ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
翌朝。黄昏の館の食堂。
私がテーブルにどさりと置いた重たい皮袋(中身は一千万ヴァリス)を見て、ロキ、フィン、ガレス、リヴェリアの四人は目を丸くしていた。
「バニー、毎日飲んだくれのお前さんが、それだけの金をどこで…。まさかどこかでスリでも働いてきたのか……?」
「失礼ね。ちゃんとした正当防衛の慰謝料よ。昨日、夜道でやけに大きな猪の獣人さんと、目つきの悪いネコのヤンキー君からいきなり襲われてね。身ぐるみ剥がしてギルドに持っていこうとしたら、後からフレイヤ様が飛んできて『これで手を打ってくれ』って」
「「「「…………は?」」」」
四人の動きが完全に停止した。
やがて、一番早く思考を取り戻したフィンが、引きつった笑いを浮かべながら口を開く。
「……バニー。猪人(ボアズ)の巨漢と、猫人(キャットピープル)の青年……間違いないね?」
「ええ。ネコの方は『アレン』って名乗って、猪の方は『オッタル』って言ってたわ」
「オッタルとアレンを一蹴したやとォォォォォ!?」
ロキが頭を抱えて絶叫した。
「レベル6の『猛者』とレベル5の『都市最速』やぞ!? なんぼあんたがレベル7のザルドとやり合ったからって、あの二人を無傷で返り討ちにして身ぐるみ剥ぐとか、どんなバグった強さしとんねん!」
「……全く同感だ。魔法使いである君が、あの二人の近接戦闘にどうやって対応したのだ?」
リヴェリアが信じられないものを見る目で問いかけてくる。
「どうって……ちょっと自分の素早さと攻撃力を二倍にして、相手の防御力を下げてから、魔法で凍らせて杖で殴ったら気絶したわよ」
「「「「…………」」」」
私のあっさりとした説明に、四人は再び重たい沈黙に包まれた。
「……なるほど。事態の深刻さがよく分かったよ」
フィンが両手で顔を覆い、深いため息をついた。
「いいかい、バニー。君がフレイヤ・ファミリアのトップ二人を無傷で倒したとなれば、これはもう単なる『強い魔法使い』という枠に収まらない。君は単独で、このオラリオのパワーバランスを容易く破壊できる特異点だ。頼む、一度君が使える能力の『全容』を包み隠さず見せてほしい」
「んー……まあ、別に隠すようなことでもないし、いいわよ」
フィンの切実な提案により、私たちは急遽、館の裏手にある広大な訓練場へと移動した。
(「私も見る」と言って、アイズもトテトテとついてきた)
「それじゃあ、魔法の方から見せるわね」
私は【賢者の回帰】を発動し、神鳥の法衣を纏った姿へと切り替わる。
「炎(メラ系)、閃熱(ギラ系)、氷結(ヒャド系)、真空(バギ系)、爆発(イオ系)。基本の攻撃属性はこんな感じね。威力は魔力を込めればいくらでも調整できるわ。でも、ここで猛吹雪や大爆発を起こすと危ないから、炎だけ見せるわね」
私は訓練場の端に立つ分厚い鋼鉄の的(ダミー)に杖を向け、力ある言葉を紡いだ。
「【メラゾーマ】」
ドォォォォォォンッ!!
杖の先端から放たれた巨大な火球がダミーに着弾した瞬間、凄まじい熱波と共に炎の竜巻が巻き起こった。火が収まった後には、原型を留めないほどドロドロに溶解した鉄の塊だけが残っていた。
「無詠唱で、これだけの火力を……」
「次は補助魔法ね。百聞は一見に如かずよ。みんな、ちょっとじっとしててね」
私はまず、全体に効果のある魔法を一つ紡いだ。
「全員の素早さを上げるわ。【ピオリム】!」
不可視の風が広がり、訓練場にいる全員の体を包み込む。
「なっ……! なんじゃこの異常な体の軽さは!」
「信じられない。軽く足を踏み出しただけでも、まるで風になったように体が動くぞ……!」
驚愕するガレスとフィンをよそに、私はさらに個別の強化魔法を唱える。
「リヴェリアには防御力を上げる【スカラ】。アイズちゃんには攻撃力を倍増させる【バイキルト】よ!」
光の粒子がそれぞれ二人に降り注いだ。
「すごい……私、すごく強くなってる」
アイズが手にした木剣をヒュンヒュンと振るい、内側から湧き上がる異常な力に目を輝かせる。
「この防御力の向上も凄まじいな……ガレス、試しに私を軽く殴ってみてくれ」
「む、加減はするが、怪我しても知らんぞ」
ガレスの太い腕から放たれた重い拳を腕で受けたリヴェリアだったが、痛みに顔をしかめる程度で、その場にしっかりと踏みとどまった。
「……信じられん。私のような魔道士が、第一級冒険者(前衛)の打撃を受けて腕が折れんとは。衝撃がかなり緩和されている」
「逆に、相手を個別に弱体化させることもできるわよ。ガレス、いくわよ。【ルカニ】」
「おぉっ!? 鎧の重みはそのままなのに、なぜか装甲が紙切れのように薄くなったような……ものすごい不安感じゃ!」
「これがバフとデバフよ。これに加えて、毒や麻痺の完全解毒(キアリー・キアリク)や、魔法を反射する光の壁(マホカンタ)も張れるわ」
「無詠唱でこれほど多彩な支援・弱体魔法まで……。しかもアイテムいらずだと……?」
リヴェリアはジンジンと痺れる腕をさすりながら、完全に言葉を失っていた。
「面白いところだと、姿を変える魔法もあるわ。対象の姿をコピーするの。――【モシャス】」
ポンッ、という音と共に、私の姿が金髪の小さな少女――アイズと全く同じ姿に変わった。
「あ……私だ」
「アイズちゃん、びっくりした? じゃあ、今度は昨日襲ってきた人に化けてみようかな」
私は再び【モシャス】を唱え、昨日路地裏で見た巨漢を思い浮かべる。
ズンッ!
私の体が一気に膨れ上がり、見上げるほどの巨躯と強靭な筋肉を持つ猪人(オッタル)の姿へと変貌した。
「なっ……オッタルの姿!? 筋肉の質まで本物そっくりやないか!」
「いや、待てロキ。姿や肉体は同じだが、あのオッタル特有の血を這うような殺気や覇気がない。……だが、姿は完全に模倣しているのか」
即座に臨戦態勢に入りかけたフィンだったが、歴戦の戦士ゆえの『違和感』に気づき、目を見開いた。
私は元の姿に戻り、笑いながら杖を振った。
「安心して、私よ。さすがにその人が積み重ねた経験や威圧感(中身)まではコピーできないからね。それに、人以外にもなれるわ。――【ドラゴラム】!」
パァァァァッ!!
私の体が光に包まれたかと思うと、その姿は一瞬にして『巨大な漆黒のドラゴン』へと変貌した。
訓練場を見下ろすほどの巨躯。その鋭い牙の隙間から漏れ出る紫煙と灼熱の吐息に、ロキは完全に腰を抜かしかけた。
「ど、ドラゴンに化けおった……!?」
「これも魔法だというのか……」
私はすぐにバニースーツの姿に戻り、ふう、と息を吐いた。
「どう? すごいでしょ。あ、そうだ。迷宮(ダンジョン)探索の時にすごく役立つ魔法があるのよ。フィン、聞いてる?」
「えっ? あ、ああ。これ以上何があるんだい?」
「【リレミト】っていう魔法なんだけど。これを使うと、ダンジョンの中ならどこからでも一瞬で地上(迷宮の入り口)に帰還できるの」
ピタリ、と。
フィンの表情が、驚愕を通り越して真顔になった。
「……一瞬で、帰還? 階層を無視して? 本当に?」
「ええ、一発よ」
「…………ッ!!」
フィンは再び顔を覆い、天を仰いだ。
帰還の労力と危険が常に付き纏うダンまちの世界において、「一瞬で地上へ帰還できる」という能力は、探索の前提を根底からぶっ壊すほどの超絶チートだった。
「だ、大体わかった。もう十分だバニー。これ以上驚かされると僕の胃に穴が……」
「それと最後に一つだけ。これが一番ヤバい魔法なんだけど」
「……まだあるのか」
私は少しだけ表情を引き締め、彼らに告げた。
「【ザオリク】。――死んだ人間を、完全に生き返らせる魔法よ」
「――は?」
訓練場の空気が、凍結した。
風の音すら消えたような沈黙。神であるロキでさえ、見開いた目を点にして硬直している。
「な……いま、なん、と……?」
「蘇生魔法。魂がまだ離れきっていなくて、肉体がある程度綺麗な状態なら、100%の確率で完全復活させられるわ」
「バ、バカな!! 生命の死と復活は神々の領域! 下界の法でそれを覆すなど、絶対にありえん!!」
リヴェリアが悲鳴のような声を上げた。
「ありえないって言われても、使えるものは使えるんだから仕方ないじゃない。そもそも私なんて、大魔王を倒す為の冒険で100回くらいは死んでるし」
「「「ひゃ、100回!?」」」
「そうよ。大魔王とかその辺の規格外の化け物と戦ってると、全体攻撃一発でパーティが半壊するなんて日常茶飯事だからね。誰か一人がギリギリ生き残って、そこから死んだメンバーを蘇生させて無理やり立て直す……って泥沼の戦い方をしないと、あんなヤツら絶対倒せなかったわ。だから蘇生魔法は必須スキルなのよ」
まるで「昨日転んで擦りむいた」くらいの軽いテンションで語る私に、四人は絶句した。どれほど苛烈で、どれほど理不尽な世界をこの遊び人は生き抜いてきたのか。その底知れなさに、歴戦の勇士であるガレスでさえ冷や汗を流している。
「……バニー」
フィンが、ひどく掠れた声で私の肩を掴んだ。
「その魔法は、絶対に、絶対に他言無用だ。もし知られれば、イヴィルスどころかオラリオ中のあらゆる権力者が君を狙い、世界が狂う」
「ええ、分かってるわ。一日に何回も使えるわけじゃないし、時間が経ち過ぎても無理だしね。というか、そもそもフィンの方から『能力の全容を包み隠さず見せてほしい』って言ってきたんじゃない。まぁ私もここで使うのがヤバいって事ぐらいは分かるから、あなたたちにしか言わないわよ」
「……それはまぁ、そうなんだけどもね」
蘇生の秘術。神の理すら捻じ曲げるその魔法の存在に、ロキ・ファミリアの首脳陣はただただ圧倒されることしかできなかった。
その沈黙の中、フィンはポツリと、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「……大魔王を倒した勇者一行の『賢者』か……」
かつて彼女が酒の席で適当に語っていた、おとぎ話のような冒険譚。
それが決して酔っ払いの戯言などではなく、血みどろの死線を幾度も越えてきた真実であったという事実が、重く、そして確かな実感として彼らの心に刻み込まれた瞬間だった。
長いと難しい…
何度も何度もやり直したんですが…