『ナラム・シンの玉座』は、異様な静寂に包まれていた。
箱舟との接続を解除し、本船への逆ハッキングの遮断は成った。
逆ハッキングが無ければ予定通りに箱舟爆破は完遂されていた。修理された本船で、私達は早々に脱出していただろう。紆余曲折はあったが今はいつでも箱舟を爆破できる状況であり、世界の破滅はほぼ確実に避けられるところまで来ている。
あとはそれを齎した張本人―――"アル"に真意を問い質すだけだった。
―――君にいったい、『何』があったのか。
こんな事をするに至ったのも何か理由がある筈だから、それを知らなければならないと思った。そうでなくては彼女を救えないから。
ただ―――その前に、あちらも私に話があるようだった。責任と義務について、話していた事があったわね、と。
―――大人としての義務と、先生としての責任。
本船で話したそれについて彼女は言及してきた。何を思ってのことかは分からない。私は彼女の事を、何も知らないから。
だから私は、彼女の言葉に真摯に応えるだけだった。
"確かに……本船で、君に言ったね"
「それは私の問いかけへの答えだった。なんと問いかけたか、覚えてる?」
"勿論だよ。節操が無い、敵すらも背負うつもりかって……そう聞かれたね"
生徒を背負い、世界を救い、更には並行世界の敵―――自身すらも背負うのか、と。それを節操が無いと彼女は言った。
それに対する私の答えが、義務と責任だった。
「……あのとき、なぜ、ああ答えたの?」
"大人として子供を守り、先生として生徒を守ること。それを果たすためだよ"
静かな問いかけに、ハッキリと返答する。
初めてキヴォトスに来た日からこれまで、私はそれを旨として走ってきた。
全てが正しかったとは思わない。一つも間違っていないなどとも思わない。規範の上で言えば、それを破る行為だってあった。
それでも―――大人への不信が蔓延しているこのキヴォトスで、生徒が自治している学園に在籍しながら、それでも大人である私を頼ろうとするほど切羽詰まっているのなら、全力で助けに向かった。
伸ばされたその手を掴んできた。
手を掴んでもらえるよう差し伸べてきた。
その行動の根幹には、私が抱く『大人』としての在り方が深く根付いている。
初めて黒服と対峙した時からそれは変わらない。
その答えを聞いた"アル"は暫し私をじっと見つめたが、程なく眦を下げて微苦笑を零した。
「こんなに見た目が変わって、世界の敵となった私を……それでもあなたは―――あなた
絞り出すようなか細い声で、感慨深そうに彼女は言った。あちらのA.R.O.N.Aが気遣わしげな顔で彼女を見上げる。
私達も、さっきまでの漲っていた闘志は雲散霧消させ、案じる視線を向けていた。
その空気の中、彼女から続きの言葉が来ないのを見た私は、今度は自分が聞く番だとして口を開いた。
"―――"アル"。私からも、聞きたい事があるんだ。いいかな?"
「……どうぞ。何かしら?」
"君に、『何』があったの?"
それは核心への問いかけ。具体的ではないけれど、何も知らない私にはそう問う事しか出来ない。
……唯一分かっている事はある。
それは彼女の目の前で、そちらの先生が命を落としているという事だ。
そこから切り込んでもロクなことにならないだろうと踏んで、私は彼女が話したいところから話せるよう促した。
"アル"は少し考える素振りを見せた後、おもむろに口を開いた。
「この世界と殆ど同じ流れを辿った私の世界に赤い空は来なかった。それを契機に……全てが破滅へと向かったの」
「ど、どういう事よ? 赤い空……つまり嚮導者がって事よね? 来たら滅ぶから来ちゃダメでしょ」
困惑したようにアルが問いかける。だが彼女の疑問は、私達の総意でもあった。
"アル"の話し方ではまるで、キヴォトスは内側から崩壊する定めにあるようで……
―――あなたがまだ諦めないと言うのなら……その価値を、示してみせなさい。出来なければ、定めのままに滅ぶだけよ。
そこで、シャーレから去り際に言い捨てた"アル"の言葉を思い出した。
定めのままに滅ぶ。
まさか、と思考が回り、その推測を言語化した。
"もしかして……『定めのままに滅ぶ』というのは、色彩によるものではない……?"
私は赤い空が来るよりも前に、終末の予言をトリニティの生徒セイアから託された。
そしてそれにまつわるだろう夢も見ている。黒ドレスを纏った成長したシロコのような女性に、雨の中、拳銃を突き付けられる夢を。
その二つがあったからリンちゃんに相談したし、それを受けて彼女も当時は詳細不明の――後に虚妄のサンクトゥムを生成すると判明した――エネルギーを警戒し、非常対策委員会を即座に発足させた。
それを証明するかのように赤い空が到来したから、セイアの予言は当たっていた事になる。
対する私の夢はまだその片鱗を感じないが……
「間違いとも言い切れないわ。色彩が完全に到来すれば、方舟たるキヴォトスはその概念から崩壊する」
そうハッキリと言った"アル"は、「けれど」と言葉を続ける。
「間違いが2つ。1つ目は私が言った事はキヴォトスの内的要因であること。2つ目は、あなたが見たであろう夢は既に終わっていることよ」
「え、どういうこと? 夢ってなんの話……?」
"アル"の話がいきなり別方向に飛んだと思ったのか、ムツキが困惑の声を上げる。知らなければそういう反応になるのは仕方ない。
これについて分かるのは実際にあの夢を見た私と、それを聞いたリンちゃんだけだろう。
強いて言えばセイアの友人として予知夢関連を知っているかもしれないハナコや、会長職として把握している可能性があるリオくらいか。
とはいえ―――
私が見た夢についてまで"アル"が知っているのは驚きだった。
それが既に終わっていることだという話も。
「内的要因についてから話すけれど……人の欲望、憎悪、悲嘆、絶望。そういったものがキヴォトスを沈めるのよ」
「私が生きたキヴォトスも、今まで見てきた世界も……そうやって滅んでいったわ……」
薄暗い天井を茫洋と仰ぎ見ながら"アル"は言う。
「先生、あなたは"ここ"までに幾度とない死の危険に晒されている。"ここ"に至れたのは幸運か悪運に恵まれただけ」
「私の世界の先生も運には恵まれていたけど……」
「大半の世界は、どこかで命を落としているの」
「……そして、『先生』を喪った『学園都市』はそのまま沈む」
「箱舟を破滅へ誘う存在は数多ある。追放されしゲマトリア、古代の生き残り無名の司祭、到来する神デカグラマトン、学園を否定する企業カイザー……」
「そして私の世界はカイザーによって滅んだようなもの」
そこで、"アル"がこちらを見つめた。どことなく遠くを見ているようなその眼は、過去も追想しているように見える。
「この世界も本来は同じ末路に行きつく筈だった。人の欲望と絶望で捻じれて歪んだ終着点へと……けれど、赤い空が来たことで、カイザーは連邦生徒会襲撃から引き揚げたでしょう?」
『たしかに……そうです。虚妄のサンクトゥムの飛来と共に、サンクトゥムタワーが崩落したことを契機にカイザーは兵を引き揚げさせました。だからこそウトナピシュティムの本船を接収できた訳ですが……』
"アル"の言葉に、通信で話を聞いていたオペレーター統括のリンが硬い声で応じた。
賢い彼女は、この論理がどれだけ異常な事かをよく理解しているに違いなかった。
『……あなたの世界では、サンクトゥムタワーは奪取されたままだったのですか?』
「そうよ。制御権を手にしたカイザーを筆頭とした企業連合が、キヴォトス全土の支配を掲げて侵攻を開始した。シャーレを奪取した先生は、連邦生徒会長代行である七神行政官を旗印に、数多の生徒達の協力の下に抗戦を開始―――キヴォトス大乱の幕はそうして開かれた」
『キヴォトス、大乱……』
通信越しにも分かるくらいハナコが戦慄を滲ませる。
遥か昔のトリニティとアリウスの争いについても詳しい彼女なら、おそらくキヴォトスの数多の歴史にも精通している筈だが、それを知っていても慄くほど異常なものらしかった。
それも当然かと内心で頷く。
キヴォトスは日常的に銃撃戦が起きる。多少撃たれたところで痛みはすれど怪我はほぼ無く、相手が倒れればそこまでで切り上げる、ちょっとした喧嘩の延長線上程度の扱いが多い。
そういった子達にとって争いは身近だ。同時に、すぐやめられるものでもある。
相手との因縁は続こうと執拗なまでに攻撃を繰り返すことは極めて稀。得るものが殆ど無いからだ。だってそれは"ありふれている事"なのだから。
逆に言えば、得るものがあるなら続ける者もいる。
だが―――キヴォトス全土ともなると、規模が大きすぎる。単純な金銭で誰もが従うわけではない。それは企業や大人のやり方だ。
つまり『キヴォトス大乱』とは、金銭や利益を得ようとする大人と、自身を守ろうとする子供の争いの縮図が全土に広がった形なのだろう。
それは……
「要は戦争だよね……?」
同じ過程かは分からないが、私が出した結論と同じ言葉をムツキが恐る恐る口にした。
それに、"アル"が頷いた。
途端、便利屋の皆の顔も強張る。日頃からアウトローとして依頼を受けて動いているからか、その二文字が意味するものが茶飯事の戦闘とは一線を画していると分かるらしい。
戦闘や抗争とも違う『戦争』は……たしかに、重みが違う。
「そして……第一の犠牲者は、尾刃カンナ公安局長だった」
"……え"
「あなたを助けた後、そのまま捕まった彼女は人質にされる事に抵抗し続けたの。それを取り押さえる際にカイザーが"やり過ぎた"ことで命を落とした」
"――――"
思わず言葉を喪った。
『戦争』の重さを、私はよく分かっていなかったらしい。
……身近な人が喪われたと聞いて、ようやく等身大で理解できるくらいには。
「それからは地獄よ。彼女を慕っていた生徒は一斉蜂起。生徒が死んだことで落としどころも見つからず、治安は悪化。それでも生徒の味方たらんとした"先生"は方々を駆け回った。私も、その指揮を多く受けて戦ったわ……―――"先生"が爆殺されるその時まで」
そこで、"アル"の表情が沈んだ。悔恨が色濃く滲んだその顔にぐっと喉が詰まる。
―――分かっていたことの筈だ。
彼女は、"先生"の死を目の前で見たというのだから。その感情を見ることになるのは分かっていた。
……けれど。
光を喪った目が、自分ではなくとも確かに"自分"のせいだと思うと、胸が締め付けられる思いになった。
「私は……シャーレに居ながら、守れなかった。1度目の爆発をシッテムの箱の奇跡で凌いだところに駆けつけたけれど、間に合わなかった」
"……2度目で、死んだんだね"
私の予測に、彼女は「ええ」と言って首肯した。
エデン条約調印式の時と同じだ。撃ち込まれた巡航ミサイルによって、シッテムの箱はバッテリー切れを起こしてバリアを張れなくなった。そこに追い打ちを掛けるようにアリウススクワッド―――サオリ達が攻めてきた。
恐らくそこで死んだ世界もあるだろうと思うほどの窮地だった事をよく覚えている。
だからこそ、狙われた。
用意周到な計画だ。
そして……その死を、彼女は目の前で見たと。
「―――ここで、先生が見た夢も関わってくるわ」
そこで"アル"が『定められた滅び』についての認識で間違っていると言ってきた事のもう一つの内容について触れた。
ここでそれが関わってくるのかと内心驚きながら耳を傾ける。
「私が生きた世界では先生は即死した。けれど……先生、あなたが見た夢は、瀕死の重傷ながら
曰く、私が見た夢の少女はこの世界、そして"アル"の世界とも異なる更に別の並行世界を生きた砂狼シロコが色彩によって反転した姿。ホシノ達全員が死に、その世界の"先生"も蘇生不可能と判断されながらも一人で生きた果てに絶望し、色彩に触れたのだという。
―――そして、色彩の嚮導者となった。
そのシロコは"アル"から見て3代前。
夢で見た"先生"は、その次の代の嚮導者になったらしい。
私が"先生"の夢を見たのは色彩を介して流れ込んだ記録だろうと彼女は語った。セイアが色彩に触れた後、クズノハによって予知夢を手放した流れを知っている私は、ベアトリーチェとの戦いの頃から色彩は近付いていたのだと悟り、彼女の推論にも納得した。
この話を聞いているシロコやアル達、オペレーターの殆どはこの辺の事情を知らないからよく分かってないと思うけど……
吐き出すように話す"アル"を止めるのが忍びなくて、今は後回しにさせてもらった。
「嚮導者になった者はある者達の傀儡となる。それでもその"先生"は、異なる世界の"
それが、2代前の嚮導者になった"先生"の末路だという。
……不謹慎かもしれないけれど、ああ、私らしいな、と思った。
きっともうどうしようもなかった。それでも、責任と義務のためにシロコを送り出したんだろうことは理解できた。
―――夢に見た、雨の中で銃を突き付けるシロコを思い出す。
彼女の顔は悲痛のそれだった。辛くて、哀しくて、けれどやらなければ―――そう自分に言い聞かせている人の顔だった。
それでも、彼女は引き金を引かなかったのだろう。
傀儡にされていたとしてもその一線を越えなかった。
……そんな子供を守るために、"
最後の最期まで、やり遂げた。
"……その人は、全うしたんだね"
「ええ……―――そして私は、後進としてその道を辿ったの。私の目的のために」
そして―――ここでようやく、"アル"が敵として立ちはだかった理由について触れられるようだった。
気にはなっていた。早い段階でこの世界を滅ぼすために来たわけではないとは察していたが、なぜこんな手段を取ったかは不明のまま。明かされる事実が山ほどあって受け止めるのに精いっぱいだったから聞けなかった。
それを教えてもらえるらしい。
……黙って帰る事も出来る筈だが、なぜ話してくれるのかは気になった。
"目的……それは、いったい?"
意図はともかく、内容について問いを投げる。
"アル"は決然とした面持ちで顔をこちらに向けた。
「カイザーを引き揚げさせ、大乱を防ぐこと。
そこで、彼女の視線が横に逸れる。
視線の先にいたのはアル達だった。特にムツキ、カヨコ、ハルカに向けられていた。それから視線が私に戻る。
静かな目で見つめてきた"アル"が、そっと瞑目した。
「……あなた達が生きられる未来へ、繋ぐためよ」
「"アル"ちゃん……」
「たとえ別人だとしても……私が率いた便利屋の社員でないとしても……生きて、欲しかった……」
「"アル"……」
「嚮導者となった私は赤い空を齎せる。復讐だけでは未来へ繋げられず、本当の意味では何も出来ていなかったけれど、先達が為したそのデータを基に奇跡を再現すれば変えられると分かったから……!」
「"アル"様……」
「守れなかった"先生"を、託してくれた"3人"を、この手で奪っておきながら礼を言ってきた"あの子"を―――あの末路を繰り返させないために私は10年間生きてきた!!!」
「……ん」
徐々に"アル"の声に感情という名の力が籠もっていく。
静かな瞑目も、今はぎゅっと力んだように瞑る様子に変化していた。苦しいながらも伝えなければと、そんな声なき声が聞こえてくるような様に、幾度目とも知れない苦しみが胸を締め付けた。
彼女は、体と
失敗し、喪ったその日から。
もしかしたら……今回の彼女の行動は、自身の失敗をどうにか無かった事にしたいという思いの代替行為なのかもしれない。
だとしても、責められることではない。
―――誰もそんなことは出来ない。
少なくとも、彼女が赤い空を齎したことで危機は回避された。
勿論これは彼女の話を信じるならだが、私は、彼女の言葉には一つも嘘が無いと確信していた。
いまこうして話を聞いて分かったけれど、思い返せば"アル"はこちらからの問いかけへの返答に嘘を吐いていない。
『無価値なものを破壊し、破却する嚮導者』。その名乗りの意味も、さっき言っていた抹殺対象のことだろう。
色彩に操られているかどうかも、逆に利用していると言っていた。
なぜ襲来したかについても、自ら定めたことのためと答えた。それが先の復讐やムツキ達の未来を繋ぐ事だとするなら、『キヴォトスを滅ぼすことか』と私が投げた問いに応じなかったのも納得がいく。
元々滅ぶ定めにあるというのも、カイザーの話を聞いた限り事実だろう。
嘘が吐けない訳ではないと思う。ただ、嘘を吐きたくなかった。だから誤解を生む言葉選びをし、それが難しい問いは笑みで流したのだと思う。
まだ話してない事があるかもしれないが、おそらくそれは、本当に話す必要のない事だけだと思った。
"……そうだったんだね"
「っ……ええ。それが、嚮導者の力を持った私のできる事で、自ら定めた
昂った感情を、"アル"は呼吸を整えると共に落ち着かせていった。
その間にホシノ達、アリス達、ハルナ達が『ナラム・シンの玉座』に辿り着いたが―――全員、神妙な面持ちをしている。オペレーター組の通信を介して今の話を全て聞いていたからだろう。
そちらを一瞥した"アル"は、ふ、と微苦笑を漏らした。
「そして……こんな
"―――"アル"。それは、君が抱えるものじゃない。自分を責める必要はないよ"
"アル"の言葉に、私は半ば反射に近い速さでそう言葉を掛けていた。
"君のその苦しみは、『世界』を想っての自責は、それは世界の『責任を負う者』が抱えるべきものだよ"
「―――いいえ。これは、必要なのよ」
私の言葉に、彼女は静かに首を横に振った。
"たとえ罪を犯したとしても、赦されないことをしたとしても……
「けれど、子供はいずれ飛び立つわ。いつまでも一緒には居られない」
"そうかもしれない。でも……いつ、いかなる時であっても―――子どもと共に生きていく大人が背負うべき事だから"
「あなたは、あなたの世界の
微笑みと共にそう言った"アル"は、「それと」と、言葉を続ける。
「私はもう救われているわ。嚮導者となった"先生"が繋いだ世界の便利屋にね。名前だって変えてるんだから」
"……じゃあ、君の名前は?"
そう問うと、彼女はふっと笑みを浮かべて胸を張った。
「
「追加。私はベレナという名前を頂いています。以後、お見知りおきを」
そうして、私達は彼女達の名前―――ベルとベレナという名前を知った。
由来はベリアルの略かと思ったが、
ただ、その事を話している時はそれまで纏っていた悲痛な空気が殆ど無かった。
「なるほど……それなら、私からの叱咤は不要ね」
そこで、ここまでほぼずっと黙っていたこちらのアルが、微笑みと共にそう言った。不敵に微笑みながらのそれに困惑は無い。
まるで全て分かっていると言わんばかりの様子に困惑の気配がそこかしこから上がるが―――
ベルはそんなアルを見て、くすりと笑った。
「こっちの社長も怖いわね。隠し事が出来ないわ」
「曲がりなりにも自分よ? 少し話を聞けば凡そ分かったわ……最初はアウトローの風上にも置けないと思っていたのだけど、中々じゃない」
「参考にするべきではないわよ」
「あら残念」
言葉とは裏腹にあまり残念そうではない様子でアルは肩を竦めた。そんな様子に、ベルは苦笑を向ける。
……救われていると言ったけど、本当のことなんだろう。
嚮導者の"先生"に託されたそちらの先生が救っていると思っていたけれど、その世界の便利屋の皆にとは少し予想外だった。
でも―――別人だとしても生存を願っている社員達を前に、抵抗できる様子はたしかに浮かばない。
少し話しただけで分かるけど、彼女は嘘偽りを避ける真摯な在り方のようだから。
ひょっとするとシャーレ、本船、そしてナラム・シンの玉座で戦う前それぞれで徹底的に会話を避けていたのはそのせいなのかもしれない。
「―――先生」
そう考えていると、ベルに呼ばれた。意識を向けると彼女はシッテムの箱を持ってこちらを見つめていた。
「未来を繋ぐためと殊勝な風に言っても、私のエゴのために事を起こした。この世界を存亡の危機へ陥れ、人々を脅かし、そして"あの子達"の遺志と思い出を利用したことは事実。その責任を取らせてちょうだい」
"……どう取るつもりなんだい?"
気が進まないが、それではさっき同様の押し問答になると思った私は、まず何を考えているのか聞くことにした。
それがあまりにも身を削るような事なら、そんな責任の取り方なら要らないと突っぱねる気でいた。この世界が破滅に向かいそうだったところを変えてくれただけでも十分なのだから。
「『シッテムの箱』の制約解除プロセス『ベレツ・ウザ』の稼働を補助するデータを渡すわ。そして戦術指揮支援の人数限界の制約を解除する指揮の演習機会の提供よ」
"……ん?"
ただ、予想していたものと違う事だった。一瞬理解が遅れたので改めて詳細を聞く。
『ベレツ・ウザ』というのは、戦術指揮で1グループ6人が限度の制約を解除し、1グループ10人まで拡張するためのプロセスらしい。
本来は『A.R.O.N.A』2人分の演算処理能力が必要で、1人分では起動もままならない。
だがそれを補助するデータを入れることでメインオペレートシステムA.R.O.N.Aの演算機能を強化、また処理負荷を軽減し、戦術指揮支援の制約解除を実現させるとのことだ。
そしてその制約解除指揮の演習機会は早々来るものではないため、ベルが付き合ってくれるらしい。
こちらにメリットが多くて、むしろ彼女の事情を聞いた今だと貰い過ぎなくらいだが……
"一応聞くね。これ、今後要る事態があるんだね?"
「…………まあ、そうね。私の演習も、私が介入したことで無くなるだろう制約解除機会*1の補填も兼ねてるところあるから……先生やムツキ達の未来のためにも、出来れば演習をして欲しいのだけど……」
「ん。先生、やろう」
「うへ、流石に世界の危機に関わるって聞いたら無視できないな~」
「なんか、ちょっと前の激ヤバシチュエーションから一転して修行パート入ってるんだけど……これ、受けて大丈夫なやつ?」
「世界を救うための修行ですね! 勇者には付きものです! 是非受けましょう!」
「まあ、ここまで来たらやっとく方がいいよね……」
「ハルナ、私達はどうする? やらなくても良くない?」
「ふむ……思っていた状況とは違いますが、万が一がありますし参加しておきましょう。何が先生の助けになるか分かりませんしね」
途端、参加するかどうか、グループ分けはどうするかとワイワイと活気溢れる声が飛び交い始める。
少し前まで世界を懸けた戦いがあったとは思えない和やかさだった。
その間に制約解除プロセスの起動補助データを貰っておき、前衛8人とオペレーター2人の10人組を2グループ作った。
そうしてベルが提案した制約解除演習に挑み―――
ホシノをある程度抑えられる"ハルカ"と、単独で便利屋全員とシロコを相手取れる"アル"のほか、"ムツキ"と"カヨコ"も色彩化オートマタやユスティナ信徒などと一緒に抑えに来るという予想を軽く超えた戦闘に、皆と一緒に苦しんだのだった。
制約解除指揮の演習まで済ませた後、私の胸中は不思議な感覚だった。
やりきった。
途中情けなくも吐き出していたけれど、誤解を生まないよう意図も目的も話し、理解を得られて『ベレツ・ウザ』も問題無く渡せて、演習にまで持ち込めた。
各々が私をどう思っているかなんてどうでもいい。そんなこと、最初から気にしていない。
ムツキ達が、先生が、そしてこの世界のシロコが生きていればそれで良い。
そのためだけに、私は奇跡の再現を目指したのだ。
これ以上無いくらいの大成功と言ってもよかった。
……そう、大成功なのだ。
けれどそこまで達成感を感じられない。
それは―――きっと私が、まだ絶望しているから。
そしてこの道に、果ては無いから。
今後この世界がどうなるかは分からない。もしかしたら、運が悪くてデカグラマトンに負けるかもしれないし、それ以外の滅びに呑まれるかもしれない。
だからこそ―――私のこの道に、果ては無いのだろう。
明確な区切りも終点も無い。
私が進む道は、ようやく始まったばかりなのだ。
「……ねえ、先生」
"なんだい?"
本船の中で、言葉を紡ぐ。
もう残っているのは私と先生の2人だけだ。他の生徒は全て地上へ脱出した。
自爆シーケンスは私が起動させる。その後、拠点としている箱舟へ転移し、元の奇跡世界へ帰還する流れを伝えている。
その直前まで一緒にいると言ったから、私達は一緒にいた。
けれど、もうお別れだ。
「最後に一つ、あなたにお願いしたい事があるの」
"なんだい?"
静かに、相手を安心させる笑みを浮かべて促してくる。
どの世界でも変わらない顔だ。
相手を理解しようとする目だ。
―――同じ状況に至れば、同じ選択をする人だ。
「この世界のムツキ達を……みんなを……――――」
だからこそ―――
信じて、託せる。
この世界の未来を。
「生徒たちを……よろしく、お願いします」
"―――任せて"
私の心からの願いを、
程なく、先生は光に包まれ地上へ帰還。
私も自爆シーケンスを起動させ、その世界を後にした。
―――あの世界を救えたとしても、私の失敗が無くなった訳じゃない。
これはただの代替行為に過ぎない。
それでも確かに、救われる思いだった。
「―――ただいま、みんな」
「「「「お帰りなさい、副社長」」」」
私もまた一歩、前に歩き出せた。
そんな気がした。
・陸八魔ベル
一つの世界を確かに救った
『偽物の意識』に関して奇跡世界のアル達に救われ、確かな居場所を得た
今回は他世界を救う事で『未来を知る者としての失敗』を取り返す代替行為で自身を慰めた。救われてはいないが―――それは、この並行世界の先生次第となる
ほんの少しだけ、煉獄の中で彷徨っていた心が確かに前へ進み始めた
・並行世界の先生
ベルから託された方舟の教導者
二つの世界の滅びとプレナパテスとベルという嚮導者のこともよく知った人
未来に訪れる破滅に備えるようになり、また偽装誘拐が最悪生徒の命を落とす遠因になると知ってセキュリティ面の強化もするようになる
地下生活者の名前は知らないが、ベリアル/ベルが始末したゲマトリアが居ることをグレゴリオを披露するマエストロか様子を見に来た黒服から遠からず聞かされる
・本船乗組員の生徒達
意図せず滅びの真実を知った生徒達
死者への執着や在り方の一つの極致を見て幾人かが影響を受けた
先生が死にかねない未来、キヴォトスの滅びの可能性を知って各々のやり方で打開策を模索中
無名の司祭についてもある程度聞かされ、今のキヴォトスには居ないが他のキヴォトスから攻め入ってくる可能性は示唆されてるので、リオ達も変わらず対策に勤しんでいる
・プレナパテス
奇跡の先導者
ベルが齎した救い、奇跡の再現元であり、その根幹を為す存在
既に亡き人だが、今後もベルを通じて多くの人の記憶に残っていく
シロコ*テラー、プラナ、そしてベルがいる限り、彼が無価値になる事も無い
明日以降はミメシス・アル(シロコ*テラー&プレナパテス枠)のボス情報や掲示板回の予定です
不定期更新(予防線)のつもりでお願いします!
あと気付いたらお気に入り5400超えててびっくり! 雰囲気考えて前書き後書きで書かずにいたら5300感謝もスルーしちゃってる勢い……!
ランキング一桁にも入ってる!
本当に励みになってます!
少しでも楽しんでいただけていれば幸いです
ありがとうございました!