平成時代中期。 信仰心が目に見えて少なくなっている世のことだった。
ある五人組が平出資料館の近くを歩いていた。
夜、雷が轟いたかと思うと激しい雨が降り始めて、鈴の音が鳴りかごめ歌が聞こえてた。
『かごめかごめ、籠の中の鱒は、何時何時出やる、十日の晩に、鶴亀ひきこめひきこめ』
と。突然のことだ。急に一人が叫び出した。『あれはなんだ!』と。しかしその男が指差す先には誰もいない。
『おい、どうした!』男2が肩を掴む。だが叫んだ男1は震えたまま、雨の向こうを見続けていた。
『いるだろ…!ほら、あそこに…!」誰も何も見えない。ただ、豪雨の中、街灯の明かりが滲んでいるだけだった。だがその時。ぴちゃん、ぴちゃん。と、水溜まりを踏む音が、一つ多いことに男3が気づいた。
五人で歩いているはずなのに、足音は六つ聞こえる。男4が顔を青くして言った『帰ろうぜ』
すると耳元で囁くように『また来た』高い女性の声が聞こえ、雷鳴が鳴り響く。白く弾けた視界の中で、男1だけが“それ”を見た。道の先…雨の中に…異様に長い脚をした何かが立っていた。最初は人間に見えた。蓑を被った老人のようだった。だが違う。首が長すぎる。肩幅が獣のように広い。そして…顔がなかった。あるべき場所に、濡れた狼の鼻先だけが浮いていた。男1が悲鳴を上げた。『あっちから来る!!』
だが他の四人には何も見えない。男1が錯乱したようにしか見えない。男1は突然後ろへ転び、泥水を掻きながら逃げ始めた。『おい!!少し落ち着け!』男2が腕を掴む。その瞬間、男2にも見えた。水溜まりの中だけに映る“それ”を。それは巨大な白い狼の姿だ。だが目だけが人間だ。ぎょろりと水溜まりの中に映る狼が男2を見た。それは『逃げるな』と低い女性の声を発した男2は反射的に手を離してしまった。男1はそのまま立ち上がり、細い脇道へ駆け込んだ。そんな道は無かった筈だ。少なくとも、昼間には。資料館脇の石垣の隙間。そこに、暗い山道が口を開けていた。男1は雨の中へ消える。男3が追おうとして、止まった。道の奥に、無数の目が見えたからだ。赤い目、白い目、泥色の目。無数の不気味に輝く目が雨の奥で揺れている。そして先頭にあの異様な影。今度は全員に見えた。狼だった。いや狼ではない。四足で立っているのに、人の腕が混ざっていた。濡れた毛皮の隙間から、人間の顔がいくつも覗いていた。老人。女。子供。知らない顔。全部が溶けたみたいに身体に埋まっている。『逃げるな』低い男性の声が聞こえ道が広がる。『逃げようとする獲物を見ると本能が疼く…』今度は男性の高い声が聞こえ雨が強くなる。『ああ、そうだ。逃げるでないぞ…ふふふ』高い男性の声が聞こえ…全てが混ざった声がする『いただこう』男1の悲鳴が、急に止んだ。静寂が場を包む。次の瞬間、山道そのものが消えていた。そこにはただ、石垣があるだけだった。男1もおらず足跡もなくなってる
翌日。警察も消防も捜索したが見つからなかった。
ただ一つだけ。石垣の前に、小さな泥の足跡が残っていた。すでに絶滅したはずのニホンオオカミのものに似ていたが、妙に細長く、まるで人間の指が混ざっているようだったという。そして、その場にいた三人は後に共通した証言をしている。「あれには顔が無かった」だが男2だけは違った。震えながらこう言ったという。「いや……顔はあった…俺の顔だった…」