ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「それでリューちゃん、結局どうするの? この『すごくエッチな本』、使う? 使わない?」
バニーがニヤニヤしながら問いかけると、リューは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
「そっ、そんな言い方をしないで下さいっ! えっ、エッチな本を使うって、そんな……ごにょごにょ……」
自分で口走った言葉の響きに耐えきれず、照れて言葉を濁すリュー。
「あははっ! あ〜ごめんごめん。でもさ、別にこれはエッチな意味じゃなくて、真面目な話で言ってる事なんだから、そんな気にしなくてもいいと思うよ? これはタダのアイテムなんだし」
「そっ、それはそうかもしれませんが……」
リューはもじもじと身をよじっている。
そんな二人のやり取りを見ていたアストレアが、ふと気になった事を質問してみた。
「バニー、その本が凄いのは分かったわ。魔力も上がるし、あなたの世界でいうところの攻撃魔法や回復魔法、支援魔法が使えるようになるのよね? これだけ聞いているとメリットしかないんだけど、逆にデメリットとかはないの?」
それを聞いて、リューもハッとして身を乗り出した。
「そっ、そうです! そのようなとんでもない書物が、メリットだけしかないというのはおかしい気がします! 実はあるのではないですか? とんでもないデメリットが!」
本を読んで強くなるという効果は魅力的だが、これまで生きてきたエルフとしての価値観が、「すごくエッチな本」を使うという行為をどうしても理性が拒んでしまうのだ。だからこそ、リューは何か正当な断る理由(デメリット)を探そうと必死になってバニーに詰め寄った。
しかし、バニーはキョトンとして首を傾げた。
「えっ? ないよ?」
「「……」」
そのあっさりとした返事に、アストレアとリューは驚きの表情で固まった。
「えっ、デメリット無し? 本当に?」
アストレアが思わず聞き返す。リューはあまりの事に何も言えないでいる。
神の看破の力でバニーの言葉を確認したアストレアは、頭を抱えるようにして息を吐いた。
「……嘘じゃないみたいね。う〜ん、凄いとしか言えないわ。こんな逸脱した最高峰の魔導書ともいうべき書物が下界に存在しているなんて……信じられないわ」
正確には神の竜から授かったものなのだから、下界の書物という訳ではないのだが、今はとにかく、アストレアは信じられないという気持ちでいっぱいだった。
だってアストレアは、以前バニーから賢者の魔法について聞いているのだ。バニーも本当は言うつもりは無かったが、アストレア・ファミリアにはお世話になったばかりだったし、皆にもよくしてもらっている。そんなファミリアの主神に『教えて』と言われて、それでバニーが下手に答えて『嘘を付いている』と思われるのは避けたかったのだ。だから主神であるアストレアには、本当の事を告げていた。
パーティ全体を癒せる回復魔法に、毒や麻痺などの状態異常からの回復。おまけに呪文一つで昼と夜を逆転する事も出来るという。
それはつまり、地球の自転を早めているという事なのか? そこら辺の詳しいからくりは聞いていないが(バニーもきっと知らない)、想像するだけでも神の領域に足を突っ込んでいる魔法に聞こえる。
しかもそれだけではなく、高位になれば完全な死者蘇生すら可能なのだとか。
なんだそれは……。
(そんな『賢者』という優れた職業に『すごくエッチな本』を読むだけでなれるなんて……普通に考えて危険すぎるし、世界の理から外れすぎているわ……)
バニーの世界の常識について、考えれば考えるほどアストレアは頭が痛くなってくるのだった。
そこで、バニーがポンと手を打って思い出したように言った。
「あっ! でも、デメリットというか、魔力や色んなステータスが上がりやすくなる代わりに、性格はちょっと変わるかも」
「性格……?」
アストレアが眉をひそめる。
リューも本の効果自体は気になっているので、恐る恐るバニーに尋ねた。
「性格が変わるのですか?」
「うん。この本を読むとね、男の子は『むっつりスケベ』になって、女の子は『セクシーギャル』になるんだよ」
「……は?」
「……えっ?」
バニーのその言葉に、アストレアとリューは完全に思考が停止した。
「……ごめんなさい。あなたが言っている事が真実であると、私は神だから分かるのだけども、それでも今あなたが何を言っているのか、正直いってさっぱり分からないわ」
真剣な顔のまま、アストレアが心底困惑した様子で言う。
混乱するアストレアとリューに、バニーは腕を組んでうんうんと頷きながら解説を始めた。
「えっとね、私もよく分からないんだけども……つまりは『精神的な自己解放』なんだと思うんだよね。女の子がこの本を読むと、自分の中に隠していた恥じらいとか、余計な躊躇いが全部吹き飛んで、女性としての自信に満ち溢れた最高にポジティブなマインドになるの! それが『セクシーギャル』っていう状態なんだよ!」
バニーは身振り手振りを交えながら熱弁する。
「戦いの中で一瞬迷ったり、恥じらいで動きが鈍ったりする事ってあるでしょ? でもセクシーギャルになれば、そういった精神的な枷がなくなって、常に自分の最高のポテンシャルを引き出せるようになるの! だから魔力の巡りも良くなるし、肉体的な反射神経もステータスも爆上がりして、超理想的な成長を遂げるようになるんだよ!」
「なっ……」
バニーのその謎の説得力を持ったそれっぽい解説に、リューは顔面を蒼白にさせた。
つまり、この本を読むという事は。
エルフとしての誇りや生真面目さ、そして『恥じらい』を捨て去り、自信満々でポジティブな『セクシーギャル』へと精神が作り変えられるという事なのだ。
強くなる為に提示された究極の手段と、それと引き換えにしなければならない、己のアイデンティティの崩壊……。
リューは正直、そんな事を言われても困ると思った。強くなる為の努力であれば幾らでもしよう。どんな試練にも打ち勝つ為の努力をしよう。しかし、こんな話は予想だにしていなかった。
「ア、アストレア様……私……私はいったいどうすれば……っ!」
その究極の二択を突きつけられ、リューは涙目で主神に助けを求めるのだった。
◇ ◇ ◇
「……これは悩むのも仕方ないわ。リューも今すぐ決めるのは難しいみたいだし、せっかく来てくれたバニーには悪いのだけども、どうするかはちょっと待ってもらえないかしら?」
アストレアが優しくフォローを入れると、バニーは明るく頷いた。
「はい! それは勿論ですよ! 私も、これはリューちゃんの為になればと思って出したんですから、どうするかはリューちゃんに任せるつもりです! だからリューちゃん、幾らでも納得のいくまで悩んでくれていいよ」
「……有難う御座います」
さっきまではエッチな本の話で恥ずかしい気持ちもあったが、バニーのその自分を想ってくれている態度に、リューは心底嬉しくなったのだった。
「よし。とりあえず用事ももう終わったし、もうそろそろ帰ろうかな」
「もう帰ってしまうの? お茶の一杯でも飲んでいきなさいよ」
「わっ、私が淹れてきます!」
アストレアの言葉を聞いて、リューはそそくさとリューの自室を出て台所へと向かっていった。
残されたアストレアは、笑顔でバニーに話しかける。
「バニー、今日はリューの為に、こんな貴重な本まで持ってきてくれて有難うね」
「いや〜アストレア・ファミリアの皆にはお世話になってますから! リューちゃんはとっても良い子ですし、私も出来る事があったら協力してあげたいと思ってるんですよ!」
「……あなたも良い子なのね」
「あはは、それ程でも〜」
そう言ってもらえて嬉しいのは嬉しいバニー。
そして、この本は置いていくのだからと「メモだけでも残しておこう」と思い立ち、簡単な書き置きだけして机の上の『すごくエッチな本』に添えると、アストレアと一緒に居間へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
バニーが帰り、アストレアも用事でホームを出ていってから少しした頃。
「リオン〜? いないの〜?」
リューを呼ぶアリーゼが、リューの部屋へとやってきた。
ノックしても返事がないため、ドアを開けて中に入ると、リューの机の上に一冊の分厚い本が置かれているのが見えた。
何気なくそれに目を落とした瞬間――。
「きっ、キャーーー!!! リオンが! リオンが隠れてエロ本読んでるー!!!」
アリーゼの悲鳴にも似た大絶叫が、アストレア・ファミリアのホームに響き渡った。
「えっ!?」
「リューが!?」
その尋常ではない叫びを聞いて、ホームにいたファミリアの面々が一斉にリューの部屋へと駆けつけてくる。
そして、離れた場所にいた勿論リューも、その叫び声を聞いて青ざめた。
(これはマズイ!)
とにかく、自分の部屋に置いてある卑猥な本(しかも神器)を皆に見られるのは絶対に避けねばならない。
リューは猛ダッシュで急いで自分の部屋に戻ってきたが、既にそこには、目を丸くしたアストレア・ファミリアの面々がずらりと集まっていて……。
「リオン……」
悲しそうでいて、どこか楽しそうな顔をしているアリーゼ。
「待って。何かメモが挟んであるよ」
ライラが机の上にあったメモを取り上げ、皆の前で読み上げ始めた。
「ええっと、『リューちゃんへ。今日は相談しにきてくれて有難う。『すごくエッチな本』は置いていきます。悩むのは当たり前だと思うけど、使いたかったらいつでも使ってね!』……」
読み進めるライラの声が少し震える。
「『(追伸)例の件だけども、今度一緒にイシュタル・ファミリアに遊びにいかない? 今日の件もあるし、私はリューちゃんともっと仲良くなりたいから。じゃあね!』……だってさ」
「「「……」」」
オラリオ随一の歓楽街を仕切る、イシュタル・ファミリアへの遊びの誘い。(ソーマの件)
その破壊力抜群の文面に、アストレア・ファミリアの一同は完全に言葉を失い、冷たい沈黙が部屋を満たした。
「まっ、待って下さい。これは違うんです!」
皆の視線を一斉に浴びながら、リューの必死の弁解だけが、部屋に虚しく響き渡るのだった。
仕事行ってきます!