ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「……何者だ」
大魔宮(バーンパレス)の冷たい空気を震わせ、白いローブを纏った魔族――大魔王バーンが、静かに目を細めて私を見下ろした。
その声には怒りも焦りもない。ただ、絶対的な強者のみが持つ、深淵のような威圧感だけが響いていた。
誰かが黒焦げにされて倒れ伏し、尋常ではない殺気と絶望が入り混じる戦場。
そんな死地に、突如として『バニースーツを着た女』がひょっこりと現れたのだ。その場にいた全員の思考が停止し、異様な沈黙が降りていた。
「あれれ〜? いきなり人間の女の子が出てきたよ? どこから来たのかなぁ、キルバーン?」
沈黙を破ったのは、奇妙な仮面を被った一つ目の使い魔だった。
その隣に立つ、死神のような黒い装束を纏った男――キルバーンが、飄々とした口調で答える。
「…これは驚いたねぇ。ここは僕たち魔王軍の居城、大魔宮(バーンパレス)の奥深くなんだけど……最初から隠れていたなんて事はあり得ないし、仮に『ルーラ』でやって来たとしても、ここにはバーン様の強力な結界がある。普通の魔法じゃ絶対に入れないはずなんだけどもねぇ」
キルバーンが人差し指と親指を顎にあて、何かを考えるようにしながら、仮面の奥から値踏みするように私を観察してくる。
その異常な事態に、ようやく現実に戻ってきた緑色の服の少年――ポップが、声を張り上げた。
「あ、アンタ! どっから湧いて出たんだ!? ていうかその格好、なんなんだよ!? ここは普通の人間が来る場所じゃねえんだぞ!!」
「いや、ちょっと魔法の検証をしてたらここに出ちゃって。ねえ、これどういう状況? あと、あっちの白い服を着てる立派なお爺ちゃん、メチャクチャ強そうなんだけど…誰?」
私が尋ねると、ボロボロの武闘着を着たピンク色の髪の少女――マァムが、血相を変えて叫んだ。
「お、お爺ちゃんって……! あなた、状況が分かっていないの!? あれは、この地上を消し去ろうとしている大魔王バーンよ! お願い、あなただけでも早く逃げて!」
マァムの切実な声を聞いて、私は思わずパチクリと瞬きをした。
「大魔王……バーン? あれ、大魔王ってゾーマじゃないの? 魔王なら他にもいたけど、大魔王なんてゾーマ以外にもいたんだ」
私が何気なく呟いたその瞬間。
「……ほう」
ピクリ、と。
常に余裕の笑みを浮かべていたバーンの表情が、僅かに動いた。
「娘、今なんと言った? ……ゾーマ、と言ったか」
「え? ええ、そうだけど」
バーンは私を見据えたまま、遠い過去を懐かしむように目を細めた。
「遥か昔……余がまだ一人の若い魔族であった頃に、世界をその手中に収めようとしていた伝説の大魔王の名だ。なぜ、人間の娘がその名を知っている?」
「えっ?」
私は一瞬、その言葉の意味が理解できず、目を丸くした。
私が倒したゾーマが、遥か昔の存在……?
いや、魔力を通した魔法陣での転移自体は成功しているはずだ。ここは間違いなく元の世界だ。
(ってことは……場所は合ってるけど、私がいた時代から、途方もない時間が経っちゃってるってこと……!?)
時間軸のズレ。
その事実にようやく思い至る。
(まあ、どうせ十分くらいで元のオラリオに強制送還されるし、今は深く考える必要はないわね)
「知ってるも何も、私、その大魔王ゾーマを倒した勇者一行の賢者だもの」
私が胸を張って答えると、バーンは静かに、しかし嘲るように喉の奥で笑った。
「くくっ……面白い冗談だ。だが、嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくことだな」
バーンは、私のバニースーツ姿を上から下まで冷ややかな目で見下ろした。
「見たところ、そなたの出立ちは完全に酒場の『踊り子』ではないか。それに、余の記憶にあるあの頃の勇者一行に、そなたのような破廉恥な格好をした者がいたなどという記録はなかったように思うぞ?」
(仕方ないじゃない!世界を救って平和になったから、何もしなくても無駄に敬われちゃう窮屈な賢者から、人生を楽しく過ごせそうな遊び人に転職したのよ!)
喉まで出かかったツッコミをなんとか飲み込む。
バーンはふと笑みを消し、再び底知れぬ威圧感を放ち始めた。
「とはいえ……先程まで確実に存在していなかった人間の女が、余の結界をすり抜け、このバーンパレスに現れたという事実は無視できるものではないな」
バーンが、ゆっくりと右腕を上げる。
そして、その鋭い指先を真っ直ぐに私へと向けた。
「正体を表してもらうぞ」
かくして、バニーは……元の世界への帰還を試みた結果、十分後の強制送還までの間、全く別の時代の大魔王を相手にするという、とんでもない寄り道をする羽目になったのである。