陸八魔アルに転生しました   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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先生視点です




不可避の疑念

 

 

 ワカモとベルが交戦しているD.U.の廃墟区域に辿り着いたのとほぼ同時に、凄まじい爆発音と共に大地が揺れるほどの振動が発生した。

 程なく該当区域が落盤し始めたのを確認していると、私達が到着した通りから遠い位置にワカモの姿も確認できた。どうやらワカモは私達がいる方向に退避したらしい。

 そして周囲にワカモに付き従う子達は居ない。つまり、おそらくは本当に一人で襲撃している。

 早速現場付近まで出張っているヴァルキューレの子達にも通信を繋ぎ、ヒナ、カヨコ、カンナと一緒にワカモを捕縛する作戦を始める―――

 

 その瞬間ワカモの背後に闇が生まれ、そこから音もなくベルが降り立った。

 

『あ、あれはカヨコさんが出てきた時の……!?』

「ベルの歪曲転移だよ」

"崩落に巻き込まれてなくてよかったよ……"

 

 ベルの事を知らず、しかし直近で転移を見たアコの声にカヨコが静かに告げる。

 ベルのことをよく知らないワカモは崩落に巻き込んで生き埋めにしようとしたのだろうけど、まあ無理なことである。多分意識を奪わないと捕らえる事も出来ないだろう。

 その意識を奪う手段もそうそう無さそうだけど……

 

「歪曲転移とやらを先生とカヨコさんは理解されてるのが気になりますが……今は、ワカモを捕らえる事に集中しましょう」

「……ずっと背後に立ってるわね彼女……何をしているのかしら……」

 

 カンナの促しで一先ず目の前の事から片付けようとなったところで、崩落を眺めているワカモの背後を静かに取ったまま待ち続けているベルという構図にヒナが何とも言えない顔で呟いた。

 多分『嚮導者の特性』で下手に攻撃できないから時間稼ぎも兼ねて待ってるだけなんだろうけど、傍から見るとすごくシュールである。

 困惑するのもまあ納得だ。

 ベルの事を知っている私はおろか、カヨコも呆れ笑いを浮かべていた。

 

"と、とりあえず行こうか……気付かれないよう静かめで"

 

 広範囲の崩落や建物の倒壊が止まらないせいで轟音も連続しており、意図的に大声を上げなければ近付くまで気付かれないだろう。

 現在の面子の中で中距離から遠距離でも攻撃できるのは機関銃を持つヒナだけ。拳銃を扱うカンナ、カヨコはどうしても距離を詰めてのCQCも欲しくなる。

 また捕らえるためにいずれにせよ距離を詰める必要があった。

 そのため私達は遮蔽に身を隠しながら進み始めたのだが―――

 

 視線の先で、慌てたように振り返ったワカモが鳩尾に拳を食らい、膝から崩れ落ちて蹲った。

 

 気配に気づいたか、それとも声を掛けられてか、とにかく背後を撮られていた事に驚いていたらしいワカモはそれだけで無力化された。

 敵対したワカモを抑えようと生活安全局の子達や対策委員会の皆を指揮しているから彼女の強さはよく知っているけど、ベルの近接格闘の強さについてはよく知らなかった。以前指揮した時*1も盾と閃光手榴弾でのタンクだけで攻撃はしなかったから。

 彼女の世界のハルカ、そしてこちらのハルカにも訓練でCQCを教えているとは聞いていたけれど、腹パン一発で沈める程とは……

 

 そう感心したのも束の間、蹲っていたワカモが取り落していた銃を拾い、銃剣で斬ろうと振り回した。

 それは余裕を持ってベルが1歩下がって躱されたが、ワカモは意にも介さず銃身もガシリと掴み、前かがみ―――突撃の姿勢を取った。

 そのまま行けばベルの腹を貫く形。

 そんな事をすれば常人なら死ぬ。死なずとも、重大な後遺症が残るだろう。

 ワカモにとっての消えない傷としても。

 

 

"ワカモ、止まって!!!"

 

 

 静かに近付く、という私自身が出した指示も無視して大声を発した。

 その瞬間、ワカモは確かに動きを止めた。駆け出そうとした体がガチリと不自然なタイミングで硬直する。

 彼女はこちらに目を向けてきた―――

 しかし、彼女が見たのは恐らく私ではなく、自身に迫る紫の銃弾の雨だっただろう。私が声を発したのとほぼ同じタイミングでヒナが独断で掃射をしたからだ。けたたましい銃撃音が鳴り響いた後、もうもうと立ち込める粉塵が晴れた時にはワカモはその場に倒れていた。先の腹への一発のダメージもあったせいで耐え切れず意識を失ったようだ。

 

「……ごめん、先生。止まらないかもと思って撃ったわ」

"いや……万一のことを考えれば、仕方ないよ"

 

 申し訳なさそうに独断の行動をヒナが謝ってきたが、私はそれを責めなかった。

 私の言葉を優先するワカモをして追い詰められたあの状況でも私の言葉を聞いて止まるかは確信が無かったのだから。彼女の恋心を知っている私でも分からないなら、それを知らないヒナからすればそもそも『言って止まる』という発想も無かっただろう。

 世間的に言えば、『災厄の狐』が言って聞くような子ではないのだから。

 ……そう考えると少しだけベルに似た境遇だな、と思った。順番を考えるならベルがワカモに似ているのかもしれないけど。

 

『そうですよ、委員長。もしも先生の言葉で止まらなければ殺人事件が起きていたかもしれませんから、さっきの判断は間違っていなかったと思います』

「……ヒナさんの掃射に巻き込まれてもピンピンしている様子を見るに、あの突撃も自力で何とかしてそうですけどね」

「まあロケットランチャーの直撃でも無傷だったし、完全に動きが見えてたみたいだから蹴り飛ばしてたか飛び退いてたかして対応できただろうね」

 

 ヒナをフォローするアコに反対するわけではないけど、カンナとカヨコが必要無かったかもと言うように話す。

 ヒナの掃射はある程度狙いを絞ることが出来るけど、連射速度が早過ぎて制動が難しいのか狙いがブレて広範囲に弾丸をまき散らしてしまう事が多い。面での制圧射撃という点では強力ではあるが『誰かを襲う者を止めるため』という目的には正直不向きではある。

 それを表すように、先の掃射には助ける対象であるベルもガッツリと巻き込まれていた。

 カンナが言うように痛痒にも感じていないのかピンピンしているけど。

 というかロケットランチャーって。

 

"ロケットランチャーの直撃で無傷なんだ……"

 

 呆れとも感嘆ともつかない驚きを漏らす。

 ホシノやヒナみたいにキヴォトスの生徒の中でも一際頑丈な子を知ってはいるけど、いざ聞かされると今でも驚く。前例を知っているからと言って実際に出来たと聞くと驚くものだ。

 それが身近な人と聞けば尚の事。

 

「……随分()()()()()()()ようね、彼女」

『……そうですね』

 

 そんな私の驚きを他所に、ヒナが静かに呟き、それを拾ったアコも神妙な様子で同意を返す。

 それはベルの背景を聞いていないが、おおよそ察している事を示す会話だった。

 どちらももう一人のシロコと直接会った事があり、アコに至ってはプレナパテスの正体を含めて事の経緯を通信越しに聞いて知っている。*2ベルが元は陸八魔アルだった人物だと察したのだろう。

 まあ見た目からして同じなので、もう一人のシロコについて少しでも知っていれば最初に出会ったカヨコ達と同じ発想にはなって当然である。

 とはいえ、厳密には私達の知るアルとは生まれつき異なるのだけど……

 『知識』や『本物』『偽物』についてベルは私やアル達以外に話さないだろうから、そこを彼女達が知ることも無いだろう。

 ヒナもアコも鋭いからこちらの世界で起きた『紫関ラーメン爆破』が起きていないと知れば何かおかしいと勘付くかもしれないが。

 

 その辺を話すかはベルが決める事だ。私は聞かれても答えないよう改めて気を引き締め直し、当面の問題であるワカモの捕縛(ヴァルキューレの協力要請)のために思考を向けることにした。

 

"お待たせ、ベル。遅くなってごめんね"

「思っていたより早いくらいよ。この分だとカヨコを送ってから間を置かず車で駆け付けたようね」

"鋭いね……"

 

 倒れるワカモと、逃げられないようにか近くで見張っているベルに近付くと、流石にさっきのヒナの掃射で分かっていたらしい彼女は微笑みながら応じてきた。

 薄々思っていたが、ワカモを相手にしても特に疲労などは見えない。

 流石の余裕だなと思いながらも、申し訳なさもあって私は表情が沈むのを止められなかった。

 

「随分しょぼくれた顔をするわね。ワカモを捕らえる事を気にしているの?」

"いや……今回の一件、私のせいだから。だから、迷惑かけてごめん"

 

 端的に告げると、微笑みを浮かべていたベルの顔が険しいものに変わった。

 以前―――ベルの力になりたいと告げて、しかし『外』と『内』とで一線を引かれた時と同じ顔だ。

 

「ワカモが取った行動の責任はワカモ自身が負うべきものよ。それすらも肩代わりすると?」

"私がいま謝罪した事はそこじゃないよ。ワカモがその行動を取るキッカケがあって、それが私のせいだったから"

 

 そうして私は、カンナ達がワカモを逃げられないよう捕縛している間、ベルに事の次第を告げた。

 ベルが一般の人からどう思われているか知らなかった事。それを前提に、私が生徒達に無条件に甘いせいで無断撮影やアポ無し取材をしても事後承諾でいけるだろうと見られ、記事にも写真を掲載されたことを引き金に、ワカモが私を守ろうと逸ったのだろうと。

 ベルはワカモの想いを知らないだろうけど*3、交際疑惑の飛ばし記事で私が悪い人に騙されていると早とちりして動いた可能性は否めない。

 

"だから、ごめん"

「……謝罪する意図は分かったわ。それで、先生としてはどう対応するつもりなの?」

"例の記事と盗撮行為についてはシャーレとして正式にクロノススクールへの抗議文を送ることにしたよ。盗撮されたことでの被害……君と勘違いされたアルから訴えがあれば、また別件で抗議文も送る。リンちゃんに確認を取ってる最中だからまだ送ってはないんだけど"

「そう。なら少し落ち着いた時にでもまた話しましょうか……というか社長にまで飛び火したのね……」

「そこはあれだよ、ウチのホームページ。知名度的に社長の方が売り出してた期間も込みで知られてるからさ。しっかり見てればベルの方に気付いただろうけど思い込みや話題性で早さ重視の結果流れちゃったんだと思う」

「まあ、その線が濃厚でしょうね……オフの日にして経営の勉強してて幸運だったわね、社長は」

「ホントにね」

 

 アルの幸運にベルはふっと苦笑を漏らした。カヨコも同感とばかりに笑みを浮かべて頷く。

 それからベルがこちらに顔を向けてきた。

 話はまだ終わっていないと、その目が言っていた。

 

「それで、問題はワカモよ。この子の誤解を解かないと私としては解決されていないも同然。カヨコからも聞いている筈だけど、そこは分かってるわよね?」

"分かってる。ワカモが起きたら話すつもりだよ"

「なら私は少し離れているわ。私が傍にいたら解ける誤解(もの)も解けないでしょう。それに―――」

 

 言いながら、ベルの視線が横に逸れる。

 向けられた先は私の隣に立つヒナと、ドローンからホログラムを映し出しているアコの二人。その二人に目を眇めながら、どこか寂しげな顔でベルが口を開く。

 

「私と話をしたい相手もいるようだしね」

「そうね。ゲヘナの風紀委員会として、少し話があるわ」

『構わないですよね? 陸八魔ベルさん?』

「問題無いわ。あちらに移動しましょう」

 

 端的に応じながら、ヒナとアコのドローンを伴ってベルが少し離れた位置へ移動する。

 その背を追うようにカヨコも歩き出した。

 

「ベルが襲われた時に私も居たし、多分ワカモは私を見ても冷静じゃなくなるだろうからあっちに行ってるよ。フォローしないとかもだからね」

"分かった"

 

 ベルのフォローとなればやはり常に一緒にいる便利屋の誰かが最適だろう。昨日のムツキのように私とは違う視点、立場からのフォローがあった方が良い。

 ワカモが冷静さを保てるようにという配慮も有難かった。

 ……本音を言えば、ワカモの心情を晒さないためにもカンナにも外れてもらった方がいいのだけど……

 

"カンナは、外れてくれたりは……"

「先生、私の立場もお考え下さい。流石にこれだけの被害を出した凶悪犯罪者を前に先生一人にすることは万が一が無いとしても容認出来ません」

"だよね……"

 

 まあ無理だよねとダメ元で聞いたみたものの、予想通りやはりNoを返される。その根拠として眼前に広がる大規模な落盤被害を出されれば反論も出来ない。

 勿論、この落盤がワカモが起こしたものかは分からない。現在は疑惑の段階だ。

 それを抜きにしてもこれまでの経歴を基にした『災厄の狐』と呼ばれる七囚人の前に私を一人にするのは、それは逆に彼女の立場を危ぶませることになる。今回は一般市民への被害や道中の強盗、略奪被害も出ているのだから。

 当然だがこれでワカモを逃がしたりすればカンナはおろか、ヒナ達の立場も危うくなる。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 

 ―――これもアコに言われた『これまでのツケ』というやつかな……

 

 これまでワカモの成長を信じて自由にさせていたこと。それは、キヴォトスの法による裁きを受けさせず、看過していた事でもある。

 その結果が今なら私も我儘は言ってられないだろう。

 

「―――ん……(わたくし)、は……」

 

 そこで、うつ伏せで縛られているワカモが意識を取り戻した。心ここにあらずに近い様子で辺りを見回し始める。

 

"起きたようだね、ワカモ"

「あ、あなた様!? って、動けません……!」

「ヴァルキューレ公安局だ。気絶している間に拘束させてもらった」

「くっ、連邦生徒会の犬風情が……!」

 

 武装を取り上げ、少なくとも即座に逃げられないよう自身の体をしっかりと拘束したカンナに向けて、お面越しに鋭い睨みを向けようと首を巡らせる。

 いま思ったけど拘束してもお面は外さないんだね……

 

「好きに言っていろ。お前が何を理由に暴れていたとしても、市民に被害を出した以上は逮捕するのがこちらの仕事だ」

「それならば、あの女はどうなんですか!? シャーレから支援を受けていながら即座に指名手配グループに所属などと、先生に何かあってからでは遅いでしょう!」

「……半信半疑だったが、本当にお前から誰かを案じる言葉が出てくるとはな」

"つまりワカモは本当に私を守ろうとしてベルを襲ってたんだね"

 

 要点を抽出して言語化すると、自身を押さえ込むカンナに向いていたお面と視線が、彼女の前にしゃがみこんだ私を見上げるように動いた。

 

「その通りです! このワカモ、あなた様の身に万が一が起きてからでは遅いと考えたのです! あの女が現れてから日々情報を追い続け、時にはあなた様を助ける瞬間も目にしていましたが……」

 

 そこで、一旦ワカモは言葉を止め、俯いた。程なくカンナに押さえ込まれていながら体がプルプルと震えはじめる。彼女の毛先が赤い黒く豊かな尾も小刻みに震えていた。

 少ししてから我慢ならないとばかりの勢いで見上げ直し、彼女は声を張り上げた。

 

「―――ですが、今朝の記事を見て確信いたしました! あなた様、あの女は危険です!!!」

 

 それを聞いて、あーやっぱりアレを見て動いたんだ、と内心で呟く。

 カヨコからは聞いていないけど、ワカモの恋心を知っている身としてはキッカケは予想していた。それがドンピシャに当たっていたことが判明した形である。

 それは同時に、アコが言っていたようにこれまで色々と甘かったツケが、ベルに迷惑を掛ける形で顕在化したという証左でもあった。

 さっきは推測だったけど、確定したため改めて謝らないとなぁと考えながら、ワカモへと意識を戻す。

 

"その記事って、クロノスの交際疑惑のものだよね?"

「そうです!」

"アレ、飛ばし記事だよ"

「…………はい? え? 飛ばし……無根拠の流言、ですか……!?」

"そうだよ。そんな事実は無い。今回のことでシャーレとして抗議文も送ることになってるから"

「あ、あなた様がそこまでするということは、ほ、本当に……ということは私はただ踊らされていただけ……!?」

"そういう事になるかな……"

 

 踊らされていた上に、今回この場に来ている面々はあの飛ばし記事を理由に動いたと判明した結果、ワカモが私に想いを寄せている事も分かっただろう。

 誤解が解けそうな兆しが見えて安堵しつつ、でもちょっと可哀想だなとも思った。

 

「な……なっ。こ、このワカモ、一生の不覚……!!!」

「はー…………人騒がせ過ぎる……」

 

 朝一の騒動が勘違いから起きていることが改めて明確となり、カンナが大きくため息を吐く。

 

"ごめんね、カンナ"

「いえ、今回は流言を促すような記事を書いた上に証拠とばかりに盗撮画像も掲載したクロノス報道部と、それを確認もせず信じ込んだワカモが悪いでしょう。防げたかもしれない点で言えば先生も改善の余地があるにしても、それぞれが起こした悪事への責任問題に及ぶ程ではありません」

 

 それはさっきベルに謝罪した時に、まさかと釘を刺すように問い返された部分。そして今は明確にそこを否定されたところだった。

 

 ―――無論、彼女達の言っている事が道理だとは分かる。

 

 ただ一点。

 

"ワカモも私の生徒だからね……生徒が悪いことをしたら、一緒に謝るのが先生だから"

 

 初めて会い、バレンタインデー以降も会っては『他人に迷惑を掛けてはならない』ことを繰り返し言ってきた。

 それを忘れてはないだろうけど、抑えが効かずに……という事も一度や二度ではない。

 それでも百夜水上祭の時のように、周りに合わせようとしてくれている姿を私は知っている。

 まったく聞いていない訳じゃない。少しずつでも改善出来ているなら、その歩みのために寄り添うべきだろう。

 

"間違った事をするなら叱るけど、出来ている事は褒めなきゃだから。だからまあ……今回のワカモは、気持ちは嬉しかったけど行動がダメだった。他の人に迷惑かけちゃいけないって、前にも言ったでしょ?"

「うっ……は、はい……」

"堪えきれなくなって動いてしまったんだろうけど、他の生徒や一般の方達に迷惑を掛けるのは良くないよ……ちなみにだけど、この落盤って偶然? ワカモは関係ある?"

「あ、は、はい……あの女を生き埋めにするために私が爆弾を設置して起こしました……」

"関係あったんだ……"

 

 もしかしたらベルが大暴れした結果か、それとも別の誰かの仕業も考えていたのだけど、どうやらワカモが意図的に起こしたものだったらしい。

 それも生き埋め。

 

"それはかなりやり過ぎ……今までに比べて規模大き過ぎじゃない?"

「最早殺意に至ってないか、これは」

「あの女はこの程度でヘイローが壊れるほどヤワではないでしょう」

 

 ヘイローが壊れなければいいだろう、とでも言わんばかりの言葉。そこに、もしも壊れてしまったらという危惧はなく―――いや、いっそ壊れてしまえという気持ちすらあるように感じた。

 いずれにせよ、その思考は危険だ。

 キヴォトスで銃撃戦は日常茶飯事。それでも、彼女の今回のこれはそれを大きく逸脱している。ベルだから無事だっただけでしかないほどに。

 

"ワカモ。それはダメだよ。今回は本当にやり過ぎ"

 

 思っていたよりワカモが危険な思考で今回の事を起こしたと分かった私は、少し厳しめの声音で叱りつけた。

 私に嫌われることを極度に恐れているワカモが、びくっ、と体を震わせる。

 それを見て少し心が痛んだが、それでも必要な事だと心を鬼にした。ここでワカモに甘くした結果迷惑を被るのはベル達なのだ。

 

「で……ですが、あの女は、先生と相容れないでしょう……」

"それは相手を傷付けていい理由にはならないよ。悪い人だから、犯罪者だからと私刑が許されていないようにね"

「法が罪人を裁く事には私刑を横行させない側面がある。だからこそ、罰から逃げてはならない。下された罰を受けている限り、法は『犯罪者』と定義した者も守っているんだ」

 

 一度は汚職による罪を償うために罰を受け、一時は公安局長の座から降ろされていたと知るからこそ、私にはその言葉は重く感じた。罪人として法に守られていた部分が確かにあったからだと。

 ワカモを押さえ付けたまま、カンナは凪いだ瞳で語り続ける。

 

「ワカモ。お前が先生を想っている事は……信じ難い事ではあるが、よく分かった。だがそれなら私は、猶更これまでの、そして今回の罰を受けるべきだと思う」

「……そうだとして、あなたの言葉に従う事に私に何の義理が?」

 

「『先生が言った事ならば』と思考停止を続けるつもりか?」

 

「―――」

 

 カンナの直球の言葉に、ワカモは言葉を喪っていた。

 カンナは私達の二人きりの会話を知らない筈だ。それでも、さっきの会話を聞いて、自分が把握していない間に何度か会い、問題無く会話もしていると悟ったのだろう。

 おそらく『他の人に迷惑かけちゃいけないって、前にも言ったでしょ?』という私の言葉が決定打だった。

 

「お前の言い分や先生の話を聞いている限り、お前は言われた事を聞こうとしてもそれに例外を設けているように感じる。他者を傷付けてはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そして事を為した後、先生に報告して肯定してもらうか、知らせる事も無く闇に葬るかして時効にしようとした。そんなところだろう」

「……」

 

 カンナの推察を、ワカモは否定しなかった。無言の肯定であるそれに、フン、とカンナは鼻を鳴らす。

 

ふざけるなよ貴様。それは我々も、そして先生も舐め過ぎだ」

「っ……私は、先生を舐めてなど……」

「舐めているさ。交際疑惑は写真だけ見ればお前がした想像も理解できる。だが、お前も相手が誰かは分かっていただろう」

「……陸八魔ベルですわ」

「そうだ―――シャーレ、連邦生徒会、ゲヘナそれぞれから()()調()()()()()()相手だ。もし本当に怪しければとっくにいずれかが対応している」

 

 それは復学支援の手続きにおいて、公的事業だからこそ入ったものだった。

 それぞれのトップである私、リンちゃん、マコトはベルの背景をよく知っているので実態は無いに等しく、提出された内容も御両親と一緒に用意したカバーストーリーではある。

 カバーストーリーは、ブラックマーケットで彷徨っていた母方の遠い親戚の身元を請け負ったというもの。

 連邦生徒会すらも詳細を把握していないあそこにいたという背景だからこそ、復学支援もまた通った。学籍が無い子が食うに困って行きつくところは誰しもそこだという認識があったから問題視されなかったのだ。

 だからそれ自体は問題ではない。

 

 今回問題視されているのは、便利屋68(指名手配グループ)への加入なのだ。*4

 

 ただその一点がヴァルキューレ、風紀委員会、クロノス報道部やワカモ、一般の人達が警戒に等しい不信を向ける転機だった。

 事情を知っていれば不可避であるそれが原因と知った時は忸怩たるものを覚えたものだ。

 

「ですが、あの女は指名手配グループに……!」

「『便利屋68』は陸八魔アルが率いるグループ。陸八魔ベルは彼女の義理の姉で、加えて言えば彼女達の活動はゲヘナ学園も黙認している。彼女の存在一つで検挙する程ではないんだ……現に風紀委員長も捕らえる素振りが無いだろう」

 

 言いながら、カンナは離れたところで話し込んでいるベル達三人を見やる。同じように首を巡らせてそちらを見たワカモが、僅かに息を呑む音が聞こえた。

 

「お前が抱いた警戒はヴァルキューレも、風紀委員会も同じだった。だが怪しいだけで決定的ではない。だから様子見をしていたんだ。少なくとも通信課程の提出物はキチンと出され、シャーレの当番もしっかりこなしていたからな」

"加えて言うと、その警戒を私は今日初めて知ったけど、ベルは私を騙そうとする人じゃないよ"

 

 もしかすると自身の危惧は正しかったと私の認識の足らなさから思うかもだけど、カンナに続けて私も付け加えるように言った。

 ワカモは私を守ろうとしてくれている。それは恋心故のものだろう。

 ベルもまた、同じように守ろうとしてくれているのだと。

 

"彼女はむしろ心の底から私を助けようとしてくれてる。ワカモもその場面を見たんだよね?"

「は、はい……夜遅くまで残業するあなた様と共に仕事をしている姿を、幾度も見ました」

"あれは彼女が私が徹夜したり疲労困憊になるからと気を遣って手伝ってくれてたんだ。そこに、企みだとか悪い意図は無い。そしてベルは、ワカモが抱いてるものと同じ想いは持ってない。そこは信じてあげてほしい"

「……何故分かるのかと、お聞きしても……? 秘めているだけの可能性も……」

"……彼女には、自身がやるべきと定めたことがあるから"

 

 守れず喪ったことへの哀しみと、奪ったことへの憎しみによる復讐。

 哀しみがあったからこそ未来を繋ごうと奇跡を届ける行い。

 それを話すことは簡単だったけれど、伝えるか否かはやはりベル本人が判断すべきと判断した私は言葉を濁した。

 過去を濁し続けているワカモなら、ベルもまた同じなのだときっと分かる筈だ。

 

"だからワカモ。ベルは大丈夫。むしろ私を守るというなら協力してほしいくらいだよ"

「そ、それは……先生のお望みなら何でも、幾らでも叶えて差し上げたいですが……ですが私、あの女を見ると頭の中がザワついて……こう、本能的に相容れないと申しますか……」

"そこは頑張ってほしいかな……"

 

 もしかすると人を狂わせる波動を放つ『色彩』の存在を本能的に察知していて敵意を持っていて、そこに肉付けするように怪しい理由を見つけていったのかな、という予想が浮かぶも、なんにせよダメなことはダメだと言わなければならないと一旦その予想を横へ置く。

 

"とにかく、私を守ろうとしてくれたことは嬉しいよ。警戒してくれたのもね。だからと言って、きっと敵だからと他人を攻撃したり迷惑を掛けるのは良くない。今回はそれを強く反省して欲しい。ベルじゃなかったら死んでたし、この落盤に君自身も巻き込まれて大怪我どころじゃすまなかったかもしれないんだ"

 

 ベルへの申し訳なさはあるけど、同時にワカモの身も心も心配なのも事実。

 それを伝えれば、カタカタと震えながらワカモが絞り出したように声を発した。

 

「は、はい、ごめんなさい……改めて精進してまいりますので、ど、どうか嫌いには……」

"ならないよ。さっきも言ったけど、生徒が悪いことをしたら一緒に謝るし、叱りもする。そして出来たことは褒めるのが先生だから。また頑張ろう"

「は、はい……!」

"それと、謝罪は私よりもするべき相手がいるから、そっちにしようね"

「はい……」

 

 うつ伏せで見上げてきながら、ワカモはお面を付けた顔で勢いよく何度も首肯する。豊かな尻尾も上機嫌とばかりに左右にぶんぶん揺れていた。

 ワカモの想いが他の人に知られる事になったけど、少なくとも本人は気にしていないようだ。隠す事でもないと思っているのかもしれない。随分と気を揉んだけど、逆に有難かった。

 誤解も解けたようだし今後同じような事も起きないだろう。

 

「……事後処理を考えると向こう数日忙しそうですね」

"はは……そう、だね……"

 

 一段落ついたと見て立ち上がった私は、同じく立ち上がったカンナの言葉に苦笑した。

 眼前に広がる半径数百メートル規模の大規模落盤と、ここに来るまでの数多の強盗、略奪被害、交通事故等々の山のように(うずたか)く積み上げられるだろう報告書を幻視し、私はカンナと同じタイミングで息を吐いたのだった。

 

 

 


 

 

 

・狐坂ワカモ

捕まえられた七囚人フォックス

流石に先生が前より強めに叱りつけたこと、即座に疑惑を否定したことやシャーレとして抗議すること、またベルに掛かっている疑いをキチンとヴァルキューレと風紀委員会が把握した上で様子見していたと知り、ベルへの恋敵という認識と敵意は収まった

しかし本能的な嫌悪感や敵意自体は残っている

まだベル本人とロクな対話をしていないので、先生を守ることに関して協力することも現状は先生からの頼みであれば……くらいの認識

ただ先生の顔を見てベルになにか自身に似た重い過去があるのかもとは思った

ちなみに自身の恋心は『恥じるものではない当然のものだが敢えて公言するものでもない』という認識なので別に隠す気は毛頭無い。わざわざ理解される必要も無い当然のことなので口から出る言葉も殊更言及するものではなかった

 

・尾刃カンナ

汚職により一度は罰を受けたヴァルキューレの狂犬

塀の中にこそ入れられていないが枠組としては『犯罪者』の中に一度は入り、その罰で懲戒処分による降格を受けた後、カルバノグ2章のRABBIT小隊の功績を代わりに受け取ったことで戻った経緯がある

そのため犯罪者になった者も法と秩序によって守られている実感があった

先生とワカモのやり取りから「この二人実は裏で会ってたな?」と察し、先生が見逃し続けていたことも察したが、まあ先生だしそれで生徒が更生するなら……と今回は見逃すことにした

 

・先生

少し厳しめに叱りつけたシャーレの顧問

最初に強めに叱る相手はキヴォトスに来て最初に出会った問題児のワカモに

ワカモの方から想いを自白しているに等しい飛ばし記事を見ました宣言に、色々話が早く進んで内心助かってはいるが、それはそれとして発端を考えると微妙な気持ち

今後生徒を叱るのもどうするべきかと悩みの中にあるが、一先ず大怪我や死者が出かねないレベルの今回は従来通り叱責した

後に事後処理に頭を悩ませるが、まあこれも今までのツケと思うことにしている

 

・陸八魔ベル

多方面から注目を浴びている成人生徒

交際疑惑のゴシップや成人であることなども話題性があるが、一番注目を浴び、かつ各治安維持組織が警戒しているのは『シャーレの支援を受けていながら便利屋68(指名手配グループ)に所属した点』

現在はシャーレ、連邦生徒会、万魔殿いずれも、当番時の素行や提出物などに問題がないため特に言及しておらず、平穏が保たれている。それが逆に取り入っているのではという疑いを呼んだ

便利屋に加入しなければ起きなかった疑いではある*5が、それは経緯を鑑みてあり得ない事なので『不可避の疑い』だった

 

 

*1
ベルが出会った日のこと

*2
脱出シーケンスを使うことになるプレナパテス最終決戦は、プレナパテスが最後の力を振り絞り始めたことを契機に行われる

これはホシノ達がナラム・シンの玉座に駆け付けて崩れ落ちたシロコ*テラーに背景を語られた後のこと。ホシノ達との通信は本船オペレーターのアヤネが担当しており、シロコ*テラーとの会話中もアヤネの反応がある

そして最終決戦時に『光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ』を使用すると既に深刻なダメージを負っていた本船も崩壊する予測により、オペレーター組はリンとアヤネを残して先に脱出

つまりアコ達はプレナパテス達の背景を聞いてから脱出している

*3
カヨコはベルが無言の肯定をしたのでワカモの懸想を知っているが、それをシャーレに来た時にはベルと同様に「人の心を勝手に晒すべきではない」として喋っていない

そのため先生はベルがワカモの恋心に気付いているとは知らない

直前の車内で、自身の立場が一般からは悪く言われるだろうと予想していただろうこと、カヨコから聞くベルの予想がそれだけなのも助長している

*4
実際の順番は便利屋加入→翌日に戸籍取得&復学支援申請→後日にゲヘナ学園に編入だが、一般認識ではベルの存在が表沙汰になったのが書類上は戸籍取得したタイミング、生徒としては編入時なのでズレている

しかしいずれにせよ指名手配グループにシャーレの支援で復学した者が加入した点が問題になっているので前後関係は然して関係ない

*5
別の理由で同様の疑いが発生した可能性はある

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