「それじゃあ早速依頼をこなしてくるわ! 先生、ベルをお願いね!」
"うん、行ってらっしゃい。終わったらシャーレに寄ってね"
「了解したわ!」
先生の奢りでファミレスで昼食を済ませた後、従来の便利屋4人は先生に斡旋してもらった仕事をこなしに別行動を始めた。
彼女達がこなしに行った仕事はシャーレに寄せられたもの。
本来、シャーレの依頼は無償が原則だ。だが先生は、彼女たちを『当番』として処理することで強引に給与を発生させ、それを報酬に充てるという荒業をこなしていた。
現地協力者として弾薬費等を後から経費で落とすのとは違い、日当として報酬が発生する形のそれは正直あまり褒められた事ではなく、ベルが言ったように何度も頼っていいやり方ではない。
『当番』は抽選するくらい応募が殺到する。それを即日いきなり決めるというのは、抽選で
でも先生はそれをやってしまう。
シャーレのトップである彼を止められるのは連邦生徒会くらいだけど、シャーレが回ることで色々解決している面もあるからか小言を言われる程度で留まっているらしい。
正に実力で黙らせている。
まあ財務室長の子が甘いところもあるからだろうけど……
そして便利屋は多分それを知らない。カヨコが気付いているかも、というくらいだ。
私もかつて"先生"に聞いたから知っているだけ。
多分この世界の先生は誰にも話していない。
ベルが知っているかは、分からないが。
"それじゃあ行こうか。まずは連邦生徒会へ行くよ"
そんな彼女達からベルを預かって3人になった私達は、先生に帯同する形でサンクトゥムタワーを目指し移動していた。
ベルがこちらに残ったのは先生が呼び止めたから。折角会えたしこれからの予定で一緒に来てほしいとの事だった。
午後に復学支援の件で向かう予定とは聞いていたけど……
「先生、復学支援の相談ってベルのことだったんだね」
「え、なにそれ? 私聞いてないわよ?」
「……ん?」
だが私の質問は、ベル本人からの疑問で梯子を外される形になった。
まるで初めて聞いたような反応……
復学支援ってそもそも本人の希望が無いと成立しないのでは?
もしかして最近何か思い詰めているせいで先走ったのだろうか。その疑問と共に先生へ目を向けると、彼は頬を掻きながら苦笑を浮かべた。
"あー……ごめん、方便だったんだ。これからしに行く話はベルに関する事や色彩や嚮導者、無名の司祭について共有するため。ただ、流石にシロコにベルの話をするのは早いと思ってね……"
「ん……なるほど。理解した」
だが、どうやらあれは嘘だったらしい。
話すときは個人情報保護のためと私は別室で待機になっていただろうからバレる心配は無かった訳だ。
……たしかに隠していたのは正解だった。
仮に便利屋が今日来ていなかった場合、私は当番が終わった後に一も二もなく警戒心と共に突撃し、先手を打つべく奇襲していた。
そして間違いなく返り討ちに遭っていたはずだ。
彼女も止まれず、私はそのまま命を落としていただろう。
「先生の判断は正しかったね。間違いなく1人になったタイミングで突っ込んでた」
「あの子達が私を1人にする場面が昨日の今日で来るとは思わないけど……まあ、仮に来てたらそうなっていたでしょうね。あの子にもこの子にも怨みは無いけど……」
"バッタリ鉢合わせた時の事も考えると、今日会えたのは逆に幸運だったかもしれないね"
「同感」
「まったくね」
深く、深く首肯。ベルも同意見だと瞑目と共に頷いていた。
しかし程なく、その顔に苦笑が浮かぶ。
「まあ、そのキッカケが社長の散財癖にあると思うと素直に喜び辛いところだけど」
「ん、気にしちゃ負けだよ」
"ま、まあ、災い転じて福となすとも言うから! ベルが財務管理するようになるなら今後安泰じゃないかな!"
「どうかしらねぇ……」
そうやって幾らかの雑談をしつつ私達は目的地へ向かう。
ベルがアトラ・ハシースの箱舟を持ってるとも聞いた。まあ世界を渡るとなれば真っ先に思いつくのはそれだから、理解はできるのだけど。
先生もそれは聞いてなかったようで、初めて教えられた時は驚いていた。
「アレを一人で動かしてるの?」
「守護者やミメシスを使ってるわ。メンテナンスも殆ど自動で、10年間使って故障一つ無いから随分助かってるわね」
「でも区画の殆どは使ってなさそうだね」
「いや、使ってるわよ。大半資材置き場か装備と保存食糧の倉庫で、あとは色彩で侵食したケセドの工場とかね。ケセドは装備と守護者の生産用で、他の預言者も何体か載せてるわ」
"預言者載せてるんだ……"
「ええ、まぁ……洒落にならないくらいヤバいキヴォトスがあってその時にね……」
"えぇ……"
「ベルがヤバいって言うのは本当にヤバそう。ちなみにどんなのだったの?」
いつの事かは分からないけど、嚮導者としての力の増幅があって尚ベルがそう言うのは並大抵の事態ではない。
つまりこのキヴォトスでも起き得る事態なのだ。
どんな事だったのか気になって問い掛けると、眉を寄せ、顰め面になったベルがうんざりした様子で口を開いた。
「色々あるけど、過去一ヤバかったのはアレね。『名もなき神々の王女』として覚醒した子を司祭がアトラ・ハシースの箱舟に乗せて、世界を渡って全キヴォトスアーカイブ化計画を実行しようとしてた世界。あっちも守護者を大量に持ってたからこっちも出して、お陰でキヴォトス全土を舞台にした大戦争よ。預言者はその時に侵食して鹵獲したの。あの時ばかりは本気で妨害に失敗するかと……」
"そんな事が……"
「名もなき……が何かはよく知らないけど、ヤバそうだね」
「神秘のアーカイブ化……意識を保ったまま生きたデータへと分解され、保存される地獄よ。それが広範囲に引き起こされる。色彩の力を持つ私だから抗えたけれど、生徒や市民達は為す術もなく分解されていたわ」
「意識を保ったまま……」
「ちなみに先生がエリドゥで失敗していた場合に"そう"なるわ」*1
"あの時のか! ユウカとノアが居なかったら滅んでたんだ……"
思い当たる節があったのかハッとしたように先生が声を上げる。
多分私の世界でも同じことがあって、未然に防がれていたんだろうな……
「王女関連は色彩無関係だし、色彩に触れる生徒も全部アーカイブ化されてるしで……世界を渡り歩いていて良かったわよ本当に。傀儡化の予兆で動くだけだったら今頃相当数のキヴォトスがアーカイブ化されていたでしょうから」
「うわ……じゃあここにも来てたかもなんだね」
「来ていたでしょうね」
事の深刻さに反し、さらっと肯定される。
そこに殊更の頓着は見られない。
過去一危なかったとはいえ彼女としてはもう済んだ事でしかないのか、あるいは当時より更に強くなった以上は負けないと考えているのか。
……負けた時はその時だとは、考えていないといいが。
そうして話を続けていく内に、世界を跨いで訪れる危機や無名の司祭の悪辣さは嚮導者や色彩関連だけではない事を知った。
無名の司祭の手が思ったより広い……
あとキヴォトスは思っていたより滅びに繋がる要素が多い。
ちょっと信じられない類のものもあったけど、でもベルは実際に見てきているわけで、先生にも幾らか思い当たる節のある話となると流石に信じざるを得なかった。
ちなみに訪れたキヴォトスの情報は色彩を介して把握しているらしい。
「なんだか、あれだね。ベルは色彩を便利な存在に思ってない?」
「まあ思ってないと言えば嘘になるわね。リソース管理も奪われる心配もしなくていいし際限が無いから安心して使い倒せるとなればそう思うのも当然でしょう。引き換えに喪うものが多過ぎるけど全部喪った後なら代償は無いも同然。反転済みの嚮導者からすればメリットしかないわ」
「ん、違いない」
私は期間は短かったけど嚮導者だった事もあるので言わんとする事は理解できた。我ながら、本当に妙な事でベルと意気投合していると思う。
まさかあの頃の経験で誰かと笑い話が出来る日が来るとは思わなかった。
"2人が仲良くなってて嬉しい、嬉しいんだけど……! その話題だと素直に喜び辛いかなぁ!"
そんな私達を見て先生は喜びと苦悶が入り混じった、複雑な百面相を浮かべていた。
「ん、嚮導者トーク。先生は違うからダメだよ」
「色彩による変化は不可逆だから仕方ないわ。時には諦めも肝心よ」
"シロコはそれブラックジョークだしベルのそれはポジティブの皮を被ったネガティブだよね!"
「キレのあるナイスツッコミだね、先生」
くわっ! とツッコミを入れてくる先生にぐっ! とサムズアップと笑みを返す。
こんなにキレのある先生見たの久しぶりだからなんだか嬉しかった。
「小気味の良い反応ね……すっかり忘れていたけどそういえば先生って結構愉快な人だったわ」
「その言い方だと10年振り? 他のキヴォトスでは……」
「存命でも会いに行ってると思う?」
「行ってなさそう」
仮に私が同じ立場なら、一目様子を見るのも躊躇って結局避け続けてそうだ。
……血と罪に塗れた自分を見られたくない。
同じ結論かは分からないが、ベルはこくりと頷いた。
「そうよ。会った事が無いわけじゃないけど、それはその世界の便利屋と一緒に居るところへ飛び出た時が大半だったし……それに基本死んでるか瀕死で入院中ばかりだもの。会える状態ですらなかったわ」
"私ってそんなに他の世界だと死んでるの……?"
「ん、儚い命。先生はか弱い生き物だから気を付けるべき」
「本当にね。シッテムの箱のバリアにも限界はあるし、そもそもそれを取り上げられたら吹けば飛ぶくらい簡単に死ぬって分かってる? シャーレから堂々と騙し討ちで誘拐されたのにザルセキュリティのままなのも正直どうかと思うわよ」
ジトッ、とした目を二人で向ける。
片や意識不明の重体、片や即死のキヴォトスから来た生徒からの視線に、先生はバツが悪そうな顔をした。
「この世界のあなたが死んだら流石に怨むわよ? 全てがそうという訳じゃないけど、先生が死んだ事で色彩を呼ぶほど絶望した子もいるんだから」
"え、私の死が原因の場合もあるの?"
少し呆気に取られた顔で聞いてくる先生に、私とベルは一瞬視線を交わし合った後、はぁ……と深くため息を吐いた。
確かに私達の世界の破滅の原因は、先生の死ではない。
でも私の場合、先生が意識不明の重体になったのも絶望を抱いた要因の一つだ。
「頼りたい時に、頼れないのは……辛いよ」
一縷の望みが却って辛い事もあるのだ。
……そう考えると、それすらも無かったベルの世界の"私"は"みんな"を喪っても尚よく生きていられたと思う。
後を追っても不思議ではないのに。
そう考えながら彼女の怜悧な横顔を見つめていると、"うーん"と先生から何かを悩むような声が上がる。
「先生、どうかした?」
"いや、今の話と人知れず存亡の危機を解決してくれている事を知った私は、どうするべきかと思ってね……"
先生の悩みは、どうやら過去の出来事ではなく、それを解決した目の前の彼女に出来ることを探す悩みだったようだ。
またこの人は……
"なにか、ベルの力になれる事はあるかい?"
「今のを聞いてそれなの……? ……あなたは、全能の神ではない。あなたが生きるこの世界の『外』の事まで背負う必要は無いわ」
―――それを、彼女は切り捨てる。
その言葉は『外』を知り、『外』に生きる超越者からの無慈悲な裁定。
それは連邦生徒会長によってキヴォトスの外から呼ばれやってきた人の在り方をも否定するもの。自身が居ない場所での他者の行動の責任まで負うなという言葉。
おそらくは……自分はあなたの生徒ではない、という意味。
そして、人を殺めた罪を背負わせはしないという想い。
"……キヴォトスを守ろうとしてる君にだけ何もしないのは、難しいかな。私は生徒の力になるために居るから"
自身の存在意義をも否定するも同然の言葉に、しかし先生は微笑みながら頭を振った。
そんな彼に、ベルは険しい眼を向ける。
「先の話を忘れたのかしら。嚮導者は、埒外の存在よ。『生徒』にはなれない」
"それは世界を破壊するために動いている場合で、君は違うよね"
足を止めた二人が対峙する。
ちりっ、と肌がチリついた。産毛が総毛立つ。
シャーレでの時と同じ気配が辺りに満ち始めていた。
そんな中にあっても、先生は先の対峙の時と同様に微笑みを絶やさない。
"それに、私は生徒の味方だけど、その前に1人の人間だ。たとえ相手が生徒じゃなくても助ける事はあるよ"
「限度があるわ。だから節操が無いと言っているのよ」
"今も世界を守るために自分を削っている人がいる。それを見過ごせと言う方が、私には酷だよ"
「そうやって振り返らない
"……そうだね。聞いているよ"
「連邦生徒会長の席は長らく空席。代行が続けているにしても限度がある。信用と権威が失墜している今、あなたが倒れたら纏まるものも纏まらず、何もかも終わりなのよ……私はその末路を、幾度も見てきたわ」
静かに。しかし重い嘆息が、俯いたベルの口から吐き出された。
諦観。落胆。悲哀。絶望。
―――私の首に手を掛けた時に見た感情だ。
あの時、私だけが見たであろうそれが、垂れ下がった前髪からわずかに見える彼女の顔に浮かんでいた。
その顔で手を汚してきたのだろう。
絶望の果てに反転した子達の命を、その手で。
「私が為す事に感謝も報恩も助力も無用。私はこれまで通り、私の復讐のために為すべきを為すだけ。そしてあなたが為すべきは、弾劾を除けば私のような者を生まないために尽力することよ」
断固として冷徹に言い切って、彼女は顔を上げた。
―――纏う気配が切り替わる。
その顔に浮かぶのは、皮肉げな笑み。
「まあ、私は色彩の嚮導者として、そしてこの世界の便利屋副社長としてあなたに感謝し、報恩し、助力するけれどね」
不敵に、挑発的に、けれどどこか優しさのある笑みを湛えてベルは言った。先生に無用だからするなと言った事を、自分はすると。
言われた方の先生はやや呆気に取られた後、くすりと苦笑を浮かべた。
"……それって、随分一方的じゃないかい?"
「なら言い換えましょう。私はシャーレの先生を利用して目的を果たさせてもらうわ。それがあなたの助けになったとしても恩など感じなくて結構。あなたも私を存分に利用しなさいな」
"うーん流石は元社長、強い。でも何の解決にもなってないような……"
苦笑しながら言う先生。
そんな彼に、「あら」とベルが笑った。
「先生、作業の分担という概念はご存知?」
"流石に知ってるよ!? 概念で聞くって私どう思われてるの!?"
心外だよ!? と笑いながら驚く器用な事をしながら訴える先生に、くすくすと彼女は笑う。
その笑みには、険呑さは無くて。
「固定職員1名で引き受ける量じゃない仕事で埋もれてると思ってたのだけど、違うのかしら」
チラ、と黙って推移を見守っていた私に視線が向く。
追って先生からの視線も来た。
私は今朝当番に来た時の先生の様子を思い出し、ポツリと呟く。
「ん、ガッツリ埋もれてた」
"シロコさん!?"
ガビン! と、先生はまるで裏切られたかのような反応をする。心外。埋もれてた先生が悪いと、私はぷいとそっぽを向いた。
ベルは見た事かと言わんばかりに苦笑していた。
「やっぱり。なら余計に背負わせられないわね。私は過労死でキヴォトスが滅びる引き金を引きたくないわ」
"くっ……自分の不徳が恨めしいよ"
「先生は断ったり他のとこに流すのも覚えるべき」
「便利屋の経営顧問がこれじゃあ将来不安ねぇ」
"ぐぅぅ……"
ここぞとばかりにぼこぼこに口撃する私達に、先生はやや半泣きだった。
男性なのにかわいく見えるのは卑怯……
「ともあれ、それを実践するだけよ。あなたは
ふ、とベルが微笑む。自嘲の籠った憂いの顔で、眩しいものを見るように、先生を見ていた。
―――明確な線引き。
内と外。
罪なき者と、罪ある者。
その残酷な境界を引かれた先生は、
"……やっぱり、止まらないんだね"
「ええ―――
薄く、彼女ははにかむ。
大人の美貌の中に、ほんの少しの幼さが見える笑みだった。アルが落ち着けばちょうどあんな笑い方をするだろう顔。
便利屋としての、彼女の顔だ。
10年間の憎しみの内に埋没し、押し殺されていただろうそれに言葉が詰まった。
"ベル……本当にありがとう……そして、ごめん"
それは『外』からの脅威を排除し、自身の生徒と、キヴォトスを守ってくれた行動への感謝。
彼女に罪を背負わせる事を許容し、無力さを嘆きながらの謝罪。
それに―――彼女はやはり、微笑んだ。
「礼も、そして謝罪も不要よ。私の復讐で結果的にそうなっているだけなのだから」
"……そっか"
「ええ、そうよ」
眉を寄せ、苦悶を堪えながらもどうにか先生は笑みを作って、頷く。
ベルは穏やかな笑みのまま頷いた。
―――そこで、彼女の視線が空へ向いた。
笑みは消え、真剣なものへと表情も変わる。
"ベル?"
「どうしたの?」
「……無名の司祭が、傀儡にしようとしてる。他のキヴォトスで色彩が生徒に接触したのね」
"な―――"
それは、今まさに並行世界で滅びが始まろうとしている事の示唆であり。
彼女が動き出す先触れでもあった。
"感覚で分かるのかい?"
「連中は色彩を介して支配しようとするけど、それは必ず嚮導者に行きつくわ。連中がいま目の前にしている反転生徒ではなく私に。嚮導者は1人しか存在しないから」
「―――だからこそ、あなたは憎しみを絶やせない。憎しみを喪えば支配に抗えないから」
"シロコ……?"
「……やっぱり、気付いていたのね」
「ん、当然。これでも経験豊富」
ホシノ先輩と同様の反転の場合、元に戻るには自身の一部を捨てなければならない。
それは反転に至る要因であり根幹。
彼女にとって、それは喪失の哀しみと司祭達への憎しみ。
どちらも捨てられない。
そして、いま捨ててもならない。
彼女は嚮導者だから。
彼女は自ら復讐者になった。
同時―――『色彩の嚮導者』である限り、彼女は復讐者で在り続けなければならない。支配の糸は自身に伸び、それに抗うために哀しみと憎しみが不可欠だから。
全ての世界に於いてたった1人だけの嚮導者。
あの白仮面たちは、それを操る存在。
色彩に触れ、反転しただけの者は操れない。もしそうなら私は支配され続けている。
だから―――彼女はこれまでもずっと、幾度となく、それに耐えている。
元の世界と同じ場所に馴染んでいながら、ホシノ先輩や私のように戻れていないのは、そういう理由。時間を掛けても戻らない。
無名の司祭の存在は例外なく許してはならないのだ。
「終わったらサンクトゥムタワーの下へ行くから先に行って待っていてちょうだい。すぐ終わるから、そう待たせないと思う」
そう言って、彼女は道の途上で黒い歪みを創り出した。彼女が所有する箱舟へ通じる門だろう。
"―――ベル"
それを見て、いよいよ行くのだと悟った先生が静かに名前を呼んだ。
背を向けていた彼女が止まり、振り返る。視線でその先を促した。
"無事に、帰ってくるんだよ"
教導者から紡がれたのは、別れかもしれない旅立ちに向けた言葉ではなく、帰りを待つもの。
「―――ええ、必ず」
嚮導者は柔らかく笑って、言葉少なく応じ、門へと消えた。
「―――理解できぬ」
「この者は色彩を呼び、それに触れた筈だ」
「しかし、嚮導者ではない」
「我らの意思を汲み、忘れられた神々を滅びへ導く者はどこだ?」
「嚮導者の資格を持たないと?」
「だが、嚮導者は確かに存在する。我らの意思は、確かに届けられている」
「つまり―――何を意味する?」
「―――理解、できぬ」
「理解など、必要無い」
「価値あるものも、無価値なものも、私が決める」
「お前達は―――無価値だ」
「故に、滅べ」
「理解、出来ぬっ―――」
幾千の滅びがあった。
幾万の死を与えた。
幾億の果てを見た。
この手で下した死。取りこぼした死。間に合わなかった死。無数の終わりを繰り返し見続けた。
10年間、ただひたすらに繰り返した。
『せんせい……どこ……? せんせい……?』
絶望した中で
暴れるでもなく、泣き喚くでもなく。
ただただ、救いを求めるように歩いている。
「……眠りなさい」
引き金を引く。
失意に呑まれた少女の胸に、一輪の花が咲く。
赤く、紅く、黒い花が。
『せんせ、い……せん……せ……―――』
最期まで、その少女は
色彩を呼ぶほど絶望している時点で理解している。したからこそ、心が壊れた。
深い信頼と親愛が、喪失を大きくし、心を壊した。
その事実と結末を静かに見届けた後、私は元居た世界へと戻る。
その足で、彼女達の下に向かった。
「ねぇ、あなた達」
「うわぁだれだれ!? って、あれっ!? ベルちゃん、なんでここにいるの!?」
「ちょっとね……」
「ちょ、ちょっと!? 一も二もなく抱き着いて来て……副社長? 何かあったの?」
「ふわぁ……い、いきなりどうされたんですか……?」
「ん、ちょっとね……」
「……重症だね、これ」
「んぎゅむ。ベルちゃん、実はかなり甘えん坊だよね?」
「分からないわ」
暖かかった。
この子達を守るために生きていると再確認すると……少し、体が軽くなった。
「……ありがとう。邪魔して悪かったわね」
「い、いえ、それは構わないのだけど……結局何があったのよ? ただ事じゃなさそうだけど」
「シャーレで合流した時に話すわ。それじゃあ、また」
「な、何だったの……?」
全ての可能世界から
喪失で心を壊す子を見るのも。
復讐で命を奪うことも。
その連鎖がどれほど永く続こうと―――
この奇跡の世界だけは、守り抜く。
・《嚮導者》陸八魔ベル
「この世界は、必ず守るわ」
『外』より訪れ、『外』からの敵を屠る復讐者
己の道に帯同を許さず、守れなかった罪悪感と奪った者への憎悪で殺戮の道へ突き進む
教導者に敬意を表し、最大限の譲歩をする
全てが終わるその日まで罪悪感と憎悪、そして守る意思を絶やす事は無い
今後は仕事が無い時は嚮導者として世界を渡って殲滅を、仕事がある時は便利屋副社長として奇跡世界で過ごしていく
・《教導者》先生
"この奇跡は、必ず守る"
『外』より訪れ、『内』からの敵を下す先導者
同意を得、多くの者と道を同じくし、奇跡を束ねて先へ進む
嚮導者に理解を示し、最大限の敬意を送る
全てが終わったとしても、その日の無力を忘れる事は無い
後に自身の世界にいる敵への対策のため嚮導者と共同戦線を張る
・《協働者》砂狼シロコ
「もう誰も喪わせない」
『虚』より現れ、『内』からの敵を下す生徒
かつて友と仲間を喪い、送り出した恩師と同じ背を追う一人
双方に理解を示すが、罪なき者故に嚮導者側にはもう就けず、それでも友として、僅かでも同じ場に立った者としてその背を見守る
多くの滅びの可能性を知り、これまで以上の覚悟を以て教導者を守りに動く
・《居場所》便利屋68
嚮導者を唯一『人』に留められる存在
守りたいものの明確な形であり、憎しみを昇華する鍵
最後の心の拠り所