引き続きアル視点です
本編アルは便利屋発足前はメガネを掛けた優等生
ではムツキが出会った時点で『アウトロー』を志していたベルの便利屋発足前は……
「……便利屋68、か……なんでアイツ……」
「どうしたんですか、イオリ? 悩みなんて無さそうなのに珍しく悩むような顔をして」
「おいチナツ、なんだその言い草。私だって悩み事くらいあるぞ」
「だってあなたは悩むくらいなら突撃するじゃないですか。そのせいでいつも罠に嵌められて怪我してますし。治す方の身としても、珍しいなと」
「うっ、言い方に棘があるな……」
「それで、何に悩んでいたんですか」
「……便利屋だよ。特に、トップのアイツ」
「アルさんですか。そういえば同学年でしたっけ。昔は仲が良かったのですか?」
「仲はそんなにだったよ。私はすぐ風紀委員会に入って忙しかったし。ただアイツが犯罪に手を出す風には見えなかった。頻繁に人助けもしてたからな」
「人助けですか?」
「不良同士の喧嘩はスルーするけど、例えばお店の人にイチャモン付けてるとか略奪とか、そういうのは止めてたんだ。チナツはトリニティの自警団の生徒と会ったんだろ? あんな感じだったんだよ。風紀委員でこそなかったけど、一線は越えない奴だった」
「へぇ……そういう事をしていたら目を付けられて、集団で潰されそうですが」
「浅黄ムツキも居たから一人じゃなかったのもあるだろうけど、アイツ自身も相当強かったからな。全部返り討ちだったらしいぞ。風紀委員会を嗾けようと何回か嘘の通報してきた奴らが言ってた」
「なるほど。でも彼女、そういう事をしていても風紀委員会には入らなかったんですね?」
「誘った事あるけど、集団行動は苦手って断られた」
「……いま普通に集団行動してますよね。なんなら属すどころか率いてますし」
「そこに関してはアイツ結構我が強いから本当だと思うよ。協調性が無い訳じゃないんだろうけど……でもなんでわざわざ校則違反してるんだとは思う。お陰で何のために自警団みたいなことやってたのか、私にはよく分からなくなったよ」
「見方によってはその自警団みたいな活動の幅を広げたのが便利屋とも言えますけどね。ネットの評判、結構いいみたいですよ」
「それでも校則で起業行為や無断な金銭取得契約は禁じられてる事だ。規則違反者には変わりない。今回捕まえたら何を考えてそんなことやってるのか、必ず暴いてやる!」
「はいはい。気合を入れるのは結構ですが、いつもみたいに特攻して怪我を増やさないで下さいね」
「うっ。気を付けるよ……」
再現された風紀委員会との戦いは、概ね私の記憶にある通りの流れを踏んで進んでいた。
別人とはいえほぼ同一人物の先生の指揮。相対する面子も同じとなれば、殆ど変わらないのはある意味当然。対複数に慣れているムツキとノノミ、経験の少なさ故の直線的な動きで組み合わせがいいハルカとセリカ、よく動き回るシロコに集中する意識の隙を突くカヨコという組み合わせで周囲を包囲する風紀委員達は薙ぎ倒されていった。
だからこそ私達の視線は――ベレナによる意図もあるだろうけど――自然と最大の差異である"私"の戦いに集中する。
ヒナの次に名前が挙がる事が多い実力者。風紀委員会の二年生、
彼女は直情径行の気が強く、挑発に乗って直進してきたところを罠に嵌めてやり過ごす事が多いのだが、それは正面戦闘は避けるべきという評価も意味する。普通に手強いからだ。
罠に嵌めやすいから何とかなっているだけで、そんな彼女に冷静な指示役が付くと途端に手が付けられなくなる。先生の指揮下で動いている時のイオリなどが最たるものだ。それくらい、彼女の戦闘能力のポテンシャルは高い。
特に、近接戦闘。武器の関係上、ウチのハルカも得意の距離だが、彼女は素早い動きでの回避も絡めて狙撃してくるのでやり辛いったらない。
『いい加減に、倒れろ!』
『ハッ! まだまだ!』
だが、"私"は様々な被弾によって本調子から遠くても、イオリ相手に一歩も譲らない接戦を繰り広げていた。
距離を詰めて銃で鍔迫り合い、それを弾いても蹴りか銃撃ですぐに次の応酬に入る。偶に思い出したように爆発弾を撃ち込むが、それをイオリが回避する度に遠方の風紀委員か迫撃砲の砲台が流れ弾でダウンしていく周到ぶり。
社長としての意地か、『未来』を知るが故の根性か。
執念とすら言える粘りを見せて倒されることを拒否し、次々と戦果を上げて行っていた。
それにイオリの顔が怒りに歪む。
『クッソ……何でだよ、お前は何があってそうなったんだ!』
地を蹴り、叫ぶと共に銃で殴り掛かる。"私"はそれをストックで受け止める。
この再現された戦いの中で何度も見た構図だった。
だが―――イオリの顔には、それまでには無い感情が浮かんでいた。私も見た事がないそれは、きっと"私"が紡いだ何かによるもの。
『お前は、一線を越えない奴の筈だっただろ!?』
そして、"彼女"自身の歩みの中にあって、切り捨てたものだった。
『それは、そう見えていただけよ』
ギシリと軋みを上げる銃で押し留めながら、"私"が冷淡と取れる声音で応じる。激情を露わにしたイオリを前にしても"私"の顔は決然としていた。
―――"彼女"は、既に選んでいるから。
生まれ、『知識』を認識したその瞬間から。
『私の
『お前……じゃあ去年は、なんで人助けを……』
困惑混じりに、怪訝な目でイオリが問う。その目には、なにか理由があるのではという疑念―――ある種の信じる色があるように見えた。
こちらの世界のイオリが私には向けた事のないもの。
それに、"私"は皮肉げに笑みを浮かべた。
『経験を積み力を付けるために、社会から逸脱し過ぎないやり方がアレだった』
『それが、あの自警団紛いの活動だったって……?』
『ええ。実際、
『ならなんでそれを続けなかった!? なんで校則違反をしたんだ!』
『……時が来た。それだけよ』*1
『ッ―――この、狂った奴めッ!』
それがイオリにとっての決定打だったのだろう。
何があったかは知らないが、善良な人物像を思い描いていたらしい。
しかしそれを裏切られる決定的なことが、風紀委員を務める彼女の心に火をつけたようだった。
困惑と苛立ち、悲しみと怒りが綯い交ぜになっていた表情―――信じていたのに、と言いたげなそれも怒り一色となり、柳眉をつり上げ、押し合っていたライフルをかち上げた。即座に体を捻って回し蹴りを放つ。
"私"は悠然とした動きで一歩下がり、その回し蹴りを回避した。
そんな彼女にイオリが長銃を突き付ける。
『もう泣いて謝ったって金輪際容赦しないからな!』
『容赦なんてもの、悪党相手には
『なんだと……!?』
『[ちょっとイオリ!? 少し冷静に―――]』
『アコちゃんは黙ってて!』
『[イオリ!?]』
天雨アコの制止の声も振り払うほどの激昂。何を基にしているか私にはイマイチ分からない怒りを見せながら、イオリが突撃する。
『覚悟しろ、
『はっ―――』
浅く肩で息をしながらも"私"は凄絶な笑みを浮かべ、迎え撃つように銃口を向けて引き金を連続で引いた。
だがイオリは軽やかなステップでそれらを躱し、彼我の距離を一気に詰めていく。
―――そこで、横から弾丸の雨が襲来した。
『援護するよ』
『周りの連中は片付けたわ!』
『お仕置きですよ~!』
『流石のイオリもこれは避けられないでしょ!』
シロコ、セリカ、ノノミ、ムツキからなる連射性能がある銃使いによる掃射。
四人分のそれをいきなり浴びせられたイオリが体重制御を誤り、ステップに失敗して滑った。
『しま……っ』
『
すかさず、"私"が冷徹に言い放ちながらイオリの頭を撃ち抜いた。更に爆発弾だったようで爆発のオマケも発生。辺りが砂煙に包まれる。
視界が晴れた時には吹っ飛ばされたイオリが気絶して横たわる光景が広がっていた。そして辺りを包囲していた風紀委員達も、目に見える分は粗方転がっていた。
それをドローンが映すホログラムの天雨アコが見回し、眼を眇める。
『[どうやら先生の身柄を素直に渡していただくというのは難しいようですね]』
『そろそろ降参したら』
アコの言葉に、シロコが敵意を含んだ声音で応じた。
それに、アコはふっと笑みを浮かべた。
『[ふふ、この程度で終わりとでも思いましたか? キヴォトスで三大校と言われるゲヘナの治安を守る風紀委員会は、この程度ではありませんよ。後方にはまだまだ兵力を控え―――]』
『何をやっているの、アコ』
『[―――へ?]』
アコが勝ち誇ったように語っていたその最中、小さく静かだが強い意志を感じる声が場に響いた。
素っ頓狂な声を上げながらアコが振り返ったそこには、小柄な体躯を紫の軍服風制服で包み、同色のコートを私と同じく肩から掛けた少女が立っていた。
『[ひっ、ヒナ委員長!?]』
ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ。
キヴォトス最強と噂されもする彼女が、アビドスの地に降り立っていた。
『この状況、キチンと説明してもらう』
『[こ、これはその、素行の悪い生徒を捕まえようと……!]』
『便利屋68のこと? ―――
―――そして、ここでまた差異が一つ。
私はヒナには敵わないとして徹底的に避けていたから、ヒナがアコに気を取られた僅かな隙に即座に隠れた。ヒナのことだ。近場に隠れている私達がいて、それでも姿は見えないからその場から引き下がるためにも合わせたのだろう。
そうして『便利屋はその場に居ない』として風紀委員会は去ったらしいのだが……
『出てきなさい、陸八魔アル』
しかし―――"私"が率いる便利屋は、隠れてはいても見咎められていた。
こちらのヒナよりもあちらの空崎ヒナの意識は、便利屋により多くの意識を割いているように見えた。これもまた"私"の影響による差異なのだろう。
空崎ヒナはホログラムのアコを視界に収めつつも、その焦点は彼方―――風紀委員会が対峙する勢力に合わせていた。
その中には、便利屋も含まれていたのだ。
『……あの風紀委員長に名指しされるとは、光栄ね』
『知識』ではそこまで意識されていなかっただろうけど、実際は意識されていた。
迫撃砲でボロボロになった自動車を遮蔽にして隠れていた"私"が姿を見せる。ほんの少しの差とそれが意味することに気付いたらしい"私"は、脂汗に冷や汗を混じらせながら小さく呟いた。
絶対的な差がある強者に見逃されないという絶望感が今の彼女を襲っているだろう。
遅れて出てきたムツキ達も顔を引き攣らせながら警戒の姿勢を取っていた。
『あちゃー。逃がしてくれなさそうだよこれ……』
『……マズいね。万全ならともかく、私達は消耗してるし、社長に至ってはヒナの攻撃なんて一発でも無理だ。逃げるにしても誰かは捕まる』
『こ、こうなったら、私が命を賭してでも止めて……』
『社員を残して逃げるような、そんな三流悪党に成り下がる気はないわよ。そんなものは『私』が目指す
『アル様……』
『仲睦まじいことね』
互いを庇い合う様子に、ヒナが淡々と所感を述べる。
それにぐっと身構える便利屋に、シロコ達が近づきながら小声で話しかけた。
『あなた達がそこまで警戒する程なの、彼女』
『……先生の指揮があっても、戦えば全滅するわ』
『なんですって!? そんなに強いの!?』
『"君が言う程という事は、相当なんだね"』
『先生の指揮は生徒個人の能力を底上げするものじゃないわ。贔屓目を抜きにしても、相手の隙を突くような戦術で突破口を押し開くのが限度。1%を10%、20%には出来ても、0を1には出来ない。敵があまりに強過ぎたらその作戦ごと踏みつぶされる……そして空崎ヒナは、それが出来る。彼女一人で、彼女を除いた風紀委員会全軍と同等とすら言われる程の戦闘力だからね』
焦りに顔を歪ませながらの"私"の言葉にシロコ達は息を呑む。
なまじホシノというアビドスにとって最強の先輩を一度はいいようにした者だからこそ、その言葉や認識の重大さは嫌というほど分かったのだろう。先ほどとは打って変わって警戒の視線をヒナに浴びせた。
『あの、仮に戦闘になったとしたら、勝算は万が一にも無いという事でしょうか……?』
『……あなた達の先輩が全力を出せば五分の勝負ね。私と戦った時程度なら無理だけど。そもそもまだ来ないの、彼女』
『れ、連絡は送ってるんですが、未だに返信は……こんなに無反応だったこと今まで無いのに……』
『彼女の強さなら襲われていても無問題でしょうし、何かあったのかしらね……何にしても、仮に戦うとなったら彼女が来るまで耐えるだけね。そもそもそうならないよう引き延ばす方がいいけど……』
アヤネに答えながら、"私"が大きく息を吐く。戦意を立て直すかのようにマガジンを入れ替え、装填レバーを引き、装弾を終えた。
その間、ヒナはシロコ達が会話する様子を見たからかアコに話を聞いていた。少しして今回の行動の発端――エデン条約関連――が万魔殿の領分のものと分かったらしいヒナは、校舎での謹慎を言い渡し、それに肩を落としたアコがホログラムの通信を切る。
それからヒナは先生やシロコ達、そして便利屋へと向き直った。
代表するように、1年生ながらアビドスのブレーンを務めるアヤネが一歩前に出る。
『ゲヘナの風紀委員長。この現状については、既に理解されているでしょうか』
『事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、および他校生徒達との衝突ね。けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実……違う?』
違わないわよね、という言外の圧を伴ったその問いかけに、アヤネやシロコ、先生達がたじろぐ。
それを見てからヒナの視線がつい、と横の便利屋へと向いた。
『そちらの便利屋68はウチの生徒で、指名手配の問題児でもある。これ以上あなた達の自治区を荒らす事が無いよう今回を機に引き取ろうと思うのだけれど。どうかしら』
『はいそうですかって聞けって言うの!? ここは私達、アビドスの自治区よ!? こいつらは私達で対処するわ!』
ヒナの言い分にセリカが激昂したように言葉を挟む。
それにヒナは表情を変えず、視線をまたアビドスの子達へ戻す。
『あなた達の方で対応する、自治区運営の主権から来る結論として当然ね。けれどその後は?』
『え? 後って……』
『捕まえた後あなた達の、アビドスの規則で罰したとしましょう。それでその後、その子達をどうするの? その子達はヘルメット団のような不良と違いゲヘナの学籍がある。矯正局送りにはウチはさせないし、かと言って野放しにしてもまた繰り返すでしょう。結局ウチに送る事になるなら、今やり取りした方が二度手間ではなくなるのではないかしら』
『そ、それは……』
ヒナの言葉は、まあ分からなくもない話ではある。
結局結果が同じになるなら今の内に引き取ることで面倒や時間の無駄遣いを無くす。そういう司法取引の一つだ。アビドスが求めた罰を代わりに担いもするだろう。
アビドスは人が少ない。だからこそ、対応能力の限界も早い。
少なくともアビドスの規則違反だからと懲らしめても、それを捕らえておける収容能力は皆無。それを知っているからこその提案という側面もおそらくある。
ただ……ヒナはここまで積極的に動く方ではない筈だ。
こちらの私よりも"私"のことをより問題視する何かが過去にあったのかもしれない。
『それとも、彼女達を庇うような何かがあるの? それでこちらの公務を妨害したと?』
『黙って聞いていれば随分好き勝手に言うわね、空崎ヒナ』
更にヒナが問いを投げたところで、"私"が話に割って入った。長銃を肩に担ぎ、やせ我慢を滲ませながらもそれを隠そうと強気な笑みを浮かべていた。
その言葉にヒナは顔を"私"の方へ向けた。
『風紀の公務? それは果たして、他校の自治区運営の主権を脅かしてでも優先すべき事かしら』
『……アビドスの総生徒人数は5名。ウチの問題児が迷惑を掛けて危なくなっているなら、それを止めるのもまた仕事よ。アコが先走って事後承諾という形にならざるを得なくなった点は、完全にこちらの落ち度だけれど。今から話し合ってあなた達を捕らえるために協力する……それが次善の落としどころよ』
『あなたの場合、それは脅迫だと思うけれどね。受け入れられなければ公務の妨害扱いで諸共攻撃しそうに見えるわよ』
『そんな意図は無いわ……それに、問題になっているあなたが言える立場でもないと思うけれど』
『これはしたり。確かにそうね』
なんて事はなさそうに、しかし目に強い光を宿しながらヒナが言う。
"私"はそれをふ、と一笑に付した。
『そんな私からもう一つ言わせてもらうけど、無関係なアビドスの市民を巻き込んだ今の風紀委員会に正当性は無いわよ』
その指摘に、ヒナの顔が歪む。
部下の責任は長の責任。アコの暴走が招いたアビドス市街地の被害は、たとえヒナの与り知らぬ事であろうとも彼女の責任にもなる。
これが対策委員会と協力しての事ならまだ必要な被害として割り切れるものだった。少なくとも攻撃前に市民をシェルターに逃がしたり、関係者以外の立ち入りを禁じるような封鎖もできたはずだが、それらをしていないことで少なくない被害が出た。
便利屋の立場で発言の正当性を否定したヒナは今、部下の所業によって発言の正当性を否定されていた。
『無論、そもそもアビドスを襲撃しに来た私が言える事でないのは百も承知。あなたが指名手配犯として指定する悪党だものね。けどそんな悪党からも苦言を呈される程度には、今回のあなた達は酷いわ。だから私はイオリに『今のあんた達に捕まるのだけは絶対にお断り』と言ったのよ』
『……言われたの、イオリ?』
"私"の発言に思う所があったのか、意識を取り戻して復帰していたイオリへ肩越しに視線を送りながらヒナが問う。
問われたイオリは少し慌て、記憶を探る素振りを見せた。
『あ、あー……そういえば、そんな事を言ってたような……?』
『『無秩序捕縛者』とも言ったわよ』
『あ、それは覚えてる』
『……なるほど。中々の皮肉ね』
『けれど事実よ。私達をお題目に先生を保護という名の拉致を企てての所業が今回の風紀委員会の行動だもの。単に私達を捕まえようとやり過ぎただけなら私もそこまで言わないわ……今回は、『線』を守ると言っているあなた達らしくなかったわね』
眇めた目でヒナを見ながら静かに言った後、"私"はばさりとコートの裾を払いながら踵を返す。そして口元をファーで隠しながら、肩越しにヒナへ視線を向けた。
『次に対峙する時は、最高の状態の風紀委員会である事を期待しているわ』
その言葉を最後に前へ視線を向けて歩き出した。
ヒナはその背を厳しい目で見送りつつも、肩から下げた機関銃のグリップを握ることはしなかった。
カッ、カッ、と靴音を響かせながら歩く"私"に、風紀委員会の方を気にしながらムツキ達も追従する。
その歩みが先生に近付いた時―――
『落ち着いたら名刺で電話を』
歩みは緩めず、"私"は早口で先生にそう伝え、去って行った。
『いやぁ~、こいつはまた凄い事になってるねぇ』
入れ替わるように、対策委員会から見て右の道からあくび混じりの呑気な声音でその場にホシノが現れた。
その乱入に、立ち去った便利屋から全員の意識が外れた。
その後、ホシノとヒナの静かながら圧を感じる短いやり取りを挟み、ヒナが正式に風紀委員長として謝罪をして撤収していった。その直前に先生に、カイザーがアビドス砂漠で何かやってるという言葉を密かに残して。
その内密の言葉の後、ホログラムの光景が変化する。
場所はアビドスの校舎、対策委員会の部室。ウトナピシュティムの本船へ彼女達を乗せようと発破を掛けに行った時に見た場所だった。
ホシノを含めた生徒5人は名刺を片手に電話を掛ける先生を固唾を吞んで見守っていた。
数コールの後、通話が繋がる。
『[―――はい。こちら、便利屋68、陸八魔です。ご用件をどうぞ]』
『"こんにちは。シャーレの先生です。さっきぶりだね、アル"』
『[ああ、先生。夕方になっても電話が無かったら校舎まで出向くつもりだったのだけど、ちゃんと聞こえていたようで良かったわ。取引の情報の件ね]』
『"それもあるけど、その前に。怪我は大丈夫かい? かなり無理していたようだけど"』
『[ああ、それね。この仕事をしていたらよくある事だから問題無いわ]』
『"迫撃砲が直撃って聞こえたような……それもよくある事なの?"』
『[まあモノが違うけど珍しくはないわね]』
『"えぇ……"』
『ちょっと、先生? 雑談も良いけどそろそろ情報について訊いてよ』
安否の確認まではともかく、そこからの雑談にはしびれを切らしたらしいセリカが苦言を呈する。
それにごめんと謝罪した先生が、本題へと意識を向け、スピーカーモードにして机の上に端末を置く。
『[さて、情報よね。まず一つは、アビドスの土地の状況ね]』
『それってもしかして、社長ちゃんが初日に『よく分からない状態』って言ってた事と関係ある?』
『[大アリね。『アビドス高等学校』としての土地、もうほぼ無くなってるわよ]』
『『『『『え!?』』』』』
『"なんだって!?"』
それは彼女達にとって初耳の話だったらしい。
だが言われてみればホシノが示唆したように"私"が初めて襲撃した時、そしてアコが『他校の自治区付近』と言ったように、度々土地関連の話題は出ていた。
その理由が土地の所有権はほぼアビドス高等学校でなくなっていた事に起因していたらしい。
ただ私は、こんな話聞いた覚えが無かった。忘れているだけかもしれないけど。
「ねぇムツキ。この話、こっちでもあったかしら」
「砂漠がカイザー所有とか合法がどうたらそれっぽい事は先生達や理事ロボットが話してたけど、私達はそんなに関わってないから詳しい話は聞いてないね」
「……そういえば大将をお見舞いに行った時に、元々やめる気と言われていたところにお金を渡しましたが……もしかして辞める気だったのは土地の問題があったからだったんでしょうか……?」
「あー。良い機会とか言ってた気がするし、そうなのかも」
「あり得るわね……」
寄付として覆面水着団が置いて行ったお金を押し付けるように勢い任せで渡したけど、そういうえばその時にそんな話を聞いた気もする。*2
となるとベルは柴関ラーメン爆破によってそれを知る機会が無くなるから、今それを話しているという事なのだろう。
知っている事で避けられた悲劇も、それによって分かる事もあると考えると何とも言えない気持ちに駆られる。
『[連邦生徒会が認めた『アビドスの自治区範囲』はそのまま。でも実際の『土地の所有者』はカイザー。実態が外からじゃ分からなかったのよ。あなた達も知らなかったようだから分かるわけもないのだけど。まあとりあえず、どの程度なのかは後で地籍図なりで自分達で見てみなさい。そうじゃないと信じられない程だから]』
『あ、あの、ではアビドス以外が土地を所有している相手は誰なんですか!?』
『[カイザーコンストラクション。カイザーコーポレーション傘下の建設関連企業ね]』
『ここでまたカイザー!? カイザーローンといい、なんで!』
『お、落ち着いて下さい、セリカちゃん。アルさんに当たったところで何も解決しませんよ』
『それは分かってるけど!』
『……あなたはどうしてそれを知ってるの?』
『[ピンク髪の子に言ったけど、ターゲットの事は徹底的に調べる主義なの。それは各人のプロフィールだけじゃなく所属している組織の過去や関係図、自治区の規則や土地の権利等もそう。私がヒナ相手に口で勝てたのもそのお陰よ。まあ今回は舌先三寸でどうにか出来る程の非があちらにあり、かつあなた達と対立していたから通用しただけだけど]』
『うへ……徹底的って、思ってた以上だねぇ』
『[ヒナを縛る立場や規則のように、力があっても勝てないものだってある。大人相手なら特にそう。あなた達が背負っている借金がその証拠よ]』
『耳が痛いねぇ……』
ぐで、とホシノが机に突っ伏す。のんべんだらりとした雰囲気だけど多分本当に耳が痛いと思っている気がした。
そんな彼女の様子が電話越しに分かる筈も無く、"私"の話は更に続いた。
『[次に、またカイザーが関わってくる話なのだけど]』
『またぁ!?』
『せ、セリカちゃん、落ち着いて……』
『[ふふっ。まあ気持ちは分かるわ。その怒りは捨てちゃダメよ、怒りは原動力なのだから]』
その言葉に、そうだろうな、と私は内心で深く頷いた。様々な理由から復讐心で生きてきた今の彼女を知っているからこその得心だった。
ただ、何もかもを喪う以前の彼女が、どうしてその結論に行きついているのかは謎だった。
『[まあその原動力を正しく使わないと意味は無いけれどね]』
『ぐぬ……』
『"あはは……それで、アル。次の情報って?"』
『[アビドスの捨てられた砂漠の方でカイザーが何かやっているらしいわ]』
『"……それ、ヒナからも聞いた話だ"』
『[へぇ? ゲヘナの情報部も侮れないわね]』
『どちらかと言うと単独で同じ情報を持てているアルさんの方が侮れないと言いますか、恐ろしいと思いますが……』
感心する声にアヤネが引きながらもそう言う。恐ろしいと思っていながらもそれを口にできる辺り、この子も中々肝が据わっている。
そう思っていると、シロコが小首を傾げながら先生を見た。
『先生、もしかして別れ際になにか話してた事って、それ?』
『"あ、うん。そうだよ"』
『どういう意図でそれを伝えたんでしょうか、ヒナさんは……』
『"お詫びのつもりだったのかも?"』
『[あるいは、信頼のつもりかもね。彼女って人を信頼する段階がちょっと独特だから分かり辛いのよね。行動よりも前に本質を見て信用するから、行動や実績で信用をする周囲とギャップがあるというか……まあとりあえず、風紀委員長も言っていたなら間違いはないわ]』
『"ちなみに、アルはどうやってそれを知ったんだい?"』
『[あら、情報源までは話さないわよ。対策委員会には不要な話でしょう?]』
『"……そうだね。探るつもりはなかったんだけど、不躾だった。ごめん"』
ゲヘナは情報部というそれ専用の機関があったからヒナは知っていた。ならほぼ個人の便利屋の"私"がどうやって知ったのか気になったらしい先生の質問に、"私"からの軽い拒絶が入る。
私としては滅茶苦茶気になるところだったけど、まあ話す必要が無いというのは確かだとも思った。ただこれ、『知識』によるものとそれ以外とでどっちの発言なんだろうとも思ったが。
「これって『知識』による先取りか、地道に調べて本当に探り当てたか、二人はどっちだと思う?」
「探り当てたんじゃないかな~。深掘りしたら調べてないってバレた時のリスクがあるし、ヒナが言うって知ってたならそもそも言わなくていいじゃん? 言われてない可能性も考えて言及したにしても多分調べる事自体はしてると思う。昔から知ってたなら調べる時間は幾らでもあったわけだし」
「わ、私も同意見です。もしリスクがあるなら、風紀委員長とのやり取りを確認して、聞いてないと分かってから言いそうなので……」
「まあ、そうよね」
ムツキとハルカの予想は私も同じだった。
じゃあどうやって調べたんだという疑問はあるけど、多分それは明かされないだろう。
『[あと関係あるかは分からないけど、土地の所有権が移った事と、その砂漠で何かが行われているのはここ数年の間のことよ。まあ土地に関しては段階的にだけどね。土地の売買契約周りを調べたらその辺は分かるわ]』
『なるほど……ありがとうございます』
『[あなた達の役に立ちそうな情報はこれくらいかしらね……力になれたかしら?]』
『そうだね~。土地のことは全然知らなかったから助かったよ。ありがとぉ、社長ちゃん』
『[なら良かったわ]』
『でも社長ちゃん、襲撃をやめるって言ったらしいけどホント? 誰からか知らないけど依頼主を裏切ることになるんじゃない? 大丈夫なの?』
『[あなたは人の心配より自分や後輩の心配をしなさい]』
『うへ……』
後に身売り同然に突っ走って救出作戦が敢行される原因になるからか、"私"の言葉は容赦が無かった。うっすら自覚もしているらしいホシノがまたぐでっと突っ伏す。
その様子を苦笑しながら、先生が口を開いた。
『"私も心配だよ。実際、大丈夫そう?"』
『[問題無いわ。まあほとぼりが冷めるまで暫く雲隠れする気*3だから、あと数日もすればアビドスから立ち去るけどね。色んな自治区へ出向くだろう先生とは縁があればまたどこかで会えるかもしれないわ]』
『ん……あなたとはもう戦えないんだね』
『[襲撃をやめるって言ったのになんで残念そうなのよ……?]』
『ほんとですよシロコ先輩……』
『アルはホシノ先輩に勝った。私とどっちがより強いか明らかにすべき』
『う、うーん……あれを負けたとは認めたくないおじさんがいるよ……』
『[私としてもあれを勝ったとは言い難いのだけど……あと面倒だから遠慮するわ]』
『じゃあ今度私と戦ってって依頼を出すね』
『シロコちゃん、ほんとにアルちゃん社長さんを気に入ったんですね……』
『[迷惑行為はやめてちょうだい……]』
シロコからの熱烈な試合の申し出に、ため息を吐きながらやんわりと"私"は拒否を示す。
『[それじゃあね。何かあったらウチに依頼しなさい。料金は応相談だけどね]』
それから"私"はそんな挨拶を残して通話を切った。
その後、先生達は"私"の情報を基に土地の確認をし、ヒナからも齎された捨てられた砂漠でカイザーが何をしているかの確認のために遠出の計画を立て始めたところで映像は終了した。
ムツキの膝の上で眠るように瞑目し、集中していたベレナがぱちりと目を開ける。
「次はこの遠出で大幅な金利引き上げで追い詰められ、小鳥遊ホシノさんが実質身売りしたことで生徒会は消滅したと見て、カイザーPMCがアビドスを襲撃してきた時です」
「メガネっ娘ちゃんが泣かされた時かー」
「懐かしいですね……」
「いよいよ佳境ね。でも30分ほど休憩を挟みましょう。ちょっと疲れたわ……」
ベレナの言葉に、一度ストップを掛ける。
集中力という面でも、目の疲労もあるけど……精神的にも、少し疲れてきていた。
・『陸八魔アル』
オリチャーやってる時も過去に殴られた人
隠れていてもヒナに見咎められるのは予想外だったので実は内心めちゃくちゃ焦っていた
ホシノ早く来てと思っていたのでちょっと当たりが強いが、『ピンク髪の子』と呼び続けているのは単にまだ自己紹介し合ってないのと社長ちゃんと呼んでくるから合わせているだけ
『知識』で知っている事の裏取りで色々先んじて調べており、それを報酬として用意する形で柴関ラーメン爆破回避によって無くなる『土地の所有者を知る導線』をリカバリー。念のために何かが原因でヒナが先生に伝えなかった可能性を考慮して同じことも話した
ゲヘナ学園1年時はゲヘナ版自警団のような事をして戦闘経験を積んでいた。基本的に不良は強くないのであまり効率は良くないが、これにより単独or少数での対複数戦闘技術が向上している
風紀委員会の『線を引き、それを守る』ことはイオリから誘われた時に聞いて知った
・(故)ヒナ
ベル世界の苦労人委員長
問題児側の立場である『アル』に正当性は無いと分かっていたが、対策委員会に敵視されている自身の立場も現状正当性が無いと言われ、引き下がらざるを得なかった
奇跡世界のヒナよりも便利屋68に対して向ける意識の比重が大きいが、これは便利屋が安定した経営で裏含めて様々な仕事をこなしている事と、実力が奇跡世界のアルよりも高いため
・(故)イオリ
ベル世界の風紀委員会鉄砲玉
『アル』と別段仲が良い訳ではなかったが、自警団紛いで人助けをしていた姿は認めていた
煽られまくって頭に血が上っていたが『なんで経験を積むかは話してないからまだなんか隠してるな』とは勘付いている
・(故)先生
今は対策委員会の顧問
思っていたより『アル』が裏にどっぷりっぽくて内心心配している
ホシノの呼び方を聞いて『"アルってホシノより年下の筈だよな……?"』と疑問に思っている
ちなみに『アル』の小声はハッキリとは聞き取れておらず、後で
いじめ主犯はマフィアを後ろ盾にした者達だが、相手取ったのは後ろ盾になっていたマフィアそのもの
こちらも予行演習→一週間以内の達成を言い渡されている
現在は初日襲撃→翌日銀行強盗→対風紀委員会で猶予は4~5日。その間に雲隠れの準備を進めている