ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
オラリオの歓楽街。
その一角にある小洒落た酒場で、私はカウンター席に座り、お気に入りのワインを傾けていた。
ロキ・ファミリアの『客分』として迎えられてから数日。私が夜な夜な飲み歩く際は、監視と護衛を兼ねてファミリアの団員が一人同行することになっていた。今日の付き添いは、ドワーフのガレスだ。
「……お嬢ちゃん、よくそんなに飲めるもんじゃな。ワシらドワーフ顔負けの酒量じゃぞ」
「あら、これくらい普通よ。美味しいお酒は、いくらでも入るんだから」
私は空になったグラスをマスターに押し出し、おかわりを要求した。
ガレスは呆れたように大きなジョッキのエールを煽っている。
その時だった。
――ズドォォォォォンッ!!
突如、外の通りから耳を劈くような轟音と、人々の悲鳴が響き渡った。
同時に酒場の壁が激しく揺れ、棚に並んでいた酒瓶がいくつも床に落ちて割れる。
「チッ、またイヴィルスの連中か! 懲りない奴らめ!」
ガレスがジョッキを置き、愛用の巨大な戦斧を手に立ち上がった。
私も、自分のグラスに注がれたばかりのワインが揺れでこぼれてしまったのを見て、深いため息をつきながら立ち上がる。
「もう……せっかくのいい気分が台無しじゃない」
酒場の外に出ると、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
黒ローブを着たイヴィルスの構成員たちが、迷宮(ダンジョン)から連れ出したであろう巨大なモンスター――三頭の凶暴なトロールを操り、手当たり次第に建物を破壊させているのだ。
「ひゃはは! 燃やせ、壊せ! 神の箱庭をぶっ潰せ!」
「オラリオに絶望を!」
「おのれ、外道どもが! お嬢ちゃんは下がっておれ、ワシが……」
ガレスが前に出ようとした、その瞬間。
「あー、もう。本当に鬱陶しいわね」
私はウサ耳をイライラと揺らしながら、トロールの一頭に向かってズンズンと歩き出した。
「お、おい! バニー、無茶をするな!」
ガレスの制止も聞かず、私は巨大なトロールの足元まで近づく。
私を見下ろしたトロールが、丸太のような腕を振り上げ、咆哮と共に叩き潰そうとしてきた。
だが、私はその拳を避けるでもなく、足元の石ころに派手につまずいた。
「あっ、やだっ!」
ズデーン! と、情けない音を立てて私は地面に転んだ。
完全に無防備な姿。イヴィルスの男たちも、ガレスも、私の死を確信しただろう。
しかし。
私が転んだ拍子に勢いよく跳ね上がったバニースーツの足(ヒール)が、振り下ろされてきたトロールの顎の先端に、凄まじい速度でクリーンヒットしたのだ。
「ゴッ……!?」
パキィン! という骨が砕ける音と共に、トロールの巨体が大きく宙に浮き、そのまま後方へ綺麗に吹っ飛んで地面に激突した。白目を剥いてピクピクと痙攣し、完全に気絶している。
「「「……は?」」」
イヴィルスの男たちも、ガレスも、全員がポカンと口を開けていた。
「いてて……」
私は網タイツの埃を払いながら立ち上がる。
『遊び人』は、戦闘中に勝手にふざけたり転んだりする。だが、ごく稀にそれが奇跡的なクリティカルヒットを生むことがあるのだ。
「な、なんだあの女……!? 偶然か!?」
「ええい、構うな! 残りのトロールもそいつに嗾(けしか)けろ!」
焦ったイヴィルスの男たちが、残りの二頭のトロールを私に向かわせる。さらに構成員たちも一斉に武器を構え、私とガレスを包囲した。
「……数が多いな。バニー、ワシが道をこじ開ける! その隙に……」
「ガレス、ちょっと下がってて」
私はため息をつき、首をポキポキと鳴らした。
「遊んであげるのも面倒くさくなってきたわ。さっさと片付けて、飲み直すわよ」
私は目を閉じ、魂の奥底に刻まれたスキルを呼び起こした。
【賢者の回帰(ルビス・メモリア)】
パァァァァッ……!
私の体を眩い光が包み込み、バニースーツが一瞬にして『神鳥の法衣』へと変わる。手には『神鳥の杖』、左腕には『女神の盾』。
ただのバニーガールから、圧倒的な魔力を纏う『賢者』への変貌。
その異常な魔力圧に、イヴィルスの男たちも、理性のないトロールでさえも、本能的な恐怖で足を止めた。
「な、なんだあの魔力は……!?」
「服が……変わった……?」
私は両手を空高く掲げた。
「吹き飛びなさい」
呪文の詠唱など必要ない。ただ、力ある言葉(ルビ)を紡ぐだけ。
「【イオナズン】」
瞬間、トロールたちとイヴィルスの構成員たちが固まっている空間の中心に、極大の光の球体が現れた。
それは次の瞬間、周囲の空気を全て吸い込むように収縮し――
カァァァァァァッ!!!
ズドォォォォォォォォンッ!!!
目を開けていられないほどの閃光と、鼓膜を破るような大爆発が歓楽街を揺るがした。
凄まじい爆風が吹き荒れるが、私とガレス、そして背後にある酒場は、魔法の指向性によって完全に守られている。
土埃が晴れた後。
そこに残っていたのは、黒焦げになって倒れ伏すイヴィルスの構成員たちと、跡形もなく消し飛んだトロールの残骸、そして、アスファルトが抉れた巨大なクレーターだけだった。
「……」
ガレスは口を半開きにしたまま、ただ無言でクレーターを見つめている。
私はふう、と息を吐き、十分経つのを待たずに自らの意思でスキルを解除した。
光と共に再びバニースーツの姿に戻ると、呆然とするガレスの肩をポンと叩く。
「はい、お掃除終わり。マスター、お店の壁壊れちゃったけど、営業はできるわよね? さっきこぼれちゃったワインの続き、お願いね」
私は何事もなかったかのように、ヒールを鳴らして半壊した酒場へと戻っていく。
暗黒期のオラリオ。
終わりの見えない抗争の最中、最大派閥のロキ・ファミリアに転がり込んだ「厄介な客人」のデタラメな力は、こうしてイヴィルスの連中にも知れ渡っていくことになるのだった。