ・ハシースの箱舟化した光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ

基となった光の剣はアリスが持っており、別個に存在する

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