引き続き先生視点です
あの後、マイとシノンはヒナによって退出させられた。デジカメは盗撮された写真の扱いが決まるまではシャーレ預かりとして没収となっている。
私はアコとヒナの強い提案によりクロノススクールに抗議文を送る事になり、その文書を製作していた。
「いいですか先生? 言葉を選ばずハッキリ言ってしまえば、先生は舐められているんです。この程度なら、生徒だから、事後承諾してもらえるから……そういった先生が作ってきた『前例』が、彼女達を付けあがらせてる部分があります。今回はそのツケですよ」
"……やっぱりそうなのかな"
「そ・う・な・ん・で・す!」
私の返事を聞いた瞬間、スイッチが入ったらしくアコは瞬時にヒートアップした。
「こういう事も一つずつキチンと対応していけば、自然と今回のようなトラブルも無くなります!」
「アポ無しで来られたら一切答えないくらいの毅然とした対応が必要なんです!」
「ルーズなままでも通用すると思われたら、それがデフォルトになってなあなあで進んじゃうんですから!」
「ヒナ委員長でしたらそもそもこんな問題起きずちゃんとアポを取って取材されてますよ!」
「聞けば出待ちもされていたらしいじゃないですか! 優しさを無くせとは言いませんが、目に余る行為にはもっと毅然に、厳格に対応を!」
「そこが先生に足りないところです! 今回の抗議文は己の反省文とも思って自戒を込めて作成してください!」
「クロノス報道部だけでなく先生に意識付けるためのものでもあるんですからね!」
"はい……"
眦をつり上げながらの怒涛のお説教を粛々と受け止める。
悲しいくらいに慣れ親しんだものだ。リンちゃん、アオイ、ユウカ、チヒロ、アコ等々……私自身の不手際や至らないところを指摘してくれる。それはつまり、情けないところを沢山見せてしまっているということ。
多分いまの私の顔はいつにも増してしょぼくれている事だろう……
「先生、ちょっと気になったのだけど」
"ん? なに、ヒナ?"
「あの写真に写っていた人物……もしかして、例の陸八魔ベル?」
"例のが何かは分からないけど、ベルなのはそうだよ"
「……そう」
私の返答に、ヒナが何とも言えない顔で考え込み始める。
その様子に私は、もしかしてベルのこと聞いてないのかな、と疑問を抱いた。
ゲヘナに編入するにあたり、マコトには『色彩の嚮導者』関連のことを含めてベル自身の口からおおよその事が伝えられている。とはいえマコトは風紀委員会、もといヒナへの嫌がらせで色々とする子だから、素直に情報を渡しているとも考えにくい。
それに内容が内容だからベル本人に無断で話すとも思えない。仮に話す許可を出していたら、昨日の外食時についでのように一言教えてくれていただろう。
一応ヒナもアコももう一人のシロコとは面識があるから何となく察してはいると思うけど……
"えーっと……ヒナ、どうかしたの?"
「……クロノスの事だからもしかしてと思ってニュースを見ていたのだけど、これ」
おずおずと差し出されたのはヒナの個人端末。それを受け取って画面を見れば、見覚えのある写真を掲載した記事があった。
クロノス報道部が出している朝刊。それも速報として急遽出されているものだ。
時間としてはオフィスに突撃してくる数分前。
"これ、さっきの……"
「どうやらあの二人、先生から聞き出せる前提で記事を作って、先生の下に来る直前に掲載したみたい」
「はぁ!? 飛ばし記事な上に無許可掲載とか……!」
「それもだけど、問題はSNSの方。この記事を引用する形で色々予測が飛び交ってて、その中で便利屋68のHPを引っ張って来て陸八魔アルが相手なんじゃという予測が出ているようなの」
隣に来たヒナが指を端末に伸ばし、すっすっと操作していく。そうして示されていく様々なポストはヒナの言葉を肯定するものばかりだった。
無関係なアルにまで飛び火してしまっている……
たしかに二人は体格を除けば瓜二つだし、便利屋としての露出含めて考えればベルについての噂も誤認によってアルへ向いてしまうのは分かるけど、まさかこんな形で起きるとは。
"あーこれは……"
「私達は陸八魔ベルと面識はないけど、多分陸八魔アルと瓜二つなのよね? だから勘違いが起きてしまっているみたい」
"これは……困ったね……"
「先生、これに関しても抗議文に盛り込みましょう。無関係な第三者まで巻き込まれてる時点で大問題です。というか許可なく撮影はおろか記事に掲載してる時点で抗議待ったなしです。徹底的にやるべきです」
"そうだね。ベルとアルには後で謝るとして、記事にも無許可で使用してるのは問題だからね"
「ちなみにこの記事は既にオフラインで保存済み。第三者によって拡散もされてるから、あの二人が消しても逃げきれないわ」
"流石だね、ヒナ"
「これくらいは別に」
改めて心に留めながらもアコとヒナの指示に従って抗議文を手早く作成し、一旦連邦生徒会のリンちゃんにも報告を入れる。あとはリンちゃんの判断が下り次第抗議文をクロノススクールへ送るだけだ。
なお、この抗議文は盗撮と無許可掲載の事へのもの。
盗撮されたことの訴えなどはまた別途送る事になるだろう。
これらを終えた時点で午前8時30分。
まだ始業時間も迎えていない……
"ふぅ……朝から更に疲れた気がする……"
「私もまさか朝一にここまで怒る事になるとは思いませんでしたよ……」
"ごめんね……でもありがとう。助かったよ"
「ま、まあ……これで改善されるのであれば、いいです」
本心からお礼を言うと、それまでピキピキと表情筋をひくつかせていたアコが頬を染めて視線を逸らした。
可愛いなぁと思って見ていると、羞恥が勝ったらしいアコが咳払いをした。
「んんっ。ひと段落しましたし、コーヒーでも淹れてきますね。先生もいかがです?」
"あ、うん。お願い"
「よろしくね、アコ」
「はい。では給湯室をお借りしますね。あと先生のコップも」
"よろしく"
すまし顔で微笑みながらそう言ったアコは宣言通り給湯室へコーヒーを淹れに向かう。私が先に使っていた空になったコップも忘れず持って行った。
話に聞く限り美味しくないらしいけど、断るのも失礼なので特に止めはせず見送った。
残った私とヒナは静かにPCのニュースを眺めた。
執務室に沈黙が満ちる。
「……そういえば先生、今日の当番って他に誰が来るの?」
それに耐えきれなくなったか、いつも使っている当番用のデスクに戻ることなく傍に立っていたヒナが静かに問いかけてきた。
当番に関してはシャーレ公式のモモッターアカウントでも告知されているのだけど、ヒナに限ってそれを見ていないとも思えない。忙しくて忘れちゃったのかなと思いつつ口を開く。
"話に挙がっていたベルと、あとはカヨコだね"
「陸八魔ベルと鬼方カヨコが……ということは、今日の当番はゲヘナ生だけなのね」
"そうだね。実は意図して選んだのはヒナだけだから本当に偶然なんだけど"
「抽選じゃなくて……? なにかゲヘナに関わることが?」
"当番が揃ってから話すつもりだったんだけど……実は―――"
ヒナの尤もな疑問に答えるべく話そうとしたその時、プルルル、とデスクの電話が鳴った。
手で切る形でヒナに謝罪しながら受話器を取り、耳に当てる。
"はい。こちら連邦捜査部S.C.H.A.L.E、顧問の先生です"
『ヴァルキューレ公安局局長、尾刃カンナです。おはようございます、先生。始業前なのに申し訳ありません』
電話を掛けてきたのは公安局の局長、カンナだった。
彼女とは指名手配犯の捕縛や取り締まりなどで度々顔を合わせている事もあり親しいが、それでもカンナ自身が電話を掛けてくる事は珍しい。それも始業時間前にともなれば猶更だ。
"おはよう、カンナ。始業前と言ってももうすぐだから気にしないで。それより君が直接電話してくるなんて、何かあったの?"
『はい。実は、狐坂ワカモが暴れていると通報がありまして』
"ワカモが……"
その内容に、少し声のトーンが落ちる。
ワカモが暴れるのは抑え切れない程の破壊衝動に駆られているからだ。理性で抑え切れず、変えようとしても難しいそれによる行動は、私も知らない過去に根ざしたものらしい。
私と接している時はそれが落ち着くというから―――
もしかしたら、また苦しんでいるのかもしれない。
暴れれば相手もワカモも傷つく。それは誰にとってもよくない。もちろん、ワカモにとっても。
『本日の当番にはゲヘナ風紀委員会の空崎ヒナさんもおられますよね。彼女ほどの実力者がいれば、狐坂ワカモを捕らえられる筈。先生、どうかワカモの捕縛にご協力頂けませんか』
"……うん、わかった。座標を送って。すぐに出るよ"
『……! ありがとうございます。座標に関してですが、こちらから装甲車を出しますのでそちらに乗って頂ければ。10分ほどでそちらに着きます。それでは、また後で』
一瞬滲んだ喜色の気配をすぐに改め、努めて事務的に用件を告げてからカンナは通話を切った。それと共に受話器を下ろす。
「先生、いまの―――」
「―――カ、カヨコさん!? なっ、なんでいきなりそんな現れ方を!?」
ヒナが話そうとしたその時、再び遮るように給湯室の方からアコの驚愕に満ちた絶叫が響き、続けて立て板に水のように続くアコの怒りにも似た動揺の言葉が連続して聞こえてきた。
それから程なく給湯室から2つの人影が出てきた。
コーヒーを淹れに行ったアコと、今日初めて見るカヨコが。
そのカヨコの姿を見て、ヒナが眉根を寄せる。
「……先生。鬼方カヨコは既に来ていたの?」
"いや、来てなかった筈"
「じゃあ今のは?」
"後で話すよ"
不可解だという心情を押し出しているヒナを心苦しいながらも後回しにして、まずはカヨコに話を聞く事を優先した。
カヨコの服装は見慣れたものだったが、しかしどこか土埃で汚れている。
銃撃戦が茶飯事のキヴォトスで珍しくはないし、道中巻き込まれることもある。それでも当番に来た時は少しでも身綺麗でいようとみんな気を遣っていて、そんな子達が着替えるための更衣室も解放されている。
それに、今日一緒に来るはずのベルが居ない。
間違いなく転移でカヨコは来たのに、それに同伴していないのにはなにか理由がある筈だ。
"カヨコ、何があったの?"
「狐坂ワカモにベルが襲われた」
"えっ!?"
そうして告げられた事は驚きの内容だった。
"まさかワカモが襲っている相手がベルだったなんて……"
あまりの偶然に驚きを隠せなかった私の言葉に、カヨコは呆れたように息を吐いた。
今の疑問に呆れられる要素があったのか……*1
「……それで先生、ヴァルキューレからワカモ捕縛の要請は入ってる?」
"あ、うん。ちょうどさっき電話が来たところだよ。こっちに車回してくれるって"
「なら、すぐに行こう。逃げられると困った事になる」
"分かった"
あまり余裕が無いのか急かしてくるカヨコに、断る理由も無いのですぐに頷き、私はアコが淹れてくれたコーヒーをぐいっと呷ってからシッテムの箱を手に取った。ヒナもガンラックに預けていた愛銃を取り出す。
「先生、私は書類専門で来ていますがどうしましょう?」
"ひとまずここに待機で。ただ戦術指揮の際にサポートをお願いする事になるかも。話せてなかったけど、今日ちょっと大きい案件も入ってるんだ"
「大きい案件ですか? そういえば朝一に仕事があるとは伺っていましたが……」
「先生、それが私を指名した理由?」
"うん。詳しくはワカモの対応をしてから話すよ"
「……わかったわ」
「了解しました。では先生、ヒナ委員長、それからカヨコさん、お気を付けて」
ひとまず急ぎで対処すべき案件を優先する事にしたのか、ヒナとアコもそれ以上は聞いてこなかった。それに内心感謝しながら、私はヒナとカヨコを伴って1階へと降りる。
エレベーターを降り、エントランスを通って外に出ると、丁度ビル前の道路に横付けする形でヴァルキューレの校章が入った装甲車が止まった。助手席に座っていた少女―――先ほど電話していたカンナが窓を開けてこちらに手を振ってくる。
「先生、お待たせしました。お乗りください」
"ありがとうカンナ!"
「それはご協力いただいているこちらのセリフですよ」
私の礼に、ふ、と微笑みながらカンナが言う。その間にカヨコが手早く装甲車のハッチを開けてくれたので、私達はそこを潜って車両へと乗り込んだ。
すぐに扉を閉め、シートベルトも締める。
「少し飛ばします。捕まっていてくださいね!」
運転席に座るヴァルキューレの生徒の注意が飛ぶと同時、装甲車が急発進。ぐんっと強い慣性が発生して少し体が置いて行かれそうになる。
それに耐えつつ、シッテムの箱とシャーレオフィスの回線を繋いでアコとの通信を開いたところで、カンナが話しかけてきた。
「手短に状況を共有します。およそ15分ほど前に、D.U.シラトリ区外縁部から市街地に掛けての大通りにて、狐坂ワカモが区営バスを襲撃。以降、乗客の一人を執拗に追跡。現在は廃墟が多く
"なるほど。ワカモは一人で戦ってるのかな"
「通報を聞いた限りではそのようです。これまでのように後々出てくる事も考えられますが……」
"そっか……"
七囚人と怖れられるワカモは、その来歴と立場、そして余人が知らないだろう内面もあって一人でいる事が多いけど、戦いの時は意外と数の力を頼る傾向にある。
そもそもの出会いの時も不良達を率いてシャーレのビルを制圧しようとしていた。
バレンタインデーの騒動は途中で不良達を扇動し、ヴァルキューレの装備を奪って暴れさせたり、替え玉を用意したりした。
アビドスの皆と行ったリゾート地に於いてはジャブジャブヘルメット団に雇われ、途中からは逆に率いていた。
虚妄のサンクトゥム攻略戦中のシャーレ防衛でも不良達を鼓舞するように扇動し、対抗していたという。
百鬼夜行で行われた
個の力も、多方面の技術もあり、それに頼り切らず数の力も利用する。更に力押しだけでなく作戦も立てる。それでいて仲間意識や敵対した者への配慮は無いから変な遠慮もなく、常に全力。
それらがワカモを『災厄の狐』たらしめる恐ろしさだと私は思う。
だが―――もしかすると今回は、本当に一人なのかもしれない。
まだ全貌は明らかになってないから油断はできない。バレンタインデーでの大暴れの時がそうだが、彼女は兎角計算高い一面もある。
けれど、交際疑惑の飛ばし記事を見た影響か、ひょっとして彼女はバレンタインデーの時や私に素顔を見せてくれて以降のやり取りの時と似た理由で暴れているのではないかと思った。*2。一目惚れなのだという私に対しての思い込みが強いワカモは、あの飛ばし記事を見て、今までのように想いを抑え切れずに排除しようと動いてしまっているのではと。
それなら一人で動いている事にも納得がいくのだ。
数に頼らない理由にはならないけど、一人で暴れる理由にはなるから。
―――もしそうなら本当にベルに謝り倒さなきゃだこれ……
まだ決定的ではないけど、あり得なくもない予想に私は頭を抱えた。
無断撮影と記事を書いて掲載したのはマイ達。それで早とちりした上で暴れているのはワカモ。私は直接的原因でこそないが、アコが言っていたように甘かったからこそ起きた問題である側面は確かにある。
まずはワカモに交際疑惑が飛ばし記事でそんな事実はないと伝えて誤解を解くところからか。
―――そもそもワカモが私に好意を持ってる事は周囲に知られてないから提案が難しいな……
飛ばし記事だったと言えばベルを襲うことは多分なくなる。
問題はそれをどうしてそれが通用すると思ったのか、という部分。私が誰かと交際していたらなぜワカモが困るのかと、そこを周囲が知ることになる。
これまでワカモと話す時はほぼ二人きりばかりだった。百夜水上祭の時のように衆人環視の中でも会話した事はあるけど、じゃあ恋情まで見せていたかと言うと微妙なラインである。
犯罪者かどうかよりも一人の少女、生徒の心を思うと私が勝手に話すのは憚られる。
とはいえ現状それ以外に選択肢は無さそうなのもまた事実。
必要だったからで済ませる事も出来るけど、それはあまりにも……
『カンナさん。ワカモの武装などの情報はありますか?』
「常と変わらないライフルと爆発物が多数。計画的な犯行かかなり持ち込んでいるようですが、近隣の銃砲店やコンビニ等での略奪もされています。余程狙っている相手に執着しているのか、これまでのワカモの略奪被害と比べると規模はかなり小さいようですが」
カンナの報告を聞いた私は、少しでも抑えようとしてくれてるのかな……と信じる事しか出来なかった。
「……たしか、その襲撃されている相手が陸八魔ベルだったわよね」
そこで、ヒナが思い出したように呟いた。カヨコが現れて私に告げたことだ。
ヴァルキューレも襲撃されてる方の情報までは入っていなかったのか、カンナの大きな耳がピクリとしばたいた。
「陸八魔というと、たしか便利屋68の……?」
"カンナが会った事があるのは社長のアルだね。ベルはあの後*3に加入した副社長なんだ"
「ついでに言えば、ゲヘナ学園にシャーレの復学支援制度で編入した成人生徒よ」
私に続いたヒナの補足を聞いたカンナは、書類で見たことを思い出したのか「ああ」と声を上げた。
「報告書で見た覚えがあります。シャーレの制度で復学したのに指名手配グループに属した要注意人物の大人だと」
"ベルってそんな風に言われてるんだ……?"
思った以上にギャップのある辛辣な評価がカンナの口から飛び出てびっくりした。
ものすごく仕事を手伝ってくれて騙されてブラックマーケットに連れて行かれた時も助けてくれた事もあり、この世界で積み重ねた実績もあるから信頼しているのが私からの評価なのだけど……
"ヴァルキューレの生徒に偽装した子を使った企てからも守ってくれたよ……?"
「それは存じ上げています。ただ……我々の責任を棚に上げた話になりますが、あの一件も先生に近寄るためのマッチポンプなのではと疑う声があるのも事実で……正直私も、大丈夫なのかと思っていないと言えば嘘になります」
"えぇ……"
『まあ……シャーレの権限を悪用するために近付いている大人と見られても、正直仕方ないと思いますよ。容姿が指名手配犯と同一なのはともかく、せめて指名手配グループに属さなければまだ違ったと思いますが……』
「先生は陸八魔ベルと接しているけど私達はまだ会っていない。実際に会わないと何とも言えないけど、彼女は通信課程だから余計にゲヘナ学園に顔を見せない。そして便利屋の子達は普段ゲヘナの外で活動してる。知る機会が無いから先生との評価に差があるのだと思うわ」
『誰もが会える訳ではありませんからね。だからこそ立場や地位が指標になるわけですが、彼女は指名手配グループへ即座に加入したので……その点で要注意リストに入っているんです』
"な、なるほど……"
カンナ、ヒナ、アコからそれぞれ理由を教えてもらった私は、ワカモに対してのものとは別の意味で頭を抱えた。
これまで幾度もあった当番や手伝いで生徒や市民、『再現』のための演習で対策委員会、美食研究会、ゲーム開発部とリオ、ケイ、ヒマリなどと普通に交流できていたから大丈夫と思っていただけに気付かなかった。
たしかに直に会わない人は肩書や評判を基に見る。私とて、会った事が無い生徒と会う時は知り合いや立場、実績などから人柄を予想する。
それと同じことがベルに起きていたというだけ。『彼女』を構成する社会的な要素がすべて『指名手配グループへの所属』ひとつで裏目に出ている形で。
「……ま、シャーレが支援している生徒への風評をその支援者である先生の耳に入れる人なんてそうそう居ないよ。誰だって嫌われたくないだろうし、そんな貧乏くじ引きに行くほど切羽詰まる状況をベルは引き起こさない。結果、先生は知らないままだったってこと」
私の様子を見て、呆れるでもなく淡々とベルと同じ所属のカヨコが言った。
"その口ぶりだと、カヨコは知ってたのかい?"
「いや、いま初めて知ったよ。ヴァルキューレと風紀の内部情報なんて分かるわけないから……ただ……」
"……ただ?"
言い淀むように言葉を止めたカヨコに、オウム返しのように言いながら先を促す。
カンナとヒナ、通信越しのアコの意識や視線も集中する中、少ししてから彼女は改めて口を開いた。
「多分、ベルはそれを分かってた。知ってたかは分からないけど」
"知っていたんじゃなく、分かっていた……こうなると予想していたということ?"
「いつからか、どこまでかは分からないけど、多分ね」
"どうしてそう思ったか、聞いてもいい?"
「ワカモが狙ってきた事に心当たりがあるか聞いた時、ベルは『見知らぬ『大人』が先生を騙そうとしているに違いないと見たか』って言ってたから」
つまり、ベルが復学支援を受けていると知っていても、ベル個人の事は何も知らない人からはそう見えるだろうと、彼女は予想していたと。
『……そこまで分かっていながら、仲間であるカヨコさんにも話していなかったんですか?』
「そうだね。ベルは……誰かに理解されたいとは、思ってないから」
そう言ってカヨコはふ、と微笑んだ。柔らかく、少し淋しげな表情に、アコも口を噤んだ。
安易に触れられない空気を感じた。
暫くの間、装甲車が走る音だけが車内に満ちる。
「ん゛ん゛っ……その、疑問があるのですが」
その沈黙を破るようにわざとらしい咳払いをしたカンナが、おずおずと話を切り出した。私達が助手席に座る彼女へ視線を向けるとほぼ同時に彼女も話し出す。
「今の話を基にすると、狐坂ワカモは先生を悪人から守るために襲撃を仕掛けているということになりませんか? あのワカモに限ってあり得るのでしょうか、それは」
『そういえばそうですね。あれだけ暴れ倒していた『災厄の狐』がそんな事をするとは……』
「……とはいえ彼女、空が赤くなった日の戦いに於いてシャーレの防衛に参加しているのよね」
「それは、まあ……私も現場に居たので知っていますが……破壊を伴うとはいえ守る意志で動いていたかは定かでは……」*4
ウーン、と治安維持側として『
『狐坂ワカモ』として接して彼女の事を知っている私は、思い込みありきとはいえ遠距離デートと称して障害となる存在を排除していた前例を考えて普通にやるだろうという確信があるのだが。
その辺を話すとなるとワカモが人に見せようとしない部分を勝手に話すという不誠実な事になるから難しい……
飛ばし記事だと伝えて襲うのを中断する案と結局同じところで行き詰まってしまった。
「……ま、ワカモの真意がどうだろうと関係ないよ。どのみち一般市民や建造物に被害が出てるなら鎮圧対象なんだから。ヴァルキューレはワカモを捕まえられればいい。ヒナとアコは当番として、ヴァルキューレの要請で動く先生を手伝えればいい。そうでしょ?」
そう言って、サイレンサーを付けた拳銃のスライドを引くカヨコ。その顔と目には鋭い戦意が籠っていた。
「まあウチに関しては、矯正局から何度も脱獄してる以上捕まえただけじゃ安心できないから、ワカモが副社長に対して持ってるだろう誤解を解いてもらわないとだけどね。そうじゃないと副社長か瓜二つの社長が襲われ続けるから」
『ですが、陸八魔ベルは理解を求めない方なのですよね? 彼女の訴えをワカモが聞くかは……』
「ワカモの誤解を解くのは先生だよ。ベルがそんな悪どい人間じゃないと証明できるのも、それに説得力を持たせられるのも、先生だけだから」
"……うん。頑張るね"
静かに、しかし強い意志を秘めたカヨコの言葉に、私は神妙に頷くばかり。
余人に隠しているだろうワカモの内心を知られないようにしつつ、それでも誤解を解くために尽くす言葉は何がいいか、未だに分からない。
しかし少なくとも明確に他人に迷惑を掛けているワカモを叱らなければならない以上、避けては通れないのだ。
ベルを助けるためにも。
そしてワカモ自身が将来傷付かないためにも。
「期待してるよ、先生」
そんな懊悩を知る由もないカヨコは、しかしどこか見透かしたような眼と笑みと共にそう言ってきた。
私は再度、神妙に頷いた。
・先生
ワカモを唯一止められる人物
アプリ本編の対ワカモは『災厄の狐と分かっていない状況』でないと他者がいる場での会話が基本的に無く、したがってワカモの内面は先生しか知らない。本人が他者を信用していない点も含めて内心を話すのはと忌避感を強く抱いているが、状況的にそう言ってられなくなってきたのでかなり苦悩している
ある意味ベルに最も近い立ち位置なので、ベルを知らない人からの評価をよく知らなかった。知って愕然とした
一番ショックだったのは自身の評判が悪いことが分かっていながらベルが誰にも相談していない事実
・空崎ヒナ
ゲヘナ風紀委員会委員長
本日の当番四人のうち、先生に指名で呼ばれていた人。朝一で仕事が入っていることは聞いていたがその内容までは知らない。おそらくそれ関連で呼ばれたんだなとは察した
ベルに関しては面識が無いので人物評は保留。指名手配グループの一員に対しての警戒はしているが、ベル参入後の便利屋が野宿生活をしていない事から「まあ居てもいいんじゃないかな……」とは思っている
・天雨アコ
ゲヘナ風紀委員会行政官
書類専門で出向しているのでシャーレにお留守番中
ベルのことはヒナとほぼ同じ。最近便利屋が風紀委員会の警備網や情報網に引っ掛からない原因かとも疑っている。またワカモのことをいやに理解している気がしている
なぜ先生の言葉をワカモが聞く前提でカヨコが話しているのか疑問に思っている
・尾刃カンナ
ヴァルキューレ公安局局長
最初にベルの心の傷になった人の並行同位体
流石に七囚人ほどではないが、シャーレの支援を受けた成人の生徒が指名手配グループ『便利屋68』の副社長の地位にいきなり就いた事実に、便利屋乗っ取りの可能性も込みで内心かなり警戒していた
先生とカヨコの様子を見て、指名手配グループの所属である以上油断はならないが完全な危険人物とも違いそうと印象を改め始めている
・鬼方カヨコ
便利屋のブレイン課長
便利屋みんなの安寧のために奔走中
ベルが飛ばし記事を見た時の「勘違いしそうな子」の『勘違い』やワカモ襲撃の心当たりで言っていたことはそういう事かと内心頭を抱えている
・陸八魔ベル
別世界の便利屋68の社長
当時『偽物』としての意識で『陸八魔アル』を演じていた彼女にとって、他者からの理解はあり得ないものであり、期待するものでもなかった
それ故に己への『人物評』は実績に依存した
実績は信用を作り、信用は仮面を造り、仮面は虚飾を創り上げた
―――未来を奇跡へ届かせるためなら何でもした
己への無実の悪評を正さないこともまた同じ
恐怖と警戒が『アウトロー』を創り上げていた故に
そのため遠くにいるベルをワカモが襲っているとは思わず、またその理由も分からなかった
先生の邪魔をする者を遠隔狙撃して排除したり、休日を過ごす先生と遠距離デートという体で平和を乱したと見たものを排除したり、対策委員会に同行している状況を誘拐と勘違いしているなど思い込みが激しい部分
ゲヘナ編2章、とてもよかったです(小並感)
作戦会議では先生居たけど、実行の時はほぼゲヘナ生達が自力で打開して凄かったですね
便利屋はミニストでの出演でしたね
イブキの面倒を見るハルカ凄い好き
読んでて和みました
あと『悪魔のアル』と『天使のアル』で色んな意味で笑いました
天使は字面がだし悪魔の方は言ってたこと全然悪くない……(ゲヘナ学園までは送る)
流石はカヨコお墨付きの生まれつきお人よしアルちゃんですね