ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「……やはり、あなたは本性を現しましたね」
人気の少ない薄暗い路地裏。
冷たい夜風が吹き抜ける中、鋭い殺気を放ちながら木刀を構えるリューに対し、私はわざとらしく口元を歪め、怪しげな笑みを浮かべてみせた。
「ふふふ……気付くのが遅かったわね、リューちゃん。こうなったら、大人しく私に従ってもらうわよ」
事の始まりは数時間前。
その日のパトロールを終えた後、「私はもう少し見回りを続けます」と一人で夜の街へ向かおうとしたリューを、私がわざと怪しい手口でこの路地裏へと誘い出したのだ。
「最近の活躍で少しは見直していましたが……あなたが闇派閥(イヴィルス)のスパイだったというなら、アストレア様の正義に誓って、私がここで討ち果たします!」
悲壮な決意を込めて宣言するリュー。
しかし、その言葉に私は思わず素で首を傾げてしまった。
「えっ? いや……闇派閥とかじゃないんだけど……」
「まだしらを切るつもりですか! 私をこの人気のない路地に誘い込んだのが何よりの証拠!!」
「いや、ただちょっと付いてきてほしかっただけで……」
「問答無用です! はぁッ!!」
完全にスパイだと信じ込んだリューが地を蹴った。
石畳が砕け、目にも留まらぬ速さで木刀の刺突が迫ってくる。
「あーもう、説明するの面倒くさい! ええい、とりあえず寝なさい! 【マヌーサ】!」
私は迫り来るリューに向けて、杖から淡い光の霧を噴き出させた。
リューの鋭い一撃が私の首筋を捉える――かと思いきや、木刀は私の体をすり抜けるように空を切った。
「なっ……幻影!? いいえ、私の距離感が狂わされている……ッ!?」
絶対の自信を持って放たれた一撃を外したリューが、驚愕に目を見開く。
対象の視覚情報を強制的にバグらせる幻惑の魔法だ。
「ならば、気配と音で……!」
リューは即座に目を閉じ、エルフ特有の鋭敏な聴覚と直感で私の位置を割り出そうとした。
並の魔法使いなら、これで対応されていただろう。だが、私のアプローチは物理的な法則を完全に無視している。
「甘いわよ! 次はこれ! 【メダパニ】!」
「くっ……あ、あれ……? 右が、左で……地面が、空……?」
不可視の魔力波を浴びた瞬間、リューの三半規管と認識能力が完全に破壊された。
強烈な混乱魔法を受けたリューの焦点が定まらなくなり、彼女はふらふらと千鳥足でその場を歩き回り始める。
「私が……二人……? いえ、街が回って……そこにいるのは、誰です……っ!」
強靭なエルフの精神力で必死に混乱に抗い、リューはデタラメな方向に木刀を振り回す。しかし、その一撃は虚しく路地裏のレンガ壁を砕くだけだった。
そんな必死なリューに対し、私はわざとらしくネットリとした怪しい声色を作って囁いた。
「ふふふ……さぁ〜、お姉さんと一緒にいい所にいきましょうね〜」
「くっ、やはり……闇派閥の、人身売買……! 誰が、あなたなんかに……!」
リューが悲痛な声を上げ、さらに混乱と絶望を深める。
完全に勘違いが加速しているが、ここまで来たらどうせ起きたら全部わかることだ。
「いや人身売買じゃないんだけどね。すごいわね、メダパニを受けてまだ立っていられるなんて。でも……仕上げよ、【ラリホー】!」
「あ……アストレア、様……申し訳、ありま……」
強制的な睡魔の波がリューの意識を刈り取る。
パタリ、と。
彼女は静かに地面に崩れ落ち、まるで子供のように幸せそうな寝息を立て始めた。
「ふう、ミッションコンプリート。さすがにちょっと可哀想だったかしら。……さて、会場に向かいますか」
私は眠ったリューをヒョイと肩に担ぎ上げ、ネオンが輝く夜の歓楽街へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
「……はっ!?」
次にリューが目を覚ました時。
彼女の視界に飛び込んできたのは、闇派閥の恐ろしい拷問部屋や、冷たい地下牢……ではなかった。
「おっ、起きたかリュー! こっちの串焼き、冷める前に食いなよ!」
「あはは、バニーちゃん飲み過ぎ! そのジョッキで何杯目!?」
そこは、焼けた肉の匂いとエール酒の香りが漂う、ひどく騒がしい大衆酒場だった。
混乱するリューの隣では、私が両手に特大のジョッキを持ち、顔を真っ赤にして大はしゃぎしている。
「飲ぉんでー! 飲ぉんでー! 飲んでー回ってぇー!」
「バ、バニー!? なぜあなたがここに……はっ! アリーゼ、ライラ! 逃げてください! その女は闇派閥の……!」
リューが慌てて立ち上がり、腰の木刀に手を伸ばそうとする。
しかし、アリーゼが優しく微笑みながら、その肩をそっと押さえた。
「あはは、ごめんねリュー。ちょっと乱暴だったみたいだけど、全部ただのドッキリというか、バニーちゃんに頼んだことなの」
「……はい?」
事の顛末はこうだ。
今日、アストレア・ファミリアの面々は、連日の私の活躍に感謝して『お礼の食事会』を開こうと提案してくれた。
(えっ、本当!? お酒も飲んでいいの!? 好きなだけ!?)
私が目を輝かせて食いつくと、アリーゼは笑って快諾してくれた。
しかし、そこで一つ問題が浮上したのだ。
(でも、リューはこういう賑やかな場には中々参加してくれないのよね。『私は見回りを続けます』って言って、いつも休もうとしないから……)
(なるほど。なら、私に任せなさい! ちょっと怪しい感じで誘い出して、有無を言わさず連行してくるから!)
「――というわけで、バニーちゃんが自信満々に言うからお任せしたの。まさか、魔法のフルコースで眠らされて運ばれてくるとは思わなかったけどね」
アリーゼの説明を聞き、リューはワナワナと肩を震わせ、隣で酒を浴びる私を睨みつけた。
「そ、そんな理由で……私にこれほど理不尽で強力な精神魔法を、幾重にもかけたというのですか……!?」
「まあまあ、リュー。怒らないの」
アリーゼが、リューの前に冷えた果実水の入ったグラスをことり、と置いた。
その表情は、いつもの快活な団長のものではなく、不器用な仲間を心から案じる優しい少女のものだった。
「正義の活動も、もちろん大切よ。でも、私たちは神様じゃない、ただの女の子だもの。リューはいつも気を張り詰めすぎなのよ」
「アリーゼ……」
「たまにはこうやって、みんなで楽しく飲んで、笑って、息抜きをしましょ。それに、今日はバニーちゃんの歓迎会も兼ねてるんだから」
アリーゼの温かい言葉に、リューは小さく息を吐き、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「ほらリューちゃんも! 固いこと言ってないで一緒に乾杯しよ! ぷはーっ!」
私が隣から空のジョッキを突き出し、ライラも串焼きを片手にニヤニヤと笑いかけてくる。
「……あなたという人は、本当に無茶苦茶です。寿命が縮むかと思いました」
文句を言いながらも、リューはそっと自分のグラスを手に取った。
賑やかに笑い合う仲間たちと、欲望のままにお酒を飲み干す破廉恥なウサギ。
その温かく騒がしい光景を見つめながら、
「乾杯」
と呟いたエルフの少女の口元には、ほんの少しだけ、柔らかく安堵に満ちた笑みが浮かんでいた。
働いてきますーヽ(;▽;)ノ